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🪞*わたしを壊したあとで* 第5話:魔法の制度なんていらない。“ベター”を重ねて生きていく

第5話:魔法の制度なんていらない。“ベター”を重ねて生きていく

私、昔は思ってたんよ。「制度があるから、大丈夫」って。
でも、使ってみて気づくんよな。
制度って、魔法ちゃう。ただの“選別装置”みたいなとこある。


「制度がある=助かる」って幻想よ

自立支援も、生活保護も、年金も、あらゆる制度ってな、結局市町村ガチャなのよね。
制度そのものは国のもんだけど、運用してるのは自治体で、現場は人手足らんし、余裕ない。
ほんで、制度の“限界”があるときは、行政の人がオフレコで非公式の方法を提案してくることもある。
ほんまは、そんなやり方せんでええように作るのが制度ちゃうんか。

私の住んでいる市町村の自立支援医療も、ようわからん仕組みやねん。
本来なら精神科の受診料には自己負担があるはずなんやけど、なぜか実質タダになるとこもある。
ワイ、診療報酬の資格持っとるけど……なぜかは、ようわかっとらん。


生活保護の住宅扶助費も、マジで意味わからん

たとえばな、生活保護を受ける前に家賃が基準額をオーバーしとる家に住んでたら、こう言われる。

「引っ越してもらうしかないですね」

せやけど、引っ越すにも金かかるし、保証人もおらん、そもそも物件探しても貸してくれんことある。
結局、「今の家に住み続けるなら、オーバー分は生活扶助費から手出しで」って言われんねん。

アホかと。
なら最初から、公営住宅に優先的に住ませてくれたら、行政もコスト減るやん?
それができへんから、みんなギリギリで生活して、選べる自由もへったくれもない。

ほんで、住宅扶助費でまかなえる家って、場所悪い・不便・環境最悪。
そんなん、病気持ってる人間がいきなり住環境変えたら、心身に影響出るに決まっとるやろ。


「支援がある」=「生きられる」ではない

制度にすがろうにも、
通院する金がない。
飯を食う金がない。
交通費すらない。

そんときはもう、「耐える」しかない。
ほんまに、高水準の胆力を求められる。

夜の店に「体入」で賄う女性の話も、実際聞いたことある。
その場で現金手渡しやから、バレずにちょっと稼げるんよな。
けど、金銭管理できんままズルズルいって、支給された保護費が1週間で手持ち300円って若い子もおった。

支援って、受けるだけじゃ成立せん。
「どう使うか」「自分で管理できるか」も、問われる。
だからしんどいんよ、当事者って。


担当者の人間性じゃなくて、制度の“枠組み”があかん

私の経験では、現場の人らはようやってくれてた。
「ここまでしか制度では無理なんです…」って、申し訳なさそうに謝られてばっかりやった。
でもな、そうされるとこっちが「いじめてる側」みたいで、気まずさエグいねん。

結局、制度の限界を押し付けられてるのは、最前線の職員さんと、当事者なんよな。
ほんまはその“間”に国なり市なり、ちゃんと設計する人間がおらなあかんのに。


“ベター”を重ねるって、結局それしかないんよな

もうな、魔法の制度なんていらん。
「今日をどうやって乗り切るか」しか、現実には存在せん。
完璧な支援なんかいらんし、されてもどうせ続かへん。

私は今日、朝ごはんちゃんと食べた。
納豆に卵混ぜただけ。それだけで「マシやな」って思えた。
それが“ベター”や。

人は、“ベター”で生きていける。
それすら気づかせてくれへん制度や社会の方が、ずっと欠陥やと思うわ。


魔法の制度は、たぶんこれからも来ぃへん。
けど、“ベター”は、気づいたらそこに転がってる。
あなたは今日、どんな“ベター”を見つけた?


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イシダ チアキ エッセイ中心でノンフィクションの創作を中心に書いていきたいと思います。 昭和58年生まれなので、時代的に古いかもしれませんがご興味あれば! 機能不全家庭・暴力被害・LGBT・恋愛・インターネット・いじめなどなどetc もしよろしければ、拙文ご一読頂ければ嬉しいです。