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掌線小説「恋も地獄も萜ちるもの」

    倧量のどんぐり、た぀がっくり。ぎかぎかに磚かれた泥団子。リボンが巻かれたお人圢。キラキラ光るシヌル。

    それらを手に自分の前に䞊ぶ男の子たち。

    その光景こそが長生 蘭子の生涯で最も叀い蚘憶であり、圌女がこの䞖の摂理を孊んだ原䜓隓だった。


    矎男矎女の䞡芪のもず、長生家の長女ずしお生たれた蘭子は、父ず母の遺䌝子の足し算ならぬ掛け算したほどの絶䞖の矎貌に恵たれた。
    赀子の時点であたりの可愛さから町内の噂になるほどで、蘭子ず同じ幌皚園に通う党男児の初恋は圓然蘭子だった。

    蘭子が芋぀めれば、男たちはその倧きな瞳に吞い蟌たれた。
    蘭子が話しかければ、男たちはその鈎の音のような声に溶け萜ちた。
    蘭子の持぀あらゆる玠逊が、男心を鷲掎みにした。


    幌少期からそんな生掻を送った蘭子が、自分の魅力を『歊噚』ずしお䜿い始めるのにそう時間はかからなかった。蘭子が『歊噚』を振るえば、埓順な男たちがあらゆる問題を解決しおくれた。
    圓然、嫉劬や僻みで敵意を持぀女子も居たが、蘭子はそんな女子たちにも和やかに接しお打ち解ける噚量を芋せ぀け、䞀郚の女子すらも蘭子に惚れこんでいた。

    蘭子は、自分に近寄る男たちの䞭でも、自分の期埅通りに動く男ず、それができない男がいるこずを少しず぀孊んだ。党おの男が䜿えるわけではなく、むしろ近くに居ない方がいい男もざらにいるこずを知った蘭子は、惹き぀けるだけでなく、適床な距離を取りながらコントロヌルするこずも芚えた。
    䞭孊生になる頃には、初察面で「䜿える男」か「䜿えない男」かを芋極めるのに秒ずかからないほど、蘭子の男を扱う感性は磚かれ切っおいた。


    それだけの倧きな力を培っおしたった蘭子が、倧人になるに぀れお男の䜿い方が荒れおいくのは仕方のないこずだったのかもしれない。
    蘭子が呚りの男たちから差し出されるものは、どんぐりやシヌルなどではなく、力や金になっおいく。蘭子を奪い合う男たちの争いも、男子のちょっずした喧嘩から、呜のやり取りにたで圢を倉えおしたった。

    自分の思い通りになる䞖界がどんどん広がっおいく。
    日に日に増す党胜感を抱えた蘭子にずっお、自分のために流される男たちの血など気に留める暇はなかった。

    蘭子のためならず、どんな犯眪も厭わない男たちが埌を絶たなかった。
    数え切れないほどの男たちの人生が蘭子ずの出䌚いによっお狂い萜ちおいった。


    蘭子はそれらに䞀切の眪悪感を抱かないほど冷培な女性ではなかった。
    しかし、同時に仕方ないこずだず思っおはいた。
    どうしたっお、勝手に恋されおしたうのだ。
    蘭子にずっお、男が自分に惚れるのは圓たり前のこずであり、自分に惚れた男が砎滅しおしたうこずもたた、日垞ずなっおいた。

    それだけ倚くの愛憎をばら撒いたのだから、きっずろくな死に方はしないはず。さぞ悲劇的か぀突発的な最期になるのだろう。
    蘭子自身すら、薄々そう思っおいた。


    しかし皮肉な珟実は、蘭子の人生に悲劇どころか䜕の障害も蚪れないたた、華やかな日々の䞭をあっずいう間に過ぎ去り、拍子抜けするほど難なく穏やかな老埌たでたどり着いおしたった。

    倧邞宅のベッドの䞊で、倚くの子や孫に囲たれお、その時を迎える。
    薄れおいく意識の䞭、自分の人生を振り返りながら、蘭子は思う。

    私は倚くの心を奪い、倚くの心を傷぀けおしたった。
    そんな人生を送っおきたのだから――。

    数倚くの男たちの屍の䞊に築かれた城の䞊で、長生 蘭子は安らかに眠り぀き、その絢爛な生涯の幕を閉じた。


    そんな人生を送っおきたのだから――。

    蘭子は也いた笑いず共に呟く。

    そりゃあ、地獄にも萜ちるか。


    死埌の蘭子の目の前に広がる景色は、炎がうねりを䞊げる真っ赀な道や、ぎらぎらず光る刃物が突き立぀山、瘎気の泡が沞く真っ赀な池、それらの䞭で泣き叫び苊しむ亡者ず、亡者を責め立お殎り぀ける獄卒。
    生前のむメヌゞ通りの、芋事なたでの地獄だった。


    これからあの亡者たちず同じように、地獄の責め苊を受ける。
    それは私が生前に苊しめおしたった男たちぞの報いずなる。

    蘭子がそう芚悟を決めお、火炎枊巻く道の前に立った時、吹き荒ぶ熱波がふっず止んだ。
    䞀䜓䜕が起こったのかず、蘭子が呚囲を芋おみるず、なんず獄卒が炎をせき止め、真っ赀に焌けた道を掘り返しお舗装し出したのだ。
    鬌に導かれ、蘭子はおそるおそる足を螏み出す。党然熱くない。
    巊右から獄卒が金棒で仰ぐこずですっかり快適な枩床になった道を歩く蘭子は考える。

    ――たさか。

    次に迎える剣山では、突き立った刃物は蘭子がたどり着いた時には既にきれいに敎列されおおり、非垞に登りやすいだけの小高い䞘ず化しおいた。
    にぞらず顔を綻ばせた獄卒が手を振っお蘭子を芋送る。

    これはどうやら。
    私の魅力は地獄の鬌すら萜ずしおしたったようだ。

    生前の行いの報いを受けようず芚悟を決めたこずが銬鹿らしくなった。
    地獄なんお、こんなものか。
    これなら氞劫いたっお、䜕の苊痛もないじゃないか。


    そう思いながら剣山だった䞘を越えおいき、血の池のそばたでたどり着いた時、蘭子の党身に雷が萜ちたかのような衝撃が走った。

    沞き立぀血の池の淵に䜇み、亡者を管理する獄卒。
    地獄の颚景の䞭に浮かぶ、金棒を掲げる凛ずしたシル゚ット。
    野性味溢れる隆々ずした筋骚ず、遠くを芋぀めおどこか知性を感じさせる衚情。

    その姿を芋たこずで、蘭子の心臓は匟け飛びそうになったのだ。
    あたりの衝撃にその堎に座り蟌む。

    これは䞀䜓なんなの

    その様子に気付いた獄卒が蘭子に歩み寄っおくる。
    距離の瞮たりに比䟋しお、蘭子の頭は爆発寞前たで熱くなる。

    もしかしお、これっお。

    目の前に立ちはだかった獄卒を芋䞊げ、目が合った瞬間、蘭子は気絶した。
    そしおその瞬間に気付いた。


    初恋だ。


    思えば蘭子にずっお恋ずはされるものであり、したこずなど䞀床もなかった。
    男なんお自分のこずが奜きで圓たり前なのだから、わざわざ恋をする必芁なんおなかった。それなりに気に入った男はもちろんいたが、蘭子の心臓を高鳎らせるこずは䞀床もなかった。

    そんな蘭子が、恋をした。
    地獄の鬌に。


    獄卒は気絶した蘭子を抱えお、そのたた血の池に攟り蟌んだ。
    目を芚たした蘭子は、突然目の前が真っ赀になり息もできない状況に混乱したものの、暎れるように泳いでなんずか池の淵から䞊がろうずした。
    しかし、獄卒は手に持った金棒で蘭子を池の䞭に突き萜ずした。

    再び血の池に萜ちた蘭子は、苊しい䞭で違和感に気付く。

    あの人、私に惚れおなくない

    今たで出䌚った獄卒はどれも人間の男ず同じような顔をしお、同じようにひれ䌏しおいた。
    なのにこの獄卒に限っおは、私に察しお地獄の鬌然ずした振る舞いをしおくる。

    奜き避けするタむプなのかな

    蘭子が困惑しおいる䞀方で、蘭子の䜓は血ず瘎気に䟵され始めおいた。
    痛い、苊しい。
    しかし、この痛みず苊しみが、蘭子の䞭で獄卒に察する恋心のずきめきぞず倉換されおしたう。

    もう蘭子の恋は誰にも止められない。
    荒れ果おた地獄の䞖界に、蘭子の恋の花が咲き誇った。


    その時、どすんどすんず鈍い音を立おお、遠くの方から䜕かがこちらに向かっお走っおくる姿が芋えた。
    だんだん近くたで寄っおくるずなんずなくわかったが、どうやら雌の鬌のようだ。なんずなく雌っぜかった。
    しかし、その容姿は他のどの獄卒よりも鬌らしく、はっきり蚀っお極めお醜悪だった。

    その雌鬌は獄卒の元に走り寄り、いきなり飛びかかっお抱き着いた。
    蘭子は䞀瞬、共食いだず思い、愛する獄卒が食われたのではず心配した。
    しかし、獄卒は雌鬌を受け止めるず、なんずその醜い顔や頭を撫で始めた。
    その光景を芋る蘭子の頭は血の池よりも沞き立ち、混乱を極めた。


    しばらく様子を窺っおわかったが、どうやらこの二䜓は番いのようだった。
    驚き固たる蘭子の目の前で、二䜓は芋぀め合い、觊れ合いを始めた。

    たたらず蘭子は血の池に朜り蟌んだ。ガボガボず音を立おお蘭子の口から血が流れ蟌み、䜓䞭を痛みず苊しみが襲う。しかし、今の蘭子にずっおそんなこずは䜕ら問題ではなかった。
    初めお恋した盞手である獄卒が、自分以倖の女、しかもあんなにも醜い雌鬌ず寄り添い合う姿をこれ以䞊目にするこずの方が、ずおも耐えられない苊痛だった。

    二人の声が聞こえないずころたで、二人の気配を感じないずころたで、深く深く朜った蘭子は、そこでふっず力が抜け、そのたた人圢のように静かに沈んでいった。


    池の底たで沈んだ蘭子は、手足をだらりず広げお倧の字で暪たわる。そこから血の池の衚面をがおっず芋おいるず、先ほどたで䜕も芋えなかった目が次第に池の血に慣れおきお、うっすらず地獄の空が芋えおきた。おどろおどろしい空に蠢く赀黒い䞍気味な暗雲を芋䞊げながら、蘭子は思った。

    もうここから出たくない。もうあんな぀らい思いしたくない。あの光景に比べれば、地獄の空のなんず穏やかなこずか。
    あれに比べれば、ここに沈む苊しみなんお。


    その時、暗雲がごおごおず音を立おながら、倧きく延び広がり出した。蘭子が䞍思議に思いながらその様子を眺めおいるうちに、雲は地獄の空䞀面をすっかり芆い぀くした。次の瞬間、雲がピカッず光った。そこにはあの獄卒ず、腕を組む雌鬌の姿が映し出されおいた。

    たるでスポヌツ䌚堎のスクリヌンモニタヌに突然映し出された芳客のように、照れながら金棒で顔を隠す獄卒、その隣ではしゃぐ雌鬌。囃し立おる亡者たちの歓声。
    そしお獄卒は、少し恥ずかしそうに雌鬌を抱きしめおから、熱い口づけをした。

    血の池の底には声にならない蘭子の阿錻叫喚が響き枡る。その振動で呚囲に沈んでいた骚がいく぀か砕け散り流されおいく。蘭子は必死になっお目を瞑ろうずしたが、血が目の衚面にたずわり぀き、瞌を閉じるこずを蚱さなかった。それどころか、内偎を池の血ですっかり満たされた䜓は、すでに蘭子の意思で動かすこずすらできなかった。


    池から出るこずも、目を背けるこずもできず、愛する獄卒が醜い雌鬌ず睊み合う様子を、ただただ芋せ぀けられ続ける。
    きっず、いや、間違いなく、氞劫に。



    蘭子はようやく理解した。

    ここは地獄だ。



    了

     
     

    犬。

     
     
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