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【京都国際写真祭2026】大人の京都散策。KYOTOGRAPHIEで出会う「心地よい違和感」と、ある写真家の遺した記憶

    【約1,200文字、写真13枚|読了目安:約3分】


    心地よい静謐に混じる、ざらりとした違和感

     五月の京都は、なんだか気恥ずかしい。
     どこへ行っても人、ひと、ひと。桜の淡いピンクが散り、街が滴るような青もみじ色に染まる季節だ。そんな喧騒を横目に、私はわざわざ薄暗い廃墟や、痛みが染みついた写真を見に歩く。
     忙しない日常を放り出して、わざわざ「心地の悪いもの」を探しに行くなんて。
     われながら、少し偏屈だと思う。
     今年の「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」のテーマは「EDGE」。つまり、際(きわ)。
     あわい、とか、瀬戸際、とか。言葉にすれば綺麗だけれど、その「際」に指を引っかけてしまった私の、身体が覚えた違和感を書いておこうと思う。



    1|虚構と現実が混じる、廃墟「重信会館」

     最初に訪ねたのは、蔦(ツタ)に絡まり、まるで映画のセットのように沈黙して建つ重信会館。
     1930年の竣工以来、学生寮など、幾層もの人々の営みを飲み込んできた。建物に一歩入った瞬間に「ああ、これは蔦に水分をすっかり吸い取られてしまったな」と思った。

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    「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」重信会館 前面道路より
    撮影:IRIE ART LOG

     廊下を歩くたび、ギイ、ガサリ、と足裏が鳴る。 
     それは、水気がすっかり抜けた高野豆腐のような、あるいは冬の朝に踏みつける枯葉のような、どこか他人事の響きだ。 
     ここで展示されているイヴ・マルシャン & ロマ・メェッフェルの作品は、近代の廃墟を写した写真と、AIが作り出した「偽物」が混じっているという。

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    イヴ・マルシャン & ロマ・メェッフェル「残されるもののかたち」展示風景

     「そもそも、記録って何だっけ?」
     私たちは写真を、真実を写し取る魔法だと思い込んでいる。
     けれど、目の前にあるのは、実在した光なのか、それとも計算機が弾き出したデタラメか。

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    重信会館 屋上に設置された不思議な双眼鏡

     判別がつかなくなると、柱の木目までが嘘っぽく見えてくる。なんだか、騙されているような。

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    イヴ・マルシャン & ロマ・メェッフェル「残されるもののかたち」展示風景

     私は自分の記憶さえ心許なくなって、逃げるように古い建物をあとにした。


    2|足の裏から、アフリカの砂を吸う「東本願寺」

     次は、東本願寺 大玄関。公式な行事の際のみ開かれる、重厚な建築の向こうに、南アフリカのアーティスト、レボハン・ハンイェの作品が鎮座していた。

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    「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」東本願寺 大玄関

     靴を脱いで上がると、床がざらりとしている。
     床一面が白い紙で覆われているからか、あるいはボール紙と木の支持体でできたインスタレーションに触発されたのか。不意に、鼻の奥がツンと動いた。
     木の匂いに混じって、どこか知らない国の、土の匂いがした気がしたのだ。

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    レボハン・ハンイェ「記憶のリハーサル」展示風景

     アパルトヘイト。教科書で読んだだけの、どこか遠い国の記号。
     それが、お寺という日本的な空間で順に「眺める」のではなく、全身に「浴びる」ものとして私を包み込んでくる。

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    レボハン・ハンイェ「記憶のリハーサル」展示風景

     足裏のざらつきを通して、私は知らなかった誰かの歴史と、図々しくも繋がってしまった。


    3|畳の上で、私は残酷にリラックスする「八竹庵」

     最後は、八竹庵(旧川崎家住宅)。手入れの行き届いたお庭、整えられた畳に床の間。
     京都の初夏を思わせる、風通しの良い「静謐」がそこにはあった。

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    「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」八竹庵(旧川崎家住宅)前面道路より

     その涼やかな座敷の奥で流れていたのは、ファトマ・ハッスーナが捉えたガザの惨状だった。
     私は、歩き疲れて火照った身体をハンカチで拭い、座り心地の微妙な即席の椅子に腰掛け、遠い国の他者の痛みを、じっと、眺める。

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    ファトマ・ハッスーナ「The eye of Gaza」展示風景

     「なんて、残酷なことをしているんだろう」
     後でカフェにでも寄ろうと考えながら、戦禍に苦しむ人々を凝視している。絶望を消費している。
     私は自分が、ひどく偽善的な人間に思えてきた。

     2025年4月16日、ファトマ・ハッスーナはイスラエル軍による空爆で命を落としたという。

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    八竹庵 お庭

     畳の香りは、こんなに優しいのに。写真が突きつける「心地の悪い真実」は、私の喉に刺さった小骨のように、いつまでも取れなかった。


    【Information】

    KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026

    • 会期: 2026年4月18日(土)– 5月17日(日)

    • 会場: 京都市内各所(重信会館、東本願寺 大玄関、八竹庵ほか)

    • 公式サイト: https://www.kyotographie.jp/


    おまけ:私の小さな、ちいさな抗い

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     手元に、大好きな森山大道さんの作品が印刷されたトートバッグがある。カフェや本屋さんへ出かけるのに、ちょうど良さそうなサイズ感だ。

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    「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」八竹庵 ショップ

     けれど、私はまだ、これを肩に掛けて外へ出ることができずにいる。
     今はただ、部屋の静かな場所に、飾るように置いてある。

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    ファトマ・ハッスーナ「The eye of Gaza」展示風景

     あの展示で触れた、ひりつくような「記録」の断片。
     それを、お財布やハンカチと一緒に詰め込んで歩くのは、なんだか自分の中で折り合いがつかないのだ。
     いつか、ごく自然にこのバッグを提げて、京都の街へ溶け込める日がくるのだろうか。


    【次回の予告】

     来週は京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階へ。 
     そこでは、森山大道さんの眼光が、私を待ち構えているはずだから。
     (毎週水曜更新)

    ※この記事は、記者内覧会に参加して書いたものです。
    ※掲載画像の転載・二次利用はご遠慮ください。

    取材・文・写真:入江玄(IRIE ART LOG)


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    京都在住のアートライター。関西の展覧会を現地取材し、空間体験まで丁寧に言語化。“思考と感覚が動く瞬間”を掘り下げる没入型レビューを毎週更新。

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