メインコンテンツへスキップ
見出し画像

おぢ。meets パトロール        

    ー歴史に会いに行く旅ー


    ▶目次

    オリジン 想像していた信長公

    第一章 歴史は古くない

    第二章 坂本龍馬のブーツ

    第三章 毛利家は退場しなかった

    第四章 法隆寺で在った微笑み

    エピローグ おぢも歴史の1ページ





    ▶オリジン:想像していた信長公




    最初の出会いは、もう時系列が迷子。
    ただ、あの日も確か…雨だったはず。


    おぢ。



    以前、バックパッカーなるものをしていた。

    学生時代ちょいちょい。


    何故か?


    変な話かもしれないけど、
    地図を見ていたら、、、


    本当にこの地域ってあるのかな?



    実は自分には運命が決まっていて、
    実際はこの地域はないんじゃないか?


    世の中はマトリ●クスみたいな世界じゃないのか?


    だから、信じるために確かめに行った。



    マネーに余裕はないので

    東南アジアやインドが主だったけど。


    インドに行ったのも古い映画を見て
    
"マハトマ・ガンジー様”に会いたかった。



    ただそれだけ。
    

    現地ではガンジス川で泳いだり

    あんま水とかに頓着していなかったので

    ―――結果、高熱でうなされる️。


    ある時期、仕事に追われていた。

    毎日新幹線に乗っているように、

    景色だけが通り過ぎていく感覚。

    そして我が暮らしは、


    楽にならず……のおまけ付き。

    

    なんだかんだ楽しいけど



    “京都”にいるのにホテルでずっと作業。
    “名古屋”にいるのにホテルで明日の確認作業。

    “大阪”にいるのに食い倒れ。

    …あ、これはちゃんと大阪だった。

    とにかく、今じゃ考えられない。



    今の自分だったら、
    その時の自分に"闘魂"を注入しに
    行っていたと思うくらい。

    
「起きろぉおおおっ!」って。

    京都だった。

    ずっと何か追われている感じがして、

    せめて頭を切り替えたい。

    寝る前に"司馬遼太郎先生"の本をとる。
    

    読む気力もなく、、、

    ずっと眺めているだけ。

    幕末が好きだった。

    土佐の坂本龍馬が
    日本中を駆け巡って
    京都で最後を迎えたことは知っていた。

    ホテルの近くには“土佐藩邸跡”があるって、
    どこかで読んだ気がする。

    この時は
    本に出てくる人物を
    
"別の世界”のことだと勝手に決めつけていた。

    この時代ってどうだったんだろ。

    史跡はたまに見かけるけど...

    夜中にむくって起き始める。

    まだ”土佐藩邸跡”ってあるのかな…。

    なんか見たくなった。

    夜中にいそいそと着替えて、
    外に飛び出してみた。

    ちょっと駆け足で行ってみる。

    ちゃんと”あった”。

    見渡せば幕末を感じる場所が
    そこら中にあった。

    そういえば、、、


    「坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された場所」


    まだあるのかな。

    今度は気がついたら駆け出していた。

    ここにもちゃんと”在った”。

    この地で幕末が確かに“生きていた”
。
    湧き上がるものがあった。

    いてもたってもいられなくなった。

    明日、東京に帰るけど、
    
“岐阜城”を見てみたい。

    次の日、名古屋駅で新幹線を降りて
、
    在来線で岐阜駅を目指す。

    北口へ向かい、MAPを手に取る。

    ふと、顔をあげたら目の前には

    ”黄金の織田信長公像”

    自分の想像した”信長公”だった。

    マントを羽織って、
    右手に種子島(鉄砲)、
    西洋の鎧をまとい、
    何か遠くをめざしている様子。

    金ピカなのに、どこか上品だった。

    勝手に目を合わせてみた。



    ドキッとした。

    ーーー見透かされた気がして、
    少しだけ息が止まった。

    ……。

    歴史と今が地続きで繋がっているように感じた。

    少なくともこの場所には、
    確かに“過去”が立っていた。

    ……おぢ。
    決意するっ。

    勝手に"日の丸”背負って

    史跡がちゃんとあるか確かめるっ

    パトロールする!

    "石好きのおぢ”誕生。

    


    ●岐阜城を眺めてみた

    その後、

    時間はないけど

    岐阜城は見たいと思って

    バスに乗っていた。

    もう閉まってる筈だけど、
    見てみたい。

    降りたら急に雨が強くなってたけど

    見上げたらそこには”岐阜城”。

    "美しい”

    雨雲の中で、
    天守閣だけが光って見えた。

    今度は晴れている夕方にまた来よう。

    わかったことがある。

    ココロが踊った。


    会いに行きたい。



    それから、
    おぢは史跡を見つけるたび、


    パトロールするようになった。

    



    ▶第一章 歴史は古くない


    ー出会ったのは新しい歴史ー


    あの日から、ずっと気になっていた。
    雨の中で見上げただけだった岐阜城。

    行かなきゃ。

    そして、改めて岐阜へ向かった。

    岐阜駅に降り立つおぢ。
    シュバっ。

    なんて心地良い着地。


    空はちょっと曇っている。

    けど、
    ワイには晴れなんだ。

    駅前の金色の信長公にもご挨拶。

    あああ〜信長公。

    今日もなんて立派なお姿で。

    どちらを目指しておられるんですかっ。

    本日は念願の岐阜城へ。

    早速バスに乗り、岐阜公園へ向かう。

    バスを降りると、
金華山の上に白く浮かぶ岐阜城。

    ロープウェーに乗りながら、

    地名が気になった。

    かつて美濃と呼ばれたこの地に、
    信長公が名付けたと伝わる地名。

    「岐阜」


    信長公が名付けたと伝わる地名。

    天下取りへの決意を込めたという。

    ……。

    ぐふふ。

    もうテンションが止まらんて。

    岐阜城へ登る途中、

    案内板を読んでいたら、
    思わず足が止まる。


    案内板には、
    「親子二代で下剋上」と書かれている。

    
……まじか。

    
足が止まった。
いや、止められた。

    ワイは司馬遼太郎先生の

    『国盗り物語』が大好きだ。

    ずっと、
    斎藤道三公が一代で美濃を奪った。
    そう思っていた。

    まさに、THE “下剋上”代表。

    ワイの中では、
    道三公が一代で奪った美濃だった。

    その美濃を、
    あとから信長公が手に入れるのが
    かっこいいのにっ!

    それが、
    道三公と、その父の世代で
    美濃を制したという話になっている。

    ワイの中で一人の怪物だと思っていた
    道三公の物語が、
    親子二代の物語
    に変わってしまった。

    どうなっているんだっ。

    Go●gle先生、至急!
    緊急事態発生してるのよっ。


    助けて!

    勝手に脳内サミット開催。
    

    ……全会一致で大混乱。

    近年は、
親子二代で美濃を制したという説が有力らしい。

    ワイの中の歴史が、音を立てて崩れた。

    思わず周りを見渡す。

    みんな、これ知ってたの?

    ……。

    一つ分かったことがある。

    歴史って、
    まだまだ新しい。

    信長公に会いに来たつもりだったけど、
    出会ったのは新しい歴史。


    最高。


    ●ワイが勝手に歴史を勉強するきっかけになった一冊

    
『国盗り物語』

    司馬遼太郎先生の代表作。
    斎藤道三から、織田信長へ。
    美濃を舞台に、「下剋上」と「天下布武」を描いた長編小説。

    ワイの中の岐阜は、

    たぶんこの本から始まっている。

    この本が、

    ワイを岐阜まで連れてきてくれた。



    
ー信長が着ていたものー



    今度は、
    想像していた信長公に近づきたかった。

    

”岐阜城”に到着するおぢ。

    ここを信長公が歩いたかもしれない。
    だんだん、息が荒くなってくる。

    登っているからか。
それとも、気分が高揚しているからか。

    たぶん、両方。

    周りから見たら、
    完全に変なおぢである。

    でも、目の前には岐阜城。
    人の目なんて、かまっていられない。

    
さっそく“お邪魔します”をする!

    
城内は織田信長公のフルコース。

    資料も、
    展示も、
    気配も、
    信長公。

    ひときわ、
    おぢのココロを奪ったものがある。

    ”銀箔押南蛮胴具足”

    織田信長公が身に着けていたと
    伝えられる南蛮甲冑をイメージし、
    岐阜入城450周年を記念して
    制作された具足らしい。

    ……ぐっと来るやぁん。

    でも、調べてみると少し驚いた。

    実は、
    「信長公が南蛮具足を着用していたと
    断定できる一次史料は見つかっていない」
    という。

    えっ、そうなの?

    ワイずっと、

    信長公=南蛮具足

    それが当たり前だった。

    じゃあ、
    なんでそう思っていたんだろう。

    率直な気持ち、
    信長公なら南蛮具足を着ていてほしかった。

    それで終わらせることもできた。

    でも、

    もっと知りたくなった。

    思い浮かんだのは、
    信長公を間近で見ていた
    宣教師ルイス・フロイス先生。

    ワイの中では、

    信長公の一番の理解者。

    ……素直に申し上げるなら

    信長公のガチファン。

    信長公を「理知的で聡明な人物」と評し、
    異国の文化にも柔軟で、
    西洋の価値観を受け入れる人物として描いている。

    フロイス先生の記録や、
    後の時代の絵や物語が重なって、

    ワイの中の信長公は、
    すくすく育っていったのかもしれない。

    推しって凄い。
    人の見え方まで変えてしまう。

    何百年も語り継がれれば、
    イメージも歴史になる。

    気づけばワイも、
    「信長なら着てそう」
    そう思っていた。

    つまり、この甲冑は、

    「信長なら、きっとこうだった。」

    そんな夢を形にしたロマン甲冑。

    …。

    良きやぁああああんっ。

    ホクホクしながら
    天守最上階へ向かうおぢ。

    360°に広がる岐阜の街。

    眼下には長良川。

    信長公も、この景色を眺めながら、
    天下を思い描いていたんだろうか。

    想像していた信長公が、

    少しだけ近づいた気がした。



    史実と想像のあいだにも、
    会いに行ける場所がある。

    それだけで十分だった。
    


    ーこども達の方が知っているー



    歴史は、
    古い人だけが教えてくれるものじゃないらしい。

    
今、目の前にあるのは、

    未来の宝達に教えてもらった場所である。


    あああ、
    未来の宝達(子ども達)あんだまぁすっ。



    おぢ、岐阜城に
    「お邪魔しました」をした後、
    金華山の西麓にある

    
”信長公居館跡”に降臨。

    信長公の屋敷跡を体験するっ。

    ココは、
    
歴史を紹介する番組で知った場所。


    教えてくれたのは、
    テレビの中の子ども達だった。

    純粋な好奇心だけで、

    大人顔負けの知識まで
    たどり着いてしまう。

    すごい。

    まぶしい。

    信長公居館跡が
    360°VRで再現されていた。

    事務所で領収書と格闘していた時。

    何気なく見ていたテレビで、
    このVRを知った。

    目が釘付けになった。

    想像していた信長公の屋敷より、

    何倍も壮大だった。

    もぉおおお、
    領収書なんてどうだっていいいいっ。

    休戦だ!
    休戦!

    ソレがこの場所。

    くぅうううううううっ
    ロマンがそのまま蘇っている。

    躊躇なんてしてられない。

    さっそく、
    このVRの映像とリンクしながら回るワイっ。

    おおおおおおおおおお。

    ず〜っと回るおぢ。

    スマホを両手で持ちながら回転する。



    途中、もうニヤニヤが止まらず、
    ぐるぐるしている。



    黒パンツに黒Tシャツ。

    そして、黒キャップ。

    周りから見たら、
    完全に怪しいおぢである。

    自分でも、

    ちょっと引く。

    500年前なのに、
    現代のスマホが信長公とワイを繋いでいた。



    歴史って、古くない。

    新しい技術で、
    会いに行ける。

    ARIGATO。

    未来の宝達は
    歴史を新しく見ている。

    だから、
    もっと教えてほしい。

    君達が見つけた歴史は、

    どんな形で、

    どんな色で、

    どんな音がしているんだい。

    この凝り固まったワイ達にも、
    歴史の見方を教えてほしい。


    ●織田信長公居館跡


    岐阜城のふもとに築かれた、

    信長公の政務と暮らしの拠点。

    斎藤道三の時代の居館を大規模に改修し、

    「天下布武」を掲げた頃の本拠地になった。

    発掘調査によって、

    庭園や石垣、
    池跡などが見つかり、
    今では文明の利器で当時の姿を体感できる。

    これが、現代人の特権!

    信長公が思い描いた日本一の屋敷を、

    ぜひ、見てほしい。

    岐阜城が「戦の顔」なら、
    居館は「政の顔」。

    信長公は、

    ここで天下を見ていたのかもしれない。

    500年前なのに、

    近かった。


    
第一章 完

    



    ▶第二章 坂本龍馬のブーツ



    ー長崎の坂で、“自由の足元”を凝視するおぢー


    十月のおぢ。

    今回のお供は、いつもの保護者達。
    史跡の前で様子がおかしくなるおぢを
    止める係である。

    日本でも傾斜ランキング上位の街、
    長崎に舞い降りる。

    羽衣をまとった天女のように……
    と言いたいところだが、
    実際は“汗だくのおぢ”である。

    港の周りが全部山。

    これ、住むのは大変だ。

    龍馬たちがこの坂を登っていたと思うと、心が弾む。

    もう一度言う。

    汗だくだけど。

    「長崎は雨が多い」と聞いていた。
    ……今日は見事な青空だった。

    むしろ、ちょっと暑い。

    目の前に現れたのは、我が愛しの坂本龍馬像。

    長崎には、
    ありがたいことに龍馬像がやたらと多い。

    本日会う龍馬は、
    静かに港を見下ろしている。

    当時の景色は、
    どう見えていたんだろう。

    この先の日本が、
    こんな時代になるなんて、
    想像していたのだろうか。

    しかも、
    まさか自分を追ってきたのが、
    羽衣の天女ではなく、
    汗だくのおぢだったなんて、
    龍馬も思っていなかっただろう。

    ちなみに本日のおぢの関心ごとは、

    “龍馬のブーツ”

    どこかで、龍馬のブーツは“自由の象徴”だと読んだことがある。

    当時の土佐藩には、厳しい身分制度があった。

    同じ武士でも、

    上士。

    下士。

    扱いが違った。

    そして龍馬は——
    その「下士」だった。

    その差は、生活の細部にも現れていた。

    例えば、

    履いていいもの。
    履いてはいけないもの。

    持っていいもの。
    持ってはいけないもの。

    下士には、
    履き物や持ち物にも
    制限があったという。

    これって、
    どんな気持ちなんだろう。

    ワイだったら、
    当たり前だと思って、
    疑いもしないかもしれない。

    でも、
    龍馬は違った。

    飛び出した。

    西洋文化が流れ込む長崎で、
    彼は足元から変えてしまった。

    着物のまま、ブーツを履く。

    髷。
    着物。
    身分制度の空気。

    でも、
    足元だけが違う。

    ブーツは、
    身分の外にある履き物に見えた。

    つまり龍馬は、
    着物をまといながら、
    足元だけ身分制度から脱出していたのかもしれない。

    着物 × ブーツ。

    単なるファッションじゃない。

    足元で、価値観を混ぜてしまった。

    この履き方は、
    長崎じゃなきゃ生まれなかった気がする。

    そんなことをおセンチに考えていたら、
    背後で保護者達が不満タラタラの声をあげていた。

    「もう階段登りたくない……」

    どうやら、
    車も入れない坂と階段の街だったことを、
    今さら知ったらしい。

    伝えてないけど。

    わざと聞こえるように呟いてくる。

    元気なのは、おぢと保護者兼我がクリーチャー。
    ちなみに我がクリーチャーは
    龍馬に興味アリ。

    くっ……かわいいじゃん。

    龍馬推しはそれだけで全肯定なワイ。

    「ほら見て!」

    龍馬も、
    ここから海を眺めていたかもしれないだよおおおおおっ。

    誰も聞いてないやん。

    坂の途中で振り返る。

    港が見える。

    和も、西洋も、中国も、
    全部ここに混ざっていた。

    カオスで最高の街。

    着物にブーツ。

    それが幕末の長崎だった。

    あの時代、
    龍馬が履いたのはブーツだった。

    でも本当に履き替えたのは、

    時代だった。


    ー亀山社中の近所を探索しながら音を上げる保護者達ー



    この坂の上には、
    日本初の商社ともいわれる、

    “会社みたいな組織”があった。

    龍馬たちが結成した、

    亀山社中〜〜〜〜〜〜〜!!!!

    ふぅーーーーーっ。
    Yeahhhhhhhhh!

    たまらんのよねぇえええ。

    これは、風頭公園の龍馬像に向かう少し前の話。

    階段の下に立つおぢは、
    すでにルンルンである。

    この先に、
    亀山社中がある。

    つまり、
    龍馬たちの秘密基地みたいな場所がある。

    もう、心はクラウチングスタート。

    長崎の坂を見上げる。

    細い道。
    急な階段。
    入り組んだ路地。

    ゴールがどこか、
    いまいち分からない。

    ……好き。

    だって、
    秘密基地みたいじゃああああああんっっっ。

    一方、後ろからは、
    保護者兼我が従業員の声。

    「どこまで登るのよ。これ」

    続いて、
    保護者兼我が後輩。

    「なんで下に建てなかったの?」

    たしかに。

    今の体力事情だけで言えば、
    下に建ててほしかった。

    でも、たぶん、そこがいいのだ。

    幕府から追われていた。
    お金も潤沢ではない。
    表通りに堂々と構えるわけにもいかない。

    坂の上の、
    少し分かりにくい場所。

    待てよ。

    これ、
    幕末のスタートアップじゃん。

    ガレージから始まる会社みたいなやつじゃん。

    しかも場所は長崎。

    当時の長崎は、
    今で言えばインターネットみたいな場所だったのかもしれない。

    世界中の情報。
    武器。
    知識。
    人。

    いろんなものが、
    この港を通って入ってくる。

    江戸よりも。
    京都よりも。

    世界が近かった。

    家を一歩出れば、世界だった。

    そんな場所で、
    龍馬たちは何を見ていたんだろう。

    おぢはまたテンションが上がる。

    「ほら、
    ここを龍馬たちも歩いたかもしれないんだよおおお!」

    この時も、
    誰も聞いていない。

    保護者達は、
    坂との戦いでそれどころではない。

    その時、
    保護者兼我がクリーチャーが、
    スマホを見ながら言った。

    「風頭公園の龍馬像って、
    亀山社中の先みたいですよ。」

    え。

    つまり。

    亀山社中を通り過ぎて、
    さらに登るということ?

    おぢ、
    一瞬だけ保護者達を見る。

    これはまずい。

    今ここで、
    「先に亀山社中へ入ろう!」などと言ったら、
    世論が割れる。

    いや、割れるどころではない。

    たぶん、炎上する。

    おぢ、決断。

    “亀山社中”よ。

    のっぴきならない事情ができたので、
    ちょいとお待ちを。

    大事な寄り道があるんだ。

    まずは、
    坂の上の龍馬に会いに行く。

    そして必ず、
    戻ってくる。

    待っていてくれ。

    おぢ達は、
    さらに坂を登った。

    



    ー居場所がないなら作ればいいー



    龍馬像に会ったあと、
    おぢ達は再び坂を下り、
    亀山社中へ戻ってきた。

    遠目から見たら、
    ほぼ一軒家である。

    でも、その正体は、
    幕末のスタートアップオフィス。

    じゃーん!

    亀山社中記念館。

    石碑まで、
    やけに神々しい。

    老朽化していた遺構を、
    当時に近い形で復元し、
    2009年から長崎市亀山社中記念館として
    一般公開されているらしい。

    え。

    つまり、
    少し前の人たちは、
    ここを見られなかったということ?

    現代を生きる我々の特権。

    らっきいいい。

    しかも、
    名誉館長は武田鉄矢氏らしい。

    ……あら。

    それを聞いた瞬間、
    龍馬への興味が強い
    保護者兼我がクリーチャーが動き出す。

    髪をかき分ける仕草をしながら、

    「だまらっしゃぁいっ!」

    鉄矢節である。

    おぢ、
    辛口採点のはずが、
    ちょっと笑ってしまう。

    すると、
    保護者兼我が従業員から、

    「早く入ればー」

    という世論。

    たしかに。

    おぢも負けじと、
    ついでに鉄矢節を繰り出そうとしたが、
    保護者達はもうスタスタ館内へ向かっていた。

    ……ちょっと待って。

    置いていかないで!

    おぢ、遅れて

    「お邪魔しまぁすっ!」

    をする。

    中に入ると、
    そこは夢とビジョンが詰まったような狭さだった。

    10畳。
    8畳。
    3畳。
    そして土間。

    大きな建物ではない。

    でも、それがいい。

    ここから、
    船を動かし、
    物を売り、
    武器を買い、
    薩摩と長州をつなぎ、
    いざとなれば海で戦う。

    商社であり、
    政治組織であり、
    軍事組織でもある。

    そんなことを、
    この小さな部屋で考えていたのか。

    ワイなら、せいぜい

    「何売ろっかな〜」

    くらいの店先商売を考えてしまう。

    でも、龍馬の商いは、
    その先の世界を見ていた。

    とてつもないエネルギーを感じる。

    横には、
    レプリカのブーツ。

    そして、、
    図書館の本で最初に会ったような、
    坂本龍馬の肖像画の複製。

    ああ。

    いた。

    ワイの中の龍馬が、
    ちゃんとここにもいた。

    さらに奥には、
    隠し部屋のような中二階。

    秘密基地感がすごい。

    好き。

    幕末なのに、
    なんだこのワクワクは。

    気づけば保護者達は、
    畳に座って館内映像を見ていた。

    ずるぅっ。

    ワイもワイも!

    おぢも畳に座る。

    みんなで映像を観る。

    狭い部屋に、
    龍馬たちの気配が残っているような気がした。

    ここは、
    日本の未来が動いた畳の部屋。

    狭いけど、
    広い。


    ●なんで亀山社中を作ったんだろう

    当時、
    龍馬たちは“居場所を失っていた”。

    土佐藩を脱藩し、
    藩には戻れない。

    どこにも所属できない。

    無所属。
    居場所なし。

    でも、そこで終わらなかった。

    勝海舟と出会い、
    海の時代を知る。

    船だ。
    交易だ。
    世界だ。

    神戸海軍操練所で海を学ぶ。

    けれど、
    そこも閉じられる。

    また、
    居場所を失う。

    それでも龍馬は、
    諦めなかった。

    長崎に流れ着き、
    薩摩藩や長崎商人の力も借りながら、
    亀山社中を作った。

    藩に縛られない。
    身分に縛られない。
    役割で集まる。

    ないなら、作る。

    居場所がないなら、
    自分で作る。

    ……そっか。

    龍馬は、
    自分で、
    自分の居場所を作ったのか。

    着物のまま、
    ブーツを履いて。


    第二章 完



    ▶第三章 毛利家は退場しなかった


    


    ー雨の広島城で、帰りたい後輩と帰りたくないおぢー



    二〇二三年七月頃のパトロール。

    この年のおぢは、
    出張まみれだった。

    ワイと、
    保護者兼我が従業員と、
    保護者兼我が後輩。
    

    保護者兼我が従業員は北陸へ。
    ワイと保護者兼我が後輩は中国戦線へ。

    今日の任務は、
    広島パトロールだ。
    

    そんな流れで向かった広島。
    

    高松からの移動中は、
    雨と風で大荒れだった。

    新幹線が止まったらどうしようって、
    本気でビビっていた我が小隊。
    

    現場入りできないのは困る。

    我が軍のモットーは
    何がなんでも現場に行くのだ。
    

    「願いは叶うっ!」
    

    そんなあっつい咆哮を
    保護者兼我が後輩に喰らわす。
    

    もうここ一週間、
    ワイといるため、

    我が後輩は、
    すでにお腹いっぱいな顔をしていた。
    

    ふふふ。

    残念だね、ちみ。
    そんな顔を見せたって、

    十年以上ウザ絡みをしてきたワイである。


    諦めたことなんてあったかね?
    

    ケケケ。
    

    さらにうんざりした顔を見せてくるが、
    そんなん歯牙にもかけない。
    

    広島に到着して、
    正直に申し上げる最初の感想。
    

    寒いっ。
    

    なんなら、
    在来線も止まっている。

    寂しい。

    なんだコレは。

    寂しさも相まって、
    お腹が空いていることに気づく。

    せやっ。

    広島には、ワイの心のオアシスがあるやん。
    「むすびのむさし」
    
うどんとおにぎりで、
    HP全回復。

    最高〜。

    ホテルに着いても、
    まだ雨は強い。

    けれど、
    Go●gle先生情報によると、
    「もうじき止む」らしい。

    う〜ん。

    う〜ん。

    ……せやっ。

    「広島城」に行きたしっ。
    

    
急いで、
    我が後輩の部屋のドアをノックする。

    コン、コン。

    エクスキューズミぃ〜?

    無反応。

    いないのか。

    いや、
    そんな筈はない。

    基本、
    ヤツはものぐさだ。

    出てこないだけだ。

    今度は、
    少し勢いよく叩く。

    ココココココココッ。
    

    たまらなくなったのか、

    「……なんでしょうか?」

    と、出てくる我が後輩。

    すかさず、
    ドアの隙間に足を突っ込むワイ。

    そして、宣言する。

    「今からパトロール開始しますっ!」

    ひとりで行ってほしいと言われるが、
    それはダメだ。

    だって、

    ワイが雨に濡れながらパトロールしてて、
    君がホテルでぬくぬくしているのは、
    なんか違うと思うんだ。

    ……。

    静寂が生まれる。

    そして、
    観念したかのように、
    無言で支度する我が後輩。

    「パトロール開始じゃああああああ!」
    

    今日のおぢは
    天候をも味方につけたのか、
    雨も上がってきた。


    
天晴れっ。

    
「なら、僕は……」

    と、引き返そうとする
    我が後輩のシャツの端を、
    がっちり離さないワイ。

    さぁ〜って。

    広島城にお邪魔しましょかねっ。

    ウフフフフフフ。
    

    あっ!

    
「広島大本営跡」があるっっっ。

    明治天皇が日清戦争の指揮のために滞在し、
    大本営が置かれた場所らしい。

    一瞬だけ、
    広島城は“日本の中枢”になった場所。

    すごなぁ〜いっ。

    この城、
    かつて“日本の中枢”だったって〜。

    キャッキャし始めるおぢ。

    帰りたい保護者兼我が後輩。
    帰りたくない石好きのおぢ。

    仁義なき戦いが、
    今、始まる。


    ●広島城

    毛利輝元公が築いた城。

    天下を夢見て築いたけれど、
    関ヶ原でその夢は、
    わずか十年ほどで終わる。

    その後は福島家、浅野家へ。

    原爆で失われても、
    また立ち上がった。

    ……。

    この城、

    人生何周目なん?


    ー広島城天守で、兜を前にたじろぐおぢー


    「いっくよぉおおおおおお〜っ」

    帰りたい保護者兼我が後輩のテンションなんぞ、
    いざ知らず。

    石と歴史に目がくらんだおぢは、
    突き進む。

    そして現れるのは、

    広島城天守閣。

    ドーンだよぉお〜っ。

    その姿、
    まさに、

    “戦国後期の大名感ただようシンプル美”
    質実剛健とはこのことか。

    つうか、木って感じ。

    毛利家は、
    もともと山城を本拠にしていた。

    けれど、
    天下を見据える時代になると、
    山ではなく、
    港と町を持つ城が必要になる。

    そこで選ばれたのが、
    広島だった。

    天下を夢見て築いた城。

    その夢は、
    わずか十年ほどで終わった。

    安芸高田で育ち、
    広島で夢を見て、
    萩で生き延びる。

    ……激動の人生だった。

    勝った話より、
    負けた後の話の方が、
    少し気になった。

    でも、ワイは嫌いじゃないよおおおおっ。

    毛利家!

    さて、広島城に入るには靴を脱ぐ。

    「お邪魔しますうううっ!」

    中はしっかりした博物館仕様で、

    毛利家。
    福島家。
    浅野家。

    歴史のフルコース状態っっっ。

    城の模型もあって、おぢは時を簡単に忘れる。

    すると——

    肩をツンツンと、
    保護者兼我が後輩がつついてくる。

    展示物から目を離さないおぢ。

    「何よ?
    ワイまだ帰らないのよっ!?
    アタイ絶対ここから離れないからっ!」

    なんなら、
    ここに住んでも可。

    ん?

    何よ。

    どうやら、違うらしい。

    「兜かぶれるらしいよ」

    はぅあっ!?
    それは行かなきゃっっっ。

    大急ぎでその場所に向かう。

    会場には、
    未来の宝達がキャッキャ中。

    子ども達が楽しそうに
    兜をかぶっている。

    ……。

    ワイも混ざる……だと?

    おぢ、
    一瞬たじろぐ。

    だが、こんな機会そうそうない。

    並ぶか。

    いや、
    どうする。

    流石にこどもおぢでも、
    これはハードルが高い。
    パパママの視線が気になるぅうううう〜。

    その時だった。

    パッと横を見れば——

    保護者兼我が後輩、ニヤッ。

    貴様。
    謀ったな!

    ワイの葛藤を、
    ニヤニヤしながら眺めている。

    さっきまで帰りたがっていた男が、
    今だけは、
    やたら楽しそうである。

    ヤ・ラ・レ・タッ。

    まさに仁義なき心理戦、勃発。

    保護者兼我が後輩の、
    溜まりに溜まった権謀術数が炸裂した。

    この時のおぢは、
    まだ兜のことで頭がいっぱいだった。


    ーお好み焼きの前で、毛利家が頭から離れないおぢー


    けれど、
    広島城を出る頃には、
    兜ではなく、
    毛利家が頭から離れなくなっていた。

    年甲斐もなく、
    保護者兼我が後輩と散々ふざけていたら、
    もう閉館時間だった。

    外へ出ると、
    雨が上がった後の蒸し暑さが増している。

    今日の天気は、
    まるでおぢ一行に、
    耐え忍ぶことを教えているようだった。

    でも、
    ワイにはその街が、
    どこか不器用で、
    哀愁をまとった広島に見えてきた。

    振り返って、
    もう一度、城を見る。

    ここを作った毛利輝元公。

    当時の大坂城や城下町は、
    とても魅力的に映ったらしい。

    「ワイの城って、もしかして時代に乗り遅れてる!?」

    そう思ったのかは知らない。

    さっき見た広島城を思い出す。

    山の城ではなく、
    港と町を持つ城。

    毛利家は、
    時代に合わせて、
    自分たちの居場所を作り直そうとしたのかもしれない。

    なのに、数年後。

    関ヶ原の戦いで敗れ、
    毛利家は広島城を去ることになる。

    広島城を出ても、
    頭の中はまだ毛利家のままだった。

    町でお好み焼きを食べながら、

    ふと考えてしまう。

    広島、追い出されんのか〜。

    終始、おぢを黙って見ていた
    保護者兼我が後輩からツッコミが入る。

    「口がお留守だよ……?
    ちゃんと食べれば?」

    どうやら、
    ちゃんと口からこぼれていたらしい。

    だってさ〜。
    せっかく作った広島城だよ?

    徳川方の処分で、
    広島を去ることになったけどさ〜。

    どんな気持ちだったんだろう。

    首が飛ばなかっただけ、
    まだ良かったと思ったのかな。

    それとも、
    悔しかったのかな。

    我が後輩は、

    そんな昔のことを話されても……

    みたいな顔をしている。

    すると、
    ぽつりと言った。

    「でも、長州藩って幕末にちゃんと盛り返すやん。」

    せや。
    君、マジで天才かっっっ。

    確かに幕末に盛り返して、
    倒幕の中心になってたわっ。

    うお。
    まじか〜。

    やられたわ〜。

    お好み焼きが焦げているが、
    それどころではない。

    Go●gle先生に、長州藩の二百六十年を見せてもらうおぢ。

    あああ。

    やっぱり〜。

    広島から萩へ移った後も、
    毛利家は多くの家臣を抱え続けた。

    だから、藩財政は楽ではなかったはずだ。

    江戸時代を通して、
    長州藩は財政難に苦しんだという。

    家臣をもっと減らしていたら、
    藩はもう少し楽だったのかもしれない。

    でも、

    それはできなかったのかもしれない。

    痩せ我慢だったのか。
    意地だったのか。
    責任だったのか。

    ……。

    結果として、

    藩全体が長い間、苦しくなった。
    でも、それが幕末につながったのかな。

    「自分たちは、
    元々は大大名の家なんだ」

    「いつか」

    そう思う人もいたのかもしれない。

    二百六十年。

    長っ。

    でも、

    忘れなかった。

    「いつか」

    その三文字だけを。

    すさまじい執念だ。

    笑えるような話じゃなかった。

    ワイには、
    そのしぶとさが、
    どこか他人事じゃなかった。

    ふぬうううううううっ!

    なんか焚き付けられたというより、
    胸の奥をぐりっと押されたおぢ。

    勢い余って、
    ビールをカラにする。

    我が後輩曰く、

    「その後、めんどくさかった。」


    ●「いつか」が夢じゃなかった毛利家


    天下を夢見た。
    十年ほどで、その夢は終わった。
    それでも滅びなかった。

    萩へ移り、
    二百六十年以上、生き抜いた。

    そして幕末。

    また歴史の表舞台へ戻ってくる。

    負けても終わりじゃない。

    生き残ることも、
    一つの強さ。

    歴史から退場しなかった。

    生き残るために、
    戦い方を変えた。

    時代が味方するまで、

    待ったんだ。



    第三章 完



    ▶第四章 法隆寺で在った微笑み



    ー聖なる前夜祭に、聖徳太子様へアポなしで会いに行くおぢー


    十二月二十四日の昼のおぢ。

    本日はクリスマスイブ。
    聖なる前夜祭である。

    朝イチのWeb会議を終え、
    奈良にロケハンに行くことになったので、
    ごっつぁんパトロールの準備をするおぢ。

    お供は、愛馬ハイエース。

    この日ばかりは、ソリである。

    そして、
    昨夜、呑みすぎたのか、赤い鼻のトナカイと化した
    保護者兼我が従業員である。

    眠そう。

    ワイが騒げば騒ぐほど、
    助手席で目がどんどん閉じていくのは気のせいだろうか。

    寝ててもずっと話しかけるけど。

    急遽のごっつぁんパトロール。

    まず向かうのは、
    “現存する世界最古級の木造建築群”と言われる

    法隆寺。

    聖徳太子様ゆかりの祈りが、
    そのまま建築になっているような場所らしい。

    国宝級のお宝もザックザック。

    行かなきゃっ。

    るんるんとソリを飛ばす我ら。

    あああ〜。

    斑鳩の町はお寺が多くて、
    パトロールしてるって感じがして、
    とても良き。

    にわか雨も降っているため、
    いつもより瑞々しく、
    ずっと品が感じられるぅうっ。

    参道に降り立つ我ら。

    目の前には、法隆寺。

    くぅううううう。

    興奮してきたぁあああああっ。

    あ、
    法隆寺の五重塔が見えてきた。

    ——静かだ。

    千四百年分の時間が、
    ここに詰まっている。

    さっきまで騒いでいたおぢの声が、
    少しだけ小さくなった。

    ここで初めて、腹落ちした。

    法隆寺って、やばい。

    五重塔は、ただ古いだけじゃなかった。

    揺れを受け流すような知恵まで
    宿しているらしい。

    祈りと技術が、
    同じ場所に立っている。

    思わず、息をのむ。

    なんて静かで、
    強い建物なんだ。

    掃除の方々が、
    “法隆寺”と刻まれた石碑の周りを
    丹念に掃いている。

    おぢは、シャッターチャンスを待つ。

    「はやく撮ればー。」

    赤い鼻のトナカイが急かしてくる。

    おいおい、ちみちみ。

    千四百年の時間と対峙しているのだよ。


    あ、今だ。

    カシャ。


    ●法隆寺

    日本史でも建築史でも、
    “とりあえず覚えとけ枠の王様”みたいな存在。

    奈良県斑鳩町にある、
    現存する世界最古級の木造建築群をもつ寺院。

    一九九三年に「法隆寺地域の仏教建造物」として、
    日本初の世界文化遺産に登録された。

    日本文化の“原液”みたいな場所。

    ここから、いろんな日本の景色が、
    少しずつ広がっていったのかもしれない。



    ー資料集の仏様が、そこにいたー


    「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」

    正岡子規先生の句である。

    奈良の静かな秋の旅情をうたった句。

    行ったことがないのに、
    行ったことがあるって錯覚してしまう。

    それで満足していた自分がいた。

    けど。

    そこにいるおぢ。

    百聞は一見にしかずとは、
    このことかぁあああああっ!

    あまりにも嬉しくて、
    足が浮き立つ。

    はやく近くで見たい。

    もっと見たい。

    バタバタしてしまう。

    「もぉ、なに?
    どーしたのよ?」

    保護者兼我が従業員にたしなめられる。

    正岡子規先生の句って、
    半端ない。

    ワイ、法隆寺に行ったことがある気がしてたもの。

    でも、違った。

    本物は、違った。

    我が従業員は、

    「はいはい。
    そーですかー。
    そーですか。
    はしゃぎすぎてころばないでよー」

    と言いながら、
    目線はパンフに向いている。

    そんなんお構いなしに、
    ハスハスしながら周囲を見渡すおぢ。

    そして、気づく。

    やっぱりぃ。

    思わず口を両手で覆ってしまう。

    柱が、なんか。
    生きてるみたいに膨らんでる。

    パルテノン神殿でも見られるという、
    あのエンタンシス。

    やば〜。

    触れたくなる。
    でも、もちろん触れない。

    あ、金堂がある。

    ここに、
    高校の資料集で最初に見た、
    あの釈迦三尊像があるはずだった。

    中に入る。

    角を回って、横を見た。

    ……ある。

    どどどどうしよう。

    息が止まった。
    頭が追いつかない。
    そのまま、通り過ぎてしまった。

    外に出る。

    「今度はどしたのよ?」

    保護者兼我が従業員が、
    いつもより様子のおかしい雇い主を見ている。

    あの釈迦三尊像があったのよ。

    やばいのよ。

    まさか会えるとは思ってなかったのよ。

    どうしよう。

    せやっ。
    もう一回、会ってくるうううううっ。

    返事を待たずに、
    金堂へ戻った。

    また、
    曲がった。


    ……やっぱり在る。


    資料集そのまんまだ。

    長い長い時間、
    ここに座って、
    誰かに微笑みかけていたのかな。

    わがままを言いたくなった。

    ワイを見てって、
    伝えたい。

    その笑顔を、
    独り占めにしたい。


    ●飛鳥時代からの微笑み

    仏教には、
    和顔悦色施
    (わげんえつじきせ)
    という言葉がある。

    やさしい顔と、
    穏やかな表情で人に接することも、
    立派な“施し”だという。

    お金でも、
    物でもない。

    ただ、にこっとする。
    ただ、柔らかく向き合う。

    それだけで、
    人は救われることがある。

    飛鳥時代の人たちは、
    “相手のために向ける笑顔”の力を、
    もう知っていたのかもしれない。

    じゃあ、今の自分はどうだろう。

    ちゃんと、
    誰かに向けて笑えているだろうか。

    生まれたての宝達の笑顔に、
    どうしようもなくやられてしまう理由も。

    大事な人たちから笑顔を向けられると、
    なぜか安心してしまうあの感じも。

    そんなことを考えていたら、

    あの微笑みが、
    遠い昔のものではない気がしてきた。

    変わっていない、
    “安心のかたち”。

    ……。

    なんか、
    この先も大丈夫な気がしてきた。

    あ。

    今も、やっぱり救われている。



    第四章 完


    ▶エピローグ おぢも歴史の1ページ




    歴史の教科書には、

    名前が載る人がいる。


    信長公。

    龍馬。
    毛利家。

    聖徳太子様。


    
……ワイも、ぶっちゃけ、
    ちょっと載りたい。

    けれど、

    その一行の奥には、

    どれだけの人がいたんだろう。

    武将のもとで走った足軽。
    畑を耕した人。
    米を売った商人。
    船を出した人。
    城の石を運んだ人。
    寺を掃いた人。




    教科書には、たぶん載らない。


    でも、

    確かに生きていた。
    

    誰かを待って、
    誰かに笑いかけた人もいた。

    歴史は、

    偉人だけでできているわけじゃない。
    

    名前が残らなかった人たちの一日が、
    積み重なって、

    今の景色になっている。

    ……などと、
    壮大なスケールで考えてしまっているおぢである。

    ただ、目の前にあるのは石碑である。

    そして横には、
    早く車に戻りたい保護者がいる。

    でも、そう思いたい。


    誰かを思って残した言葉。
    ふと目が合ってしまった瞬間。
    一緒に歩いた道。
    何気なく見上げた石碑。

    そんなものは、
    教科書には載らないかもしれない。
    

    でも、

    誰かの記憶には残るかもしれない。


    誰かの明日を、

    少しだけ変えるかもしれない。


    そう考えたら、

    自分ももう、

    歴史の外側にはいない。


    信長公に出会ってしまった。
    龍馬の足元を見てしまった。
    毛利家の強さに触れてしまった。
    法隆寺に笑いかけてもらった。



    歴史に触れながら、

    自分自身のことも

    少しずつ見に行っていたのかもしれない。

    確かめに行っていたのは、
    史跡だけじゃなかった。



    本当は、
    世界に参加したかったのかもしれない。

    もう、いい歳のおぢである。

    走ったら膝にガタが来る。
    気がつけば、
    おでこのシワも消えない。

    こればっかりは、
    隠せない。

    でも、だからこそ、
    こんなことに引っかかる自分を、
    まだ捨てたくない!

    ちゃんと、

    感じていたい。


    もしかしたら、
    パトロールは、
    はじめて歴史に心が動いた瞬間を
    忘れないための行為なのかもしれない。
    

    パトロールは、

    自分にとって昔を見に行くことじゃない。

    新しく見える景色に、

    何度も出会い直すことだった。

    自分が過去の積み重ねで、
    ここにいると実感することだった。

    だから、

    歴史って古くない。

    ずっと続いている。

    まだ終わっていない。

    今日も、
    誰かの一日が、
    誰かの一歩が、
    静かに歴史の中へ入っていく。

    もちろん、
    今日を生きている誰かも。

    もちろん、
    石碑を見ると足が止まるおぢも。



    おぢ。meets パトロール -完-


     
     
    全国の史跡を、仕事の合間に勝手にパトロール中。 神社仏閣、城跡、文字が刻まれた石が “本当にあるのか”確かめています。 今と過去がつながった瞬間、 興奮して騒ぎます。 保護者兼我が従業員によると、 ワイは石が好きらしいです。

    あなたへのおすすめ