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気に入らなかった寒椿


    子規記念博物館の前。

    壁に掲げられた俳句がいた。

    "寒椿落ちて凍るや手水鉢"

    出張1日目。

    大事な書類を忘れてしまった。
    得意先の顔が曇った。

    何度も確認したはずなのに。

    思うようにならないことが続いていた。

    松山なのに
    故郷の冬と変わらない。
    灰色だ。

    気がついたら、
    また寒椿がそこにいた。

    花が落ちてるだけってなんだ。

    何が言いたいんだ。

    どうでも良かった。

    同じミス。

    なんでここにいるんだろう。

    誰かに八つ当たりがしたかった。

    これ見よがしにぶつけたかった。

    目の前にいる寒椿。
    もう3度目だ。

    見下ろしてくる。

    気に入らなかった。

    見上げながら歩いていたら
    階段まで踏み外した。

    思わず誰か見てないか見渡してしまった。
    顔が熱くなった。

    まったく、この句の何がいいのかわからない。

    でも、引っかかった。

    休憩中、ふと調べてみた。

    石の手水鉢。
    表面に薄い氷。
    そこに赤い寒椿。

    ふーん。

    スマホを伏せて
    同僚たちと馬鹿話をする。

    やっぱり気に入らない。

    出張4日目。

    得意先へ向かうたび、
    博物館の前を通った。

    寒椿。

    毎日いる。

    こんなに現れるなら
    早く仕事を済ませて
    館内を見てやろうと思った。

    「今日は行かない。」

    飲みの誘いを雑に断って
    入館時間に間に合うよう走った。

    今日はもう誰の顔も見たくない。

    息が切れた。

    余計に腹が立った。

    受付の方は
    たぶん笑顔だったのに

    返せたか自信がない。

    顔を伏せたまま
    静かに自動ドアが開いた。

    大画面の子規。
    まっすぐ見つめてくる。

    見てやる。

    館内を大股で歩いた。

    楽しそうな人生だったじゃん。

    違った。

    弟子に後を託したかった。
    断られる子規。

    友人にも書簡。

    最後には自分自身への「喝」の文字。

    カッコ悪い。

    弟子に断られて
    友人に書いて
    自分を励ましてる。

    病床から起き上がれないのに。

    悔しい。

    気がついたら
    愚陀仏庵の前で立ち止まっていた。

    「痛い。」

    「起きれない。」

    隠さない子規。
    見てられなかった。

    それでも、句は増えていく。

    書き足りない。
    言い足りない。
    旅がしたい。

    この先、自分がいない世間から
    人生の前借りをしていたんじゃないか。

    当たり前だと思っていたことが、
    急に惜しくなってくる。

    自分が最後の来場者。

    ひとりぼっちの館内。

    スタッフの方が遠くから
    閉館の案内をしているのがわかった。

    見たい。
    もっと知りたい。

    気づかないフリをしようとした。

    でも、また誰かの顔を曇らせるのは嫌だから。

    そそくさと外へ出る。

    色のない冷たい風が吹いてくる。

    振り返ったら
    寒椿の句。

    松山の雪に椿が見えた。

    故郷の雪景色にも
    椿が見えた。

    綺麗に赤々と咲いていた。

    明日はどんな色に見えるだろう。

    そういえば、
    みんなは何してるんだろう。

    帰ろう。

    同僚たちと夕飯を食べたい。

    今なら
    上手く返せそう。


     
     
    全国の史跡を、仕事の合間に勝手にパトロール中。 神社仏閣、城跡、文字が刻まれた石が “本当にあるのか”確かめています。 今と過去がつながった瞬間、 興奮して騒ぎます。 保護者兼我が従業員によると、 ワイは石が好きらしいです。

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