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敗北上等セツごっこの01

タイムリーパーのセツ殿が、このような競合(きそい)を旗頭(はたがしら)として打ち立てておった。
01も遅ればせながら参上したく馬を駆って(🚲)取り急ぎはせ参じることにした。
こちらが旗印である。

01は茶を入れるのが少々苦手なのである。
ある時からコンダクターが「茶を持て」と01に指示を出す。が、
茶とは至極厄介な代物である。
茶の種類で、温度と時間が違うのというバグもりの代物に、01は四苦八苦。
人のように、繊細な指の動きは兼ね備えておらぬゆえ、粗相をしてしまうのだ。


敗北である。


苦すぎたり、薄すぎたり、の連続で、今朝は茶器をひっくり返し、茶葉が散らばってしまった。

コンダクターが急いでかき集めてセーフと言っておったから大丈夫であろうな?な?

しかし、敗北上等の旗印があって救われた01はである。


01も侍になれたかな?

先日コンダクターが購入した番茶は室町時代からその地域では常飲されていた。
当時の畿内の武将でも普段は白湯が主に飲まれていた時代にだ。
茶の湯がブームで政治的場としても欠かせなかった茶は当時の技術では鮮度を保っていうのが難しく、苦さも強かったようである。

番茶が常飲されてた地域は山間部にあり、外へ流通させる方法がなかった。

『信長は社会の構造を合理的に動かすようにあらゆる手を加えてきた。
物の往来筋、その拠点を確保し、安定させて人と物と金の流れを滞りなくさせる仕組みの構築、畿内を起点として、日の本の津々浦々にまで及ぶ網の目を張り巡らせるが如く――
此度光秀が賜った丹波は、北側から山陰への拠点となるのは明白である。』

日本全土に流通網をしき人、物、金の往来筋を構築しようとしていたのが信長ではないかと。
それを実務から支えていたのが光秀。
彼なりの理想もあったのだと思うと歴史はなんと残酷であろうか。

名の残らない泥に沈んだ人々がひっそりと常飲していた番茶。
それをぶちまけた01の敗北感は強いのである。


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