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私がリハビリ看護師になった理由


イベント支援サポート中はなかなか専門記事が書けなかったので、ちょっとほかの記事も書きたい欲求に駆られまして😑

久々に仕事のことでも書いてみようかな〜🤔 

と思い、記事を書いています🤭

いつものイロドリ節とは違って、だいぶ真面目な記事になっていますので、ご了承くださいね😉



私とリハビリ看護との出会い🥰


看護師という同じ専門性のなかでも

「リハビリ看護ってはじめて聞きました😳」


と仰る方が、実は、結構多いんですよね💦



そっかぁ〜🤔
これは、認定看護師としてもっと普及活動しなくちゃ!!


と、いらぬ使命感に燃えています🔥
🤣🤣🤣


そんで、本題ですね😉✨️
私がリハビリ看護の道に進んだのは約20年前。


それまでは小児科、整形外科、泌尿器科、婦人科と急性期の病棟で働いていたんですが……。

ある日。

1人の脳卒中の患者さんとの出会いが、私の看護師人生を変えました。


私は当時、脳外科領域の患者さんを担当するのが初めてで。
その患者さんの重症度や、回復の見通しについて、全く何もわかっていませんでした。

初めてお会いしたその患者さんは、ベッドにいわゆる寝たきりで。


生活の全てに看護師の介助が必要でした。


それから2週間くらい経った、ある日のこと。


患者さんが、ベッドの上であぐらをかいて、新聞を読んでいる姿をたまたま目にしたんです。


……え?
寝たきりだったのに…?!


ものすごく驚いたのを今でも覚えています。


そして、そこから。
患者さんと一緒に。

ベッドサイドで立ち上がる訓練をして。
部屋の中を歩行器を使って数歩だけ歩いてみて。


明日は一緒に部屋の外に出てみよう。


そう約束した日。


たった数歩、部屋から出た患者さんは。
後ろを振り返って、部屋の入り口をしばらく黙って見つめて。


「自分の足で歩いて部屋を出ることができるなんて、思ってなかった」


と、泣いていました。


……当時の私は、その患者さんの言葉に、直接言葉を返すことができなくて。


ただ。

「もう少し歩いてみましょうか」


と、促すことしかできなかった。


たった数メートルの距離を、歩行車を使って歩く患者さん。
その隣に付き添うだけの私。


患者さんと一緒にナースセンターに行ったら、そこにいた看護師たちが、


「すごいね!」


「歩けたの?!」

「こんなに元気になってくれて嬉しい!」


と、みんなで患者さんを出迎えて。

……患者さんだけじゃなくて、私も一緒になって泣きました。


病院って、治療、療養する場所だけど……。
回復して良くなる人ばかりじゃない。


そんな現実に、疲れていた時期だったから。
なおのこと、このときのエピソードは私の中に強く焼きついています。


そこから私は


「患者さんの回復に携わること」

にものすごく執着しはじめました🤣


一時期己を見失って、セラピストの学校の入学案内を取り寄せたくらいには😑

看護師、どこいった……?!



じつは、ここでもうひとつの出会いがあって。
私は本格的にリハビリ看護師への道を歩み始めるわけですが……。


長くなるので、それはまた今度😉✨️



振り返ってみると、私の看護師としてのスタンスと、今のKSU事務局で大切にしていることって、実はよく似ています。


その人が「やりたい!」と思った一歩を、一緒に考えて、隣で支えること。


リハビリ看護でも、企画支援でも。


私が好きなのは、きっと。

できるようになっていく人のそばにいること

なんだと思います。


なぁんだ!
私!

……20年前から、やってること変わってないじゃん🤣


KSU事務局をリリースするために、いろいろなことを考えて。


そして気づいた、わりと単純だけど大切なこと。


これからも、大切にしていきたいから……。


いつものイロドリ節は、ちょっと横に置いて、語ってみたのでした😁

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