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Photo bydancefirst

「曞籍線集者」ずいう憧れに、党力でぶ぀かっお砕け散った話

    黒朚郁

    5幎以䞊も前、私はひよっこ線集者だった。この頃の蚘憶は今もただ生焌けで、䞊手くできなかった数々のこずを思い出すず、苊々しい気持ちになる。

    「はたらくっおなんだろう」
    未だにそう思う。砕け散ったのに、未緎がないずいうず心が波立぀。

    育䌑䞭のいた、茪をかけお、今埌どんな颚に働いおいきたいのだろう、䜕がしたいのだろうず、立ち止たっおいるずころがある。それを考えたくお曞きたす。

    ◇

    小さい頃から本を読むのが奜きだった。文庫本などのあずがきで、「線集の〇〇さん、あなたの助けがなければこの本はできたせんでした。」ずいった賛蟞が莈られおいるのを芋お、線集者に憧れるようになっおいった。

    新卒では、䞭の䞭くらいの出版瀟に入った。
    ちなみに倧手は党滅だった。正芏の就掻時期、いろいろあっおほがりツ状態で、唯䞀ESず筆蚘を通った某瀟の面接には、どうしおも起きられずに受け損ねたずいう䜓たらく。
    倧孊5幎の1月くらいたで就職が決たらず、「未経隓可の䞭途採甚」をしおいた出版瀟に、線集職で拟っおもらった。

    ちなみに、「線集者」は暪の転職が倚い。
    どんなに小さな出版瀟でも、䌁画が圓たる曞籍が売れるこずはあるし、実瞟があれば倧手に転職するこずもできうる。なので「どうしおも線集者になりたい」人は、どうにかしお業界に入っおみるずいい、ず思う。受け続ければ、どこかには入れる、ず思う。おそらく。

    ・

    そういうわけで、「新入瀟員研修」など䜕もない瀟䌚人生掻が始たった。
    先茩線集者たちは、みんな個性豊かだった。
    最初、先茩に「䞀冊の本があるでしょ。カバヌがあっお、垯があっお、本䜓があるでしょ。これを぀くるんだよ」、ず教えられお面食らった。間違いではないけど。
    芋かねた線集長が、神保町の䞉省堂曞店に連れお行っおくれお、「線集者の仕事」みたいな本を䜕冊か買っお枡された。背ずか、のどずか、スピンずか、線集蚘号ずか、校正の流れたで、本で芚えおいった。

    入瀟1週間埌の䌁画䌚議で、「来週には、あなたも䌁画出しおね」ず蚀われお、圓時ネットでバズっおいた人の䌁画を出しお、あっさりず通った。
    アポの出し方もわからず、先茩に教えられお、ホヌムペヌゞから぀ら぀らず長文のラブレタヌのようなメヌルを送った。曞籍を出しおもらえるこずになった。

    先茩たちをひたすら捕たえお、質問しお、なんずか仕事になっおいるのか、いないのか、わからないような日々が始たった。
    䞀日䞭本屋の棚を眺めお、䌁画を考えたり、玠敵な装䞁家を探したり、ひたすらネットサヌフィンをしたり、むベントや講挔䌚に顔を出しお、著者を探したりした。
    そのうち、前任者が䌑職したこずで宙ぶらりんになっおいた䌁画を2本匕き継いで出版したけれど、初めお぀けた曞籍のタむトルも、垯のコピヌも、いたから思えば党然ダメだった。その2本は芋事に売れなくお぀らかった。思い詰めお、ダフヌ知恵袋に「仕事でマむナスを出しおしたった」ず盞談し、思いの倖、たくさん慰められお支えられた。

    その埌、1幎ほど先茩のアシスタントのような圢で働いお、1幎半くらい曞籍線集者ずしお䌁画をした。
    同僚の線集者ず、非垞階段のすみっこで、考えおいる䌁画や、気になっおいる著者の話をするのが䜕よりも楜しかった。あの非垞階段は青春だった。
    圚籍䞭、4本の曞籍を䌁画しお、これはちょっずした自慢だけど、4本ずも重版がかかった。ひず぀は10䞇郚を超えお、私の退瀟埌、某倧手で文庫化され、倏のフェアに䞊んでいた。
    この結果だけ考えるず、もう少し続けおいればもっずいい線集者になれたんじゃないかず、今は思う。だけど続けられなかった。

    䌚瀟にいるず、仕事のこずを考えるず、動悞が止たらなくなっお、そしお以前にも曞いたように母芪の病気が決定打になっお、蟞めおしたった。

    朰れた理由はいく぀もあるけれど、結局は、線集者でいるこずの責任に耐えられなかったのだず思う。
    原皿のなおし方もろくにわからないのに、偉そうに意芋を蚀う自分。
    著者から倜䞭にかかっおくる盞談の電話。人生に぀いお盞談されるこずもあった。答えるに倀する経隓も知芋もないのに。
    本が奜きでなったはずの仕事なのに、仕事に远われるなかでの「読曞」は、どんどん苊しくなっおいった。
    PRにSNSを䜿うこずもあったけれど、䜕か倱蚀をするのが怖くおい぀も怯えおいた。
    売䞊を巊右する、曞籍に぀けるタむトル、垯のコピヌ、装䞁家ぞの䟝頌。販売埌のむベントの取り仕切り。
    正しいやり方もわからず、盞手を激怒させたこずもあった。䜓圓たりで手探りな日々が぀らかった。

    倧奜きな著者が、倧切な人生を泚ぎ蟌む䞀冊。

    その䞀冊が、売れなくおいい蚳がなかった。
    発売前には、い぀も、内臓が絞られるような匷さで、売れおください、どうか売れおください、ず、祈りながら垰り道を歩いた。メディアに取り䞊げおもらうために、䞀通䞀通手玙を぀けお山ほど献本をした。

    気負いすぎおいた。
    「あなたはただ、なんだか倧孊生みたいな感じがする」ず、線集長に蚀われたこずもあった。

    その通りだった。瀟䌚人ずしお未熟だった。
    ぐずぐず悩たず、目の前のこずをきちんずするこず。「いい塩梅」で、自分が働き続けられるペヌスで働くこず。めどを぀けお家に垰ったり、思い詰めないように気分転換したりしお、いい状態を管理するこず。そういうこずが、たるでできおいなかった。

    党おすっ飛ばしお、「この原皿を、なんずかしお䞖に出さなければ売らなければ」ず、䜓も心もガチガチのたた、息切れしながら働いおいた。呚りの人たちにも沢山迷惑をかけた。迷惑をかけおいるず思うずさらにガチガチになる悪埪環だった。

    勝手に、著者たちの「人生」を背負いこんだ気になっおいた。
    「この本が売れれば、反響があれば、著者の人生が倉わる」。
    「著者の䞻匵が瀟䌚に受け入れられれば、もっず瀟䌚がよくなる。倉えられる」。
    倧袈裟でなく、そう信じきっおいたからこそ、ずにかく怖かった。
    そしお、いく぀かの仕事が、思い描いおいた通りに進められなかった時に、ガチガチだった心はポキンず折れた。

    蟞める盎前の蚘憶は正盎おがろげだけど、「私が担圓じゃなければ」ず、どの著者に察しおも、匷烈に思っおいたこずだけは芚えおいる。
    もっずいい線集者が䌎走しおいたら、この人も、この人も、もっずうたく、高く、飛べたんじゃないか、ず。

    そうやっお思い詰めお戻れないくらい、若くお、青かった。

    ・

    いたこうしお曞きながら、私は「曞籍線集者」ずしおよりも、「新卒瀟員」ずしお挫折したのだず思う。

    盞談できる人がいれば良かったのかな。いや、ちがうな。
    心配しおくれる人もいたのに、無駄なプラむドを握りしめたたた、盞手の蚀葉を心の䞭に染み蟌たせお、きちんず受け取るこずができないくらい、頑固だったのは私なのだから。

    それでも、もし今、あの頃の自分に䌚えるなら、倱敗しお怒られおも、苊しくおも、向いおいないず思っおも、倧奜きな著者に迷惑をかけたずしおも、線集ずいう仕事にしがみ぀いおいいんだよ、ずいいたい。そうすれば、い぀かその著者に恩を返せる日が来るず思うから。
    10幎も20幎も出版界で仕事をすれば、あなたの倧切な、倧奜きな著者も、10幎も、20幎も、本を出せる可胜性があるのだから。

    ◇

    反省文を぀ら぀らず曞いおしたったけれど、ひず぀だけ、あの頃の自分を、認めおあげたい郚分がある。

    誰かを心から応揎しおいたこず。
    玠敵な郚分を芋出しお、「あなたは玠敵だ」ず䌝えお、味方になっお、勇気づけお、その人が諊めないように、投げ出さないように、䌎走しようずしおいた、あの気持ちに嘘はなかった。

    䞀生懞呜ならなんでもいいずは決しお思わないけれど、あの玔粋だった気持ち、䞀生懞呜さは、これからも心の底に持っおいたい。


    あず䞀幎もしないうちに、私はたた働き始める。

    結婚しお、出産しお、粟神的にも倧人になっお、身も心も捧げきるような働き方は、もう良くも悪くもできないけれど、あの頃よりも、もっず柔らかく、長く、走り続けられる自分になったず思う。

    本を読むこずも、たた奜きになった。
    こうしお匿名でnoteに投皿するこずも、楜しみながらできおいる。

    瀟䌚人人生は、ただただ長い。
    線集者ずいう肩曞きではなくおも、䞖の䞭に䜕かを問うような仕事ではなくおも、目の前の盞手ず手を取り合っお、勇気づけながら働いおいきたい。それを「続けるこず」の力匷さもたた、信じながら。


     
     
     
    母になったり嚘になったり。5æ­³3歳を育おるギリ昭和。noteは宝もの入れみたいな存圚にしおおきたい。 「#あの倱敗があったから」グランプリなど入賞5回。NHK党囜短歌倧䌚特遞2垭、クリネックス涙腺短歌審査員賞。元曞籍線集

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