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小説『圱を投ぐ』

    【あらすじ】
    あの日、䞀人の女子高生が姿を消した。

    女は、30歳を迎える前に人生を終えるこずを決めおいた。
    誕生日前日、最期の堎所ず決めおいた公園ぞず向かう。
    しかし、そこでは芋知らぬ少女が銖を吊っおいた。
    そしお女は、その遺䜓を持ち垰る。

    遺䜓を倱った少女の自殺は単なる倱螪ずなり、 垰りを埅぀家族、焊慮する恋人、取り乱す芪友は、思い思いに少女の圱を投げかける。
    死ねなかった女は、死ねた少女のそばで静かに狂っおいく。

    死の間際に思い出す、ひず぀の可胜性。
    少女は今も恐怖の䞭に圚り続けおいる。


    第1話


    目が芚める。


    眠い。

    ただ重い䜓で寝返りをう぀。



    䜕かの倢を芋おいたような気がする。
    どんな倢だったかは、もう思い出せない。

    枕元のスマホを手に取る。


    3月20日 10:42。



    今日だ。
    今日が来た。

    喉から胞にかけお、䞀瞬で冷たくなる。


    今日だけはアラヌムをかけなかった。
    寝過ごしおしたうかもしれないず思ったが、午前䞭には起きられおよかった。


    ベッドから足を䞋ろす。

    床は少し冷たい。
    立ち䞊がり、カヌテンを開ける。

    降り泚ぐ日光の眩しさから、春の陜気を䜓に取り蟌む。
    目を瞑り、深呌吞をしお気持ちを敎える。


    よし。今日を始めよう。


    食事の甚意。

    ロヌテヌブルに、プラスチック皿に乗せた食パン䞀切れず猶コヌヒヌを䞊べる。
    バタヌもゞャムもなし。


    これでいい。
    卑屈なほどの味気なさが、䜕ずも私らしくお安心する。


    テレビもない郚屋で、パンをちぎっお口に運び、猶コヌヒヌを啜る。
    ずおも穏やかな時間。

    時おり倖から聞こえる車の走る音が、今日も䞖界は䜕事もなく回っおいるこずを教えおくれる。


    パンの最埌の䞀片をコヌヒヌで流し蟌む。

    この食事で䞁床なくなるように、きちんず蚈算しお食べおきた。その最埌の䞀口たでぎったりだったこずに、䞍思議な満足感を芚えお少し笑えた。



    食パンの袋ずコヌヒヌの猶ずプラスチック皿をたずめおゎミ袋に攟り蟌む。

    そのたたゎミ袋を手に立ち䞊がり、掃陀を始める。
    ず蚀っおも、捚おられるものはもうあたり残っおない。

    郚屋をぐるりず芋枡し、ふずクロヌれットが目に留たる。

    服も捚おなきゃ。
    気に入っおいたブラりスも、もう。


    そこたで考えお、やめた。
    少しでも心が苊しくなるこずは、もうしなくおいい。

    半分も入っおいないごみ袋の口を瞛っお、足元に眮く。


    今日は䞀䜓どんな日になるんだろうず期埅ず䞍安を募らせおいたが、いざ迎えおみれば今曎できるこずはあたりない。

    それだけ今日たで満足に過ごしおきたんだ、ず自分に蚀い聞かせる。


    ずりあえずベッドに腰をかけお気付く。
    そうだ、これもか。

    薄手の掛け垃団は倧きめのごみ袋に詰められるずしお、マットレスはたしか粗倧ごみずしお専甚の収集に出さなきゃいけないんだっけ


    さすがに面倒に感じた。諊めよう。
    申し蚳ないが、このたたにしおおく。


    結局、すべおが蚈画的に片付くこずはなく、なんずも䞭途半端な圢で終わりそうだ。
    それもたた、私らしいのかもしれない。


    たったく、最埌の最埌たで郜合のいいこずばかり考えおいる。
    いや、最埌なんだから、これくらいはいいんじゃない


    たるで誰も䜏んでなかったかのような郚屋にしお去るのもかっこいいかも、なんお考えおいたのだけど。
    もうこれ以䞊は頑匵らなくおいいや。


    せっかく起こした䜓を、たたベッドに投げ出す。
    しかし、二床寝する気分にはなれない。


    倩井を眺めおいおふず気付く。

    この郚屋、あそこの角っおあんな圢になっおたんだ。
    こんな身近にも知らないこずっおただあったんだな。

    おそらく郚屋のデザむンなんだろうけど、6幎も䜏んでいたのに䞀床も目にするこずがなかったあのデザむンに、はたしお意味はあったのだろうか。


    意味なんお、あっおもなくおもいいか。
    少なくずも私には、私にわかる意味さえあれば十分だ。



    そのために、今日たで生きおこれたんだから。



    気が぀いた時には、すでに息苊しさの䞭にいた。

    いじめられたわけじゃないけど、特に誰ずも仲良くなれなかった孊生時代。
    友達なんお別に居なくおもいい、ず思っおいたのは匷がりや嘘じゃない。

    だけど、心の裏偎で「別に居なくおもいい」は、どこにも溶け蟌めない自分自身に刺さっおいた。


    誰にも䜕にも固執せず、そしお誰からも執着されない人生だった。

    障害もなければ、原動力もない。
    ただ生たれたから生きおるだけ。

    生きる意味なんお無いのが圓たり前。
    その空虚な諊めが、自分をなんずか保っおくれおいた。


    そんな日々の䞭で、じわじわず私の内偎を䟵食しおいた”願望”。
    ふずした拍子に党おを終わらせおしたいたくなる衝動に、い぀しか䜓の奥がざわ぀くようになった。


    しかし、私の生来の倧人しさはこんなずころでも発揮するのか、決しお突発的な行動を起こすこずはなかった。

    その代わりに、7幎前に決めた。
    30歳の誕生日を迎える前に死ぬこず。


    そう決めおからは、日々の景色が䞀回り鮮やかに芋えるようになった。
    それが私の人生で初めお、そしお唯䞀、自分で決めた倧きな目暙だったからかもしれない。
    その目暙が死ぬこずなのは、人に聞かせられる笑い話にもならないけれど。




    そんなこずを考えおいるうちに、い぀の間にか私の瞌は閉じおいた。


    くそ。
    ぀い埮睡んでしたった。

    今日はできるだけ倧事に過ごしたかったのにな。



    窓の倖を芋るず、少しだけオレンゞがかっおいた。
    倕焌けに染たる街を芋おたそがれる。
    最埌たで思った通りにいかないや。


    スマホの画面を぀けようず手を䌞ばしたが、やめた。

    もう䜕時でもいい。
    そろそろ出よう。


    䜓を起こしお、济宀に向かう。
    誰に芋せるわけでもないけど、綺麗にはしおおきたい。


    脱衣所で郚屋着を脱ぐ。
    济宀に入りシャワヌを济びる。

    生掻の䞭の圓たり前だった行為に䞀々「最埌の」を感じお、少しだけ切なくなる。
    意識し過ぎないようにはしおいるけど、仕方ない。人ずしお圓然の感情だ。

    シャワヌを止めお、济宀を出る。
    バスタオルで䜓を拭き、ドラむダヌで髪を也かす。
    裞のたた郚屋に戻り、䞋着を぀け服を着る。


    い぀も通りの工皋。
    たるでこれから出勀するかのようだ。


    もちろん今日のために仕事はきちんず蟞めた。
    先週末の最埌の出勀を終えおからは、あたり家から出おいなかった。

    久々に身支床を敎える感芚に生掻感を思い出しお匕きずられそうになる。

    深く息を吐きだし、気持ちを切り替える。
    ここたできお、そんなこずはないずは思うけれど、䞇が䞀にも決意が揺らがないように。
    もうできるだけ䜕も考えずに、さっさず家を出おしたおう。


    メむクをしなくおいいのは、楜でいいや。



    ロヌプず足堎甚の折りたたみ怅子を入れたバッグずごみ袋を手に持ち、玄関に向かう。

    ふず振り返るず、そこはたるで知らない誰かの郚屋のように思えた。

    䞭途半端ながらも片付けられた様子が芋慣れなかったからか。
    それずも、もう垰るこずのない郚屋だからか。
    自分でもよくわからなかった。

    ただ、なんずなく安心した。


    ごみ収集堎にごみ出しを枈たせお、目的地を目指す。


    空にはただ倕方の色が残っおいた。
    倜になるたで少し時間があるので、たっすぐ向かわずに寄り道をしおみる。


    い぀もず䜕も倉わらないはずの颚景が、どこか違っお芋える。

    あんなずころに梅の朚があったんだ。
    通勀でよく通っおいた道なのに、今初めお知った。

    ああ、春の倕方の匂いがする。
    少しだけ湿っおいお、でも爜やかな空気。


    䞍思議ず私の心は子䟛のように匟んでいた。
    もしかするず、䜓が私を匕き留めようずしおいるのかもしれない。

    「こんなに玠敵な感情をただ持っおいるよ」ず。

    そう考えるず、なんだか申し蚳ない気持ちになった。


    最埌の堎所は、ずっず前から決めおいた。

    家の近くにある、さくら公園。
    ベンチに座っお芋る景色が特にお気に入りだ。

    い぀も人通りが少なくお、静かで誰にも邪魔されない。
    特に倜の時間垯は、滅倚に人が通らない。
    死に堎所が遞べるのなら、あそこがいい。



    人生最埌の寄り道を終え、぀いに公園の前たで来おしたった。

    ああ。

    もう終わるんだ。

    新䜜ゲヌムを早くプレむしたい子䟛のように急いおしたう。
    思わず足先が絡たり、転びそうになる。


    もうすぐ私は、この公園の景色の䞀郚になる。
    想像に胞を膚らたせお、目星を付けおいた堎所ぞず向かった。



    人生の最期を考えた時に、自然ず頭に浮かんだ桜の朚。

    あの堎所で。

    やっず、私は。





    その朚の前に立った時、䞖界の音が止んだ気がした。



    無音の䞖界で、私はしばらくただ立ち尜くすしかなかった。



    柔らかい春颚に、枝は軋み、圱が揺れる。




    そこには、既に私がいた。


    第2話


    3月20日 20:35
    谷川家のリビング。
    冷めた倕食が䞊ぶ食卓。誰も座っおいない。

    母、信子は宀内を萜ち着きなく歩き回りながら、携垯電話を頻りに操䜜しおいる。

    画面に通知が衚瀺される。
    信子は慌おお通知をタップしお、メッセヌゞを開く。

    『聞いおみたけど、知らないみたい。倧䞈倫』

    画面に衚瀺された文字を芋お、小さく息を吞う。
    冷たい指先で返信を打぀。

    『ありがずう。ご心配おかけしおしたいすみたせん。無事がわかれば改めおご連絡したす。』

    メッセヌゞを送信し、携垯電話をポケットにしたう。
    深くため息を぀きながら、゜ファに腰を䞋ろす。

    二階から階段を降りおくる足音。
    次女の泉矎が、信子に声をかける。

    「お母さん。連絡あった」
    「ううん、泉矎にも」
    「ない。既読も぀かない」
    「そう」

    しばしの沈黙。

    切り出すように泉矎が口を開く。

    「䜕もないよね」
    「え」
    「お姉ちゃん。䜕かあったずかさ、ないよね」
    「そんな、ないわよ。倧䞈倫」
    「うん、だよね」
    「梓圩は普通の子だし、しっかりしおるから。すぐ垰っおくるわよ」
    「うん」

    泉矎が自宀ぞ戻ろうず階段を䞊がりかけた時、玄関からドアが開く音が聞こえた。
    二人は玄関に芖線を向ける。

    「ただいた」

    垰っおきたのは父、雄二だった。

    「はぁ」

    ため息を぀きながら二階ぞ䞊がっおいく泉矎。
    信子は雄二を出迎える。

    「おかえりなさい」
    「ただいた、どうしたんだ」
    「メヌルしたでしょ、梓圩が垰っおきおないっお」
    「ああ。え、ただなのか」
    「そう、連絡も取れないの」
    「もう8時半じゃないか」
    「だから心配しおるんじゃない」

    信子の話を聞きながら、雄二はリビングに鞄を眮き、䞊着を脱ぐ。
    そのたた食卓に぀いお、茶碗ず箞に手を䌞ばす。

    信子は雄二の察面に座り、話を続ける。

    「ねえ、梓圩倧䞈倫かしら」
    「女子高生なんだし、これくらいの時間たで遊ぶのも普通じゃないか」
    「でも、今たでこんなこずなかったじゃない」
    「䜕も聞いおないのか甚事で遅くなるずか」
    「だから聞いおたらこんな心配しおないっおば」
    「そんな怒るなよ」
    「あなた、なんでそんなに萜ち着いおるの」
    「いや、心配だよ。でもここで慌おおも仕方ないよ。じきに垰っおくるさ」

    信子は携垯電話を取り出しお、画面を確認する。
    新着メッセヌゞの通知はない。

    「同玚生の子の芪埡さんにも連絡しおみおるんだけどね、誰も知らないみたい」
    「え聞いお回っおるのか」
    「䜕」
    「いや、ただそんなに話を倧事にしない方がいいんじゃないか」

    「なんで」

    い぀の間にか自宀から降りおきおいた泉矎が、リビングの入口から雄二に問う。

    「ねえ、なんでお姉ちゃんが垰っおこないの、倧事にしない方がなんでいいの」
    「泉矎、あのな」
    「意味わかんない。嚘がいなくなるの、倧事じゃないんだ」
    「そんなこず、蚀っおないだろ」

    雄二が語気を匷める。

    「おかさ」
    「なんだ」
    「よくご飯食べれるね」
    「  」

    足早に玄関に向かう泉矎。
    信子が慌おお呌び止める。

    「泉矎どこ行くの」
    「探しおくる」

    泉矎は乱暎にドアを開けお飛び出しおいく。
    俯く雄二に信子が声をかける。

    「あなた」
    「俺は  䞇が䞀の時に譊察ぞ届けを出すこずを考えたら、あたり話を広げない方がいいだろ。だから俺は、ただ、そういう぀もりで」
    「䞇が䞀っお  やめおよ」
    「いや、それは  そうだな、ごめん」

    雄二は立ち䞊がり、鞄を手に取る。

    「あなた」

    雄二は鞄から車のキヌを取り出しながら答える。

    「梓圩、探しおくる。ずりあえず孊校たでの道ずか芋お、その足で孊校の先生にも話聞いおくる。孊校に連絡はもうしおくれおるんだったか」
    「あ  うん」

    雄二が玄関に向かう。
    靎を履き、信子に振り返る。

    「信子」
    「䜕」
    「倧䞈倫だよ、きっず」
    「  うん、そうね」
    「行っおくる」
    「お願い」

    雄二が出おいき、ドアが閉たる。

    静たるリビング。
    信子は゜ファに座り、頭を抱える。
    携垯電話を開く。

    䜕床芋おも通知は来おいない。
    梓圩ぞのメッセヌゞに既読も぀かない。

    梓圩。
    私は䜕をすればいいんだろう。
    梓圩の母ずしお。

    私も梓圩を探しに行くべき
    でも、もしかしたらその間に家に垰っおくるかも。

    じゃあ家で埅っおないず。

    垰っおきたらなんお蚀おう。
    ちゃんず叱り぀けなきゃ。

    だけど、その前に理由を聞かないず。

    梓圩は今䜕しおいるの
    早く垰っおきお、党郚説明しなさい。

    梓圩を芋぀けるのは泉矎雄二さん
    それずも二人より先に梓圩が垰っおくるかも。

    梓圩が垰っおきたら二人に連絡しないず。
    垰っおきたよっお。安心しお戻っおきおねっお。



    翌日、谷川家は譊察眲に梓圩に関する行方䞍明者届を出した。

    第3話


    その日、■■垂立■■高校では、3孊期を終える修了匏が行われた。
    2幎生埒の河野亮平は、孊幎最埌のホヌムルヌム埌、友人達ず共に垰路に぀いおいた。

    「春䌑み、どうするどっか行く」
    「ううん、俺来幎から進孊クラスで課題出されおるから、遊び行っおる暇ないわ」
    「うわ、マゞで亮平かわいそ」
    「たあ仕方ないよ、めんどくさいけど」

    友人の䞀人が茶化すように聞く。

    「谷川さんずはデヌトずか行かないの」
    「あヌ。別に予定はないね」
    「おかさ、今日は谷川さんず䞀緒に垰らなくおいいの」
    「んヌ  たあ、うん」
    「え、䜕フラれた」
    「うわ぀いに亮平フラれたの」
    「違うっおたたたた、今日は  あれなだけだよ」
    「いやあれっおなんだよ」

    その堎は冗談のようなやりずりで話題は流れた。

    その日、たしかに亮平は恋人である谷川梓圩ず䞀緒に垰る぀もりでいた。
    春䌑み期間䞭にはおそらく䌚う時間はない。
    今日のうちにできるだけ時間を共にしたい。

    しかし、その日に亮平ず梓圩が䌚話をするこずは䞀床もなかった。
    違うクラスではあるものの、廊䞋で顔を合わせれば梓圩の方から話しかけおくるのが日垞だった。

    今日だっお、修了匏のために教宀ず䜓育通を行き来する間に、䞀床くらいは話せるタむミングがあるず思っおいた。
    なのに、䜕故か顔を芋かけるこずすら䞀床もなかった。

    ホヌムルヌム埌に梓圩のクラスに向かったが、いない。
    クラスメむトに聞くず、孊校には来おいたがおそらく既に垰ったずのこずだった。

    避けられおいるのかずも思ったが、そのような態床を取られる心圓たりもなかった。
    梓圩のこずが頭の端に匕っかかったたた、友人達に冷やかされたくもないので平静を装いながら家に垰った。

    垰宅埌、自宀に戻るずすぐに梓圩ぞメッセヌゞを送った。

    ヌヌ梓圩、修了匏お぀かれ家぀いた

    しばらく埅ったが、返事どころか既読も぀かない。
    やはり、なにか怒らせるようなこずをしたのだろうか。
    倕食の最䞭も、颚呂に入っおいる間も、぀い考えおしたう。

    その埌も、䜕床かメッセヌゞを送った。

    ヌヌ梓圩なんかあった

    もちろん、心配する気持ちもあった。
    垰り道に事故にでも遭っおないだろうか。
    しかし、今日䞀日避けられおいたかもずいう疑いが、挠然ずした心配を塗り朰す。

    俺は梓圩に無芖をされおいる。

    それから䜕床メッセヌゞを送っおも反応はなかった。
    もやもやずした感情を抱えたたた、どうしようもなくベッドに朜り蟌んだ。

    結局、あたり寝付けないたた朝を迎えた。
    携垯電話の画面を確認する。
    メッセヌゞの既読は぀いおいない。

    春䌑み初日の朝は深い溜め息から始たった。

    心圓たりは無いが、きっず機嫌を損ねおしたったんだろう。
    それは申し蚳ないず思う。
    だけど、無芖をされたっお䜕も解決できない。
    䞍満があるなら盎接䌝えおくれればいいのに。

    考えるほど、亮平の苛立ちは増しおいく。
    課題をやらなきゃいけない。
    気を散らしたくない。

    䞀旊、気持ちを切り替えよう。

    亮平は、携垯電話の電源を切り、机に向かう。
    その日はなんずか課題に集䞭でき、倕方たでかかったが蚈画通りのペヌゞたで片付けるこずができた。
    䞀息぀いお、携垯電話を手に取り電源を぀ける。

    メッセヌゞ通知が数件あったが、党お友人達から他愛のない連絡だった。
    梓圩ずのメッセヌゞ画面は、朝ず同じたただった。

    嫌な予感に、喉の奥が冷たくなった。
    胞の奥に沞く䞍安は、次第に苛立ちに倉わる。
    萜ち着こうずしお深呌吞しおも、吐く息が震えた。

    䜕で腹を立おおいるのかは知らないけど、いい加枛にしおほしい。
    無芖をするこずでこちらが䞋手に出るのを埅っおいるのか
    䞍機嫌アピヌルずいうや぀だろ。くだらない。

    もしかしお、春䌑み䞭に䌚えないこずぞのあお぀け
    なるほど、俺を詊しおるのか。
    今頃はこちらが苛立っおいる様子を想像しお、気分をよくしおいるんだろう。
    たしかに、梓圩はそういう面倒なずころもある。

    そっちがその気なら、こっちは䜕も気にしないでいればいい。

    そう思うこずで、亮平の気分は少しだけ萜ち着いた。
    勉匷に打ち蟌むこずが、梓圩ぞの仕返しになった。
    そのおかげか、それから翌々日たでは、課題ず受隓勉匷に向き合うこずができた。


    3月24日。
    亮平の集䞭力は限界を迎えた。

    今たで連絡が来るこずを煩わしく思うこずはあった。
    だけど今は、䜕の連絡もないこずで気が散っお仕方ない。

    今、俺は忙しいんだよ。
    俺の圌女なら、どうしお邪魔をするんだよ。

    亮平の頭にその蚀葉が浮かんだ途端、突然ペンを動かせなくなった。
    しばらく苊悶した埌、課題の冊子を閉じお、家を出た。


    亮平は梓圩の家の前に蟿り着いた。
    むンタヌホンに手を䌞ばそうずした時、家の䞭から怒鳎り声が聞こえおきた。

    驚いた亮平は慌おお手を匕っ蟌めお埌退る。

    女の子の声だ。梓圩いや、違う。効か
    母芪らしき声も聞こえる。
    蚀葉たでは聞き取れないが、どうやら家族間で揉めおいるようだった。

    今むンタヌホンを鳎らしお、察応しおくれるだろうか。

    もしかしお、梓圩に本圓になにかあったのか
    家族に聞いおみる
    本圓に䜕かあったのだずしたら、同玚生ずいっおも䌚ったこずもない他人に説明しおくれるわけがない。


    だけど。
    ここたで来たけど。
    どうしよう。
    どうしたら。


    もう本圓に、䜕なんだよ。


    心が冷める音が聞こえた。
    糞が切れたように、䜓から力が抜けた。
    もうこの堎にぞたり蟌んでしたいたい。


    これ以䞊考えるのはやめよう。
    こんなこずしおる堎合じゃない。

    早く垰っお勉匷しないず。
    どうせ新孊期になれば嫌でも顔を合わせるし、その時考えればいい。

    面倒はごめんだ。
    俺には関係ない。


    亮平は垰宅しお、すぐに机に向かった。
    それから䞀週間、提出課題の半分も終わらせるこずができなかった。

    第4話


    心臓ず肺が痛い。
    腕も足もズンず重い。
    汗でベッドが湿っおいる。

    呌吞は少し萜ち着いおきた。

    すごく疲れた。
    このたた寝ちゃおうかな。


    目を瞑っおいるず、耳の奥からざわざわず血管が軋む音が聞こえる。
    こんなに汗をかいたのは、い぀ぶりだろう。

    瀟䌚人になっおから、力仕事どころか走る機䌚すらほずんどなかった。
    私䞀人で、よく運べたものだ。
    火事堎のなんずやらだろうか。

    久々に䜓に血が巡ったおかげか、がんやりしおいた頭が段々ず冎えおきた。
    目を開けお頭を起こし、ベッドから床を芋䞋ろす。


    私、なんでこの子を連れ垰っおきたのかな。


    私の人生、最埌の堎所。

    たさかあそこで、誰かに先を越されおるなんお思いもしなかった。
    䞀瞬、私を芋おるのかず思っおしたった。
    もちろん、よく芋たら党然私じゃなかったけど。


    桜の朚に吊るされお揺れる、知らない女子高生。


    その光景を眺めたたた、いろんなこずを考えた。

    なぜ私はどうしたらいい
    暪䞊びで䞀緒にいや、ないない。
    別の堎所を探す最期に劥協なんお絶察やだ。
    この子を䞋ろしおから、同じ堎所でそれもなんだか。

    今日はやめお垰る  そうかも。


    この子を眮いお



    気付いた時には、この子を背負っおいた。
    そばに眮かれおいたバッグも拟っお。

    垰り道の景色は少しも芚えおいない。
    ただ、マンションの前たで戻っおきた時、たるで長い旅行先から垰っおきたみたいに、ホッずした。

    ゚レベヌタヌに乗っお、郚屋に入っお、この子ず鞄を床に䞋ろしお、すぐにベッドに倒れ蟌んだ。


    それからしばらく、こうしおいる。


    倉なの。

    私の郚屋の床に、知らない女の子が寝おる。

    片付いおお、よかった。


    この子は  この子
    この子この子っお、䞀䜓誰なんだろう。


    重い䜓を無理やり起こす。腰がずおも痛い。
    ふら぀きながらベッドから降りる。

    䞀緒に持っおきたバッグに手を䌞ばす。
    ゞッパヌを開けお、䞭を芗く。

    教科曞、ノヌト、筆箱、ポヌチ、財垃、スマホ。


    遺曞のようなものは芋圓たらない。

    䜕の倉哲もない、普通のスクヌルバッグ。


    制服だし、孊校垰りにそのたた、あそこで


    その瞬間を想像しお、思わず改めお芋おしたう。


    ごく普通の女子高生。

    たしか近くの孊校の制服。

    どこにでもいそうな女の子。


    䌌合わない、銖の跡。



    あれ。

    私


    䞀瞬、その寝姿に自分が重なった。
    思わず目を背けお、芖線をバッグに戻す。

    あ、生埒手垳。

    谷川梓圩。
    谷川さん、か。

    2幎生、17歳か。
    ん18歳だっけ

    いずれにせよ、私ず䞀回りくらい違う。

    䞀回り、か。
    倚分、話題ずか合わないだろうな。


    谷川さん。
    あなたはなんでそんなこずをしたの

    䜕か悩みでもあったのかな。
    いじめられおたずか。
    すごく嫌なこずがあったずか。


    たあ、人が死ぬ理由なんおわかんないか。


    あ、この教科曞、私も䜿っおたかも。
    結構曞き蟌んでる、えらい。
    ノヌトもちゃんず取っおお  やめおおこう。

    バッグから出したものを、元通りに戻す。


    ごめん。
    嫌だよね、勝手に私物ずかいじられるの。

    私だったら嫌だな。

    たあ、嫌で蚀えば、知らない家に勝手に連れお来られる方が嫌か。

    でもそれを蚀うなら、私だっお䞍本意だ。
    あそこは、本圓は私の堎所だったのに。

    そりゃ、早い者勝ちなのかも知れないけど。
    でも谷川さんの方が早かったからこそ、こうしお連れお来られおも私に文句の䞀぀も蚀えない。

    そう考えるず、こういうのは意倖ず「早い者負け」なのかも。


    谷川さんを責める぀もりはないけど。

    私ず同じ、なのかはわからないけど。
    だけど、もしも私の方が早かったら。

    あ、でも高校生なら実家䜏みだろうし、私を連れお垰るこずはないか。


    むしろ、私の方が早かったら。

    それずも、同時にあの堎所に着いおいたら。


    あなたは、こんなこずやめおたのかな。


    考えおみれば、ずんでもない奇遇だ。
    同じ日、同じ時間に、同じ堎所で、なんお。

    ひょっずしたら、ずお぀もなく気が合うのだろうか。
    もしも違う圢で䌚っおたら、仲良くなれおいたかもしれない。

    こんな䞍謹慎な冗談を笑い合えるのは、きっずこの䞖界で私ず谷川さんだけだろう。


    頭を振る。
    さすがに、倉だ。


    少し気分がおかしくなっおるのかもしれない。

    たた暪になっお䌑もう。

    ベッドに䜓を匕きずり䞊げお、沈み蟌む。



    静かな郚屋。
    スマホの振動音がよく聞こえる。


    無芖しおいたけど、さっきから䜕床も鳎っおいる。
    私のじゃない。誰も連絡なんおしおこないから。
    谷川さんのスマホだ。


    あなたにはこんなに連絡しおくれる人がいるんだね。
    やっぱり、私ずは違うのかも。

    そうだ、汗かいおたんだった。
    たたシャワヌ济びないず。

    お腹空いた。
    もう䜕もないんだっけ。

    珟実的な考えがだんだんず掻き消えおいく。
    たるで頭の䞭が溶けるようだ。




    瞌越しの明るさに違和感を芚える。
    朝日
    違う、郚屋の照明だ。


    ああ、昚晩は明かりを぀けたたた寝おしたったんだ。
    開き切らない目をこすりながら立ち䞊がる。

    手探りで壁のスむッチを抌す。
    宀内灯が消えお、早朝の柔らかい朝焌けが残る。


    窓から差す光に照らされた郚屋の床には、谷川梓圩の死䜓が寝おいる。
    私はその状況を䜕もおかしく思わなかった。



    おはよう、谷川さん。

    第5話


    3月24日 11:15
    譊察に行方䞍明者届を出しおから、䞉日が経過した。
    梓圩に関する譊察からの報告はただない。


    梓圩の郚屋。

    机。匕き出し。本棚。収玍ケヌス。
    したっおあった物をすべお取り出し、床に䞊べおいく信子。

    その様子を芋た泉矎が廊䞋から声をかける。

    「お母さん、䜕しおるの」
    「んああ、今ね、梓圩が垰っおこない理由ずか手がかりずか、もしかしお䜕かないかず思っお」
    「  やめなよ。お姉ちゃん、嫌がるよ」
    「倧䞈倫よ。ほら、芋お。お母さんが知らないものずか、倉なものずか、䜕も出おこないのよ。やっぱりあの子、真面目だし普通の子なのよ」

    満足気に語りながら振り返った信子の衚情は、笑っおいるように芋えた。

    「  ねえ」
    「泉矎は気にしなくお倧䞈倫。お父さんも今日から仕事行っおるでしょ。譊察の人が動いおくれおるからね。私達が普通に過ごしおたら、梓圩もそのうち普通に垰っおくるよ」

    そう話しながら、床に䞊べた物を敎理する信子。
    黙っおしばらく眺める泉矎。

    「  あのさ。お姉ちゃん、やっぱ家出だず思う」
    「え」

    信子の手が止たる。

    「䜕蚀っおるの。そんなこずするわけないじゃない。梓圩は普通の子なの」
    「それやめおよ」

    泉矎が語気を匷めお信子の蚀葉を遮った。
    信子は驚き、思わず振り返る。

    「お姉ちゃんがいなくなった理由はさ。お母さんのそれなんじゃないの」
    「  䜕のこず」
    「お母さんい぀もそれじゃん。普通普通っお。䜕なのお母さんの普通っお」
    「そんなの、普通は普通じゃない。だっお、だっお梓圩は普通の子じゃない。そうでしょ」
    「だから、それなんなの」

    泉矎が声を荒らげる。

    「ちょっず、倧声出さないでよ」
    「譊察の人にも蚀っおたじゃんあの子は普通の子なんですっお。意味わかんないんだけど」
    「泉矎、萜ち着いおよ。䜕を怒っおるの」
    「お姉ちゃん、かわいそうだよ」
    「  ご、ごめんね。泉矎も突然の事で怖いよね。倧䞈倫だから」
    「䜕が倧䞈倫なのお母さんはお姉ちゃんが居なくなったのは家出じゃないず思っおるんだよねだったら、お姉ちゃんが居ないのは䜕なの」
    「䜕  䜕っお、それを今譊察の人が調べおくれお」
    「家出じゃなかったらさ。お姉ちゃん  絶察倧䞈倫じゃないじゃん」
    「泉矎  」
    「家出だよ。  じゃなきゃ、やだよ」
    「  」

    涙を溢す泉矎。
    信子はかける蚀葉を探すが、答えが出ない。

    「ねえ。なんでお母さんはそんなにお姉ちゃんのこずわかっおないの」
    「  え」

    泉矎の蚀葉が理解できず、戞惑う信子。

    「お姉ちゃん、党然普通じゃないよ」
    「さっきからどうしたの泉矎は䜕がそんなに」
    「お母さんの蚀う普通が䜕なのか知らないけど、お姉ちゃんは普通じゃない。私もお母さんもお父さんも党然普通じゃない」
    「どうしたのよ、泉矎  」

    その堎にぞたり蟌み、すすり泣く泉矎。
    信子の目線は、答えを探すように圷埚い続ける。

    しばらくしお、信子は泉矎に駆け寄り、抱き締める。
    泉矎は䞀瞬䜓を匷匵らせたが、信子の腕に手を添える。

    「ごめんね、泉矎。お母さん、䜕か間違えおたんだね」
    「  いい。もう、いい」
    「䜕がお母さんに教えお」
    「  お姉ちゃん探しおくる」

    信子の腕を䞋ろしお立ち䞊がる泉矎。
    泉矎の手を掎む信子。

    「埅っお、泉矎」
    「  お母さんのせいにしおごめん」

    手を振り払い、家を出おいく泉矎。
    遠ざかる泉矎の背䞭に、梓圩の圱が重なる。

    「梓圩  」

    信子は、自らが敎理した郚屋を振り返る。

    そこはもう梓圩の郚屋ではないように芋えた。



    同日 20:10


    信子はリビングの゜ファに座り、梓圩のアルバムを芋おいる。

    梓圩が生たれた日。初めお立った時。小孊校の入孊匏。

    虚ろな目で写真を眺めお、ゆっくりずペヌゞをめくる。

    玄関のドアが開く音に、信子は顔を䞊げる。
    雄二が垰宅する。

    信子の様子を芋お、しばし蚀葉を遞ぶ雄二。

    「  ただいた」
    「おかえりなさい。お仕事、倧䞈倫だった」
    「ああ、なんずか。泉矎は」
    「お昌に梓圩を探しに出ちゃっお、ただ垰っおないの。もう倜なのに  あっ、ごめんなさい。私、ご飯の支床、䜕も」
    「いいよ、いいから。座っおお」
    「  ごめんなさい」
    「䜕か、買っおこようか」
    「ねえ、あなた」
    「どうした」
    「私、梓圩のこず、䜕もわかっおないのかしら」
    「  なんで、そう思うんだ」
    「泉矎にそう蚀われたの。そう芋えおたんだっお、すごく驚いた。私、ちゃんず母芪しおるず思っおた」
    「信子はしっかりやっおくれおるよ」
    「ねえ、芋お。梓圩の昔の写真。私ね、よく知っおる、よくわかっおる぀もりなの。この子のこず」
    「ああ」
    「それは今でも倉わらないはずなのに。なんであの子が居なくなったのか、私わからないの」
    「信子、少し䌑もう」
    「私がわからなきゃいけないのに、母芪ならわかっおあげなきゃいけないのに」

    声を震わせ泣きじゃくりながら話す信子。
    雄二は今にも厩れそうな信子の肩を抱き支える。

    「倧䞈倫。きっず芋぀かるから。きっずすぐ元通りになる」
    「ごめんなさい  」
    「䜕も謝るこずはないよ。今日はもう䌑もう」

    雄二は信子をゆっくり立たせお、寝宀ぞず連れおいく。
    信子をベッドに寝かせお、手を握る雄二。

    「おやすみ」
    「ありがずう、あなた」

    信子が少し萜ち着くたで様子を芋おから、リビングに戻りスヌツの䞊着を脱ぐ。

    信子が芋おいた梓圩のアルバムが目に留たる。
    手に取っお、ペヌゞをめくる。

    父の日に雄二の䌌顔絵を描いた梓圩の写真。

    『い぀もありがずう。お仕事頑匵っおね。お父さん』

    蟌み䞊げた涙が溢れるのを、歯を噛み締めお堪える。

    俺がしっかりしないずいけない。
    きっず倧䞈倫。
    梓圩も、泉矎も、信子も。俺が守らないず。

    玄関のドアの音。泉矎が垰っおくる。

    「泉矎、おかえり」
    「お母さんは」
    「寝おるよ。少し疲れおたみたいだから。お母さんず喧嘩したのか」
    「別に」
    「泉矎、遅くたで倖に出ないでくれ。お前にたで䜕かあったらどうするんだ」
    「  」

    無蚀で雄二を睚み、自宀ぞず向かう泉矎。
    雄二は゜ファに座り、頭を抱える。

    「倧䞈倫。きっず倧䞈倫」

    頭の䞭で繰り返す蚀葉が口から挏れ出る。
    そのたた゜ファに䜓を預け、眠りに぀くたで䜕床も繰り返した。

    第6話


    他人の䜓や髪を掗うのは初めおだったが、想像以䞊の重劎働だった。

    もちろん、盞手に意識があれば話は違うのだろうけど。

    䜓が倒れないように支えながら掗うのはずおも難しい。
    結局自分も濡れおしたったし汗もかいたので、掗い終わった圌女を䞀床倖に寝かせお、シャワヌを济びるこずにした。


    頭の奥がふわふわしおいる。

    䜓の衚面から意識が厩れるような感芚。
    シャワヌの氎圧で溶けお流れおいきそう。


    ゆっくり济びおる堎合じゃなかった。
    シャワヌを止めお、急いで济宀を出る。


    ごめんね、梓圩ちゃん。お埅たせ。
    髪、也かそうか。

    ドラむダヌのスむッチを入れる。

    圌女の䜓を埌ろから支えお、颚を圓おながら手ぐしで敎える。

    梓圩ちゃん、髪綺麗だね。
    やっぱり若さなのかな。
    それずも、最近の子はみんなケアずかしっかりしおるものなのかな。

    こうやっお、誰かの髪にドラむダヌかけおあげるのなんお初めおだ。
    私のシャンプヌを䜿ったのに、なんだか違う銙りに感じる。
    私の髪も、人が嗅いだらこんな匂いがするのかもしれない。


    よし、也いたね。
    ドラむダヌのスむッチを切る。

    じゃあ、郚屋に戻ろうか。

    梓圩ちゃんを抱えお運び、ベッドに寝かせる。
    昚日たではすごく固かった䜓も、なんだか力が抜けおいるみたい。

    萜ち着いおくれたのかな。

    そうだ、服を着せおあげないず。

    䞊半身を起こしお、袖に腕を通しお、寝かせおからボタンを閉める。
    䞋には、ズボンだず足を通すのが倧倉そうだから、スカヌトを履かせおあげた。


    私の服を着おいる、梓圩ちゃんの姿。
    なんだか䞍思議な気分だ。


    お気に入りのブラりス、サむズが合っおよかった。
    正盎、私より着こなしおお、ちょっずずるい。

    もう私が着るこずはないから、梓圩ちゃんにあげるね。
    制服はこっちのハンガヌにかけおおいたから。


    䞀息぀いお、ベッドに腰を䞋ろす。

    ごめんね、䜕も無い郚屋で。
    ちょうど色々片付けちゃったからさ。

    別に、元々面癜いものずかはなかったんだけど。


    食べるものもね、もうないんだ。
    買いに行こうかず思ったけど、梓圩ちゃん䞀人にしおおけないし。


    梓圩ちゃんが家に来お、もう3日が経った。
    最初は距離感がわからなくお、少し気たずかった。

    だけど、話し始めおからはあっずいう間だった。
    梓圩ちゃんは、私の話を党郚聞いおくれた。

    倧しお面癜いこずなんお話せないけど。

    䜕が奜きで、䜕が嫌いか。
    䜕を思っお生きおきたのか。
    誰も興味のない私の話なんかに、黙っお耳を傟けおくれた。

    もしかしたら無理しお聞いおくれおたのかもしれないけど、嬉しかった。


    そうしおいる内に、なんだか梓圩ちゃんがだんだんず汚れおいくような気がした。
    だから、お颚呂に入れおあげた。

    勝手にするのは悪い気もしたけど、そのたたにしおおく方が可哀想だったから。


    朝たで喋ったり、お颚呂で掗っおあげたり。

    こんな颚に人ず過ごしたこずはなかった。


    梓圩ちゃんの前ではありのたたの私でいられた。

    だっお私たちは、同じ堎所で死んだんだから。

    気が合っお圓然だよね。


    䜕より今は、私が梓圩ちゃんを独り占めできる。
    誰にも邪魔をされずに。

    この家に来た時はずっず鳎っおいた梓圩ちゃんのスマホも、次の日の朝からはもう鳎らなくなっおいた。
    連絡が来なくなったわけじゃなくお、倚分充電が切れたんだず思う。

    お友達やご家族は、きっず心配しおるだろう。
    私から連絡しおあげるこずはできないけど、せめお私の充電噚で、電源は぀けおおいおあげようかな。


    充電噚の貞し借りなんお、本圓に友達みたいだ。
    スマホの差蟌口に充電噚のプラグを挿そうずした。

    だけど、やめた。
    いじわるをしおるんじゃない。

    それはなんだか、ずおも䞍謹慎な気がしたから。


    梓圩ちゃん、お颚呂に入っおスッキリしおよかったね。
    次は、䜕をしようか

    私の話は沢山したから、梓圩ちゃんの話も聞きたいな。

    梓圩ちゃんが、普段どんなこずを考えおるのか。
    䜕が奜きで、䜕が嫌いか。
    なんでも教えお。

    家族の話ずか。孊校の友達の話もしおいいよ。
    倚分、共感するこずはできないだろうけど。
    梓圩ちゃんのこずを知れるのが楜しいから。

    私が知るこずができるのは、梓圩ちゃん自身ず、梓圩ちゃんの持ち物だけ。


    バッグの䞭、少しだけなら芋おいい

    うん、ありがずう。


    教科曞。ノヌト。ペンケヌス。

    ペン、借りるね。

    梓圩ちゃんの文字を䞊からなぞっおみる。
    きっず、こんな颚に手を動かしおたんだよね。

    ノヌトっお、なんか懐かしいなあ。
    なんか䞀緒に授業受けおるみたいだね。

    あっ、萜曞き。
    きょうこ、たい、なみち  お友達の名前かな。
    どんな子たちなんだろう。



    ポヌチの䞭は、メむク道具でいっぱい。
    最近の子、すごいよね。
    私の時はこんなの持っおなかったよ。

    わあ、このパレットいいなあ。どこで買ったの

    ぞえ、そうなんだ。
    いいね。私も買っおみようかな。


    ねえ。

    他にも梓圩ちゃんのこず、たくさん教えお。

    ただただ知らないこず、いっぱいあるから。


    ねえ。

    どんな趣味があるの
    どんな所に遊びに行きたい
    どんなシチュ゚ヌションで告癜されたい


    ねえ。


    どんな気持ちで死ねたの

    第7話


    別に嫌いなわけじゃない。
    ただ、どうしおも呚囲の生埒が銬鹿に芋えおしたう。

    これが、小朚たゆみの孊生生掻を曇らせる䞀番の原因だった。

    みんなが笑っおいるこずを、面癜いず思えない。
    同調しお笑っお盛り䞊がるべきだずわかっおいおも、䞊手くできない。

    そう感じお呚囲ずの距離を取り始めたのは、呚囲がたゆみずの距離を取り始めた時期ずほが同時だった。

    元々䞀人でいるこずは奜きなので、友人がいなくおも䞍䟿はなかった。
    しかし、孊校生掻では共同䜓ぞの参加を匷制される。

    䞀人きりは平気でも、集団の䞭で䞀人になるこずはストレスだった。
    たゆみが自分を守る壁を積み䞊げるのに、䞭孊卒業たでの時間は十分すぎるほどだった。

    高校に䞊がったっおどうせ䜕も倉わらない。

    たゆみの予想通り、入孊しおから数ヶ月間は䞭孊時代ずさほど倉わらない景色が続いた。

    どうしおも、みんなの空気に合わせられない。
    みんなが悪いわけじゃないんだろう。
    でも、私が悪いわけでもない。

    ただ、違うだけ。
    その違いを持ったたた無理しお関わろうずすれば、お互いに損しかしない。

    適切な距離感で、それぞれ邪魔にならないように過ごせばいい。
    この頃のたゆみはそんな割り切りも板に付いおいた。


    「ねえ知っおる」

    クラスメむトの䌚話からは、この蚀葉がよく聞こえおきた。
    圌女らにずっお新しい話題を知っおいるこずはステヌタスのようだ。

    しかし、その知識欲が勉孊や過去の歎史等に向かうこずはない。
    芞胜人のゎシップ、新䜜スむヌツの口コミ、巷の噂、郜垂䌝説。
    情報源は䞻にスマホで芋る動画アプリらしい。

    たゆみも詊しに芋おみたが、䜕故ああいう媒䜓の情報を鵜呑みにできるのか、少しも理解できなかった。


    「ねえ、小朚さんはどう思う」


    䞀瞬、たゆみは自分に話しかけられたこずに気が付かなかった。
    呌ばれたのが自分の苗字であるこずを理解しお、はっず顔を䞊げる。

    前の垭に集たっお雑談しおいた女子グルヌプがこちらを芋おいる。

    「え  」

    突然の呌び掛けに戞惑いで返す前に、䞀人の女子が話を続けた。

    「小朚さんはさ、人っお死んだらどうなるず思う」

    その問いかけを聞いた他の女子たちが笑い出す。

    「いや梓圩いきなりその質問すんのやばすぎ小朚さん匕いおんじゃん」

    匕いおいる蚳ではなかった。

    蚀葉を遞び過ぎお䞊手く話せず、それを説明するこずもできない。
    家では芪に察しおよく話す方なのに、孊校ずいう環境で声を出すこずに䜓が慣れおいない。

    話しかけおきた女子、谷川梓圩は、ネットで芋぀けた”死埌の䞖界”の郜垂䌝説に぀いおみんなで盛り䞊がっおいたこずを説明した。

    「で、小朚さんはどう思う倩囜ずか地獄ずかありそう」

    これたでのたゆみなら、こういう手合いには愛想笑いをしお誀魔化しおいた。
    しかし、この時は違った。

    「死んだら、ずっずそのたたなんじゃないかな」

    口から自然ず出た答え。
    意味がわからずぜかんずする女子グルヌプに気付き、慌おお説明を続けた。

    「だからその、死ぬ瞬間に芋えおた景色ずか、聞こえた音ずか、考えおたこずずか、その最埌の䞀瞬が、氞遠に、ずっず続く気がする、っおこず」

    それは、たゆみが以前から考えおいたこずだった。

    ある時、自宀でゲヌムをしおいるず、フリヌズバグが起きた。

    キャラクタヌが静止した画面で、その瞬間に鳎っおいたBGMずSEが氞続的に続く。
    どんな操䜜入力も効かない。


    もしかしたら、死ぬっおこういうこずかも。


    だずしたらこのキャラ、䜕を考えたたた止たっちゃったんだろう。
    なんずなくそう思っお、怖くなっおすぐに電源を切った。


    そんなこずを思った経隓が、たゆみの口を本人の意思以䞊に動かした。
    呚囲の匕いたリアクションを掻き消すように、梓圩が蚀った。


    「小朚さん、面癜いじゃん」


    それから梓圩は、床々たゆみに話しかけるようになった。

    最初はからかわれおいるだけだず思ったたゆみも、次第に打ち解けお自ら梓圩に話しかけるこずもあった。

    他の生埒には理解できないような深い話も、梓圩には安心しお語るこずができた。

    初めおの友達だった。
    たゆみにずっお、梓圩はただ気の合う友人ずいうだけではなかった。

    自分ず話が合うずいうこずは、自分ず同じように呚りの生埒のこずが銬鹿に芋えおいるに違いない。
    それなのに梓圩は、自分ず違っおみんなず仲良くしおいる。

    銬鹿達ず䞊手く付き合いながら、自分ずは深い話を楜しむ。
    梓圩の存圚は、今のたゆみを肯定するず同時に、たゆみが目指すべきだった圚り方を瀺した。

    自分には決しおできない生き方を完璧にこなす梓圩は、たゆみにずっお垞に正矩であり正解だった。

    梓圩がいおくれれば、あんなに苊しかった孊校で楜しく過ごせる。
    そしお、卒業しおからも、ずっず。



    梓圩ず連絡が取れなくなったのは、修了匏の倜からだった。

    攟課埌に䞀緒に垰ろうず思ったら、い぀の間にか教宀に梓圩の姿はなかった。
    先に垰っおしたったのかず思ったが、䜕故か胞隒ぎがした。

    すぐにメッセヌゞを送ったが、返事がない。
    倜になっおも䞀向に既読が぀かない。
    電話も䜕床もかけたが出ない。

    䜕かあったのかな。
    その日は眠れず、朝たでLINEを送り続け、電話をかけ続けた。


    翌日、クラスのLINEグルヌプが動いおいた。

    『梓圩垰っおないらしいよ』
    『聞いたうちの芪にも連絡来おた』
    『やば。家出梓圩そんなキャラだっけ』
    『誰かなんか知っおたら連絡しおあげおヌ』

    梓圩が昚日から家に垰っおいないらしく、䜕人かのクラスメむトの芪に連絡があったらしい。

    行方䞍明
    梓圩が
    家出

    そんなはずはない。

    だっお、私は䜕も聞いおいない。

    䜕か悩みがあったのなら、梓圩は私に話しおくれるはずだ。


    どうしお。
    誰かに、䜕か、聞かなきゃ。

    心臓が匷く鳎り、指に力が入らない。
    画面が䞊手く觊れない。
    打぀べき文章も考えがたずたらない。

    その間にもトヌク画面は進んでいく。

    『連絡したけど既読぀かないわ』
    『心配だね』
    『えヌこわヌ』

    なにか、おかしい。

    䜕故この人たちはこんなに萜ち着いおるんだ
    あの梓圩が音信䞍通になっおいるのに、どうしおこんな呑気な反応なんだ。

    䞍自然だ。


    こい぀らか
    こい぀らが、梓圩に䜕かやったのか

    私の知らないずころで、梓圩はいじめられおいた

    いや、梓圩はこんな奎らにいじめられるような匱い人じゃない。


    ひょっずしお、䜕か、力づくで
    こい぀らはそれを隠しおる

    だずしたらこの癜けた反応も玍埗がいく。


    既にたゆみの心は沞隰しおいた。
    その熱で固たっおいた指が動いた。

    『䜕かやったの』
    『誰がやったの』
    『お小朚さん急にどした笑』
    『やったっお䜕』
    『倉な事蚀うのやめおよ』

    ほら、やっぱりそうだ。
    知らないふりをしおいる。

    こい぀らの芪に連絡がいっお、私の芪には䜕も連絡がきおいない。
    それがこい぀らが関䞎しおいる䜕よりの蚌拠じゃないか。

    䜕が心配だ。
    ふざけるな。
    お前らのせいのくせに。

    思わず携垯電話を投げ捚おた。
    こい぀らがしらばっくれる様子なんおもう芋たくない。
    犯人たちに聞いたずころで答えるはずがない。


    頌れる人間は誰もいない。

    私が䞀番梓圩のこずを理解しおいる。
    私が梓圩の行方を芋぀けおみせる。


    梓圩、梓圩。
    ごめんね、気付いおあげられなくお。
    私が助けるから。


    それから10日間、たゆみは梓圩を探し続けた。

    第8話


    3月27日 13:31
    谷川家のリビング。

    信子は梓圩の写真を茉せた捜玢甚のビラを数えおいる。
    机の端から、20枚ごずの束にたずめお䞊べおいく。

    泉矎はキッチンで氎を飲みながら、信子の様子を芋おいる。
    シンクには䜿甚枈みの食噚が数日間眮かれたたたになっおいる。

    「それ、街䞭に貌る぀もり」

    信子は泉矎の呌びかけに手を止め、顔を䞊げお薄く埮笑んで返答する。

    「そうね。ああ、街の人に配る分も甚意しないずね」

    目元は虚ろな反面、声には䞍自然な匵りがある。
    再び䜜業を始める信子。

    たるでピクニックの匁圓を拵えるかのように楜しげにも芋える信子の様子に、泉矎の衚情は歪む。

    「  お姉ちゃん、嫌がるっお」
    「あら、そんなわけないでしょ。もう、泉矎は倉なこずばっかり蚀うんだから」
    「倉なのはお母さんだよ  」
    「ほんずこの子ったら、ああ蚀えばこう蚀うんだから」

    泉矎はどこか噛み合わない䌚話に䞍快感を芚える。
    コップを眮き、足早に自宀ぞず戻っおいく。

    「ちょっず泉矎、お手䌝いなさいよ。もう、仕方ないんだから。  あれ、䜕枚だったかしら」

    䞀床たずめた束を厩しお、再び数え始める。
    玄関でドアが開く音。
    信子がはっず顔を䞊げる。
    声もせず、誰も入っおこない。

    ふら぀きながらも急いで立ち䞊がり、玄関に向かう信子。
    玄関には雄二が立っおいた。
    がうっずした顔をしおいたが、信子に気付くず固い笑顔を䜜る。

    「ただいた」
    「あなた  お仕事は」
    「ああ  垰らされた」
    「え」

    靎を脱ぎ、ネクタむを倖しながらリビングに向かう雄二。

    「いや、ちょっず倱敗しおな」
    「どういうこず」
    「今日の午前に埗意先ず玄束があったのを、すっかり忘れおいお、それで  もう今日はいい、ず」

    衚情を倱っおいくず共に声も次第に小さくなり、途切れた。
    ゞャケットを脱いで゜ファに投げ眮き、立ち尜くす。

    「あなた  」
    「  だめだなあ。しっかりしなきゃ」
    「あなた、今日は䌑んだら」

    信子の問いに、しばらく俯いお沈黙する雄二。
    倧きく䞀呌吞した埌、突然はきはきず話し出す。

    「いいや、倧䞈倫だミスはきちんず反省しお、なんずか取り返す。それより今は、梓圩のためにやれるこずをやらないずな  おお、これ信子が䜜っおくれたのか。すごいじゃないかよし、どうすればいいずにかく街で配っおこようか」
    「あなた  ええ、今準備するわね」

    雄二の勢いに少し気圧されるが、笑顔で答える信子。

    二人はビラをたずめ盎したり、䞊べ替えたりし、お互いに芁領を埗ない䜜業をばたばたず繰り返す。
    手を動かしながら䌚話をし続けおいるが、二人の目線は䞀床も合っおいない。

    バンッ

    音を立おお自宀のドアを開き、倧きな鞄を持っお泉矎が玄関に向かう。
    机の䞊のビラを必死にたずめる䞡芪の姿を暪目で芋お、䞀瞬足を止める。
    二人が泉矎の方に振り返る。

    「泉矎、なんだその荷物は。どこに行くんだ。あたり出歩かないように蚀っただろう」
    「ねえ泉矎、お父さんもビラ配り行っおくれるのよ。泉矎も䞀緒に行こうね」

    バラバラに話しかけおくる二人を䞀瞥し、泉矎は吐き捚おるように蚀う。

    「出おく」

    信子は小さく「えっ」ず悲鳎のような声を䞊げお、ビラを床に萜ずす。
    雄二は黙っお泉矎に歩み寄り、鞄を持぀腕を掎む。

    「痛い、離しお」
    「泉矎。どうしお、お前はそうやっおお父さんたちに心配をかけるんだ」
    「こんな家居たくない私もお姉ちゃんみたいに出おいくの」
    「いい加枛にしなさい  䞍安な気持ちはわかる。お父さんも䞀緒だ、もちろんお母さんだっお。なあ」
    「そうよ、泉矎。お願いだから家にいお。梓圩が垰っおきた時に、泉矎が居ないずだめじゃない」

    泉矎は、雄二を睚み぀けながら蚀い返す。

    「  垰っおくるわけないじゃん、こんな家に」
    「なんでそんなひどいこずを蚀うんだ家族じゃないか」
    「お姉ちゃん芋぀からないのに平気で仕事行っおる人に蚀われたくないんだけど」

    雄二の衚情が凍る。
    信子が二人の間に割っお入る。

    「泉矎」
    「おか䜕で家に居んの仕事行ったんじゃないの」
    「泉矎、やめなさい」
    「お母さんにも䜕も蚀われたくない」

    泉矎に睚み぀けられ、抌し黙る信子。

    「泉矎  お母さんに、謝りなさい」
    「そういうのいいから、もうやめお」
    「  䜕がだ」
    「そうやっお父芪面するの。どうせ私達の心配なんおしおないくせに」

    泉矎がその蚀葉を蚀い切る前に、雄二が泉矎の肩を掎む。
    泉矎は䜓を竊めお、息を飲みながら雄二の顔を芋䞊げる。

    「それは、どういう぀もりだ」

    泉矎の肩を掎んだたた、震える声で問い詰める雄二。

    「今の蚀葉はどういう぀もりで蚀ったんだ」

    怒鳎る雄二に肩を揺さぶられ、泉矎は怯えお逃れようずする。

    「あなた、やめお」

    信子が慌おお雄二を止める。

    「信子、お前、お前がちゃんずちゃんず  」

    涙を流しお自身の腕に瞋り぀く信子の顔を芋お、出かけた蚀葉を詰たらせる雄二。
    その堎に座り蟌んだ泉矎が、雄二を芋䞊げお問い詰める。

    「ちゃんずっお䜕お母さんはちゃんずしおないっおそうかもね。お父さんはちゃんずしおんの」
    「お前は䜕もわかっおない」
    「はあわかっおないのどっちよ」
    「もうやめおえ」

    信子の絶叫が響き、静たる。


    しばしの沈黙の埌、泉矎が荷物を手に立ち䞊がろうずした時、雄二のポケットの䞭で着信音が鳎った。
    党員の芖線が音の元に集たる。


    雄二は震える指で携垯電話を取り出す。



    その画面には「■■譊察眲」の文字が衚瀺されおいた。

    第9話


    4月。■■高校の始業匏の日。快晎。

    新孊幎に䞊がった生埒たちが登校しおくる姿を、校門の桜の朚が迎える。
    䟋幎に比べお早めの開花により、葉桜が少し芋え始めおいる。

    正面玄関に向かっお巊暪に蚭眮されおいる掲瀺板には、新孊玚のクラス分け衚が貌り出されおいる。
    自分は䜕組になったのか、どんなクラスメむトがいるのか。
    期埅を胞に生埒たちが集たっおいる。

    友人ず同じクラスになれお、喜び抱き合う生埒。
    これたでの玚友ず離れおしたい、䞍安を抱く生埒。
    掲瀺板を確認した生埒たちは、思い思いの心境で新しい教宀ぞず向かう。


    「なんでなんで曞いおないの」

    突然、䞀人の女子生埒が叫び出し、呚囲の生埒たちの泚目が集たる。
    声を䞊げた女子生埒は、その堎で頭を抱えお座り蟌んだ。

    心配した他の生埒が声をかけたが、女子生埒は勢いよく立ち䞊がり、人混みを抌し退けお走り去っおいった。

    䞀床静たり返った生埒たちはその光景に暫しざわ぀いおいたが、気を取り盎しおそれぞれの教宀ぞず移動し始めた。

    各クラスに生埒たちが到着しお、新担任から出欠確認が行われた埌、䜓育通に集合しお始業匏が行われた。
    どうやら䜕らかのトラブルが起きたようで、匏の開始時間が少し遅れはしたが、開始埌は䟋幎通りの内容で無事に進行された。

    匏終了埌は各クラスに戻り、最初のホヌムルヌムの時間ずなる。
    䞉幎生のクラスでは自己玹介等はなく、受隓や今埌の行事に関する説明が行われた。

    始業匏の日は午埌の授業がなく、そのたた䞋校の時間ずなる。
    進孊クラスでは志望校に関するガむダンスがあるため、他クラスよりも䞋校の時間が遅くなった。

    そのクラスで唯䞀、芏定の課題を提出できなかった男子生埒が孊校を出たのは、さらに遅い時間ずなった。
    校門では、男子生埒の友人たち数名が埅ちくたびれおいた。

    友人たちの姿を芋お、男子生埒が駆け寄る。

    「亮平、遅すぎ。ゞュヌス奢りな」
    「ごめん、怒られおた」
    「いや始業匏から䜕やらかしたんだよ」
    「別に䜕もしおないよ」
    「あ今朝の職員宀で暎れたや぀、あれ亮平じゃね」

    冗談のように蚀った友人を、他の友人たちが「銬鹿」「ただその話すんなよ」ず口々に制した。

    「違うよおいうか、䜕それ。その話知らないんだけど」
    「  なんか、始業匏の前に職員宀で生埒が暎れおたらしいよ。女子らしいけど」
    「はこわ。おか女子なら俺じゃないじゃん。あっ、それで匏始たるの遅かったんだ」
    「倚分ね。その子はたしか、小朚さんだっけ。2組の」
    「ぞえヌ。顔わかんないや。その人、䜕かあったの」

    男子生埒の問いに、呚囲は黙った。
    蚀葉を遞ぶような衚情で、お互いに目配せをしおいる。

    「は䜕この空気」
    「あのさ、亮平。聞いおいい」
    「䜕なんだよ」
    「谷川さんっおさ、䜕かあったの」
    「えっ」

    その問いに、今床は男子生埒が黙った。

    「小朚さんが職員宀で暎れおたっおか叫んでたみたいなんだけど、『梓圩の存圚を消すな』ずかなんずか蚀っおたらしくおさ」
    「ふヌん  」
    「正盎俺らの家にも谷川さんの芪から連絡来おたりしおお、䜕かあったのかなヌずは思っおたんだけど、亮平に聞いおいいのかみんな迷っおたんだよね」
    「んヌ  俺は知らない」
    「えそうなの」
    「うん。おいうか、どうでもいいかな」
    「は」
    「俺は関係ないから、別に興味ない」
    「え、あ  そう」

    重く気たずい空気のたた、男子生埒たちは䞋校した。
    職員宀で隒ぎを起こした女子生埒は、停孊凊分ずなった。
    しばらくの間はその女子生埒に関連した噂が流れるこずずなった。

    しかし、数日埌に教員から党校生に察しお行われた説明により、以降その話は誰からも䞀切觊れられるこずがなくなった。

    第10話


    どうしお。


    どうしおも梓圩の本圓の気持ちがわからない。


    私ならわかるはずなのに。

    梓圩の制服も着おみたのに。

    梓圩が䜿っおた瞄も巻いおみたのに。

    こんなに梓圩の匂いに包たれおるのに。

    ずっくにひず぀になっおるはずなのに。


    私ず梓圩は同じはずなのに。



    3月20日。
    あの倜を思い出す。

    梓圩がいた堎所に、私を重ねる。

    あの日、私は死ぬはずだった。

    30幎の長い人生をやっず終えお。

    あの景色に溶けおいくはずだった。

    あの瞬間のためにずっず生きおきた。

    あそこで終わりのはずだった。


    なのに、私は今ここにいる。
    あの日に死なずに、今日も生きおいる。

    どうしお。
    次の日なんおないはずだったのに。


    次の日



    そっか。

    私、あの埌、生たれたんだ。



    そうだよ。


    だっお。



    だっお、私。



    誕生日だったもん。




    私は死んで、私は生たれた。

    だから私は生きおいるんだ。




    じゃあ、この人は

    私の服を着お、ベッドに寝おいる。


    ここに来た時ずは、すっかり姿が倉わっちゃった。

    汚れも拭いおあげたけど、あたり意味はなかった。




    あの日は私が死んだはずなのに。

    どうしおこの人が死んでるの




    私は死んだ。



    じゃあ、ここにいる死んだ人は。





    私




    ああ。



    ああ



    そっか。

    そうじゃん





    掗面台。


    鏡。



    うん。

    ほらね。


    遅くなっちゃったけど。





    お誕生日、おめでずう。








    あれ。
    い぀の間にか寝ちゃっおた。
    あっ、携垯。
    そろそろ充電できおるかな。
    よかったあ、ちゃんず電源぀いた。
    うわっ、めっちゃ連絡来おるじゃん。
    そりゃそうか。
    さすがにお母さん怒っおるかなあ。

    ごめんね、りか。
    私そろそろ垰らないず。
    充電噚、ありがずう。
    ここに眮いずくね。
    忘れ物は、ないかな。
    バッグの䞭身は  うん、倧䞈倫。

    よし。
    じゃあね。



    私が玄関に向かおうずした時、郚屋の呌び鈎が鳎った。









    第11話

    倉死䜓発芋報告曞被疑者付
    事件番号
    什和■幎 ■■譊察眲 第■■■号
    䜜成幎月日・時刻
    什和■幎3月28日 ■■時■■分
    䜜成者
    ■■譊察眲
    刑事課 譊郚補 □□ □□


    1 被害者
    氏名谷川 梓圩たにがわ あずさ
    性別女
    幎霢17æ­³
    生幎月日平成■■幎11月10日
    䜏所■■県■■垂■町■■番地
    職業■■高校2幎生
    同居人父、母、効
    身元確認方法孊生蚌による


    2 発芋状況
    発芋日時什和■幎3月27日 13時30分頃
    発芋堎所■■県■■垂■町■■番地
         被疑者 森野りか 居䜏宅内
    発芋者■■譊察眲 刑事課譊察官
    発芋経緯
    行方䞍明者に関する聞き蟌みのため被疑者宅を蚪問した際、制服を着甚した女性が応察。
    宀内から腐臭が確認されたこず、圓該人物が行方䞍明者の制服及び所持品ず䞀臎する物件を所持しおいたこずから、事情確認の必芁があるず刀断。
    被疑者の同意を埗お宅内を確認したずころ、宀内においお被害者遺䜓を発芋したもの。


    3 珟堎状況
    被害者は宀内に暪臥した状態で発芋。
    頞郚にはロヌプ状の玢状痕が認められた。
    着衣は制服ではなく、別の衣服に着替えさせられた圢跡が認められた。
    倖傷に぀いおは頞郚玢状痕以倖に明確な倖傷は認められず、抵抗たたは争った圢跡も認められなかった。
    被害者の身䜓及び呚蟺には掗浄が行われたず掚察される痕跡が認められた。
    遺留品バッグ、スマヌトフォン、孊生蚌、教科曞等
    玢条瞄様物件※瞊銖に䜿甚された可胜性あり


    4 死因等
    死因瞊死
    死亡掚定日時什和■幎3月20日以降。腐敗状況から死埌盞圓期間経過ず掚察。
    倖傷の状況及び珟堎状況から自殺の可胜性が考えられるが、遺䜓の状態及び被疑者の関䞎が疑われる点が耇数存圚するこずから、珟時点においお自殺ず断定するには至っおいない。


    5 関係者及び被疑者
    被疑者氏名森野 りか
    被疑者の䟛述抂芁
    被疑者は自身を「谷川梓圩である」ずし、自宅にあった遺䜓に぀いおは「森野りかである」ず認識しおいる旚の䟛述を行っおいる。
    粟神鑑定の芁吊に぀いお継続怜蚎䞭。


    6 今埌の察応
    ・叞法解剖を含む怜芖の実斜
    ・被害者家族ぞの連絡及び事情聎取
    ・事件性の有無に぀いお継続調査

    以䞊、報告する。











    第0話


    今日がいい。
    そう思った。


    修了匏の最䞭、校長先生の話に飜きお䜕ずなく芋䞊げた䜓育通の二階の窓から芋た空が、ずおも綺麗な青色だった。


    だからっお蚳じゃないけど、それが決め手だった。


    悩みがあるずか、病んでるずか、そういうのじゃない。
    普通に孊校も楜しいし、今の生掻に特に䞍満もない。

    ただ、時々ふず考えるこずがある。
    い぀死ぬのが䞀番いいんだろう、っお。


    いわゆる、幞せな人生
    奜きな人ず結婚しお子䟛も孫もできお、家族に看取られお人生最高、みたいなや぀。

    そうなれば、誰だっおいいだろうけど。
    いい人ず結婚できるかもわからないし。
    事故死ずか病死ずかあるかもだし。

    結局、い぀䜕がどうなるかわからない。


    だったらそれよりも。
    もっず確実なのは、今じゃない

    今死んだら、友達も家族も絶察に悲しんでくれる。
    悲したせたいっおわけじゃないんだけど。
    逆に悲したれないよりは断然いい。

    悲しんでもらえる内が華、っおいうか。
    私の呜に䟡倀があるず感じられる。



    だから、今日にした。

    たあでも。
    別に、なんずなくだ。

    これこれこうだからです、なんお説明したっお、どうせ理解されない。
    倧䜓、そんな理屈なんおどうだっおいい。

    誰かを玍埗させるために生きおるわけでも死ぬわけでもないから。

    ホヌムルヌムの埌、さっさず教宀を出お䜓育倉庫に向かった。
    前に䜓育の授業で䜿った貞出甚の跳び瞄を持ち出した。

    どこかで自分で買っおもよかったけど、これが䞀番゚モいず思った。

    堎所も孊校のどこかにしようかず思った。
    でも、ちょっず想像しおみたら少し嫌だった。

    絶察䜕幎も噂ずしお語り継がれちゃう。
    心霊スポットずしお有名になっちゃう。
    私、孊校の怪談にはあんたりされたくない。


    ずりあえず孊校からは離れるこずにした。
    街䞭を芋お回りながら考える。

    たず、人がいるずころでは無理。
    それに、吊るせる堎所がないず駄目。

    ちょうどいい堎所がなかなか芋぀からない。
    考えおみたら、死ねる堎所っお意倖ずないんだなあ。
    人が生きる堎所っお、そういう颚にできおるのかもしれない。


    ぶらぶらず歩いおる内に、日も萜ちお暗くなっおきた。
    早く芋぀けなきゃ。


    ちょうどそう思いながら通りかかったのが、この公園だった。
    公園なら遊具ずか吊れるずころがあるかもず思った。

    だけど、きっず人が死んだ遊具っお撀去されるんだろうな。
    それはなんずなく、よくない気がする。


    そう思っお振り返った私の目に入ったのが、この桜の朚。
    思わず駆け寄り、近くで芋おみる。

    枝の高さも倪さも、ちょうどいい。
    ちょっず奥たった䜍眮にあるから、呚りからも芋えづらい。

    あず、桜の朚の䞋で死ねるっお、なんかいいじゃん。



    早速準備を始めた。
    瞄をかけるために枝を芋䞊げる。

    あっ。

    足堎のこずを考えおなかった。
    今から䜕か買っおくる


      いや、これがあった。

    今日は修了匏。
    今たで教宀に眮いおいた教科曞類をたずめお持っお垰っおきた。
    い぀もは薄いバッグも今日は厚みがある。

    詊しにバッグ内の教科曞やノヌトを敎えお、䞊に乗っおみた。
    よし、ギリいけそう。

    バッグから䞋りお、瞄の準備をする。

    来る途䞭に調べおおいた、こういう時甚の結び方。
    説明読んでもよくわからなかったけど、やっおみたら意倖ず簡単にできた。

    枝に瞄を匕っ掛けお、バッグに乗っお背䌞びしお結び付ける。
    出来䞊がったものを芋おいるず、いかにもっお感じがしお、ああ今から死ぬんだなっお実感した。


    瞄を぀かんで、茪っかに頭を朜らせる。

    あずは、バッグの䞭身を蹎り厩せば。



    お父さん、お母さん。 
    どんな顔するかな。
    泉矎も、びっくりするだろうな。

    クラスの皆も、お葬匏に来おくれるだろうな。
    私が、自殺だなんお。



    あれ、そういえば。

    たしか前に、人が死ぬ時の話、しおたような。
    誰かが、なんか蚀っおた。




    「人は死んだら、その最埌の瞬間が」

    なんだっけ。




    その時、バッグの䞭身が傟いお厩れる。


    驚いお、慌おお螏み盎す。
    足堎はさらに厩れお、完党に足先が離れる。



    䜓が宙に浮く。



    芖界が揺れる。



    瞄が軋む。



    銖に食い蟌み、思考を匕きちぎる。

    痛い。


    ぀た先を䌞ばしお地面を探す。


    ない。



    ない。





    あ。

    もうこれ。



    戻れない。




    䜕も芋えない。



    䜕も聞こえない。








    えっ。











    怖い。




    (了)

     
     

    犬。

     
     
    同じ解像床で䞖界を芋おいる人に届くよう狌煙を䞊げおいたす。 質問箱▶https://note.com/qa/inu_yanen

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