
第八話 工房見学をしよう
工房の中は赤く燃える炉、積み上げられた鉄材、壁に並ぶ工具たちで熱気に満ちていた。
その中央で、ギランさんは一本の大剣に向かい合っていて、今は刀身へ装飾を彫っている最中らしかった。
その美しさは武器というより、もはや芸術品だ。流れるような蔦模様と幾何学的な紋様が銀色の刀身を走っていて力強さを感じさせる物だった。戦場でこんな武器を持っている人に会ったら見惚れてしまうかもしれない。どんな人がこの芸術品を振るっているのだろう?
「きれい……」戦場を想像していたのに思わず呟く。
「……わかるか?紋様に魔法的な意味はないんだがな、武器が素晴らしいと自信がつく。自信がつけば動きに迷いがなくなって生き残りやすくなるって思うんだよ。」視線を一切こちらへ向けず、低い声だけが返ってきた。
「魔力で刻印を入れてるからそう言う意味じゃあ魔法を使ってるけどよ、魔法付与だけが能じゃないしな。」
確かに、タガネと金槌は使っておらず、手に持っている細い道具はペンのようだった。
先端から淡い光が伸び、鉄を削るというより、なぞるように模様を刻んでいく。動きに一切の淀みがない。
「タガネで入れてもいいんだが、まぁ好みの問題だな。」
「へぇ……。持ち主の方は、よっぽどおしゃれなんですね。性能ではなく見た目を重視するんだ。」私は思わず感心する。
昔のお侍さんも刀の拵えには彫や象嵌を入れて芸術品のようになっているものもある。武器や防具に性能ではなく飾りを入れるなんて魔除けでもなければ武将とか貴族とか、そういう人なんだろうか。
するとギランさんは鼻で笑った。
「いや、こいつの持ち主は騎士団の若いのだ。」目をあげたギランさんはキラキラした目だ!悪戯っ子の目をしている。まさか…
「アイツは見た目なんざ、まるで気にしねぇ。俺に研ぎしか依頼しないから勝手に入れてんだ。」
「え?それって大丈夫なんですか?じゃあ、なんでこんなに……?」
ギランさんは、立派な髭の奥で少しだけ口角を上げる。
「……ワシが入れたいからだ。」
「へ?」
「整備の度に増やしてたら、こうなった。最初はコッソリバレないように入れてたんだがな。」
それ、今は持ち主の了承取ってるのかな。私がそんなことを考えたその時、ガランと工房の扉が開く。
「おう、できてるかい。」機嫌の良さそうな滑らかな低い声がして振り返ると、入り口には大柄なリザードマンの男性が立っていた。
胸当てには、大きな補修痕があった。小さめの盾を担いでいる。そして、穏やかな笑み。
「あっ。ゲイルさんこんにちは!」
私の声を聞いて向こうも驚いたように目を丸くする。
「おお、散歩のお嬢ちゃんじゃねぇか。こんなところで何してんだ?」
そう聞かれれば答えは一つだろう。私は胸を張って答えた。
「散歩です!」
「ははっ!楽しんでるようで何よりだな。困ったことはないか?あれば騎士団に相談するんだぜ?荒事なら力になれるからよ!」
それを聞いて三人の豪快な笑い声が工房に響く。
するとギランさんが、無言で完成間近の大剣を持ち上げた。鈍い光を放つ刀身には、以前よりさらに複雑な紋様が増えている。ゲイルさんは一目見て、軽くため息をついた。
「……また増えてる。」
「そうか?気のせいだ。」
「いや結構増えてるだろ。なんで整備頼むたびに豪華になってんだよ。団長より派手な剣してるからすげぇ目立つんだぞ!」
「目立って結構、そんなに悪いことか?」
「目立つのは悪くねぇからな、気にしちゃいないよ。ところで重くなってねぇか?」
「多少な、誤差だ。」
「絶対誤差じゃねぇ。柄も取り替えてあるし、デカくなってる。」
私は二人のやり取りを見ながら、思わず吹き出した。職人と常連客というより、長年付き合いのある友達みたいだ。いや、長年付き合いのある信頼できる親友だな。ギランさんはゲイルさんを大切にしているのだろう。魔除けと幸運を祈る”星”に、必ず返って来れるよう”巻き付く蔦”をモチーフに彫を入れている。
ここは火花が散る工房。商品から中々目を離さない不愛想なドワーフ。
呆れ顔のリザードマン。その奥には、長い年月で育まれた信頼関係が見えた気がした。
「剣のメンテと研ぎに出すたび、毎回装飾が増えてくるんだよ。」ゲイルさんは苦笑しながら出来上がった大剣を背負った。
「爺さんの趣味なんだろうが、縁起物も混ざってるしな。もう諦めてる。」
「もう文句は言わねぇのか?」ギランさんが横目で聞く。
「最初は言ったさ。控えめに装飾彫が入ってたからな。別料金だとしたら手持ち金が足りないかもしれない。」
「でも止めなかっただろ?」
「止める気がなかったからな。魔物退治だろうが野盗との戦闘だろうが死ぬ可能性はいつでもある。」
ギランさんは仕上がりの確認をする様子もなく背中に納めてしまった。
信用しているんだろうな。重さも、刃の仕上がりも、装飾の増減も。
これが信用ってものなのかな。仕事にこだわりのある人だから、長年使ってきた相棒を預けることに何の迷いもないのだろう。
「そうだ、お前さんも聖女様に会ったんだろ?」ギランさんが道具を片付けながら尋ねた。
「紋章板は貰ったか?」
「はい!」私はジャケットの内ポケットから、大切にしまっていた紋章板を取り出した。金属の表面が工房の火を受けて静かに輝く。
「これです。」
「そう、これだ」ギランさんは満足そうに頷いた。
「やっぱり綺麗に仕上がっとる。仕上げに聖女様の祈りも捧げられているな。神性を帯びている。」
「それ、ワシが聖女様に依頼を受けて作ったんだ。急ぎでな、近衛兵がずっと工房に張り付いて監視してたんで大変だったんだよ。」
「えぇ!?」思わず声が大きくなる。
「そうだったんですか!?」
「うむ。」照れくさそうに短く返事をする。
「細工が細かくて大変だったが、まぁ悪くねぇ仕事だった。」目を瞑って思い出すように呟く。
私は改めて紋章板を見つめた。
中央教会の十字紋章、その隣には聖女の紋章。十字モチーフはよく見ると細い線一本まで丁寧に彫られている。
「いただいた時、本当に感動したんです。すっごく綺麗ですよね。」
すると今度はゲイルさんが目を丸くした。
「うおっ……!なんだそりゃ、すげぇな。」彼は思わず身を乗り出す。
「中央教会と聖女様の紋章か。そんな紋章板は俺も初めて見たよ、大事にされてんだな。」
「トーマさんもすごく驚いてましたよ。」私は苦笑する。
「それに、貴族の闇でも暴くのかって聞かれましたし。」
「ははっ!そりゃいいな!まぁ領主様は悪い人じゃないから安心してくれ」ゲイルさんが豪快に笑う。
「そんなもんを持ってれば困ることはそうそう無いだろうが……。権力の塊みたいなもんだからな、それ。」
「できれば使う機会なんて無い方がいいですよ。というかいつ出せばいいのかわかんないですし。」私は胸を張る。
「今のところ、困ったことは一度もありませんから、それが一番です!」
少しの沈黙。
「……そうだな。」
「ちげぇねぇ。」
ゲイルさんとギランさんが、ほとんど同時に頷いた。争い事も、権力も、使わずに済むならそれが一番。当たり前だけれど、大事なことだ。
私はふと思いついた。工房の赤い火。装飾が増えてより完成度を増したした大剣。職人と騎士。
そして、神様からもらった紋章板。
「それじゃあ。」私はコンパクトを開く。
「三人で記念写真を撮りましょう!」
「ん?ワシもか?」予想していなかったのだろうギランさんが眉をひそめる。
「もちろんです!せっかくですし!」
「いいじゃねぇか、爺さん。記念になるぜ。」ゲイルさんは楽しそうに笑った。
「……仕方ねぇな。」ぶつぶつ言いながらも、口元は少し緩んでいる。
完成した大剣を肩に担ぐゲイルさん。腕を組み、誇らしげに立つギランさん。
その真ん中で、私は嬉しくて2人を引き寄せる。
淡い光球が、ふわりと浮かび上がる。
工房の炉が、三人を赤く照らしていた。
私は確信めいた感情を感じながらミラージュの光球を見つめた。今日知ったこれこそ、技術の積み重ねによる人類の叡智と愛の賜物だろう。大仰な事を考えていると、光球は自然と私の肩の上へ浮かぶと光を強くした。
――これは、撮るべきだ。神様に見せて、ずっと覚えていられるよう記録しておきたい。
――これは、絶対に残しておきたい一枚だ。
「いきますよー!ミラージュ!」
柔らかな光が弾けた。
いつかまた、神様と会う事があったらこの2人の話をしよう。
信頼と信用、そして技術を研鑽した先、高みの話を。
