
名前のない店⑩人生標本館編 第三話 ちゃんと食べてと言った日 後編 忘れていた色
名前のない店⑩人生標本館編 第三話 ちゃんと食べてと言った日 後編 忘れていた色
子どものために、ある場所を訪れた。
学びになる場所。
考える力を育てる場所。
そう思っていた。
そこには、実験室があった。
子どもは夢中になった。
色を混ぜる。
形を作る。
失敗する。
また試す。
先生は、いつものように言いかけた。
「それだと違うかもしれないよ。」
でも、
言葉を止めた。
子どもは楽しそうだった。
正解を探していなかった。
ただ、
やってみていた。
その姿を見て、思い出した。
昔の自分。
絵の具を混ぜたこと。
工作で失敗したこと。
本を読んで、
知らない世界を想像したこと。
先生になる前の自分。
親になる前の自分。
まだ何者でもなかった頃の自分。
その時間は、
なくなったわけではなかった。
ただ、
忙しい毎日の奥に置いていただけだった。
帰り道。
子どもが言った。
「私ね、大きくなったら先生になりたい。」
先生は驚いた。
「どうして?」
子どもは少し考えて言った。
「今日のお母さん、楽しそうだったから。」
胸が少し痛くなった。
いつも子どもに、
楽しいことを見つけてほしいと思っていた。
でも、
自分が楽しむ姿を見せることも、
同じくらい大切だったのかもしれない。
先生は笑った。
「……ずるいな。」
子どもが首をかしげる。
「そんなこと言われたら。」
少し間を置いて。
「私もだよ。」
昔好きだったこと。
忘れていたこと。
まだ残っていたこと。
今日の標本。
『子どものために探していた場所で、
忘れていた自分に出会った。
育てることは、
正しい答えを渡すことではなかった。
一緒に迷いながら、
見つけていくことだった。
今日は、
親子で途中の色を見つけた日でした。』