
Losing isn't an option に見る翻訳のニュアンス
2025年、MLB ワールドシリーズは、ロサンゼルス・ドジャース対トロント・ブルージェイズの対戦となりました。
ドジャースの山本由伸投手が素晴らしいご活躍で、さまざまな話題で盛り上がっているのをみているのも、(無責任な😅)視聴者としても楽しかったです。
その中で、なるほど言葉というのは難しいなと思ったことがひとつ。
ドジャースは前評判では有利と言われていましたが、ワールドシリーズ初戦を落とします。
しかも 4−11 という大差での敗戦でした。
過去データでみるtと、初戦を落とすと優勝する確率が20%ほども低下するとのこと。
初戦は非常に大事と言われているんですね。
そんな中、敗戦も敗戦、大敗戦を喫してしまい、おまけに場所も敵地トロント。
2戦目もすでに危うい、という雰囲気が出ていたようです。
そんな2戦目の、前日の記者会見かインタビューかで、山本投手は、どのような心持ちで試合に臨むのかと聞かれ
「負けるわけにはいかないので…」
とお答えになったそう。
「負けるわけにはいかない」
確かにこれも、かなり強い言い方ではあるのですが、日本語ネイティブであればこの言い方を聞くと、むしろ悲壮感——というとまたちょっとズレますが、責任感とか、「まあ追い詰められているよね」という危機感といったもののほうをまず、感じ取ると思います。
が。
通訳の園田芳大(そのだ よしひろ)さんはこれを
「Losing isn't an option」
負けるという選択肢はないので——と訳した。
なかなか「強い」言い方だと感じます。
それだけならさほど注目もなかったのかもしれませんが、どうもこの訳文が、アチラの方々には「その意気やよし」と受け取られたようです。
非常に勇敢、人々を鼓舞する言葉、と受け取られたんですね。
山本投手にしてみたら
「そんなこと言ってない」
という感じだったでしょうが、チームメイトがこれをTシャツにプリントして着ていたとのこと。
やはりずいぶん好評を博した言葉だったんでしょう。
これをみていて、面白いなーと感じました。
同時に、これだから翻訳は難しい、言葉の壁はどうしたって存在することがわかる、と思いました。
言葉は、「何」を伝えているのか。
「負けるわけにはいかないので」
という日本語が持つ、危機感、切迫感、一種の悲壮感を先に掬い取って、ごくごく素直に訳すなら、これはもうフツーに
「I can't lose」
になると思います。
しかし、では Losing isn't an option は「誤訳」なのか、というと、そんなことはない。
こちらのニュアンスでは「追い詰められた感」——悲壮感や危機感よりも「やるしかない」という闘志、「意思」の方が強く反映される気がします。
でも、言葉の意味自体は、どちらもそう大きくは違わないんですよね。
強いて言えば「option」の方が「劇的」かな。という気はする。
言葉の意味よりも「ニュアンス」のどちらを、より強く取るか。
選択の問題だなと感じます。
山本投手はその後の記者会見で、英語ネイティブの記者からoption のほうを取り上げて質問される場面があったそうで、そのときは
「俺そんなこと言った?」
みたいな、少々戸惑う表情で、ちらりと隣の園田通訳に視線を送っていたとか。
たぶん、発言者は「言葉そのもの」を強く意識するのだと思います。
極端な例文を挙げれば、
「わたしが勝ちます」
とは言ってない、
「わたしは勝ちます」と言ったんです、——みたいに、助詞ひとつでも違うと感じる。そんなこと言ってない、と。
でも、聴く側は、そこまで言葉を厳密には聞かない。
勝つ意識を強く示した、という、「意味」「意図」のほうに注意を向けます。
検証の結果、確かに「わたしは」と言ったのであり、「わたしが」とは言ってない、と判明したとしても、聞き手たちは、「でも、自分が勝つって宣言したじゃん! 同じじゃん!」と思い、だから聞き手である自分の解釈は「合っている」と思う。
言葉って。
便利なものではあるのですが、やはり難しいなあ、と感じました。
言葉が伝えるのは、言葉そのものよりも意味や意図や「イメージ」。
話し手が何を意図しているか、何を意味しているか、何を言いたいのか伝えたいのか。そこを汲み取らなければならない。
言葉だけをなぞればいいというものではない。
そこに翻訳、あるいは通訳の難しさがあるんでしょうね。
同時に、絶対的な断絶のある2つの言語を橋渡しする面白さも楽しさも、そこにはあるでしょう。
「とにかく負けるわけにはいかないので」
では、さほど名言とは言えなくても(その言葉通りに見事な勝利をあげても)
「Losing isn't an option」
だと、立派に名言になる。
日本語で見ても、元の
「負けるわけにはいかないので」
より
「負けるという選択肢はない」
の方が、名言〝感〟がある。
名言感がありすぎて、元の発言を改変している疑惑さえ湧いてくるけれど、でも、検証してみると別に誤訳ってわけじゃない。
この微妙さ。
言葉の面白さと繊細さが見えてくるようです。
翻訳という作業があってこそ誕生した名言なんですねえ。
ところでTシャツには、英文と日本語の両方がプリントされている、と聞いて、その画像を探してみました。
山本の名言Tシャツを着用して練習するディーン
(撮影・杉浦 大介通信員)- スポニチ Sponichi Annex
日本語の方も「負けるという選択肢はない」と言う訳文かと思いきや、こちらはちゃんと原文通り、山本投手の発言
「なんとしても負けるわけにはいかないので」
になっていたので、逆に、山本投手の言った本来の意味(緊迫感、切迫感、責任感など)は、アチラの方にはイメージされていないんだな、とわかる。
これもまた興味深かったです。
そして園田さんは、
「なんとしても」
のほうを、発言のより強い「意味」として拾ったのだな、ということも、わかりますね。
やはり言葉は面白く、奥深い。
そんなふうに思った一件でした。
【おまけ】
YouTubeより