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第三章|サービスから始まった僕のレストラン人生

    そして、卒業と同時に──
    僕は東京へ向かいました。
    もっと深く、フレンチを学ぶために。

    でも、その先に待っていたのは、想像を遥かに超える“現実”でした。
    「料理が好き」だけでは乗り越えられない、プロの世界がそこにはありました。

    六本木ヴァンサン、緊張と孤独の始まり

    20歳で上京。
    僕が最初に就職したのは、六本木の名店「ヴァンサン」。
    厨房ではフランス語が飛び交い、黒服のサービスマンとソムリエが、張り詰めた空気をつくり出していました。

    とにかく、緊張感がすごい。
    圧倒されたのを、今でもはっきり覚えています。

    「“好き”だけでは、立っていられない世界がある。」

    厨房に入るには順番待ち。
    僕もまずはサービスから経験を積むことになりました。
    城シェフのもとで修業したいという厨房志望は数多く、前任のコミが脱落したため、たまたま運よく入社できた形でした。

    「お前の代わりはいくらでもいる」
    「中途半端な気持ちじゃ、キッチンには入れない」

    そんな言葉が飛び交う、厳しい世界。
    学生時代の経験なんて、通用しない。

    「この世界に入った瞬間、昨日までの“自分”は役に立たない。」

    昭和のルール、だけど大事なこともあった

    「うちのやり方を学べ」
    「シェフが黒と言ったら黒。白に変わったら白。それが絶対だ」

    そんな“昭和のルール”のなかで、僕はまず「コミ」(見習い)として働き始めました。
    料理を直接お客様に出すこともできない。
    料理をプラッター(銀のトレー)で運び、黒服に渡し、クロッシュ(蓋)を外し、下げる。
    いわばキッチンとサービスの“中継地点”。

    緊張と配慮が秒単位で求められるポジション。
    常連様ごとの細かな好みにも対応しながら、常に先を読む。

    「料理を出す前に、“空気”を読めなければ、この世界では生きられない。」

    サービスをして、ようやく“気づけたこと”

    お客様の会話、料理を出すタイミング、
    グラスの水は? パンは? 次の料理の準備は?
    席を立とうとしていないか?料理を下げようとしていないか?

    一見当たり前のようだけど──
    「言われる前に気づけるか」がプロとしての分かれ目。

    「言われてから動くのは、誰でもできる。言われる前に動けるのが、プロだ。」

    15テーブル・30席の状況が、自然と視界に入ってくるようになりました。

    そして、グレーのジャケットを着られるポジションになった頃、
    「まつもとくん、今日もありがとう」
    そんなふうに名前で呼ばれるようになって、やっと“認めてもらえた”実感が芽生えました。

    「サービスの本質は、“目の前の1秒”を、相手より先に感じ取ること。」

    もともと“やらされる”のが苦手な性格だったから、先回りして動くのが当たり前になっていた。
    (※そのせいで、今はかなりせっかちかもしれませんが…笑)

    でも、そんな自分の性格が、この世界には案外向いていたのかもしれません。

    それでも、心の奥には“厨房への想い”

    サービスが楽しくなっても、僕の心にはずっとありました。
    「いつか、キッチンに立ちたい」という想い。

    休みの日には研修として厨房に入り、
    いつでも入れるように、準備と心構えを欠かさなかった。

    キッチンでは挫折する人も多く、次々に入れ替わっていきました。
    そのたびに、「自分の番はいつ来るんだろう」と思いながら、
    **「自分なら、絶対に辞めないのに」**と、ずっと心の中でつぶやいていました。

    中途採用でキッチンに入る人が現れるたび、不安になることもありました。
    でも、焦らず、目の前の仕事に向き合いました。
    まずは、サービスの先輩たちにも認めてもらいたかった。

    そして──
    ついに、僕にも、声がかかる日が来ました。

    「チャンスは、突然現れる。
    掴めるか、逃すかはただひとつ──準備と覚悟があるかどうかだ。」

    そしてようやく踏み出せた、夢への第一歩。
    ここから、本当の戦いが始まります。

    厨房へ。新しい物語の始まり

    念願の厨房。
    ずっと立ちたかった場所。

    でも、それは“ゼロからの挑戦”の始まりだった。
    本当の苦労は、そこから始まった。

    次回、第四章|厨房での最初の一皿。
    そこで僕は、“料理人としての覚悟”と、本当の孤独に向き合うことになります。

    #創作大賞2025 #エッセイ部門 #飲食業 #料理人の仕事 #サービス業 #下積み時代 #働くってなんだろう #夢を追いかけて

     
     
    日本橋で「ラペ」など4店舗やってます。 料理人になって30年以上、気づけば52歳。 料理、店、人、これからのこと。まだまだ挑戦しながら、日々思うことを気ままに書いていきます。

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