
結末が分からないから、面白い。――読書好きがワールドカップをリアルタイムで観て思ったこと
2026年6月30日、午前2時。
FIFAワールドカップ2026決勝トーナメント、日本対ブラジル。
私はワールドカップのときだけ何となく観る、ニワカ中のニワカである。
スポーツは全般的に好きだ。でも、サッカーにしろ野球にしろラグビーにしろ、オリンピックにしろ、リアルタイムで試合を観ることはほとんどない。朝のニュースで結果を知り、ハイライトを見る。それで満足してしまうことが多い。
今はやることがたくさんある時代だ。一つの試合に約2時間集中し続けるのは、思っている以上に気力がいる。どうしても優先順位は下がってしまう。
それでも、リアルタイムで試合を観る面白さは知っている。
以前はサッカースタジアムへ試合を観に行ったこともあるし、甲子園球場へ野球を観に行ったこともある。テレビ越しでも、その場の空気は伝わってくる。
だからワールドカップやWBCのような大きな大会だけでも、観られるなら観たいと思っている。
今回のブラジル戦は夜中ということもあって、観るかどうかギリギリまで迷っていた。観たら絶対面白い。それは分かっている。でも、頭の中にその日のスケジュールが頭をよぎる。寝不足なのは辛い。
悩んでウトウトしているうちに、寝落ちしていた。起きたら1時。ちょうど子どもも起きたので、あやして寝かしつけたころには1時間経っていて、ブラジル戦が始まった。観始めたら寝れなくなるなーとは思いつつ、逆に寝落ちできたことで睡眠時間はトータル的にはいけそうだ。
……よし、観るか。これは運命だ。
と、視聴態勢に入った。
今回、それは間違っていなかった。
久しく感じていなかった「感動」を味わえたのだ。
ニュースを見れば結果は分かる。でも、リアルタイムで観ていたからこそ感じられたことが、たくさんあった。
まず。
結果が分からないこと自体が面白い。
あとで録画を観るために情報を完全に遮断する人もいるけれど、それだけ「結末を知らずに観る」ことには価値があるのだと思う。
私は戦術なんてほとんど分からない。それでも、「あ、今あの選手がカバーに入った」「こんなところまで走るんだ」といった動きは何となく伝わってくる。「すげえ」そんな感想しか出てこないけれど、それで十分だった。
ニュースのハイライトでは、得点シーンや決定機しか映らない。
でも、90分を通して観ていると、その前後にどれだけ苦しい時間があったのかが分かる。
ブラジルに攻め込まれ続ける時間。
ボールを奪われるたびに、「また来る」と身構える時間。
観ているだけでも苦しい。
だからこそ、一つひとつのプレーに意味が生まれる。
ハイライトだけでは味わえない時間だった。
そして、今回もう一つ印象に残ったのが、本田圭佑さんの解説だった。
グループステージは観られなかったのだけれど、「本田さんの解説が面白い」ということは話題になっていたのでNHK BSで観戦した。
これが本当に面白かった。
専門的な話よりも、このプレーが素晴らしいということを短い言葉、適切なタイミングで発してくれる。まるで隣で一緒に試合を観ながら話してくれているような感覚だった。
「ああ、そういう見方があるのか」
そんな発見が何度もあった。
本田さんで思い出した試合がある。
2014年ブラジルワールドカップ、グループステージ初戦のコートジボワール戦だ。
当時、日本代表への期待はとても大きかった。私も「今回はいけるんじゃないか」と思っていた一人だった。
けれど、グループステージ初戦、最初から空気が重かった。圧倒的なアウェー感というか……。本田さんが先制点を決めたが、その空気は変わらず、むしろ少しずつ重くなっていった。
後半、途中交代の相手選手が入ってきた。確かコートジボワールのレジェンド選手だった気がする。会場が沸き立ち、日本側で視聴している身としては絶望感すら抱かされた。「何か嫌な流れだな」という空気をテレビ越しにも感じたまま、逆転負け。2戦目3戦目もその空気を引きずっていたように思う。最終的にはグループステージで敗退した。
あのときの重苦しい空気は、よく覚えている。テレビで観ていただけなのに苦しかったのだから、選手たちのプレッシャーは相当なものだっただろう。
今回のブラジル戦も、結果としては敗れた。もちろん勝ってほしかった。わずかにチャンスがあるんじゃないか、本当にいけるんじゃないか。そんな期待が持てる試合だった。
試合を観終わったあとに残ったのは悔しさだけではなく、「観てよかった」という気持ちだった。
なぜだろう、と考えた。
たぶん私は、勝敗そのものよりも、「結果が分からない時間」を楽しんでいたのだと思う。
次に何が起こるのか分からない。
このまま耐え切れるのか、それともゴールが生まれるのか。
その一瞬一瞬に心が動いた。
だから、試合終了の笛が鳴ったとき、大きな満足感があった。
そして、その感覚には覚えがあった。
読書だ。
読書も、最後のページに何が書いてあるかだけ知りたいなら、あらすじや要約を読めば十分だ。
誰が犯人なのか。
最後にどうなるのか。
それだけなら数分で知ることができる。
でも、私たちが本を読むのは、結末を知るためだけではない。
ページをめくりながら登場人物と一緒に悩み、一緒に喜び、「次はどうなるんだろう」と心をおどらせる。その時間そのものが楽しい。
だから最後の一ページを読み終えたとき、「読んでよかった」と思える。
ワールドカップも同じだった。
結果を知るだけでは味わえない時間がある。
だからリアルタイムで観る価値がある。
そんなことを改めて感じた、FIFAワールドカップ2026だった。もちろん選手たちはめちゃくちゃ悔しかっただろうけれど。夢を、期待を、感動を与えてくれた。
次回、2030年大会はワールドカップ100周年の節目になるそうだ。
4年後、私はきっとニワカ中のニワカのまま、また観ているのだろう。その頃もきっと、本を読み、読書会を続けている。
そしてまた、「結末が分からないから、面白い」そんな当たり前のことを、きっと思い出すのだろう。
ワールドカップはまだ終わっていない。優勝がどこになるのか、最後まで楽しませてもらおうと思う。
とにかく心動かされたブラジル戦だった。
日本代表の皆さん、本当にお疲れ様でした。