
田舎の中学生の「Bad」と、揺るがない芯
2009年、マイケル・ジャクソンのドキュメンタリー映画「This Is It」を観た時、私が感じたのは「愛」だった。
そこには世界中の人を幸せにしたいという思いが、画面いっぱいに溢れていた。
今回、「マイケル」を観て、心に残ったのは、「意志」だった。私は映画を観ながら、ずっと涙がにじんでいた。
黒人コミュニティでの事件に強い衝撃を受け、「一緒に踊ろう」と黒人コミュニティの仲間たちと曲を生み出す姿。
お金や成功を重視する父親の価値観から一歩踏み出し、自分自身の表現を選び取る姿。
スターとしての華やかさではなく、一人の表現者としての生き方が描かれていた。
エンドロールを見ながら余韻に浸っていた時にふと昔のことを思い出す。
中学生の頃、体育で創作ダンスの授業があり、グループに分かれて曲を決める時、一人の友人がマイケル・ジャクソンの曲「Bad」か「Black or White」で創作ダンスを踊りたいと言った。
田舎の中学生にとっては少し背伸びをした選曲だった。
今、初めて、「Bad」の歌詞を読み、YouTubeで本物のマイケル・ジャクソンの姿と表情を観て涙がこぼれ落ちた。
そこにあったのは、自分たちの尊厳を守ろうとする叫びだった。
私は、かつて卒業論文で、人種差別問題を取り上げた。
なぜか、子どもの頃からずっと、自分の理解できない他者を排除しようとする人の行動に違和感を持っている。自分ではその理由がわからないけれど、感情だけがそこにある。
その友人は私に、こんなことを言った。
「もしあなたが男性だったら、付き合ったのにな」
当時の私は意味が分からなかった。
彼女には好きな男の子がいたからだ。
「なんで私なんだろう」
後に彼女が心理学を学んだと耳にした。
人の心に興味があったのかもしれない。
彼女は、あの頃の私にも、私自身が気づいていない「芯」のようなものがあったのを感じていたのだろうか。
今回の映画で私が感動したのは、マイケルの歌やダンスだけではなかった。
「どう生きるか」
揺るがない意志に心が震えた。
ふと振り返ると、小説を書き続けている自分も、仕事に迷いながら歩いている自分も、結局は同じ問いを抱えている。
自分は、どう生きたいのか。
誰かの期待ではなく、自分の心が本当に望む方向へ進むこと。
迷いながらでも、自分の足で歩き続けている。そう思えた。
この映画は、自分自身の中にも、昔から変わらず存在していた小さな「芯」を思い出させてくれた。
人は案外、自分のことを一番知らない。
昔の友人の何気ない一言や、一つの映画が、何十年の時を超えて、そのことを静かに教えてくれる日だった。