
大人の「絶対面白い」より、子どもの「これがいい」。3歳が教えてくれたお片付けの約束
大人の「絶対面白い」を鮮やかに裏切った、3歳の小さな意思
なんでもない、いつもと同じような休日。
だけど、子どもと交わした「おもちゃを一つ買ってあげる」という小さな約束が、私の大人の凝り固まった価値観を優しく、そして鮮やかにひっくり返す特別な一日に変わりました。
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本日の出来事とリアルな体験
それは、よくあるおもちゃ売り場での一幕でした。
3歳の子どもに自由に選ばせてみると、手にしたのは「メルちゃんの冷蔵庫」。音が鳴る仕掛けもなく、ただ中に小物を出し入れするだけの、とてもシンプルな作りのおもちゃです。
大人の目から見れば、
「これは絶対にすぐ飽きるだろうな……」
そう思わざるを得ませんでした。
すぐ隣には、音が鳴ったり、たくさんのカラフルな仕掛けが動いたりする、大人が見ても「絶対にこっちの方が面白い!」と感じる同価格帯のおもちゃが並んでいます。当然、私はそちらを勧めました。しかし、子どもはかたくなに譲りません。
驚いたのは、その時の子どもの姿でした。まだ買うと決まったわけでもないのに、メルちゃんの冷蔵庫を小さな胸に「ギュッ」と愛おしそうに抱きしめていたのです。そこまで言うなら、と購入を決めました。
すると、大人の予想は見事に裏切られます。
すぐ飽きるかと思いきや、子どもはそのおもちゃをものすごく大切にして、飽きることなく遊び続けました。そればかりか、いつもなら絶対にしないはずのおもちゃの片付けを、自分で進んで、私と交わした「約束通り」にしっかりとやり遂げたのです。
その時、心がどう動いたか
正直なところ、買う瞬間までは「どうせすぐにポイッとその辺に転がされることになるんだろう」と、どこか冷めた、諦めのような気持ちが心の中にありました。子どもの選択を信じきれていなかったのだと思います。
だからこそ、いつもは散らかしっぱなしにする子どもが、買ってもらった冷蔵庫を一生懸命にお片付けしている姿を見たとき、胸がキュッと締め付けられるような衝撃を受けました。
「ああ、この子はただのワガママや一時の気まぐれで欲しがったんじゃないんだ。本当にこれが欲しくて、だからこそ約束をちゃんと守ろうとしているんだ」
そう気づいた瞬間、込み上げてきたのは、わが子の確かな成長に対する深い感動と、それ以上に「最初からすぐ飽きると決めつけて、疑ってごめんね」という、申し訳なさと愛おしさが混ざり合った生々しい感情でした。
今日という日から得た小さな気づき・考察
今回の出来事を通じて、「大人が良かれと思って選ぶ正解」と、「本人が心の底から望む正解」は全く別物なのだと痛感しました。
大人はつい、スペックや機能、コスパといった「わかりやすい価値(今回の例で言えば、音が鳴る・仕掛けが多いなど)」でおもちゃを評価してしまいます。しかし、3歳の子どもにとって大切なのは、そんな条件ではなく、「自分でこれを選んだ」という強い意志と、胸に抱きしめたときに感じた直感的な愛着だったのです。
本人の意思を尊重することは、単にやりたいようにやらせることではなく、本人の「大切にしたい」という責任感を育てることにつながる。
散らかった部屋の隅で、きれいに片付けられた小さな冷蔵庫を見つめながら、大人の物差しだけで物事を測るのをやめよう、と静かに心に誓った一日になりました。
そして今日も私が選んだおもちゃは散らかっている