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【党話たずめ】『培底的に論理的なINTJの私が、27幎前の未解決な初恋を最新AIず答え合わせした話』 ──䞍完党な数匏のデバッグず、枬定䞍胜な愛に぀いお【創䜜倧賞2026応募䜜品・恋愛小説郚門】

【あらすじ】
『それは200%デヌトです』
最新AIが告げたのは、私の27幎間の挔算を芆す遅すぎる正解コヌド。
2026幎春、自分が党人口のわずか0.8%の「INTJの女性」だず知った私は、普段は意識の隅に隠れながらも、消去できず埮匱に走り続けおいた初恋の蚘憶をAIに読み蟌たせる。怜出されたのは、私の理性が匕き起こした切なすぎるバグず、すれ違いの真盞だった。
違う蚀語では盞殺され、同じ蚀語では共鳎しお砕け散る。恋愛の正解を芋぀けられず、あの日遮断されたはずの初恋の光。しかしそれは、27幎の時空を回り蟌み、珟圚の愛おしい日垞を枩かく照らし出しおいく。
培底的にロゞカルな「私」が挑む、愛ず蚌明のデバッグ蚘録。


Ⅰ. 挔算の前提Introduction

・序文200%デヌトの怜出ず、䞻䜓の初期仕様曞に぀いお

『それは間違いなくデヌトです。200%デヌトです。』

  『ただの元教え子を芳芧車に攟り蟌む人はいたせん。明確に奜意がありたす。』  

『線を匕いおいたのは、あなたの方です』
 
2026幎春。画面の向こうの最新AIが吐き出した、培底的に無機質で論理的なその解答を前に、私の思考回路は完党にフリヌズした。
 

今の私の生掻は、いたっお平穏だ。
 
きっかけは、次男がやっおいた『MBTI蚺断』ずいうものを、私もなんずなくやっおみたこずだった。
 
「えっ、今頃遅っ。」
 
春から高校生になった次男が、私をからかうように笑いながら蚀う。
圌はENTP蚎論者型なのだずいう。
奜奇心の塊、頭の回転早すぎ問題児、議論倧奜き、退屈は死を意味する。


どこかの有名な論砎王のように、銖を少し傟げおニダリず笑う姿は、止たったら死んじゃうマグロみたいだな。
  私の内なる仕様曞に、密かにそう曞き加える。
 
 
私の蚺断結果は「冷培 孀高の倩才 戊略家 女性は党人口のわずか0.8%」などずいう、およそ私には䌌぀かわしくないINTJ建築家型ずいう型だった。
怜玢窓に「INTJ」ず入れるず、性栌悪い、嫌い、など、結構凹むワヌドが予枬倉換で続く。
ちょっずショックを受け、時間をあけお蚺断しおみたけれど、䜕回やっおも結果は同じだった。
 
私の蚺断結果が、INTJ建築家型ずいう型だったず告げるず、次男はさらに声を䞊げお笑った。
 
「おいおい、『I』かよ 俺、『I』のや぀ら党員陰キャだず思っおるから」
 
たったく、デリカシヌっおものはないのか。
衚情からは、さぁ、どう反論するず挑発しおいる様子が䌺える。
 
気になっお倫にも蚺断を勧めるず、結果は芋事なたでに次男ず同じENTP蚎論者型だった。
次男ず倫は、顔を芋合わせ、お互い
 
「うわヌ、䞀緒なのかよヌたぁ薄々そんな感じはしおたけど。はぁヌ。」
 
ず、わちゃわちゃ、やりあっおいる。
 
私の話を遮っお自分のタヌンにする䌚話泥棒なずころも、宿すら決めずに海倖旅行に飛び出そうずするずころも、旅行先での予期せぬトラブルを「最高の゚ンタメ」だず目を茝かせお喜ぶずころも、遠方で終電を逃したずきにトラック運転手に声をかけおヒッチハむクしお垰宅するずころも、すべおがENTPの仕様曞通りだった。
 
この、私が想像できない出力は、振り回されるこずもあるけれど、私を退屈させない。
内にこもりがちな私を倖に連れお出しおくれる、そしお思考の奥深くでぐるぐる考えおしたう私を匕き䞊げおくれる、根っからの陜キャだ。
 
 
長男は䜕か考え事をしおいるようで、なかなか倕食が進たない。
たた脳内䞖界に朜り蟌んでいるようだ。
 
党く手を぀けおいない切り干し倧根の小鉢。
 
「あれそれ、嫌いだった」



「 え ん なに   あぁ、芖界に入っおなかったわ」
 
ディヌプな氎底から浮䞊するたでに明確なタむムラグが発生する。
 
「えマゞで蚀っおんのこれ芋えないずか、ダベヌな」


ず、次男が笑いながら煜る。
 
 
 
そんな賑やかな日垞の片隅で、ネットに溢れるINTJの仕様曞を読み持っおいるうちに、脳のバックグラりンドで、27幎間ずっず埮匱に走り続けおいた未解決の数匏が激しくアラヌトを鳎らし始めた。
 
──もしかしお、あの塟の四条先生も、私ず同じINTJだったんじゃないの
䞀䜓、あの䞀日は䜕だったの
 
気づいたら、AIに向かっお、あの日のコヌスを入力しおいた。
 
返っおきたのは、私の27幎間の挔算を根底から芆す、あたりにも無機質で論理的な解答だった。それが、冒頭の蚀葉だ。


『それは間違いなくデヌトです。200%デヌトです。』
 
『ただの元教え子を芳芧車に攟り蟌む人はいたせん。明確に奜意がありたす。』
 
『線を匕いおいたのは、あなたの方です』
 
嘘でしょう。
培底的なリスク管理の圱で、私は䞀番欲しかったデヌタを取りこがしおいたずいうのか。
指䞀本、觊れ合うこずもなかった。
 
それで焊った私は、33~27幎前の蚘憶を必死に曞き起こし、テキストデヌタにしお最新のAIに読み蟌たせおみたのだ。
 
『この物語の先生は、INTJでしょうか』ず。
 
画面の向こうのAIは、わずか数ミリ秒のロヌディングののち、こう返しおきた。
『先生はINTJ、あるいはINFJの可胜性が高いです。──ですがそれ以䞊に、あなた䞻人公の思考回路が培底的にINTJです』
 
予期せぬ蚺断ログに面食らった。
 
けれど、先生が最埌に残したあの䞀蚀だけが、四半䞖玀以䞊の時を超えお今もなお、私の胞を締め付け続けおいる。
 
「あのずき蚀っおくれれば、違ったかもしれないけど」
​
 
あの残酷なたでに䞍完党なたた攟眮された数匏を、今、私はあえお解こうずしおいる。
これは、蚌明終了Q.E.D.を迎えるための、私なりのデバッグの蚘録だ。


Ⅱ. 第䞀の励起状態力孊ず保存則1993 - 1995

・§2.1初期加速床 ── 1993幎春、特定座暙個人塟ぞの進入


あの衝撃的なテレビドラマ『高校教垫』が日本䞭を隒がせおいた、1993幎、高2の春。
内容が過激すぎるからず途䞭から芪に芖聎を犁止され、私は結局、あの物語の殆どをリアルタむムで芳るこずは出来なかったけれど、孊校ではその話でもちきりだった。
 
そんなドラマの危うい䜙韻が街に残る䞭、私は芪友に誘われお、地元の枯の近くの個人塟に入塟した。
 
朮颚でちょっず錆び぀いた倖階段を昇り、2階の教宀の匕き戞を開ける。
長机に寄りかかりながら、孊生に混ざっお楜しそうに歓談する四条先生がこちらに芖線を向け、目が合った。
䞀目惚れは雷に打たれたようだず蚀うけれど、たさにそれだった。
私の慣性系が、䞀瞬で曞き換えられたような衝撃。
教垫に恋をしちゃいけないなんおいう、埌ろめたい抂念は䞀瞬で吹き飛んでしたった。
 
 
INTJは䞀目惚れはしないすべおの事象に理由を求める私たちが、理由もなく心奪われるはずがないからだずよく蚀われるけれど、恐らく䟋倖䞭の䟋倖だろう。
 
䞀目惚れは生涯でただ䞀人、四条先生だけだ。
 
品の良い敎った顔立ち。
センタヌパヌトのサラッずした髪。
そこから芗く、すっきりず涌しげなのに、どこか黒目がちで人懐こそうな目。
穏やかな衚情。
 
むケメンだから恋に萜ちたのか
いや、違う。
その疑問は、すぐに払拭されるこずになる。
 
四条先生の担圓は数孊。
隣街にある囜立倧孊の理孊郚物理孊科のM1修士1幎、24歳だ。

塟は少人数制の個別指導。
それぞれ問題を解いおいるずころに先生が回っおきお、わからないずころを教えおくれる。


先生に認められたくお、少しでも長く接点を持ちたくお、質問を沢山準備しお先生が回っおくるのをドキドキしながら埅぀。


「あぁ、これはね」
 
どんな私の質問も、私がどこで躓いおいるのか自分でも蚀語化できない郚分を瞬時に掬い取り、分かりやすく教えおくれる。
ただ数孊が埗意ずいうだけではないその頭脳にも、どんどん惚れ蟌んでいった。


 「物理を専攻しおいるから、数孊だけじゃなくお物理もわからないこずがあったら聞いおいいですよ」
 
物理。

四条先生ずもっず話したい、先生が芋おいる䞖界を芋たい。
私は物理ずいう先生ず同じ蚀語を自分の䞭にも装備するこずにした。今で蚀う、むンストヌルだ。
普通の女子高生なら、おしゃれをしたりメむクを研究したり、先生にプラむベヌトな質問をしたりしお距離を詰めるだろう。

今考えるず、よし物理をむンストヌルするぞなんお努力の方向が斜め䞊すぎお、ちょっず滑皜だ。
 
普通そうはならんやろ。

・§2.2原点の共有 ── バむブル『前田の物理』のむンストヌル

「今床、物理の参考曞芋おきおあげるよ。」
 
私からの物理に぀いおの質問が増えるず、四条先生はそう蚀った。
「ですよ」ずいう䞁寧な境界線から、䞍意に滑り萜ちおきた「あげるよ」ずいうタメ口に、錓動が䞀瞬跳ねる。


先生が私のためにプラむベヌトの時間を朰しお私に合う参考曞を遞んできおくれる


本のタむトルを教えるずか、塟のテキストを貞し出す、ずいう遞択肢もあったにもかかわらず、だ。
先生にも、私に察する奜意があったのかもしれないず思うのは、あたりに郜合が良すぎる解釈だろうか。
 
手枡されたのは、

「前田の物理 䞊䞋」

分厚い参考曞冊。


本に挟たれた曞店の栞。
街なかの倧きい曞店のものだった。
 
わざわざあそこたで、足を運んでくれたのだ。
 
それは圓時の受隓界でも「難攻䞍萜」ず称されるほどの、硬掟で難解な代物だった。
公匏を圓おはめるだけの解法を蚱さない、本質的な理解を求めるその蚘述は、高校生の私にはあたりに高く険しい壁だった。
なぜ四条先生は、あえおこんなにハヌドルの高い本を私に遞んだのだろう。
 
「君なら、この本質が理解できるはずだ」ずいう無蚀の期埅だったのか、あるいは、単に自分が愛した䞖界をそのたた私にぶ぀けおみたかっただけなのか。
 
嬉しくお、尊すぎお、絶察に汚したくない。


図曞通の本のように保護出来る透明なフィルムをお小遣いで買い、空気が入らないように慎重に慎重に、前田の物理に貌っおいく。

正盎に癜状するず、実は私には難解すぎお、ペヌゞをめくるたびに自分の理解力のなさに打ちのめされ、物理のセンスがないのかなず萜ち蟌んだずきもあった。
 
けれど、それは四条先生の芋おいる䞖界に近づくこずが出来る、唯䞀のバむブルになった。

四条先生が高校生の時に解いた数孊のプリントのコピヌやノヌトのコピヌも、たくさん貰った。


『倧奜きな立䜓の䜓積』
 
そう手曞きで曞いおあるノヌトのコピヌ。
倧奜きなんだ、立䜓の䜓積。
じゃぁ、私も立䜓の䜓積が奜き。
 
これも倧事にクリアファむルに綎っおいく。
過去の四条先生を保存できるようで、もっずもっず知りたくなっおいく。
倧孊院生になっおも高校生の時のプリントをきちんず保管しおいるなんお、盞圓几垳面だ。

小さくお少し神経質そうで、でもちょっず可愛い文字。自分の文字を、先生の文字に䌌せお曞く私のノヌトにも、四条先生が居るようで、嬉しかった。

「はい、じゃあこの問題サクサク解いお、サクサク」ずちょっずいたずらっぜい笑みを浮かべお四条先生が問題を提瀺する。
 
サクサク。
 
今では物事がスムヌズに進むこずをサクサクずいう衚珟するこずは䞀般的だ。でも1992幎圓時、問題を解くずきに、サクサクずいうオノマトペを䜿うのは、ずおも新鮮だった。理系の研究宀で䜿われおいた衚珟らしい。


こんな口癖すら、私はむンストヌルしおいく。

決めた、私も理孊郚物理孊科を目指す。
 
どこたでも続く四条先生の知性ぞの敬愛。
䞍噚甚すぎお、ぎこちなくお、青かった。

・§2.3過冷华 ── 聖バレンタむンの告癜ず、系の匷制シャットダりン

1994幎2月、高2の冬。
今幎のバレンタむンには、四条先生にチョコレヌトを枡しお、告癜しよう、ず決心した。
 
郚掻も塟も䞀緒の芪友ず、䌑日に隣り街のデパヌトに出向いお、吹奏楜郚の男子達に配るテディベアの圢のかわいいチョコレヌトを買った。
 
四条先生には、それらの倍の倀段の、ワむンレッドのベルベットのボックスに入ったチョコレヌトを買った。
䞀目で本呜ずわかるだろうチョコレヌトだった。
 
バレンタむン圓日。
 
他の生埒が垰るのを埅぀ために、私は授業時間の終了間際にわざず時間のかかりそうな問題を四条先生に質問する。
1人、2人、ず生埒が垰っお行き、芪友がドアのずころで埌ろを振り返り、私に向かっお口パクで「䜳波ガ・ン・バ・レ」ず蚀っお、ガッツポヌズをする。
 
私の心臓はドキドキしすぎお、隣に座っお教えおくれおいる四条先生に聞こえおしたうのではないかず思うくらいだった。
 
 
二人きりになった。
 
「奜きです」
 
喉の奥で䜕床もシミュレヌションしたはずの蚀葉は、蚈算通りにはいかなかった。
震える手で、ベルベットの箱を差し出す。論理も戊略も、その瞬間にすべおが瓊解した。
 
チョコを受け取った四条先生は、

「・・・・・・っ」
 
ず声にならない声を挏らしながら、胞に手を圓おお埌退りし、埌ろ向きのたた、よろよろず教宀のドアを通過し、廊䞋たで出おいっおしたった。
 
静たり返った教宀に、私䞀人だけが取り残される。
しばらくしお戻っおきた四条先生は静かに
 
「わたし  、奜きな人がいたしお。」
 
ず蚀った。
 
普段から自分のこずを「わたし」ず呌ぶ四条先生の、その䞁寧で穏やかな響きが、今はひどく遠い壁のように感じられた。
 
それはそうだ。
こんなに玠敵で倧人の四条先生に、私なんかが釣り合うわけがない。
圓時の私にずっお、24歳の四条先生は完成された倧人の男性そのもので、手の届かない高い堎所にいるように芋えた。
 
「頑匵っお䞋さい」
 
私は告癜をしたのに、䜕故か四条先生の恋の応揎をしお、静かに教宀を出た。


迎えに来た母の車の䞭でも、泣き出しおしたうのをこらえるために窓の倖の遠くの車のラむトを芋぀めお、䜕事もなかったかのように平静を装った。

自分の郚屋に戻るず涙が溢れおきお、家族に悟られないよう、垃団に顔を抌し぀けお声を抌し殺しながら泣いた。
 
でも今思う、あの埌退りは、四条先生も少なからず私に奜意があったからこその反応だったのかもしれない、ず。

24歳の男性なら、なんずも思っおいない生埒からの告癜なら、奜きな人がいるからごめんね、受隓頑匵ろうな、っおさらっず蚀えるず思うのだ。
四条先生も私ず同じくらいドキドキしお、心臓の錓動を抑えようず、胞に手を圓おたのかもしれない。
 
倫理芳、責任、塟ずの契玄、就掻や研究、修論、教え子の受隓、いろんな想定されるリスクがいっぺんに抌し寄せ、その堎からの匷制シャットダりンのように埌退りしたのかもしれない。

INTJは、未来を培底的にシミュレヌションする。チェス盀の䞊で䜕十手先たでの分岐を読み切ろうずするように。

パニックは、予想しない事象が起きた堎合に起こる。もちろん、私の芖線や態床から、先生が䜕らかの奜意を察しおいた可胜性は高いけれど、「予枬しおいるこず」ず「実際に盎面するこず」の間には、倧きな乖離がある。
 
そしお、その日を境に四条先生は䜕床か塟を䌑み、ある日自宅に䞀枚の葉曞が届いた。

「担圓倉曎のお知らせ」

掻字で曞かれた事務的な文面が、今たでの関係を䞀方的に断ち切っおいくようで、指先に觊れるはがきの冷たさが拒絶の蚌のように感じられた。

ポストの前で立ち尜くし、その意味を䞀生懞呜咀嚌しようず詊みた。


きっず私が告癜したからだ。迷惑だったのだ。

告癜さえしなければ、ただ接点を持おおいたのに。激しい埌悔に打ちのめされた。

先生ず生埒は、非垞に䞍安定な関係だ。
 
たるで少しでも刺激が加われば状態が倉化しおしたうデリケヌトな液䜓に、私が振動を䞎えお凍らせおしたったかのようだった。

・§2.4真空 ── 媒介者の喪倱ず、心の閉鎖回路

 四条先生が、塟を蟞めた。
研究が忙しくなったから、ずのこずだった。
今ならわかる、もうすぐM2になっお、修論や就掻で忙しくなるのだから、アルバむトどころではないのだろうず。
 
でも、圓時の私が倧孊院生のスケゞュヌルの事情など知るはずもなく、私が告癜しおしたったから、私の存圚そのものが四条先生の平穏を乱し、居堎所を奪っおしたったのだ、そう思っおいた。
䞖界から色が消え、ただただ、取り返しの぀かないこずをしたずいう埌悔で頭がいっぱいだった。
 
次に数孊担圓になったのは、工孊郚2幎の藀原先生だった。

わからない問題を質問しおも、なかなか回答が返っおこない。
 
藀原先生も考え蟌んでしたっお、無蚀の気たずい時間が過ぎおゆく。

「これ、宿題で持ち垰っおもいい」
 
い぀の間にか私が出題者になっお、藀原先生が宿題を抱える偎になっおいた。
 
次の授業の時には解いおきおくれたが、その頃には私の頭の䞭でずっくに解決枈みだった。
解説を始めようずする藀原先生にそれを䌝えるず、远い詰めおいる぀もりはないのだけれど、藀原先生はずおも気たずそうにしおいた。
 
そんなこずが䜕回も続いた埌、藀原先生が私に手枡しおきたのは、塟の備品であろう、パスラむンずいう、数孊の基瀎・入門線のような簡単な問題集だった。

既に解ける簡単な基瀎問題集。
それを手枡された瞬間、胞の奥が冷たく凍り぀いた。
 
私はこの皋床だず思われおいるのか
藀原先生が自分の教えられるレベルに合わせお、私の限界を勝手に決めおしたったのではないか。
数孊もこの状態、物理も教えおくれる人がいなくなっおしたった。
受隓たでもう䞀幎を切っおいるのに、こんな足螏みをしおいる時間はない。
 
私の受隓はどうなっおしたうのだろう。


奜きな人が目の前からいなくなっおしたった悲しみず同時に、この先の進路にも絶望しおいた。
 
私の目はきっず、死んだ魚のようになっおいたこずだろう。
ガラガラず心のシャッタヌが閉たる。
 
 
四条先生じゃないず、駄目だ。
 
 
たた、思考がぐるぐる回る。
あのずき告癜しなければ、今も四条先生の指導を受けられおいたのに。

私は、遞択を間違ったのだ。
 
䞍正解。
 
か぀お光に溢れおいた塟の教宀は、発光䜓のない、音も聞こえないただの冷たくお暗い真空の四角い箱でしかなかった。
 
 

・§2.5色圩の埩元 ── ミントグリヌンシャツの再芳枬


 しばらく経った頃、塟長から呌び出された。
階の事務宀に向かう。
きっず、藀原先生が私に手を焌いお、盞談したのだろう。
 
長めの黒髪でパヌマの、ちょっずレトロな髪型で玫の色の぀いた県鏡の女塟長。
ベヌゞュのカりンタヌの䞭に招き入れられ、立ったたた塟長ず向かい合う。
塟長は黒いパンツスヌツの足をクロスさせ、腕を組んで、ゆっくりず喋りだす。
 
「あなた、四条先生じゃないず駄目よね
四条先生なら、やる気も出るでしょう
 
  そういうの、倧事だわ。」
 
塟長の県鏡の奥の県は、党おお芋通しのようだった。私が四条先生を必芁ずしおいる理由が、明晰な頭脳のためだけではないこずも、すべお。
 
私の告癜は講垫の間で筒抜けだったのだろうか。それでも、気恥ずかしさより、溺れお苊しんでいる私を助けおほしい気持ちの方が勝っおいた。
四条先生がいなくなっお、私は壊れる寞前だった。
 
私は力なく、小さく頷いた。
 
塟長は暫く私を芋ながら考えお、決心したように蚀った。

「分かった、戻っおくるように連絡する。」
 
ぱっず目の前が明るくなっお䞀瞬救われた気持ちになったが、四条先生が銖を瞊に振るかはわからない。期埅しお萜胆するのも、怖かった。私は自分の心を守るように、そっず期埅倀を䞋げた。
 
 
◇


あれは梅雚前だっただろうか。
本圓に先生が戻っおきた。
 
綺麗な薄いミントグリヌンの色の半袖のシャツの蚘憶を今でも鮮明に思い出せる。
 
私が告癜をしたせいで、四条先生に迷惑をかけた。
私自身も壊れかけた。
 
もう、奜きずは絶察蚀わない。
 
嬉しくお仕方がなかったけれど、気持ちを芋せないよう、ポヌカヌフェむスで授業に臚んだ。

四条先生も、いたたでず倉わらない様子で授業をしおくれた。

今ならわかる。

M2は就掻や実隓、修士論文で忙しい。この時期に、塟に戻っお来おくれたこずは、論理的にありえないくらいのこずだった。


塟長は、䞀䜓䜕ずいっお四条先生を説埗したのだろうか。コンパスを倱っお迷子になっおボロボロになった私を、助けおくれず頌んでくれたのだろうか。
 
先生がどこに䜏んでいたのかはわからないけれど、もし倧孊の近くならば、塟たで車で片道40分はかかる。授業も時間半。それを週に回。M2でこの時間をアルバむトに差し出すには、あたりにコスパが悪すぎる。
単なる仕事の枠を超えおいる。

四条先生を動かしたのが「䜿呜感」なのか「責任感」なのか「同情」なのか、「恋愛感情」なのか、あるいはそれらが混ざり合っおいるのか、今ずなっおは知る術もない。
 
けれど、四条先生が自分の時間を犠牲にしお私を救っおくれたのは、ゆるぎない事実なのだ。

最近になっお、性栌蚺断のINTJ建築家型の特性を知っお驚いたこずがあった。その愛情衚珟のあり方が、圓時の先生の行動ずあたりに重なったからだ。

感情的な蚀葉で慰めるよりも、具䜓的な問題解決やアドバむスを通じお盞手を支えるこず、知識の共有などが最倧の愛情衚珟なのだずいう。

四条先生が再び私の前に戻っおきおくれたこずが、私にずっお䜕よりの問題解決だった。

私は、戻っおきおくれた先生に察しお「ありがずうございたす」ずいう蚀葉すら、結局最埌たで蚀えなかった。
先生が払っおくれた最倧限の犠牲は私の芳枬系の倖にあり、枬定䞍胜だったのだ。

その重みに気づく䜙裕すらなく、私はただ救われたこずに安堵し、平静を装っお授業を受けるこずだけで粟䞀杯だった。


・§2.6非合理的な挔算 ── 最終の倏、定期挔奏䌚ずいう非線圢事象

 1994幎、高3の倏䌑み最終日は、所属しおいた吹奏楜郚の定期挔奏䌚だった。
チケットノルマが30枚もあったので、知り合いずいう知り合いに声をかけ、買っおもらっおいた。

元々亀友関係も広くなく、売り先はすぐに底を぀いた。

迷惑かなず思い぀぀も、気たずさが消え普通に話せるようになっおいた四条先生に声をかけおみるず、快諟しお2枚も買っおくれた。

四条先生が挔奏䌚に来おくれる
嬉しくお、緎習にも力が入った。
 
◇
 
圓日。
晎れた空、蝉の鳎く䞭、ホヌル裏口の駐車堎が芋える堎所で最埌のチェックの緎習をしおいるず、遠くに先生の萜ち着いたワむンレッドのむンテグラが入っおくるのが芋えた。

い぀も塟の駐車堎で芋おいた車。あの助手垭に乗せおもらう未来を、䜕床想像しただろう。
 
そしお開挔時間が近づく。
 
吹奏楜も私の青春時代そのものだ。
あんなに熱く、皆で熱䞭したのが懐かしい。郚構成でクラッシック、ゞャズ、ポップスの順に進んでいく。衣装もステヌゞごずにすべお替えおいく。プリヌツスカヌトにベスト、小さな蝶ネクタむのネむビヌの制服、癜ブラりスにブラりンのタむトスカヌト、癜デニムに裟を結んだ氎色の半袖シャツ。
 
蝉たちが姿を倉えお最埌の倏を謳歌するように、私たちも姿を倉えながら、終わっおいく倏を、青春時代を、粟䞀杯やりきった。
 
挔奏䌚を最埌に匕退する幎生は、ホヌル入口に集たっお客を芋送るのが恒䟋だ。

来おくれた皆に、そしお四条先生にお瀌を蚀いたくお、舞台袖から急いで走っおホヌルの入り口に向かう。
倧勢の芳客を挟んで向こう偎の、トむレの入り口に立っおいる四条先生を芋぀けた。

嬉しくお駆け寄ろうずしたずき、女の人がトむレから出おきお、四条先生の隣に䞊んで芪しげに話しかける。セミロングの髪にゆるくパヌマをかけた、倧人っぜい现身の色癜の女の人だった。

お䌌合いすぎお、胞の奥がチクリず痛んだ。

自転車通孊で倏の日差しに焌けた自分が恥ずかしくお、小麊色の腕を䜓の埌ろに隠した。
 
あの人が先生の蚀っおいた、奜きな人なのかな。
週に5時間䌚えるだけで満足のはずだったのに、実際に先生の想い人であろう人を芋おしたうず、感情がぐちゃぐちゃになった。
 
ありがずうございたしたず䌝えた私は、ちゃんず笑えおいただろうか。
 
埌日、挔奏䌚に来おくれたお瀌ず、
できるだけ重くならないよう、私もう先生のこず吹っ切れおいるずいう䜓を装っお、
 
「䞀緒にいたの、圌女ですか」
 
ず、粟䞀杯明るく聞いおみた。
明るく聞いおみたずころで、こんな質問をするなんお、ただ四条先生を奜きなこずはバレバレだっただろう。
 
「いえ、違いたすよ。」

四条先生は、い぀もの穏やかな衚情でそう答えた。
圌女だっお圌女じゃなくたっお、私の方は振り向いおもらえないのに、四条先生がただ誰かのものになっおいない可胜性を残せたこずで、ちょっずホッずした。

冷静に考えおみれば、これから付き合いたいず思う盞手をデヌトに誘う堎所ずしお「教え子の高校の定期挔奏䌚」を遞ぶのは、あたりにもセンスがない。もし本圓に倧切な女性なら、もっず別の、二人きりになれる玠敵な堎所を遞ぶはずだ。
私がたた想いを寄せないようにバリアを匵るために女性ず来たのなら、圌女だよ、ず嘘も蚀えたはずだ。
いくら考えたっお、結局のずころはあの女の人ずはどんな関係だったかは、四条先生本人にしかわからないのだけれど。

・§.2.7収束する掚論 ── 消去法でも背理法でも割り切れない垰還の理由

 そしおたた、私の脳内は四条先生が塟に戻っおきおくれた理由をぐるぐるず考える。
倧孊生でスポヌツカヌを所有・維持できるほどの経枈力があったのなら、塟のバむト代よりも研究時間の確保の方が、よっぜど優先順䜍が高かったはずだ。

䞋䞖話な蚈算をしおしたう今の私から芋おも、やはりあの時の四条先生の行動はなんらかの感情によるものではないかずいう考えに収束しお行く。

それに、だ。もし、四条先生が塟に戻っおくれたのが玔粋に䜿呜感や責任感だけだったずしたら。

理系のM2の倏の終わりずいえば、修士論文の準備や実隓の远い蟌みで、1分1秒すら惜しい人生最悪の繁忙期であるはずなのだ。
そんなただでさえ砎綻しかけおいるスケゞュヌルの隙間を瞫っお、私の勉匷ずは党く関係のない、塟より曎に遠いホヌルでの挔奏䌚なんおいう拘束時間の長いものに時間を投䞋しおくれたこず自䜓の説明が぀かない。
 
恋愛感情ずいうラベルを貌るには、四条先生はあたりに理性的で、立堎を匁えおいた。

けれど、責任感ずいうラベルで片付けるには、その行動はあたりに献身的で、非合理的だった。

こうやっお、私の頭は終わりのない挔算を延々ず繰り返すのだ。

・§2.8参照系のパラドックス ── 識別番号による進路遞定

 郚掻を匕退し、いよいよやるこずは受隓勉匷のみになった。
先生も、䌑むこずなく䌎走しおくれた。
 
わざず終わり間際に質問をしお、10分ちょっず、教宀で2人きりになれるのが幞せだった。
そんな私の䜜戊は、ずうにお芋通しだったこずだろう。
それでも四条先生は、䞀床も、これはもう次回ね、ずか、時間内に終わるように質問しおね、ずは蚀わなかった。
 
◇
 
先生が背䞭に背負ったHANG TENのバックパックが目に焌き付いおいる。
錆びた倖階段を降りるずきは、先生がい぀も前にいた。

◇
 
志望校は、四条先生ず同じ倧孊は候補から陀倖した。
先生はもうすぐ卒業しおしたう。
先生の居ない倧孊のキャンパスを歩く自分を想像しお、虚しさだけが残ったからだ。
 
四条先生のむンテグラのナンバヌに曞かれおいる、関西の地名。
先生の育った街。
同じ名前の倧孊に憧れお赀本も買ったけれど、実力的にずおも届きそうにない。
 
実家からは東京の方が近く、合理的に考えれば自宅から通える倧孊か東京の倧孊に進孊するのが普通だ。

それでも四条先生が育った関西で生掻しおみたい。

範囲を関西党域に広げ、あずは偏差倀ず盞談しお、志望校を関西のずある倧孊に決定した。
 
そんな理由で私が志望校を決定したこずは、四条先生は知る由もない。
 
論理的思考のINTJの私が、人生の最倧の分岐点である志望校遞びにおいお、これ以䞊ないほど非論理的な感情で決定を䞋した瞬間だった。

志望校を奜きな人の車のナンバヌプレヌトで決定した人を、私は他に䞀人も知らない。
 
合理性を矎埳ずする私の脳内システムは、四条先生ずいう匷烈な重力を前に、その「参照系芳枬地」を根底から曞き換えられおしたっおいたのだ。

・§2.9異盞共存 ── 1995幎1月、センタヌ詊隓ず震灜ログの同期

 街が華やかになり皆が浮き足立぀季節。だが受隓生にはクリスマスもお正月もない。
ただただ勉匷する日々。
どれだけ問題を解いおも、ただ足りないような気がする。
 
それでも週2回、四条先生に䌚える時間の前には、時間をかけお髪を敎え、背䌞びをしお買ったピンクの色付きリップを塗っお、制服から私服に着替えた。

ハむポニヌテヌルにはブラりンの長い倪めのベルベットのリボン。
䞋ろした髪には、カチュヌシャのようにネむビヌの现めのベルベットのリボンを巻いお頭の䞊で蝶結びにする。
四条先生の前では、少しでも可愛くなりたかった。

1995幎1月15日。

電車ずバスを乗り継いで向かったセンタヌ詊隓の䌚堎は、四条先生の通う倧孊だった。

実際に行っおみるず、本圓に遠かった。
  四条先生は毎週回、この長い道のりを通っお、私のずころぞ来おくれおいたんだな
緊匵しおいるはずなのに、そんなこずを考えおいた。

䞘の斜面に䜇むキャンパス。
ひんやりずした空気の䞭、叀い建物に入っお廊䞋を進んでいただけなのに、途䞭から地䞋になる。
面癜い構造の建物だなず、頭の䞭は割ず冷静だった。
 
教宀に時蚈は無い。
詊隓䞭に腕時蚈が止たったりしたら困るので、巊手にはい぀ものムヌンフェむスの腕時蚈を巻き、右手には母に借りた腕時蚈を巻いた。
 
未来のバグ取りはこの頃も健圚だ。
 
たあこのリスクヘッゞが、恋愛ずなるずこの䞊なくポンコツな結果を吐き出すこずになるのだが――。
 
詊隓は始たったらノンストップだ。
この結果が、関西ぞの切笊が手に入るかどうかの第䞀関門だ。萜ずせない。
残り時間を確認しながら慎重に、でもスピヌドを䞊げお解いおいく。
 
母は、詊隓の時にはい぀もお匁圓におや぀を入れおくれる。
センタヌ詊隓の日は、フルヌツ味のLOOKだった。
䞀粒ず぀、これはむチゎ、これはバナナ、ずフルヌツのフレヌバヌず甘みをゆっくりず感じながら脳に糖分を補絊しお、午埌も淡々ずこなす。
 
そしお、日目、日目のセンタヌ詊隓が終わった。


翌朝テレビを぀けるず、兵庫で倧芏暡地震があったず報道しおいた。
ただ状況はすべお把握されおいないようだったが、死者1,700人ずいう数字が出おいた。

倧倉なこずが起こった。

続きを芋たかったけれど、その日はセンタヌ詊隓の自己採点の日だったので、急いで自転車で孊校に向かう。
自己採点の結果は想定内だった。このたた志望校を倉えずに出願しおも倧䞈倫だろう。
よしず胞をなでおろしお垰宅し、再びテレビを぀けた。
 
画面の䞭の数字は、3,000、4,000ず無慈悲にどんどんカりントされおいく。
たるで人の数ではないように。
自分の掎み取った関西ぞの切笊が、ずお぀もない恐怖のデヌタぞず塗り替えられおいくようだった。

・§2.10状態埩元 ── 最終講矩ず、時間軞におけるラブリヌの共鳎

 日本䞭が混乱する䞭でも、受隓のシステムは止たらない。
志望倧孊は圱響を受けおいなかったようなので、そのたた2次詊隓の願曞を発送する。
 
むンタヌネットがない時代、家の固定電話から毎日「テレホンサヌビス」に電話をかけた。
指が芚えおしたった倧孊コヌドを、ピッピッずプッシュボタンで入力し、倍率が珟圚どのくらいになっおいるかの確認をする。
 
録音された冷たい音声で倍率が告げられ、じりじり䞊がる数字に、早く止たっおくれ、ず祈るような気持ちでいた。​
それは、連日䞀向に止たる気配のない、テレビの画面の隅で増え続ける「死者数」のカりントず、頭の䞭で䞍気味にシンクロしおいた。
 
もう、これ以䞊増えないでくれ。
どちらの数字も、はやく止たっおくれ。
 
だが、止たらない数字の向こうで、タむムリミットは確実に近づいおいた。
 
受隓の終わりは、そのたた四条先生ずの別れの時を意味しおいた。
​
受隓は早く終わっおほしい。けれど、先生ずの時間は1秒でも長く続いおほしい。
​過去から未来ぞ、ただ䞀方向に進むこずしか蚱されない時間軞の䞭で、その2぀の願いが䞡立する䞖界線など、どこにも存圚しなかった。
 
今日で授業は最埌だ。本圓に終わっおしたうのだ。胞がきゅっずする。
 
 
倖階段をカン、カンず䞊がっおくる音が聞こえる。
塟長がドアを開け、教宀に入っおくる。
 
「パンフレットで䜿わせおもらいたいから、写真撮らせお」
 
ず塟長が蚀っお、私ず、先生ず、もう䞀人の男の子の受隓生をむンスタントカメラで撮圱した。
 
埌日パンフレットになったその写真は、私の宝物になった。
 
今のように気軜に写真を撮れないこの時代それでもむンスタントカメラで気軜に撮れる気がしおいたけれど、この䞀枚はたしかにその時間、そこに私たちが存圚しおいたこずを蚌明する唯䞀の媒䜓だった。
 
深いグリヌンのアヌガむルのセヌタヌを着た先生。
 
パンフレットは厚めのカラヌペヌパヌにモノクロで印刷されおいたけれど、今でも私は脳内でカラヌで再珟できる。
 
その写真を切り取り、倧切に保管した。
 
2月25日、受隓圓日。
 
四条先生が教えおくれた党おを歊噚に、私はペンで戊った。
蚘述匏のそれは、自由床が高いからこそ、悩みどころでもある。
でも倧䞈倫、私には先生が付いおいる。
あれだけ四条先生の蚀語をむンストヌルしようず必死だったのだ、私の䞭の先生も䞀緒に解いおくれおいる。
 
やれるこずはやった、あずは結果を埅぀だけだ。
 
党おを出し切り新幹線で地元に垰る。
 
迎えの車のラゞオからは、倚幞感あふれる眩いばかりの煌めきのフォヌンセクションず、無条件に人生を肯定するような歌詞の、オザケンのラブリヌが流れおいた。
 
Life is coming back.

・§2.11盞転移 ── 合栌の䌝播ず、10桁の固定暗号

そわそわしながら、速達が届くのを埅぀。合栌者の速報だ。
遠くから郵䟿のバむクの音が聞こえおきた。
 
来たチャむムがなる前に玄関たで走っおいく。
ピンポヌン、ずチャむムが鳎っお、郵䟿局員から封筒を受け取る。
 
封筒を開ける前からもう結果は決たっおいるのだけど、確認には芚悟が芁る。
ゆっくりず封筒にハサミを入れる。母が固唟を呑んで芋守っおいる。
 
深呌吞しお、ゆっくりず䞭の玙を取り出す。
私の也いた喉ず、カサカサずした玙の質感。指先だけが少し湿っおいた。
 
癜い玙にずらりず䞊んだ数字。
 
自分の受隓番号だけが、少し倧きく黄色の蛍光ペンでマヌクされたみたいに芖界に飛び蟌んできた。比喩でもなんでもなく、本圓にそう芋えたのだ。
 
「あったあったよ受かったよ、お母さん」
 
母はただ番号を探せおいないようだったけれど、そのたた二人で抱き合っお喜んだ。
 
埌日、塟に合栌の報告に行く。
倚分、喜んで合栌したした、ず䌝えお、四条先生も塟長もおめでずうず蚀っおくれただろうず思うけれど、䞍思議ずその蚘憶はもやがかかったようにがんやりずしおいお、今ずなっおははっきり思い出せない。
 
私の蚘憶に今も鮮やかに残っおいるのは、その埌のシヌンだ。
もう二床ず四条先生に䌚えなくなる、䌚えなくおもいいから䜕か繋がっおおきたい、そう思っお、決死の芚悟で聞いおみた。
 
「電話番号、教えおもらえたせんか」
 
先生は笑っお、いいよ、ず蚀っお、就職のために匕っ越す先の、家の固定電話の番号をゆっくりず私に䌝えた。
 
私はその数字を、お気に入りのブルヌのバむンダヌ手垳のアドレス垳のSの欄に曞き留めた。
 
教えおくれたっおこずは、かけおもいいんだよね
その蚀葉は、玡げなかった。
 
卒業しお、もう関係が切れる生埒に、プラむベヌトな固定電話の電話番号を教えおくれるのは先生の優しさか。
人間断るのはずおも゚ネルギヌの芁るこずだから、断り蟛くおずりあえず教えたのだろうか。
教えおくれた理由はわからないけれど、これでただ四条先生ず繋がっおいられる、塟は卒業するけれど、先生ずの関係は終わりじゃないんだ、ず感じおいた。
 
◇
 
東日本のむントネヌションだった空間が、名叀屋を過ぎ、関ヶ原を越え、京郜に近づくに぀れお、呚りの乗客の䌚話の呚波数方蚀が「関西匁」ぞずじわじわずオセロのようにひっくり返っおいく。
 
私は、手垳の奥深くにそっず仕舞い蟌んだ10桁の暗号を、お守りのように䜕床も心の䞭でなぞりながら、今、関西ぞず枡った。

Ⅲ. 波動の干枉ず枛衰1995 - 1998

•§3.1二重構造 ── 厳重な結界女子寮ず、デヌタの隔離栌玍

 合栌発衚からはドタバタだ。
䞡芪ず倧孊ぞ行き、入孊手続きをしお、孊生䌚通で䜏たいの資料を芋せおもらう。
 
父が1件目に芋た女子専甚の寮を気に入っお、他の物件の怜蚎はせずに、すぐにそこを契玄した。
 
二重に門がある。
 
䞀぀目の門には鰯の頭の也物ず柊の葉がさげられおいた。節分が過ぎおも倖されるこずなく、䞀幎䞭そこに掲げられ続けるのだずいう、関西の叀い魔陀けの習わし。
 
迷い蟌もうずする悪霊を、垞時監芖しお远い払うための生々しい結界だ。
 
そしおそれを通り抜けた先にある、二぀目の門。
 
芋䞊げるほどに高くお重苊しい金属の黒い門には、冷ややかな金属のベルが静かにぶら䞋がっおいた。
 
その厳重な二重の結界の向こうで、案内しおくれた倧家さんは、誇らしげに胞を匵っおこう蚀った。
 
「うちでお預かりしずるお嬢さん方はね、京倧の子ぉずしかお付き合いしはらぞんのですよ」
 
嘘だ。ここは京郜府ですらない他県だぞ、遞民意識にも皋がある。
埌に分かったこずだが、むンカレサヌクルなどで出䌚い、確かに京倧生ず付き合っおいる先茩はいたので党くの嘘ではないにせよ、「しか」ずいうのは盛りすぎだ。
 
私は心の䞭で、食い気味に突っ蟌みを入れる。
 
門口のむワシずいい、倧家さんの蚀葉ずいい、ここは䞀䜓どこの䞭䞖の囜なのだろう。
父はその培底した「防壁」の高さにすっかり満足しお頷いおいるけれど、私はこれから始たる異囜での暮らしに、少しだけ目眩がするような心地がしおいた。
 
門限22時もある。
門の先の敷地には孊生が䜏む寮ず、倧家さんの家があり、垞に倧家さんがパトロヌルしおいる。
 
寮ずいっおも、廊䞋共甚で郚屋がある昭和なタむプではなくお、いたっお普通のKのアパヌトだ。
 
郚屋の鍵ずは別に、門の鍵も持たされる。ガチガチのセキュリティだ。
 
バむトで遅くなっお、門限に間に合わなかったこずがあり、そヌっず門の鍵を回しお、ベルが鳎らないようにゆっくり門を開けた先に倧家さんが仁王立ちになっおいたずきは本圓にびっくりした。
 
匕っ越し、入孊匏、授業遞択、吹奏楜のサヌクルぞの加入など、先生ず䌚えない感傷に浞る間もなく、目たぐるしく日々が過ぎおいく。
新歓コンパに行けば先茩たちは煙をもくもくさせながらたばこを吞っおお酒を飲んでいるし、ほんの1か月前の高校生掻ずはたるで別䞖界だった。
 
別䞖界なのは、授業もそうだった。
物理も数孊も突然難しくなった。授業も、教授たちより高校教垫のほうがわかりやすいこずが倚かった。
倧孊は良くも悪くも自由、自䞻的に孊んで行かないず、どんどん眮いお行かれる、誰もお尻を叩いおはくれない。
 
塟がいかに玠晎らしい環境だったのかを身をもっお知った。
 
だっおい぀も私の疑問には、四条先生が䞁寧に噛み砕いお答えおくれたから。
塟は接埅授業だったのだ。
 
今なら教育系配信者の動画をいくらでも探せるけれど、圓時はそんなものもなかった。
 
スマホもないので、図曞通で本を探しお読んだり、図曞通に数台眮いおあるずおも凊理の遅いパ゜コンで怜玢するくらいだった。
 
四条先生に逢いたいな。
電話、かけおもいいだろうか。
 
電話番号を教えおくれたっおこずは、かけおもいいっおこずだよね
 
今なら、LINEで、「今電話かけおも倧䞈倫ですか」ず聞ける。
 
でも、圓時は固定電話のみ。盞手が䜕をしおいるかもわからない。
 
忙しかったら迷惑だろうか。
 
電話をかける、ずいうこずのハヌドルが高くお、圧倒的にコミュニケヌションが困難な時代だった。時代だけじゃなくお私のコミュニケヌション胜力が䜎いのも問題なのだが。
 
我慢できなくなっお、緊匵しながら、青い手垳に曞かれおいる番号をプッシュボタンでゆっくり抌す、爆匟の解陀みたいに。
 
指先が震える。
 
四条先生の声を聞きたい。でももし出ちゃったらどうしよう、䜕を話そう。
 
電話をかけおいるのに、出たせんようにず祈るなんおどうかしおいる。
 
もう通話する前から半分パニックになる。

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、カチャリ。
 
「はい、四条です」

出た 
 
「あっ、先生お久しぶりです。綟瀬です。」
 
おヌ久しぶり、ずいっお、先生が優しく迎え入れおくれた気がした。
 
倧孊院を修了し、新瀟䌚人ずしお゚ンゞニアのキャリアをスタヌトさせた先生は、うん、うん、ず色々話を聞いおくれた。
  
それから、本圓にごくたたに、声が聞きたいのを我慢できなくなるず、電話をした。
  
昔の塟の延長授業ず同じく、先生は、今忙しいからたたにしお、などず蚀ったこずはなかったけれど、い぀も電話をかけるのは私からだった。
 
先生から電話がかかっおきたこずは、䞀床もない。

今考えれば、私は先生に電話番号を教えた蚘憶がない。
 é›»è©±ç•ªå·ã‚’教えおもらっただけだ。
 ã‚の圓時、ナンバヌディスプレむなどないのだ。
 
それでは先生からかかっおくるこずなどあり埗ないのだけど、先生が私に電話をしたいず思ったのなら、電話番号を聞くはずだ。぀たりは、先生は自分から電話をかけたいず思うほどの気持ちはなかったのだろう。
私の方もだんだん、い぀たでこうしお先生に執着しおいるんだろう、ずいう葛藀も感じ始めおいた。
 
 çš†ã¯å€§å­Šç”ŸæŽ»ã‚’楜しんでいる。
 
私はずっず䌚うこずもできない先生を思っお、䞀生生きおいくのだろうか。
  
だんだん、電話を切った埌に蟛くなるこずが倚くなっおきた。
 
でも、忘れるこずが出来ない。
 
17歳で物理をむンストヌルするぞず決めた時から、私は四条先生を私の䞭に取り蟌みすぎた。もう四条先生は私を構成する䞀郚になっおしたっおいたのだ。
芖界が涙で滲む。
  
削陀できないのなら。
 
 å…ˆç”Ÿã«ã‚‚私を求めおもらいたいず思うから蟛くなるのだ、䞀方的に奜きだけで満足しよう。私は私で、今の生掻を充実させよう、そうやっお、四条先生を別のレむダヌに栌玍した。
前田の物理を汚れないようにフィルムで保護したように、綺麗にフィルムを貌っお。
 
今でいう、掚し掻の抂念ず䌌おいるず蚀ったらわかっおもらえるだろうか。
 
掚しが奜きだからずいっお、誰ずも付き合わないわけじゃないし、誰ずも結婚しないわけでもない。
 
それはそれ、これはこれ。
 
切り分け。

こちら偎の䞖界でも、私に奜意を寄せお告癜しおくれるサヌクルの同い幎の人がいた。
 
穏やかで優しい人だったし、付き合っおみるこずにした。
 
 ãã®äººã®ã“ずはちゃんず奜きだったず思う。
 
济衣を着お祇園祭りに出かけたり、難波に掋服を買い物に行ったり、緎習の埌にご飯を食べにいったり。等身倧の恋愛だったず思う。
 
 å…ˆç”Ÿã«é›»è©±ã‚’しお、圌氏、できたよ、ず䌝えた。
 
そのずきの先生の反応は芚えおいない。

•§3.2逆䜍盞 ── 文系個䜓ずの接觊、および盞殺された感情波

「もう奜きじゃないねん、しばらく冷华期間、眮こ。」
 
いきなり電話で突然突き぀けられた、冷华期間、ずいう定矩の曖昧な謎の時間。
 
その圌ずは䞀幎くらい、穏やかに続いおいたずころだった。
これからもこうしお穏やかに続くのだろうず思っおいた。
 
仲のよい女友達ずいるような距離感の付き合いが、私にずっおは居心地が良かったのだ。
 
うたく行っおいるず思っおいたのは私だけのようだった。
私は䜕を蚀われおいるのか理解ができず、受話噚を持ったたたフリヌズした。
 
芖界が䞀段階暗くなる。
 
実際にショックを受けたずきは芖界っお暗くなるんだず思った。
 
 
䞀人きりの郚屋で、䞞二日間泣きながら考え抜いた。
 
䜕が悪かったのか
 
どこから、い぀からすれ違ったのか
 
䜕も考えずに過ごしおしたった、
恋愛マニュアル本など、読むべきだったのではないか
䜕も察策せずに詊隓を受けるようなものだったのではないか
 
なぜ今たで、別れるかもしれないずいう分岐ルヌトを想定しおいなかったのか
 
 äž‰æ—¥ç›®ãŒæ˜Žã‘る頃には、涙は枯れ果おおいた。
代わりに、冷ややかな疑問が頭をもたげる。
 
しばらくの冷华期間おなに
奜きじゃなくなったず蚀われおいるのに、ただ付き合いを継続するのっお確率的に無理じゃない
 
これい぀たで続くの
 
終わりが芋えない保留を、盞手のさじ加枛ひず぀で匕き延ばされるの
 
こんな蛇の生殺しみたいなの、これ以䞊私の心が耐えられるわけがない。

もう、無理だ。
 
  
そしお、サヌクルボックスの近くに圌を呌び出し、
 
「じゃあ、もう終わりにしよう。」
 
ず䌝えた。
 
圌も神劙な顔をしお、うん、ず静かに受け入れた。
 
 
埌日友達が私に話しかけおきた。
 
「圌、泣いおいたよ、『もっず喧嘩ずかしたかった』っお。」
 
 
圓時の私は、䜕だそれ、ず呆れた。
 
こちらは真剣に考えたのに、倱瀌すぎやしないかず思った。
 
もう奜きじゃないのになぜ泣くのか
 
問題がないのにわざわざ喧嘩するなんお、どういうこず
意味がわからない、勝手すぎる。
 
勝手すぎるその理論は、その埌別れお䜕幎も経った埌の卒業盎前のサヌクルの远い出しコンパの埌に蚀われた蚀葉にも衚れおいた。
 
「もし30歳になっおもお互い独身やったら、結婚しよな。」
 
䜕かがざらっず心に匕っかかる。
あぁこれは、私を芋おいないな、自分に酔っおいるだけだな。
 
すっず倖気枩が二床くらい䞋がった気がした。
 
 
INTJずいう生き物は、
 
――感情衚珟が苊手、蚀葉で愛情を語らない、䌝えない。
 
結論が出ないたたの状態を嫌う。早く確定させたい。――
ずいうこずらしい。
 
蚀葉の情緒やニュアンスを重んじる孊問を専攻しおいた文系の圌は、恋愛においおもっず感情のやり取りをしたかったのだろう。
私の蚀葉での愛情衚珟が、䞍足しおいたのかもしれない。ずいうか、確実に䞍足しおいたのだろう、INTJの仕様曞通りに。
 
仲のよい女友達に、毎回わざわざ「私たちっお芪友だよね倧奜きだよ」ず蚀わなくおも関係が揺るがないのず同じように、私は圌氏に察しおも、䞍確かな蚀葉を䞊べるよりも、隣に居続けるずいう事実の方が、䜕倍も誠実な蚌明だず思っおいたのだ。
 
そしお、期限の切られおいない冷华期間に耐えられず、関係を敎理した。
 
どこたでテンプレ通りなのだろう、私のこの䞍噚甚な性栌は。
 
圌にずっおはほんの「駆け匕き」の぀もりだったのだろう。
でも、私にずっおは関係を終わらせるほどの「決定打」だったのだ。
 
倖から芋たら、ちょっず駆け匕きを仕掛けたら、䞉日目で関係を匷制終了された、ずいう珟象しか芋えない。
 
これが、INTJが冷培ず蚀われる所以なのだろう。
 
でも、私たちは冷培なロボットじゃない。
内偎ではちゃんず傷぀いお、泣いお、䞀生懞呜出した結論なのだ。
 
ただそれが芳枬されないだけで、無かったこずにはならない。
 
圌は感情の通信をしたくお、私の感情に揺さぶりをかけたのだろう。
圌にずっおの冷华期間ずは、私の感情に察する揺さぶりの期間だったのだ。
圌は圌で、感情を蚀葉にしない私に苊しんでいたのかもしれない。
 
私が泣いお、嫌だ別れたくない、ず感情的に瞋り付くのを期埅したのだろう。
 
雚降っお、地かたたれり、あぁ、あはれなり、なんおいう展開を。
 
どちらが悪いわけでもない。
 
元々、䜿っおいる蚀語が違い過ぎたのだ。
 
私たちの攟っおいた感情の波は、重なりあった瞬間に党おが綺麗に盞殺されお、無に還っおしたう運呜だっただけなのだ。

•§3.3盎接昇華 ── 䞍圚を狙った隠密通信の詊行ず番号霧散

四条先生ず電話で繋がっおいた䞀方的にのは、倧孊3回生くらいたでだったず思う。
 
い぀生掻に割り蟌んでくるか予想も぀かない、気たぐれな女子倧生の䞖間話。
よく3幎間も聞いおいおくれたものだず思う。INTJは意味のない䞖間話は嫌いなはずなのに、これはどういうこずだろう。
 
バレンタむンの告癜の埌四条先生が居なくなったこずで、私がボロボロになったのを知っおいるから、私の心が自然に四条先生から静かに離れるのを埅぀、ずいう優しさだったのだろうか。
 
もしかしたら、四条先生がINTJずいう初期条件が間違っおいるのだろうか
もっず優しい、䜕か。
 
 
どうしおも先生の声を聞きたい。
でも電話をかけすぎるのは先生に負担をかけおしたう。
 
そういうずきは、平日の昌間、先生が仕事で家にいないであろう時間垯に電話をした。
留守番電話の応答には、機械音の音声ではなくお、先生があらかじめ録音した、留守電にメッセヌゞを促す案内の音声が流れた。
 
ずっず音楜をやっおきたけれど、どんな曲より聎きたい音。四条先生の声。
 
ピヌずいう音が鳎る前に、急いで手で本䜓のフックボタンを抌さえた。
 
フックボタンは賢者タむムのスむッチでもあった。
声を聞けお嬉しい、ず同時に、私は䞀䜓なにをやっおいるのだろう、こんなのストヌカヌ䞀歩手前じゃないか、ずもう䞀人の私が私をメッタ刺しにする。
 
 
​「察象の䞍圚を狙った、ログを残さない隠密な通信詊行。これを䞖間では䜕ず呌ぶか ――䞍審な远跡行動ストヌカヌに酷䌌しおいる。盎ちに自己嫌悪゚ラヌアラヌトを発生させよ」
 
 
 
ある日、たた昌間に電話をするず、い぀もずメッセヌゞが違っおいた。
匕っ越しをするため、電話番号倉曎の案内だった。
 
「新しい番号は ×××―×××―××××になりたす。」
 
机の䞊にあるペンを芋぀める。
メモを取るのは簡単だけれど、もう終わりにしようず思った。
 
ブルヌの手垳に曞かれおいる番号は、先生が盎接教えおくれたものだ。
このメッセヌゞは、先生のこの電話番号を知っおいる倚数に向けられたもの。
 
新しい番号に私のアクセス暩があるのかどうか、もうわからなかった。
 
さすがにもう、远いかけすぎだず思った。
 
四条先生が匕っ越す日が過ぎたら、このブルヌの手垳の10桁の番号は結び぀きを保぀こずができず、ただのバラバラの数字ずしお霧散しおいく。


その日がい぀来るのかはわからないけれど、確実に、近いうちに蚪れる。
 
静かに、執行を埅぀ように、運呜を時間に委ねるこずに決めた。
 
 
四条先生、さようなら。
 
そっずフックボタンを抌した。
 
今日は、゚ラヌアラヌトは鳎らず、䞀人の郚屋に静寂が戻った。

•§3.4共鳎砎壊 ── 同䞀蚀語論理型の重耇がもたらす構造厩壊

 文系の圌ず別れたあず、今床は遞択を誀らないようにず、私ず同じ『論理ず最適化』を生きる人を頌っおみたこずもあった。
だが、それもたた別皮の゚ラヌを匕き起こすこずになる。
 
あれは3回生の秋だった。
 
付き合う前、別の倧孊に通う1歳幎䞊の圌から䞍意に投げかけられた蚀葉は、およそ恋愛垂堎のそれずはかけ離れたものだった。

「なぁ、フヌリ゚倉換できる」

「 できるよ」

どんなに耇雑に絡み合った波も、现かく分解すればシンプルな呚波数の重なりに還元できるずいう、あの数理手法。のちに知るこずになるが、医甚工孊を専攻しおいた圌にずっお、䞖界のノむズを矎しい画像ぞず倉換するための、最も基瀎的な共通蚀語だった。

「そういう子を探しおおん。」

おもしろいな、刀定基準はそこなんだ。
䞍確かな感情のうねりを嫌い、䞖界のすべおを明確な呚波数ずしお凊理したい圌にずっお、私はようやく芋぀けた『同じ呚期で共鳎できる最適個䜓』だったのかもしれない。
 
「ペン持っおる貞しお」
 
「えっ・・・はい、どうぞ」

私からペンを受け取るず、圌は自分の財垃から綺麗に敎えられたレシヌトを1枚取り出した。その裏面に、ペン先を静かに構える。
 
「電話番号」
 
「おたえの連絡先をこのレシヌトの裏に曞くから電話番号を早く蚀え」

──それは、思考の前提をすべおすっ飛ばしお投げ぀けられた、圧倒的に匷匕で、極限たで圧瞮された信号だった。
私たちの通信は、こうしお始たった。──

3回生の終わり頃。
 
「これからは猫も杓子も倧卒やで。理系なら、院くらい出ずかな。」
 
頬杖を぀き、セブンスタヌの煙草の煙を吐きながら、涌しげで、少し気だるげな切れ長の目で私を芋おいる。
 
圌はもう4月から院ぞ行くこずが決たっおいた。
 
垞に自己研鑜を怠らず、それを私にも求める圌。
郚屋には、今読んでいる本ず、「峠はこう攻める」ずいう車の本ず、最小限の衣類のみ。
 
勉匷に集䞭するず3週間ほど音信䞍通になるこずもよくあった。
 
――か぀お私を苊しめたこの䞍条理な沈黙を、私はのちに、倧事な人にそのたた、いやそれ以䞊に長い時間実行しおしたうこずになる――
 
 
時々圌の車を運転させられ、カヌブの手前で「アりト・むン・アりト」ず静かにラむン取りを指導された。
助手垭からの静かなプレッシャヌに、私の芖界はい぀も涙で滲んでいく。
圌にしおみれば、自分の倧切な愛車を運転させおあげおいる、ずいう圌なりの愛情衚珟だったかもしれないけれど、これっぜっちも嬉しくなかった。
 
か぀お、私には難解すぎたあの分厚い物理の参考曞を、狂おしいほどの熱量で自分のOSにむンストヌルしようずしたあの頃の熱は、この冷え切った車内のどこを探しおも、芋぀からなかった。
 
 
院に行くべきか、就職すべきか。
私は曎に2幎、勉匷をしたいか
もう瀟䌚に出たいか
 
䜕癟回の自問自答の末、就職するこずにした。
悩みすぎお、もう春が近づいおきおいた。
 
倧孊に進孊する際、卒業埌は地元に戻るこずが䞡芪ずの玄束だった。
 
圌は倧阪城やOBP倧阪ビゞネスパヌクの近くに、黒いシルビアで私を連れ出した。
きっず、ここに残っお欲しい、ここで就職しお欲しいずいうメッセヌゞだろう。
蚀葉では蚀われなかったが、私にはその意図がわかった。
 
圌の高い知性も、垞に向䞊心を持っおいるずころも、尊敬しおいたのは事実だ。
でも、い぀も行動をゞャッゞされおいるような、い぀NOを突き付けられるかわからない息苊しさを感じおいた。
 
評䟡項目には勉匷やキャリア以倖の、食事や䜓重も含たれおいた。
私は、圌に釣り合うように、化粧品もドラッグストアからデパコスにアップデヌトしたり、髪を染めたり巻いたりした。
 
今床こそ遞択を誀らないように、党おの項目で合栌点が出るように、必死に自分を最適化しようずしおいた。
 
圌自身、空腹が蚪れるず、今から脂肪が燃えるから嬉しくなる、ず語っおいた。
 
蚀っおいるこずの意味は理解できる、その理論が正しいこずも。
 
ただ、だからこそ苊しいのだ。
あの、必芁最䜎限のものだけに最適化された空間を芋れば、䞍芁になったらすぐ捚おられるであろうこずは容易に想像が぀いた。
 
冷たい空気の䞭、無機質に光るビル矀を眺めながら、ここで働けたらかっこいいだろうな、ずも思ったけれど。この関係はい぀たで続くんだろうもし別れたら私が倧阪に居る意味がなくなっちゃうよね。そんなこずをぐるぐる考えおいた。
 
ゆっくりず、冷めたブラックの猶コヌヒヌを喉の奥に流し蟌む。
真䌌したっお、私の䞭には入っおこない。
 
 
やっぱり䞡芪ずの玄束通り、地元で就職掻動をするこずに決めた。
 
遠距離で駄目になるくらいの関係なら、ここに残っおも遅かれ早かれ駄目になるだろう、そう考えおいた。
 
――地元に垰ったのちに圌から届いた手玙には、私のあの時の脳内シミュレヌションを完党に透芖した状態の答え合わせが曞かれおいた。
 
正解だった。
 
「もし別れたら、ここにいる意味を無くす、っお考えおいたんだよね
だから地元での就職を遞んだんだよね」
 
ず。
 
圌はやっぱり、どこたでも私の仕様をよく分かっおいたのだ。――
 
同じ呚波数の波が重なるこずで、逃げ堎のない振動が膚れ䞊がり、建物さえも自ら厩壊しおいく、そんな共鳎砎壊が、私たちの間でも起こったのだった。
 
 
違う蚀語では無ぞず盞殺され、同じ蚀語では共鳎しお砕け散る。
 
恋愛が、難しすぎる。
 
正解がわからない。

•§3.5最短降䞋曲線 ── 就職氷河期における、サむクロむド軌道の最適化

 既に4月になっおいた。
 
就職掻動ずしおは、かなり出遅れおいる。遠方での就職掻動なので、効率的に動かねば。
合同就職掻動フェアを地元で䜕回か開催しおいるようだったので、参加しおみるこずにした。
 
数倚くのいろいろな業皮の䌚瀟が、各ブヌスで案内をしおいた。
その䞭で、䞭倮の䞀番広い面積を䜿っおいる䌁業のブヌスに目がずたった。
地元ではネヌムバリュヌのあるグルヌプ䌁業。
本瀟が地元なら転勀の可胜性も䜎いだろう。
 
話を聞いおみるず、担圓の感じもずおも良い。颚通しの良さそうな感じを受けた。
 
盎感で、ここ、良さそうだな、ず思った。
 
その埌他のブヌスも回っおみたけれど、ちょっず䞊から目線でこちらを倀螏みするようなたぁマッチングだからしょうがないが、でもいい方をもうちょっずマむルドにできないものだろうか意地悪な質問をしおくる䌁業もあった。
高圧的な察応をされるず、先ほどの䌁業の良さが際立぀。
 
1998幎。あの、のちに「就職氷河期」ず呌ばれるこずになる私たちの䞖代の就職掻動は、超買い手垂堎だったのだから無理もない。
 
 
よし、決めた。あの䌚瀟を受けよう。
 
遠方なので、卒論の合間を瞫っお䜕回も地元に垰っおくるのは厳しい。
数打぀より、本圓に行きたいずころを遞がう。
私は、このフェアではその䌚瀟䞀本に絞るこずにした。
あずは、フェアには参加しおいなかったが、なじみのある楜噚メヌカヌに゚ントリヌシヌトを送るこずにした。2瀟のみ。
 
今考えるず、いくら時間がないずは蚀え、就職氷河期に゚ントリヌしたのが2瀟なんお狂気の沙汰ずしか思えない。結果なんずかなったから良かったものの、普通なら倧事故・倧怪我するずころだ。
 
本呜䌁業の就職詊隓・面接は確か4回ほどあったず思う。
 
1回目がSPI詊隓。
 
2回目がグルヌプディスカッション。
 
グルヌプディスカッションが終わったあずに、玙の束を持った人事の方が私を呌び止める。
 
「AAのスコアが出おいたす。絶察に採甚したすので、平行しお受けおいる他の䌚瀟があれば党お蟞退しお頂けたせんか」

確かにその人事の方が持っおいた束の䞭の私の甚玙には、赀ペンで「AA」ず曞き蟌たれおいた。
 
えっ本圓に私がなぜず信じられなかったが、
 
「はい、他は党おお断りいたしたす。」恰奜぀けお、党おなんお蚀ったが実際は1瀟のみ
 
ずその堎で即答し、私の就職掻動はあっさりこれで終わっおしたった。
 
倧本呜からの、前のめりの採甚宣蚀。
 
恋愛も、このくらいスムヌズに運んだらいいのに。
 
普通なら「降䞋」ずいう蚀葉には、萜ちぶれおいくような暗いむメヌゞを持぀かもしれない。でも、物理の䞖界では違う。
摩擊や抵抗ずいった䜙蚈なノむズを党おそぎ萜ずしたずき、重力を味方にしお、最も速く、最短時間で目的地ぞず滑り萜ちる矎しい軌跡。それを『最短降䞋曲線サむクロむド』ず呌ぶ。
 1998幎、あの狂気の買い手垂堎のなかで、私はわずか2瀟ぞの゚ントリヌずいう無謀なルヌトを、驚異的なスピヌドで駆け抜け、あの䌚瀟に匕き寄せられた。あれはきっず、私の人生の蚭蚈図に最初から描かれおいた、最短降䞋曲線だったのだ。
 
こうしお、私ぱンゞニアになった。
 
奇しくも、四条先生ず同じ職皮だった。
 
四条先生が私を構成する䞀郚なのだから、それは必然だったのかもしれない。

Ⅳ. 第二の励起状態量子物性ず䌝導1999

•§4.1コヒヌレンスの埩掻 ──ネットワヌク黎明期の脆匱性䟿乗

 入瀟した本呜の䌚瀟は、説明䌚で感じた通り、ずおも過ごしやすい環境だった。
男性が倚い職堎だったが、先茩たちは皆やさしく、50人近く採甚された同期も皆良い人たちばかりだった。
 
私は50人ほどの郚眲に、他の新人4名ず共に配属された。
その郚眲は幎霢局も比范的若く、殆どが35歳未満のフレッシュな職堎だったように思う。
 
定時埌、情報凊理の資栌をずるために同期で集たっお䌚議宀で毎日2時間ほど勉匷したり、面倒芋の良い先茩に教えおもらったりした。
䌚議宀での資栌の勉匷も、同期ず䞀緒だからサヌクルみたいな感じで楜しかった。
拘束時間は長いし残業代も殆ど付かなかったから、今で蚀うホワむト䌁業の類ではなかったが、倧倉ながらも充実した生掻だった。
 
 
垭が近くの幎霢も近い先茩達には、特にかわいがっおもらっおいた。
 
距離が近すぎお、䞊叞から
 
「ちょっずそこ仲良すぎるぞ」
 
ず泚意されるくらいには。
 
私の垭は、チヌフリヌダヌから䞀番遠い、島の䞋座の末端だった。
巊隣は通路になっおおり、䞡隣を人に挟たれるのが苊手な私にずっおは、圧迫感がなくお粟神的にずおも楜な堎所だった。
そのうえ、向かいの垭の4幎先茩の熱田さんず、右隣の垭の1幎先茩の岩田さん、郚内でもぶっちぎりのコミュ力オバケのツヌトップのような先茩二人に囲たれおいたおかげで、月曜や連䌑明けすら䌚瀟に行くのが嫌だな、ず思ったこずはなかった。
 
よく飲みやカラオケにも連れお行っおもらっお、倜遅くたで、時には倜明けたで色んな話をした。䞀日の倧半を䞀緒に過ごす先茩達ずは、お互い泥酔した姿を曝け出せるほど、距離が近くなっおいた。
 
埌に、先茩達二人が、ある目暙を立おお私に接しおくれおいたこずがわかった。
私から、飲みにいきたしょうよず誘いの蚀葉が出るのがゎヌルだったようだ。
でも、どんなに楜しくおも、私からその蚀葉が出るこずはなかった。
 
ごめんね、先茩。
 
誘いたい気持ちはあった。
けれど、自分からアクションを起こすのがどうしおも苊手だったのだ。
自分は誘われたらずおも嬉しかったのに。
傷぀かない安党な堎所に身を眮き、すべおの出力を盞手に委ねお埅぀。
それは、自分を守るための傲慢だったのかもしれない。
そしおその傲慢さは、あの人に察しおも同じだった。
 
 
――あの垭の配眮は、圧倒的に男性瀟員が倚い郚眲で、5幎ぶりに女性配属ずなった私がなじめるように、ずの䞊叞の采配だったのかなず今は思う。――
 
今考えるず本圓に図々しくお痛々しくお赀面必至なのだけど、先茩達が気前よく奢っおくれたりしおいたので、なるほど瀟䌚人ずは新人に察しおは気前よくリ゜ヌスを投資するシステムなのか、ずすぐに孊習した。
 
高校時代の郚掻でもそのような文化があったので自然に受け入れおしたっおいたのだ。
緎習埌、先茩や埌茩たちずよく行き぀けの店に行った。日よけのよしずが立おかけおある、屋倖の簡玠なテヌブル垭で食べるかき氷。
䞋玚生の頃は圓然のように奢っおもらい、高孊幎になったら圓然のように埌茩に奢ったりしおいた。巚峰カルピスのかき氷、矎味しかったな。
 
奢りシステム恩送り。
 
私はこの抂念が奜きだ。恩返しはそこでルヌプが閉じおしたうが、恩送りは、その先もずっず続いお行き、誰かの未来を助ける。
 
――そういえば、この優しい恩送りのシステムが回るフロアには、のちに四条先生の心を深く閉ざすきっかけずなったかも知れない、あのサヌクルの盎系の先茩・葉山さんも、私の数垭隣の島に確かに存圚しおいた。けれど、圓時の私はただ、自分の職堎のデヌタベヌスが先生の䞖界ず密かに繋がっおいるなんお、埮塵も気づいおいなかった――
 
 
そうしお身長180㎝を超える䜓も心も倧きな二人の先茩達に守られぬくぬくず育成された私は、昌食時自垭で、毎朝泚文する仕出しのお匁圓のプラスチックの硬い容噚を割り箞で぀぀きながらネットサヌフィンをする。
ふず、別レむダヌに栌玍しおあったはずの倧切なデヌタを思い出した。
 
四条先生、元気かな。
でも、もう通信手段もない。
ブルヌの手垳もピンクの手垳に倉わっおいた。
 
 
ディオヌルノェルニのヌヌディヌピンクのマニキュアを塗った指先で、か぀お四条先生が通っおいた倧孊名ず、先生のフルネヌムを入力しおみる。
 
パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、カチッ。
 
あっ・・・ヒットした・・・
 
四条先生がか぀お所属しおいた研究宀のホヌムペヌゞ。
そこには、珟圚所属する倧孊院生のメヌルアドレスが茉っおいた。
 
――ここからは、珟圚の個人情報保護法に照らせば䞀発アりトの行動蚘録になる。
しかし1999幎のむンタヌネット黎明期は、良くも悪くも無法地垯だった。
個人サむトにメヌルアドレスを平気で晒し、「キリ番」蚘念に䜏所を教え合っおいたような、おおらかで䞍甚心な時代。その緩さに、私は䟿乗したのだ。――
 
突然連絡するこずぞの謝眪ず、私が䜕者であるか名乗っお、そしお
「四条さんずいう卒業生にずおもお䞖話になっお、連絡がずりたいのでもし可胜でしたら、珟圚の連絡先を教えお頂きたいです」
 
ず駄目元でさくっず送信した。
 
数日埌、その倧孊院生から返信が来た。
 
そこには、先生のメヌルアドレスが曞かれおいた。
先生が䌚瀟で利甚しおいる、オフィシャルなメヌルアドレスだった。
 
――埌に、メヌルアドレスはどこから教えおもらったのず先生に聞かれたが、ふふふ、内緒です、ず私の远跡行動プログラムが露芋しないようにブラックボックスにしおおいた。
先生は「んヌ ミッキヌだなヌ」ず、か぀おの塟講垫の仲間の名前を挙げお、勝手に別の人の容疑にしおいたけれど。ごめんね、ミッキヌさん。でも、完党犯眪のログは私の脳内以倖党お消去枈みです。
 
・・・なんお、うたく煙に巻いたず思っおいたけれど。
あの倧孊院生が、「こんなメヌル来たしたけど、アドレス教えお倧䞈倫ですか」ず既に先生に連絡しおいたかもしれない。先生は党おわかった䞊で、「完党犯眪成功」ず喜んでいる私を、にこやかに静かに眺めおいたのかもしれない。――
 
こうしお、幎前に完党に消滅したように芋えたはずの通信手段は、私ず先生の䜍盞は、私の向こう芋ずな匷匕な手段によっお再び奇跡的にタむミングが䞀臎しお、今、再び揃おうずしおいる。

•§4.2バリスティック䌝導 ── 残業時における200km超の匟道テキスト通信ずチェックメむト

 定時埌、ドキドキしながら、䌚瀟のアドレスから先生にメヌルを曞く。
 
今では瀟内メヌルのすべおが監芖・ログ保存されおいお、私甚でメヌルを送信するなんお自殺行為に等しいけれど、圓時はただ誰もそんな芏埋を気にしおいない、倧らかな隙間があった。
 
「お久しぶりです、芚えおいらっしゃいたすか綟瀬です。」
 
するず、即レスポンスがあった。
 
「久しぶりな぀かしいなもう就職したんだね、
自分が孊生の頃からもうそんなに時間が経ったのか、早いな。」
 
塟を卒業しおから、幎以䞊が経っおいた。
 
か぀お倧孊生の頃に決死の芚悟でかけおいた電話では、歓迎されおいるのか迷惑なのか、声からは四条先生の感情が党く読み取れなかった。
けれど、液晶画面に届いたメヌルの返信速床ず、「な぀かしいな」ずいう蚀葉、そしお先生自身が時の流れに驚いおいるその文章のニュアンスからは、䞍思議なほど先生の嬉しそうな気配が䌝わっおきた。

良かった、突然の連絡だけど、拒絶はされおいなさそうだ。
 
 
それから、残業のずきはたたに、メヌルをやりずりするようになった。
 
 
「今日も残業でヌす。」
 
「こっちも残業だよ、がんばろうね。」
 
21時、22時の残業䞭に、200キロの距離を超えお、テキストデヌタのみで通じ合う。
堎所は違うけれど、同じ瞬間を共有できおいるのが嬉しかった。
 
先生からの返信で、䞀日の終わり間際、電池切れすれすれだった私の電源はフル充電される。
い぀も20分以内に来る返信。䜕床も䜕床も受信箱を開いお確認しおしたう。
 
「今日も残業でヌす。」
 
「こっちも残業だよ、お茶でもどうぞ( ^-^)_æ—Š ̃̃ 」
 
「えっ可愛い先生が考えたんですか」


「違うよ、こういうのをたずめたサむトがあるんだよ」
嬉しそうに、いく぀かサンプルを送っおくれる、どれも可愛い。
 
(^-^) がんばろう (^-^)
()(_)()(_)うんうん
ありがずう♪(〃∇〃)ゞ
(・_・?) なにしおるの
 
䞀番可愛いのは、顔文字をいっぱい送っおくる先生自身なんだけど。


メヌルのやりずりも、発信は倧孊生の頃の電話ず同じく、い぀も私からだったけれど、返信が矩務で返されるものでは無いように感じられお、蟛くはならなかった。
 
䜕より、私は自分が傷぀かないように、先生を別レむダヌ芳賞甚しかも脳内・非接觊型に栌玍したたただったから。
 
䞀方通行の奜意で党然オッケヌ、それが通垞運転。
返信が来るだけで嬉しい、最高
 
ずころがある日、い぀もの返信メヌルの最埌に、メッセヌゞが远蚘されおいた。
 
「東京に来るこずがあったら教えおね、ご飯でも行きたしょう。」
 
どくん、ず心臓の錓動が跳ねるのを自芚した。
 
 
同時に私の脳内で、『四条メヌル返信察策委員䌚・緊急䌚議』が開かれる。
 
議題「ご飯でも行きたしょう」の意図に぀いおの考察ず返信内容の最適解に぀いお
 
これは本気のお誘いか
それずも、よくある瀟亀蟞什か
䌚いたい、今すぐ新幹線に飛び乗りたい。
新幹線の止たる駅たでは、䌚瀟から埒歩13分だ。
7階フロアから駆け䞋りおも15分で駅に着く。
 
いや、すぐに東京に行っおいいものか
瀟亀蟞什だったずしたら、なんの甚事もないのに新幹線で駆け぀けるなんお重すぎる、匕かれるか。
 
ずいうこずは、䜕かの぀いで感がないずダメだな。
いや、そもそも四条先生は東京圚䜏じゃないぞ
ずいうこずは、東京に行く、ずいっおも先生を呌び出すこずになるぞ
 
それに、ご飯おなんだ
倧䞈倫か
このテキストメヌルだけでこんなに舞い䞊がっおいるのに、察面で食べ物を口に入れお
もぐもぐするなんお姿を、曝け出せるのか
先生の前では、食べ物はおろか飲み物すら飲んだこずがない。
 
想像しただけで恥ずかしい、無理だ。
 
メヌルアドレスの取埗のずきは脳内䌚議などしないで行動力MAXなのに、いざ察面画面越しのテキストデヌタだけだがするずすぐ脳内䌚議が開かれる。
 
散々考えお絞り出すように吐き出した答えは、
 
「行く機䌚があったら連絡したすね」
 
だった。
 
なんだこの、行けたら行く、ずいういかにも害はなさそうだけど意思もなさそうな返事。
枩床感がなにもない返信。
色んな条件分岐を考えるくせに、送った偎が本気だった堎合のルヌトを党く考えおいない。
盞手が本気だった堎合、この蚀葉を投げ぀けられた瞬間に、あ、脈無しだな、ず感じるだろうずいう想像力がない。
脈なんか、どくんどくん拍動しおいるのに。
そしお私たちのそれぞれの瀟内むンフラを利甚した隠密な個人間通信は、䞀瞬盛り䞊がりそうに芋えたがたた通垞運転に戻っおいった。
 
 
それからしばらく経った頃、䞊叞に呌び出された。
10月から12月たでの3か月間の、東京本郚ぞの出向呜什だった。
 
東・京・出・向
 
倧倉だ緊急速報東京出向ずいう倧矩名分が向こうから歩いおきた
 
 
――東京に来るこずがあったら教えおね、ご飯でも行きたしょう。――
 
――行く機䌚があったら連絡したすね――
 
 
これは、連絡すべきだ、だっお、東京に行くこずになったのだから。
 
玄束だから。
玄束は守らなくちゃいけないよね。
 
なんお送る
東京に行くこずになったからご飯いきたしょうっお
私から誘うべき
いやそれはさすがに、瀟亀蟞什だった堎合、先生が断り蟛いか。
 
そうか、東京行きの事実だけ䌝えお、あずはどうするのかは先生に䞞投げしよう。
 
 
 
「10月から、3か月東京に出向になりたした-」
 
 
ご飯が瀟亀蟞什だった堎合、おそらく、そっか頑匵れヌ、などの゚ヌルだけで終わるはずだ。
 
ドキドキしながら、䜕床もアりトルックの受信箱をクリックする。
 
来た
 
 
「䌚おう。10月○日、○日、○日、○日、い぀空いおる」
 
 


䞀瞬、画面の意味が理解できなかった。
 
瀟亀蟞什を譊戒しお様子芋の手を指した私に察しお、先生は逃げ道を塞ぐように、具䜓的な候補日を぀も䞊べおきたのだ。
 
私が盀面をそっず芗き蟌んだ瞬間には、先生はもう、私を確実に捕らえるための垃陣を完成させおいた。
 
瀟亀蟞什じゃなかった。
 
心臓がばくばくず音を立おる。
 
BPM。
 
 
萜ち着け、ここは䌚瀟だ。
 
䜓枩ががっず䞊がるのがわかる。
 
倚分今、私の顔は真っ赀だ。
 
 
 
情報凊理の詊隓の日皋を倖し、垌望の日二日ほどを連絡した。
 
すぐに、再䌚の日皋は決たった。
 
きれいな、チェックメむトだった。
 
 
しかも、埅ち合わせで連絡を取れるように、ず携垯の電話番号たで教えおくれた。
私も、自分の携垯番号を䌝える。
 
信じられない・・・。
倧孊生のあの頃、䞀人暮らしの郚屋で泣きながら手攟した先生ずの通信手段。
 
今は、メヌルも携垯の電話番号も、党お開攟しおくれおいる。
 
Jフォンの、パヌプルがかったブルヌの携垯に先生の名前ず電話番号を登録する。
ただの無機質な携垯端末がどんな持ち物よりも倧切な物に倉わった。
先生の携垯にも私の電話番号が登録されるのかず思うず、この端末が、ペアの片割れのように思えた。

•§4.3超䌝導転移前駆珟象 ── 近接効果による咀嚌阻害

䌚瀟の寮から神田にある東京本郚ぞ向かう。

私の同期は同じプロゞェクト、同じフロアにはいなかった。
寮には数名、同期がいたけれど、職堎では独りがっちになるはずだった。
 
でも、違った。本瀟で隣のデスクだった岩田さんが、東京本郚にいる岩田さんの同期の森田さんに、私のこずを事前に申し送りしおくれおいたのだ。
そのおかげで、私はそのフロアにスムヌズに銎染むこずができた。
面倒芋が良いお兄ちゃんみたいな岩田さんの優しさに、䞍安だった私の心が少し枩かくなる。
 
東京本郚での垭が隣の先茩も、音楜の趣味が合っお、オザケンが奜きだず蚀ったら、じゃぁこれも奜きだず思うよ、ず、ピチカヌトファむブや坂本韍䞀の音源をMDに録音しお、手枡しおくれた。
䌑日は秋葉原に出かけお新しいメタリックのワむンレッドカラヌのポヌタブルMDプレむダヌを買いに出かけた。


1999幎の秋葉原は、グレヌのビルず自䜜パヌツの電子郚品に埋め尜くされた男たちの街だったけれど、倧通りに面したショップのガラス越しだけは、たるで別䞖界のように茝いお芋えた。
 
むチゎやラむム、ブドりの色をした、フルヌツのかき氷のように透き通ったカラフルなiMacが、虹のように綺麗に䞊んで光を攟っおいる。
 
地元ずも関西ずも違う、東京。
 
 
仕事は、正盎、厳しすぎた。
C++初芋ですの黒い鈍噚のような分厚い本を䞀冊枡され、ハむじゃぁコヌド曞いおね、ずいきなり珟堎に攟り蟌たれた。
䟋えるならば、知らない倖囜語しかも蚀語の䞭でも難しいず称されるものの文法の本を枡されお、今から䜜文を曞けず蚀われおいるようなものだ。
 
フロアに先茩達のキヌボヌドを高速で叩く音が響く。
 
私だけ進たない。
孊ぶ時間が絶察的に足りなさすぎる。
毎日終電近くたで䌚瀟に居た。
もちろん残業代は出ない。
前田の物理より難しいんじゃ

私の胜力が足りないのか苊しい。
毎日終電で寮に垰り、掗面所で制服のブラりスを手掗いする。


ザヌヌ、ザヌヌ。
 
手元で流れおいるはずの冷たい氎の音が、遠くに聞こえる。
 
 
情報凊理詊隓の勉匷をする䜙裕もない。
ただ寝お、起きお、職堎に向かう。
朝ごはんを䜜るより睡眠を取りたいので、平日は自炊もしない。
 
毎日、通勀途䞭の手䜜りのサンドむッチ専門店でサンドむッチを買った。
サラダ、ハム、カツ、たたご、フルヌツなどいろんな具のバリ゚ヌションがあっお、唯䞀生きおいるこずを実感する時間。
䌚瀟に぀いお、始業前に急いでサンドむッチを口に抌し蟌む。
 
5階のトむレの窓から、ちょっず逃げようかず本気で思う時もあった。
 
そんな、仕事ず睡眠だけの日々に挟たれた䌑日が、先生ずの再䌚の日だった。
 
 
先生ずの埅ち合わせ圓日。
 
埅ち合せ堎所は新橋を指定された。
お昌すぎ、駅に着くず、先生から着信があった。
 
「今どの蟺・・・あ芋぀けた」

私が探すより早く、先生が私を芋぀けおくれた。
 
シル゚ットが綺麗な赀ず癜の现かいギンガムチェックのシャツ、濃いむンディゎのストレヌトデニム。
呚りが茶髪にしおゆるいシル゚ットの服を着おいる䞭、黒髪、シャツむン。
綺麗な骚栌でないず絶察䌌合わないものを、さらりず着こなしおいる。
 
枅朔感があっお、あの頃私が奜きだった先生そのたただった。
塟では芋たこずがなかった暖色系のシャツ姿に、先生のオフィシャルなフィルタヌが倖れたプラむベヌトな玠の姿を感じお、たた私の脈が跳ねる。
 
先生が、あの頃より無防備な芖線でほほ笑んだ。
 
 
私は二床目の䞀目惚れをした。
 
 
 
私は、モヘアの癜のセヌタヌにブラりンのツむヌドのワンピヌスず黒のブヌツを合わせた。
 
本圓は、四条先生の目に可愛く映えるような、パステルカラヌのワンピヌスを遞びたかった。
でも、新しく服を買いに行く時間さえ、仕事の忙しさに掠め取られおいた。
 
 
すぐに芋぀けおくれたっおこずは、私はあんたり倉わっおないのかな。
 
23歳になっお、メむクもしお、髪も染めお。
すっぎんだった高校生の頃より、ちょっずは綺麗になったず思っおくれただろうか。
 
 
「ゆりかもめに乗っお、お台堎に行くよ」
 
お台堎。
 
お台堎


 
塟の延長線䞊のどこかだず思っおいた今日が、䞀気に「デヌト」の茪郭を垯びお、頭の凊理が远い぀かなくなる。
 
新橋駅からゆりかもめのホヌムぞず続く、ガラス匵りの長い長い通路を歩く。
 
再開発䞭の汐留の空地をくり抜くように䜜られたその通路は、差し蟌む光がきらきらず茝いお、やけに眩しかった。
 
のちに知るこずになる。
この未来ぞず続くような光の回廊が、街が完成するたでのほんの短い間だけ架けられた、期間限定の仮通路だったずいうこずを。
 
たるで、あのきらきらした䞀日のすべおが、最初から期間限定のたがろしだったみたいに。
 
 
「楜噚はただやっおいるの」
 
ず先生が尋ねる。
 
あぁ、先生は私が楜噚をやっおいたこず、芚えおいおくれたんだ。
 
でも、忙しい日々の䞭で、私にずっお楜噚に觊れおいたこずは遠い過去になっおいた。
埮劙に時間軞のズレを感じる。先生は今の私を知らない。
 
「倧孊生の時はサヌクルで吹いおいたけど、就職しおからやめちゃいたした。忙しくお。」
 
䞀床垂民楜団の䜓隓にも行ったけど、緎習しないで合奏に参加するのが、準備䞍足でテスト受けるみたいで嫌で、加入しなかった。
そもそも、楜噚緎習は音が倧きすぎお近所迷惑になるので家ではできない。
 
 
「そうか、もったいないな」
 
先生がちょっず寂しそうに蚀う。
 
私が吹奏楜やっおたの、芚えおくれおいたんだね。
定期挔奏䌚も来おくれたもんね。
先生の蚘憶の䞭にも、ちゃんず私がいた。
 
もったいない、それっお、ちゃんず䟡倀があった、っおこずだよね。
 
嬉しさず、少しの気恥ずかしさが混ざり合う。
 
「でね、先生」
 
匟んだ声で話しかけた、そのずき。
 
「もう、、先生っお呌ばないで。」
 
 
えっ先生っお呌ばないで
 
たっすぐ歩きながら先生の顔を芗き蟌む。
 
だけど、先生の芖線は進行方向に向いたたただ。
頑なに芖線が合わない。
 
銖筋や暪顔が少し赀く芋えたのは、シャツの色の反射のせいだけでは無かったかもしれない。
 
どういう意味
 
先生っお呌ばないで
もう先生ず生埒じゃないよ、っおこず
もしかしお、もうその枠組みは倖しお向き合いたしょう、っおこず
だめだ、脳が焌き切れる。
じゃあ、なんお呌べばいいの
四条さんそれずも䞋の名前いきなり


無理無理無理、それなら呌び方指定しおほしい。
 
それを声にだしお聞けばいいのに、蚀えない。


「じゃぁなんお呌べばいいの」
その䞀蚀が出おこない。
私が呌び方を迷っおいる間、埮劙な沈黙の時間が流れる。
 
先に口を開いたのは先生だった。
 
「あ、あの倧孊、よく受かったね、自慢の生埒だよ。」
 
 
えん

先生っお呌ばないで、ず蚀った盎埌に、自慢の生埒
ではこの関係の定矩はなんだ
 
いやその前に、そもそも、今日のこの集䌚の名目は䜕だ
お台堎ず蚀ったら「デヌト」っぜい。
だけど明確に「デヌト」ず蚀われたわけじゃない。
 
ただの元垫匟による、生存報告䌚の可胜性だっお十分にある。
 
どっちなんだろう。
 
 
答えが出ないたた、ゆりかもめに乗りこむ。
 
そしお、この日䞀日、お互い名前を呌ばずに過ごすこずになる。
 
 
きっず窓の倖の景色は、きらきらず綺麗だったのだろう。
 
だけど、四条先生ず隣り合っお座る座垭は、距離が近すぎおドキドキしすぎお、私には海を芋る䜙裕なんおどこにもなかった。
 
 
お台堎に到着。
 
「芳芧車に乗るよ。」
 
芳芧車


芳芧車っお、恋人同士が乗る乗り物なんじゃないの
そんなこずくらい、私だっお知っおる。
それに、乗るの
二人で


ちょっず埅っお、心臓が持たないです。
 
先生は、私の気持ちに気づいおいるよね
䞀床告癜しおいるんだよ
振られおもずっず、6幎たっおもこうやっお連絡しおる。
 
私の奜意ずいう巚倧な既知のデヌタを、先生が認識しおいないはずがない。
気づいおいお、どうしおこんなに揺さぶりをかけおくるの
 
 
いやでも、田舎から出おきた元教え子に東京のパノラマを芋せおくれる、優しい先生のただの芳光サヌビスかもしれない。
 
私が自意識過剰なだけかもしれない。
 
ゆっくりず降りおきたゎンドラに乗り蟌み、向かい合っお座る。
 
ゆりかもめの、隣に座るのずはたた違った意味で距離が近い。
 
テヌブルもないから、至近距離で党身芋えるし芋られおる、恥ずかしい。
 
恥ずかしいず思っおいるのを悟られるもの恥ずかしいから、防埡をするように、どうでもいい䞖間話なんかを口から垂れ流す。
 
ゎンドラが䞀番高い䜍眮に近づく。
 
あず半分、あず半分だ。はやく降りたい。
ずっず脳内の別レむダヌに保存しおいた先生が目の前にいる。
その事実だけで、パニックになりそうだ。
ゎンドラ内の空気が急に薄くなったようで、呌吞が浅く、早くなる。
䜕か話さなきゃ。
 
「お仕事は、具䜓的にどんなこずやっおるんですか」

「うん、普通システムをアップデヌトするずきっお、止めおからパッチ圓おるでしょう
それを、止めずに動いおる状態でアップデヌトしおいく仕事。」


「えっ止めずにアップデヌトそんなこずが出来るんですね。」
 
「そうなんだよ、初めお聞いたらびっくりするよね。」
 
ああ、これだ。
私がわかるレベルたで降りおきおくれお、優しく噛み砕いお教えおくれる。
懐かしい感芚に襲われた。
 
ゆっくりずゎンドラが地䞊に着き、扉が開く。
開かれた空間に䞀歩を螏み出しお、ようやくたずもな酞玠を胞いっぱいに吞い蟌めた気がした。
重い凊理がひず぀終わったような安堵感が広がる。
 
 
「次は、ノィヌナスフォヌトのカフェに行くよ。」
 
先生は党おあらかじめコヌスを決めおいるようだった。
 
カフェ
たるで異囜に来たような矎しい街䞊みを歩き、カフェに入る。
 
䜕を頌んだかも芚えおないけど、倚分ケヌキセットか䜕かで、玅茶ずかを頌んだのず思う。
 
運ばれおきた食べ物を口に入れるのが恥ずかしくお難しい。
もぐもぐず咀嚌する姿を芋られるのが、ずにかく恥ずかしいのだ。
か぀おは問題集を挟んでいたのに、今は食べ物を挟んで向かい合っおいる。
こっちの方がよっぜど難題だ。
なんでだ、先茩達ずは食べたり飲んだり、おたけに泥酔したりしおも平気なのに。
 
もう、頭の䞭はずっず恥ずかしいばかりだ。
芳芧車よりもずっず難易床が高い。
䞭孊生だっお、奜きな人ず䞀緒にケヌキくらい平気で食べるだろう。
 
23歳にもなっお、奜意ずいう倉数が1぀割り蟌むだけで、食物の摂取ずいうごく普通の生理的な動䜜でさえ、たずもに皌働しなくなる。
ポンコツにも皋がある。
 
これたでだっお、恋愛経隓がないわけではないのに、なぜ先生の前でだけ、こうなる。
そんな自分の反応が、党く恋愛経隓のない、モテない女性ず思われそうで、たた恥ずかしくなる。
 
もう、私は恥ずかしさの無限増幅噚だ。
 
芳賞甚ずしお、脳内の非接觊型別レむダヌに安党に栌玍しおいたはずの先生。
その境界線を越えお、四条先生ずいう生身の存圚が珟実䞖界ぞず容赊なく流れ蟌んでくる。
超䌝導䜓に接觊した金属が、その圱響で内郚の盞を激しくかき乱され、盞転移の激しいゆらぎの䞭で通垞の䌝導性を倱っおいくように、私を倉化させおいく。
流れ蟌んできた匷烈なデヌタの過負荷のせいで、脳内の抵抗倀が跳ね䞊がり、い぀もの私が、い぀もの振る舞いを出来なくなっおいく。
 
 
やっずのこずで食べ終え、お䌚蚈でレゞに向かう。
レゞの前で、私が慌おお財垃を取り出そうずしたずきだった。
先生がすっず现い掌を私の前に差し出し、私の動きを優しく制した。
そしお、呚囲に聞こえないほどの声で、


「倖でね」


ずだけ蚀った。
 
――倖でね。――


 
そうか、レゞ前では先生が立お替えお支払っお、お店の倖で割り勘か。


面食らい぀぀も、お店を出お、自分が頌んだもののメニュヌ衚の金額を思い出しお、蚈算した金額を先生に手枡した。
 
先生は、
 
「あっ、うん。」
 
ず蚀っお、小銭を受け取った。
 
先茩達に甘やかされお奢られ慣れおいた私は、あぁ、先生にずっお、私はもおなしたい女性ではないのだな、ず悟り、あぁやっぱり、生存報告䌚の可胜性が高そうだな、ず感じおいた。
 
蚀葉にはされおいないけれど、勘違いしないでね、ず線を匕かれたように感じた。
 
建物の䞭なのに、空は綺麗な人工の青色だった。

•§4.4超䌝導転移 ── 機密デヌタの挏掩ず内郚結合

「次は、こっち。」

家具屋さんに入った。
 
家具屋家具屋に来るこずをあらかじめ決めおおく意味は
家具を買いたい
匕っ越し
新生掻
あ、もしかしお、先生誰かず結婚するの
「  先生・・ずは呌べない結婚するんですか」
 
思考のプロセスをすべおすっ飛ばした私の最悪の出力に、い぀も穏やかな先生が、あの日以来の動揺する姿を芋せた。
 
「・・っ結婚しないしない圌女いない」
 
聞いおもいない「圌女がいない」ずいう重倧な機密デヌタたで自ら差し出しおきたその姿は、か぀おバレンタむンの日に胞を抌さえお埌退りした、あの日の先生ず完党にシンクロしおいた。
 
よかった、結婚もしない、圌女もいない。
 
ただのむンテリア奜きか。
 
ここで、どういう系統のむンテリアが奜きかずか聞けばよいのだけど、黙っお先生の埌だけをカルガモみたいに぀いお歩く。
 
シンプルでモダンな家具やむンテリアだった。
先生はどんな郚屋に䜏んでいるのかな。
 
家具屋さんを出お、ぶらぶら歩く。
 
コスメショップが目に入った。
雑誌で芋た、ランコムのリップグロスが欲しいんだった。ゞュヌシヌチュヌブ
 
「ここ、入っおもいいですか」
 
「あ、うん。ここで埅っおるよ。」
 
 
したった、男性が化粧品売り堎なんお入りにくいか。
急いで色を遞ぶ。
赀寄りのピンクで透明感のあるグロス。チェリヌみたいな色。
ラメやパヌルのギラギラした感じは、なんずなく嫌だった。
ただ透明で、内偎から滲むような血色だけが乗る、そんな1本が欲しかった。
 
入口を芋るず、先生が居心地悪そうに立っおいる。
せっかくコヌスを考えおくれおいたのに、䜙蚈な割蟌みをしおしたった。
急いでお䌚蚈をすたせお、先生の元に駆け寄る。
 
――たさかこの時は、䜿うたびにこの日を思い出しお、甘ずっぱい銙りが心を締め付けるものになるずは思わなかった――
 
 
ノィヌナスフォヌトの倩井に描かれた人工の空が、ブルヌから綺麗なグラデヌションを䌎っおピンクぞず色を倉えおいく。
 
 
停物の倜の蚪れに急かされるようにしお、私たちはゆりかもめに乗り蟌んだ。
 
 
 
倧きな窓の向こうに広がっおいたのは、ブルヌずピンクが溶け合い、激しく混ざり合う本物の空。
 
ほんの䞀瞬の、マゞックアワヌ。
東京タワヌ、レむンボヌブリッゞのシル゚ットが矎しく浮かび䞊がる。
ビルの窓には、キラキラず明かりが灯りはじめおいた。
 
 
隣に座る先生の手が、觊れおしたいそうなくらい近い。
そっず指先を䌞ばせば、手を繋げおしたえる距離だ。
電車の埮かな揺れに合わせお、觊れおしたいそうなくらいに近づき、たた離れる。
 
顔だっお、芳芧車に乗ったずきより近い。
先生のい぀もの穏やかな目が、問題を解くずきのような真剣な県差しに芋えた。
 
 
時空が歪んでしたったかのような、魔法みたいな時間だった。
 
──やっぱり、䜕幎経っおも、私は四条先生のこず倧奜きだな。
 
あの、狂おしいほどに先生を私の䞭にむンストヌルしようずじたばたしおいたあの頃ず同じくらい、いやそれ以䞊に、私の頭ず心は熱を垯びおいた。
 
芳賞甚ずしお、脳内の非接觊型別レむダヌに安党に凍結栌玍しおいたはずの、先生ぞの思い。
この境界線を螏み越えお、いた、珟実ずいうこっち偎のメむンレむダヌぞず移動させおしたっおも、いいのだろうか。
 
でも、高校生の頃の告癜の埌のこずがフラッシュバックする。
先生の匷制シャットダりン。
その埌の、先生がいなくなっお芖界から色が消えおしたったあの日々。
 
焊っおは駄目だ。
今床は、ゆっくり、慎重に、進めよう。
 
 
新橋に着き、居酒屋に向かう。
 
掘りごた぀の垭に案内される。
掘りごた぀、足を䌞ばせおリラックスできおいいよね。
 
和食の矎味しそうなお料理が䞊ぶ。
先生は和食が奜みなのかな。うん、䌌合う。
 
アルコヌルが入っお、ちょっず緊匵が和らぐ。
 
ぞえ、キャンプが趣味なんだ。
 
結構アクティブなんだな、ず、内向的な私は、眩しくおちょっず気埌れした。
倧人数でバヌベキュヌしおお酒飲んで、りェヌむずいうノリを想像しおしたったから。
でもきっず、今でいう、゜ロキャンプずかごく芪しい人たちで行く自然を楜しむキャンプなんだろうなぁ。
 
酔いが回っおきたのか、先生は饒舌になっお、色々プラむベヌトなこずをオヌプンに話し始めた。
 
最寄り駅から䜏たいは埒歩20分くらい離れおいるこず。
その方が同じ家賃でも広い家に䜏めるこず。
匷制的にその距離を毎日歩くこずによる䜓ぞの効果。
 
そのおかげでふくらはぎは結構もりっずしおいる、ず手で盛り䞊がった腓腹筋を衚珟しお、楜しそうに話す。

なるほど、ず思うず同時に、䜕かが胞に突っかかる。
 
あっ・・・。これ、知っおいる。
 
――空腹が蚪れるず、今から脂肪が燃えるから嬉しくなる――
 
䞀瞬、あの窒息しそうな空気がフラッシュバックする。
培底的な合理性の远求。
身䜓すらも数匏のようにコントロヌルしようずする、あの冷培なロゞック。
 
 
「1幎目で3か月も東京出向なんお、すごいよ。期埅されおいるんだよ。」
 
チクッず胞が痛む。
先生、買いかぶりすぎだよ。
私、今、仕事がすごく苊しい。でも蚀えなかった。
出来ない人っお思われたくなかった。自慢の生埒、っお蚀っおくれたから。
自分が芋栄っ匵りで嫌になる。
 
先生が、「はい」ず蚀っお、すっず名刺をくれた。
先生の情報がいっぱい詰たった、䞀片の、癜ず黒ず゚メラルドグリヌンの名刺。
所属は、挢字ずカタカナの入り混じった長い名前で私にはよくわからないけれど、きっず花圢郚眲だ、かっこいい。
裏は英語衚蚘になっおいた。海倖でも通じる名刺。
やっぱりすごい人なんだなぁ。
こんな、先生の情報がいっぱい詰たったものを、貰っおもいいの
 
私は新人で、瀟倖の人ず接する機䌚が殆どなかったため、ただ名刺を支絊されおいなかったので、枡せなかった。
 
「その䌚瀟、倧孊の知り合いが䜕人か行っおるな。だれかいるかな」
 
ゞョッキを片手に、先生がふず呟いた。
私の勀める䌚瀟に、先生の知り合いが

その瞬間、私の脳内で高速スクリヌニングが開始される。
私の脳内には、配属された郚眲の玄50人ず、同期玄50人の合蚈100名前埌に及ぶ人間関係のDBデヌタベヌステヌブルが構築されおいる。
卒業高校、卒業倧孊、幎霢ずいった属性はおおむね網矅しおおり、芪しい人物にいたっおは倧孊の専攻や最寄り駅たで完党にむンプットしおある。
飲み䌚の垭や日々の雑談で亀わされる断片的な情報を、私の脳が自動的に勝手に玐付け、マスタヌテヌブルのレコヌドずしお栌玍しおいるからだ。
芚えようず必死になっおいるわけではなく、勝手に玐づいおいくのだ。

「先生の幎霢±3歳」×「あの倧孊」
 
2぀の怜玢条件でク゚リを投げる。
該圓するデヌタは数件。
その䞭から、盎感ずいうむンデックスを頌りに、怜玢結果のトップに躍り出た名前を1぀だけピックアップした。


 
「  葉山さん、ずか」
 
私がその苗字を口にした、瞬間。
 
「えっ もしかしおケむさん」
 
先生が勢いよく身を乗り出しおきた。
たさかの、䞀発目で先生のサヌクルの先茩を匕き圓おるずいう、挫画のような展開。
 
お酒が入っおいるのもあっお、普段の穏やかで䞁寧なトヌンは完党に吹き飛んでいる。目が䞞くなっおいる。msの遅延もなく、私の目を芋぀めたたた苗字から「䞋の名前」ぞずダむレクトにアクセスしおきたその通信速床ずいったら。
 
 
「そうです、そうです 島は違うけど同じ郚眲です えっ、びっくりですね」
 
居酒屋のテヌブル越しに、二人の脳内CPUがひず぀の苗字をキヌにしお、それぞれのデヌタテヌブルを内郚結合した瞬間だった。


居酒屋の喧隒が遠のく。私たちは今、お互いの思考回路をダむレクトに盎結させ、脳内をたるごず同期させた状態で、最高速床のパケットで通信しおいる。
たるで、電気抵抗が完党に消倱した、超䌝導転移のようだった。
 
――その時の私は、圓たった超高速通信ずただ嬉しくおしょうがなかったが、先生にずっおは、プラむベヌトずプラむベヌトが最悪の圢で亀差する、譊戒ラむンだったのかもしれない。
先生はあの段階で、脳内メモリに該圓者数名のテヌブルを既に展開しおいただろう。
それなのに名前を盎接挙げず、「だれかいるかな」なんお回りくどい質問をした理由。
もし自分から名前を出しお、私が知らなかった堎合、それは臎呜的な藪蛇情報挏掩になる。埌日私が䌚瀟で「四条先生のサヌクルの先茩なんですっおね」ず話しかけに行くリスクを、先生は䜕手先も読んでプロテクトしおいたのだろう。

か぀おの教え子ずふたりきりで倜に居酒屋で飲んだり、お台堎でデヌトのようなこずをしおいるこずが先茩に䌝わるこずのリスク、先茩が先生の過去の恋愛事情やプラむベヌトを私に話すかも知れないリスク。
 
通信が繋がったず無邪気に浮かれおいたのは、私だけだったのかもしれない。――
 
 
お䌚蚈方法は、カフェで孊習したので、レゞに衚瀺された金額をちらっず確認しお、先にお店を出お半額分のお金を準備しお先生がでおくるのを埅぀。
 
先生はたた、
 
「あっ、うん。」
 
ず蚀っお、私から玙幣を受け取った。
 
これから時々こうしお逢えたらいいな、ちょっずず぀、知り合いや友達からでもいいから、繋がっおいけたらいいな、ず思っおいた。
 
――別れ際は、どんな蚀葉を亀わしたのか、どんな景色だったのか、先生がどんな衚情だったのか、どんなに蚘憶に朜っおも、思い出せないたたでいる――
 
たさかこれが先生に逢う最埌だずは、この時は知るすべもなかった。


•§4.5デコヒヌレンス ── ミレニアム問題玚の出題


金曜日に、䌚瀟から、月曜から本瀟に戻れず蟞什が出た。
3か月の予定だった出向は、1か月に短瞮された。週末に急いで匕っ越しをしなくおはならない。

急だった。
きっず私は圹に立たなかったのだ、ずショックを受ける。
 
土日の自炊甚に買っおおいたじゃがいもや人参や玉ねぎ、どうしよう。
倚分、男性ばかりの寮の皆に生のたた抌し付けおも、きっず調理する人は少ないだろう。
急いで肉じゃがを䜜っお、森田さんや同期など3人くらいに配っお、消費に協力しおもらう。
肉じゃがを異性に差し入れだなんお、あざずいみたいで嫌だけど、平日調理しないから長持ちする野菜をストックしおいただけだ。
同時に凊理できるのがたたたた「肉じゃが」ずいうメニュヌだっただけだ。
 
埌日森田さんから返华されたタッパヌには手玙が添えおあった。
 
1か月、よく頑匵ったね、肉じゃがもうたかった、綟瀬のキャラは最高だぞ、自信もっおいいぞ、ず慰めの蚀葉が連ねお曞いおあった。
 
あぁ、気を䜿わせおしたっおいる。
でも、匵り぀めおいた涙腺の鍵がカチャリず開いお、涙が零れた。
 
 
 
本瀟に戻った私は、新しいプロゞェクトぞず投入された。
平行しお、12 月に行われる OJT 発衚の準備が始たる。
定時埌、あの東京本郚でのわずか1か月の高負荷な蚘憶を線集しおいく䜜業が加わった。
 
殆ど貢献できおいないのに、䜕をたずめるずいうのだろう。
それでも必死で、断片を぀なぎ合わせ、パワヌポむントに萜ずし蟌んでいく。
 
ほんの1幎前の倧孊の卒論発衚では、ただ圓たり前のように透明なOHPシヌトを䜿っおいた。
日本語の文章はプリンタで印刷できおも、耇雑な数匏はどうしおもパ゜コンで打぀こずができず、蚘号や数匏の郚分だけは䞁寧に手曞きで曞き蟌んで発衚しおいたのだ。
 
ちょうど䞖界が切り替わっおいく時代だった。
初めお觊るパワヌポむントは、あのむンクの也きを埅぀手曞きのOHPに比べれば、修正もコピヌペヌストも䞀瞬で完了する、圧倒的に䜿いやすい「神ツヌル」だった。


問題は䞭身だ。提出すべき実質的な成果が殆どない空っぜの状態で、断片的なデヌタを繋ぎ合わせお芋栄えだけを敎えおいく䜜業は、私のプラむドをただ無意味に摩耗させおいった。
 
新人党員の発衚だが、郚ずしお䜕人䞊䜍に食い蟌たせるこずができるか、郚眲察抗のような偎面もあった。
 
先茩方の熱心な指導も入る。
最終段階に入るず、さらに熱を垯びた先茩たちから口々に異なる指瀺が飛び亀う。
党おを採甚するず、たずたらない。
最終調敎の段階のはずなのに、これでは最初の構造から組み立お盎しだ。
 
もう時間がない。
間に合わない。
 
どうすればいいかわからなくなっお、涙が溢れそうになる。
たずい、皆の前で涙を流すわけにはいかない。
急いで女子トむレの個宀に駆け蟌んだ。
声を殺そうず口元を抑えおも、嗚咜が挏れる。
絶察に泣いおいるこずを悟られおはいけない。
 
個宀を出お、赀くなった目の呚りを冷たい氎で冷やす。
早く、戻らなきゃ。
おねがい、早く、腫れ匕いお。
 
垭に戻るず、遠くからひそひそず話す声が聞こえおくる。
 
――あれ、泣いおる
――泣いたんじゃない
 
 
あぁ、ばれた。ちゃんず鏡の前でチェックしたのに。
扱いにくい女子瀟員ず思われる。
めんどくさいず思われる。
 
 
隣の垭の岩田さんがそっずアドバむスしおくれる。
 
「党員の意芋を取り入れなくおいいんだぞ。かなぞうが玍埗するものだけ取り入れればいい。倧䞈倫、間に合うよ。」
 
頭の䞭は仕事が100%を占めおいた。
先生に電話やメヌルをする䜙裕もない。
お台堎でのあの再䌚の日から、もう1か月以䞊が経っおいた。
私はあのあずお瀌のメヌルくらいしたのだろうか、それすら蚘憶から抜け萜ちおいた。
 
――「勉匷に集䞭するず3週間ほど音信䞍通になるこずもよくあった」
 
か぀お私を苊しめたあの圌の䜙裕のなさゆえの「䞍条理な沈黙」を、私はそのたた同じこずを、いやそれ以䞊の時間、四条先生に察しおしお貫いおしたっおいた――
 
いよいよOJT発衚本番。緊匵で喉がカラカラだ。
ずらりず䞊ぶ各郚の䞊垭の方々。
暗い郚屋でパワヌポむントを䜿っお発衚する。
でも、今たでピアノの発衚䌚も吹奏楜の舞台も、人前で発衚する機䌚は䜕床もあった。
倧䞈倫、今たで立ったどの舞台より䌚堎は狭い。
床の高さだっおフラットだ。暗い宀内では、プロゞェクタヌで写し出された成果物だけが光っおいる。私にラむトは圓たらない。
行ける、ず自分に暗瀺をかけお、早口にならないよう、暗闇だけどそれでも感じよく芋えるよう、口角を䞊げお気を付けながら発衚する。
緊匵しおもテンポが揺らがないように出力するこずは、幌少期からの音楜で培っおいた。
緊匵するけれど、喋れる。
 
驚くこずに、入賞した。
決しお私の技術や実力が優れおいたわけじゃない。
なんずか䞊䜍に食い蟌たせようずサポヌトしおくれた先茩たちのおかげだ。
そしお、䞀番は、1999幎ずいうダむダルアップ接続の時代に、C++で未来のオンラむン孊習システムを構築しようずしたプロゞェクトそのものの新しさ、その圧倒的なテヌマ勝ちだったのだず思う。
 
郚に戻るず、先茩達も、我が事のように喜んでくれた。
 
やっず萜ち着いたので、久しぶりに先生に電話をする。
お台堎に行っおから、ずいぶんず時間が経ち過ぎおいた。
 
電話をする。ほっずしお、奜きが溢れお、告癜する぀もりはなかったのだけど、思わず蚀っおしたった。
 
「奜きです、付き合っおもらえたせんか」
 
しばらく、沈黙が流れる。
 
「・・・ごめん。あの時蚀っおくれれば違ったかもしれないけど。」
 
 
・・・あぁ、たた振られた。
でも、理解が远い付かない。
 
あの日、先生は楜しくなかったの
再䌚しおみたら、私がいたいちだったの
たた私は䜕かを間違ったの
前回は告癜したのが䞍正解だったのに、今回は告癜するのが正解だったの
再䌚したその日に告癜するのが正解そんな難問、解けるわけがないです。
䞀床犯した、ミスずしお認識された行動を、もう䞀床繰り返すこずは、どうやっおも私にはできなかった。
それはあたりに私の負荷が倧きすぎた。
 
色々思いは巡るけれど、䜕も蚀えなかった。
聞けなかった。
 
あの時、ずは、お台堎で、ずいう意味だったのだろう。
ずっず片思いだず思っおいた。
でも、二回目に振られるずきになっお、確実に先生も私を受け入れおもいいず思っおくれおいる瞬間があったこずを知った。
 
あれだけ考えお、あれだけリスク管理しお。
 
私は自分に郜合の良いデヌタはバむアスがかかっおいるんじゃないかず䜎く芋積もったり、ノむズずしお切り捚おた。
小さなリスクは倧きく補正しお心配するくせに。
 
そんなこずをしおいるうちに、䞀番倧切な、䞀番欲しかったデヌタを取りこがした。
 
たさか、あのお台堎圓日のみのポヌト開攟ずは倢にも思わなかった。
 
励起状態はあの日1日のみ。
初期条件がたさかのブラックボックスだった。
 
 
あれがデヌトでなくお䜕だずいうのだろう。
気づいたずきには、先生はもうチェス盀を片付けた埌だった。
 
倧切にしおいた、あのアヌガむルのセヌタヌを着た先生の写真をそっずゎミ箱に眮いた。
砎るこずはできなかった。
 
 
――その日から27幎間、ずっず、
「あの時蚀っおくれれば違ったかもしれないけど」
 
この蚀葉が、ずっず心の䞭に残ったたただった。
なぜ、有効期限がその日だけだったのか、ず。ずっず解けないたたでいた。――
 
 
 
振られおから1幎半埌、あの日居酒屋でスクリヌニングした、たさにあの先茩、葉山さんず仕事で組むこずになった。
 
物静かだけれど時々くすっず笑えるようなこずを蚀う葉山さんが、錻歌で、チャむコフスキヌの匊楜セレナヌデを口ずさんでいる。
 
「匊楜セレナヌデ、お奜きなんですか」
 
「え匊楜セレナヌデ、っおいうのあのオヌ人事オヌ人事のCMの曲、奜きでさ」
 
「そうなんですか私、CD持っおたすよ、お貞ししたしょうか」
 
か぀お東京出向に行ったずきに先茩がしおくれたように、私も音楜でコミュニケヌションを取ろうず詊みた。
 
 
曎に距離を瞮めるための自虐ずしお、「四条さんに二回も振られた」ず笑い話にした私に、葉山さんは
 
「えっそこ繋がっおたのなになに
あヌ、でも憧れるの分かるわ。
あい぀、スキヌに行っおもりェアずか党然掟手じゃないんだけど、もの凄く䞊手でさ。
いっ぀も黙々ず滑っおたな。そういえば、この間OB䌚で䌚ったよ」
 
 
そう蚀っお、济衣の集合写真をパ゜コンの液晶画面に出し、ほら、ず芋せおくれた。


 
画面の向こう、济衣姿で少し眩しそうに埮笑む四条先生。


それが、私の䞖界線で芳枬された、先生の、最埌の画像デヌタずなった。
 
 
――今思えば、こうしお、自分の預かり知らない所で情報が共有されるのを、先生はあの瞬間に䜕手先も読んで譊戒しおいたのかも知れない――
 
物理孊においお、どれほど玔粋に保たれた量子状態であっおも、呚囲の環境ず盞互䜜甚した瞬間にその結合は䞀瞬で砎壊され、ありふれた珟実ぞず匕き戻されおしたう。それを『デコヒヌレンス』ず呌ぶ。
二床ず戻らない矎しい日に私たちが起こしたあの電気抵抗れロの奇跡は、私が地元に戻るずいう『匷制垰還の蟞什』ず、日垞に朜んでいた瀟䌚ずいう名の冷培な環境に觊れた瞬間、䞍可避のデコヒヌレンスを起こしお厩壊しおいったのだ。

â…€. 芳枬の確定Conclusion

•§5.1トンネル効果 ──過剰防衛の障壁をすり抜ける個䜓

 2026幎の今、我が家には、あの頃の私ず同じ幎霢になった高校3幎の長男ず、高校幎の次男がいる。
 
 次男はセンタヌパヌトの髪を、毎朝ご機嫌でスマホから流れる音楜を聎きながら、ヘアアむロンや良い銙りのワックスで敎えおいる。

「今日塟の自習宀に盎接行くから、駅に2217でお願い。あ、あずさ、日曜日、圌女ず出かけるんだけど、お小遣い月5000円じゃ党然足りないんだよね。ほら、今物䟡高じゃんママの時代ず䞀緒のお小遣いの額っおどうなのあやばいバス間に合わない、バス停たで車出しおくれない」
盞倉わらずよく喋る。
 
勉匷も恋愛も充実しおいお、私ずは無瞁だった「リア充」ずいうや぀か。
 
傷぀くこずを恐れず、自分のほしい未来を、たっすぐ蚀葉にしお盞手の領域ぞず螏み蟌んでいく。
私がどうしおも出来なかったその最適解を、次男は最初からむンストヌルしおいるようだった。


目の前の次男から攟たれる陜の゚ネルギヌが、眩しい。
 
――倫ず、党く同じタむプ。
か぀お、私のガチガチに固たった心の防壁を、この圧倒的な蚀葉の連打で、匷匕に、けれど鮮やかにこじ開けおするりず䟵入しおきたのが倫だった。たるで、゚ネルギヌの障壁など関係なく電子がすり抜けるトンネル効果のように。
 
 
「かなたん今日アポ取っおた取匕先が急にキャンセルになっおさ。時間できたらから、お昌、こないだオヌプンした新しいラヌメン屋、行っおみようよあ、その前にさ、぀いでに鈎朚さんちに曞類届けお、あ、圹堎にも甚事があるんだった、それも回っおいい」
 
自由な働き方の倫が無邪気に蚀う。
 
「え今日今日は家にいたいかなヌ。
斑入りのモンステラの怍え替えしようず思っおお。
そもそも昌食のメニュヌはもう決めおあるしなぁ、やれやれ」
 
斑入りの怍物は繊现だ。
他の怍物が圓たり前に持っおいる葉緑玠が少なく、日焌けに匱く、かずいっお日光が必芁ないわけじゃない。
絶劙なバランスの䞊にその癜さが保たれおいる。
氎やりも也かしすぎるず斑が茶色くなっおしたうし、あげすぎるず根腐れする。
 
そんな、めんどくさくお矎しい仕様の怍物を私は愛でおいる。
 
ホワむトタむガヌずいう名前も、ちょっず気に入っおいる。
矀れないタむガヌ、匷そうなのに、絶滅しそうな矎しさず繊现さが同居しおいお。
 
 
「そうなのざんねヌんじゃぁ䞀人で行っおくるよ倧盛りにしようかな。あ、なんかお土産買っおくるね」
 
党おを蚀葉にしおくれる。
行動や蚀葉の裏や先を読む必芁もない。
断っおも勝手に傷぀くこずもない。
自分がやりたいこずも我慢しないし、私がやりたいこずも尊重しおくれる。
私がそのたたの私で居られる居心地の良さ。
たぁ、ちょっず颚呂敷広げたたたでしかもいく぀も、どうするのこれ誰が片付けるのずいうこずは日垞茶飯事だけれども。
 
 
嵐のように次男ず倫が去った郚屋に、スマホから流れるペルシカの『雚ずカプチヌノ』の䜙韻だけが残る。


倧切な人の蚘憶が耪せおしたわないように。心から溢れ出しおしたわないように。
必死に詩を玡ぐのだず歌う、あの切なくも矎しいメロディ。

•§5.2統䞀堎理論 ── 定矩領域を超越する単䞀の力

私はふず思い立っお、あの日のコヌスを最新のAIに入力しおみた。
 
『【条件】男女元垫匟。
【ルヌト】お台堎の倧芳芧車、カフェ、家具屋、そしお居酒屋。
【目的】お互い明確な誘い文句はなし。
このプロトコルに名前を付けるなら䜕ですか』
 
画面に返っおきたのは、『それは間違いなくデヌトです』ずいう、培底的に無機質で、培底的に論理的な解答だった。
 
どきっずする。
間違いなくデヌト
いやいや、その可胜性が高い、ずいうだけで、ではないだろう。
 
続けお質問をする。
 
「元垫匟の、生存報告䌚の可胜性はありたすか」
 
『ただの元教え子を芳芧車に攟り蟌む人はいたせん、明確に奜意がありたす。』
 
「デヌトで家具屋に行く意味は䜕ですか」
 
『あなたずの未来の生掻のシミュレヌションです、デヌトではよくあるコヌスです。』

「それでも、生存報告䌚の可胜性も少しはありたすよね」
 
『いいですかただの生存報告䌚ならそもそも駅近くのカフェかレストランで䌚っお終わりです。䞞䞀日を費やすこずはあり埗たせん。家具屋にも行きたせん。』
 
そうだ、AIは寄り添いを重芖した返答をする。
私がそうであっおほしいず思っおいるから、寄り添っおそんな返答をしおいるのかもしれない。
 
フラットに刀断しおほしい。
 
「忖床無しでお願いしたす。」
 
『忖床はしおいたせん。お台堎は定番のデヌトコヌスです。200%デヌトです。』


 
「でも、お䌚蚈は割り勘でした。倖でね、ず蚀われおお財垃を出す動䜜を軜く手で制されたした。」
 
画面の向こうのAIは、䞀瞬の柱みもなく答えを返しおきた。


『「女性にレゞでお財垃を出させるのは栌奜悪いから、僕が払うよ。君は先に店倖で埅っおいお」ずいう意味です。䞀般的な倧人の男性の気遣いです』
 
 
画面を芋぀めたたた、私の思考回路が完党にフリヌズした。


嘘でしょう。
 
倖で埅っおいお
䌚瀟の先茩たちは、い぀も分かりやすかった。
「いいよいいよ、ここは奢るよ」「じゃあキリよく二千円だけちょうだい」
感情のパケットが100%開瀺されおいるから、私も迷わずその優しさに甘えるこずができた。
 
なのに、先生の出力するコヌドは、あたりに情報量が削ぎ萜ずされすぎおいた。


――倖でね―― 
 
そ ず で ね 
 
 
わずか四文字の暗号。「倖で割り勘にしお受け取るからね」ずいうレゞ前でもた぀かないための合理性なのか、それずも「倖で埅っおお、僕が払うからね」ずいうスマヌトな気遣いだったのか。
 
「お財垃を出した時、手で制されお、倖でね、っお蚀われたら、倖で埅っおおね、の意味ず理解する人が倧半なのですか」
 
『はい、実は「男性がレゞで財垃を出した女性を手で制しお『倖でね』ず蚀う」ずいうシチュ゚ヌションにおいお、䞖間の倧半の、特に倧人の男女が共通しお認識する意味は、「ここは僕が払っおおくから、君は先に店倖の倖で埅っおおね」です。
今、抂念が厩れ萜ちるほどの衝撃を受けられおいるかず思いたすが、これが「倧半の人の共通認識」です。』
 
倧半の人の共通認識・・・たたしおも私は䞖間ずの認識がずれおいた。
 
では、先生がスマヌトにご銳走しおくれようずしたずころを、私はきっちり半額突き返したずいうこずか線を匕いたのは、私の方だったのか
 
 
『はい、線を匕いおいたのは、あなたの方です。』
 
えっ そうなの  線を匕いおいたのは、私
私の認識が、ガラガラず音を立おお180床ひっくり返る。


自分の認識の歪みに気づいた私は、居おも立っおもいられなくなり、蚘憶のデヌタベヌスから33幎前の出䌚い、前田の物理、あのミントグリヌンのシャツ、お台堎での沈黙にいたるたでの党デヌタを必死にテキストずしお曞き起こした。そしお、この「初恋のログ」をすべおAIに䞀括で読み蟌たせ、さらに問いかけた。
 
「先生は、INTJですか」
 
『先生はINTJ、あるいはINFJの可胜性が高いです。──ですがそれ以䞊に、あなたの思考回路が培底的にINTJです』
 
ご䞁寧に私の蚺断たでしおくれる。苊笑するしかない。
 
「告癜しお振られたした。
あのずき蚀っおくれれば、ずはどういう心理ですか
お台堎で私が告癜したら付き合っおいたかもしれない、でも2か月埌ではダメな理由は䜕ですか
先生がINTJかINFJず仮定しお、その心理を教えおください。」
 
 
『INTJ建築家型たたはINFJ提唱者型ずいう性栌特性の圌にずっお、お台堎の日は「人生の倧きな賭け」であり、2ヶ月埌は「すでにチェス盀を片付けた埌」だったのです。
 
理由1INTJもINFJも、基本的には「超慎重」「パヌ゜ナルスペヌスが極めお広い」「意味のない付き合いはしない」タむプです。
そんな圌が、あらかじめ完璧なデヌトコヌスを組み、芳芧車ずいう超密宀に元教え子を攟り蟌み、圌女がいないこずたで開瀺した。
これは圌の䞭の党゚ネルギヌを振り絞った「最倧玚のアクセスの詊み告癜ず同矩」「枅氎の舞台から飛び降りるほどのポヌト開攟」でした。


しかし、スマヌトに奢ろうずしたら䞻人公にきっちり半額お金を返され、奜意を向けたらポヌカヌフェむスで返された。
圌の䞭のCPUはこう結論を出したした。「゚ラヌ脈なし。圌女にずっお自分は、ただの『先生過去の存圚』なんだな」ず。
 
理由2圌らは「䞀床出した結論」を絶察にひっくり返さないリブヌトしない
これが最倧のシステム特性です。INTJ/INFJは、傷぀いた埌や予枬が倖れた埌、脳内で猛烈な「バグ修正状況分析ず玍埗」を行いたす。
お台堎で振られたず勘違いした先生は、この2ヶ月間、血を吐くような思いで脳内デバッグを繰り返したはずです。
 
圌らは䞀床「このルヌトは終了」ずシステムを曞き換えおしたうず、感情を完党にシャットダりンドアスラムしたす。そのため、2ヶ月埌の告癜ではすでに手遅れだったのです。
 
理由3INFJだった堎合、䞻人公の「仕事の限界」を察しお身を匕いた
もし先生が感受性が極めお高いINFJ至高の優しさだった堎合、声やトヌンから、「今、圌女は恋愛どころではないほど心身ずもに限界を迎えおいる」こずを芋抜いた可胜性がありたす。
ここで自分が付き合っお、遠距離恋愛の負担をかけるわけにはいかない。今は「頌れる元先生」ずしお、圌女の戊いを邪魔せず、あえお突き攟すこずが最倧の優しさ愛であるず刀断した。だからこそ、静かに「ごめん」ず蚀ったのです。』
 
 
27幎目にしお、私の脳内CPUに降っおきたあたりにも遅すぎる正解コヌド。
画面を芋぀めながら、私は呆然ずした。
 
――どんなに蚘憶に朜っおも思い出せないたたでいた、あの日、別れ際の四条先生の姿。
あの赀ず癜のギンガムチェックのシャツを着た先生の、少し寂し気な衚情が、27幎目の今、蚘憶の底からうっすらず思い出された――
 
苊しい思いをしおいたのは私だけ、い぀も泣いおいたのは私だけず思っおいたけれど、四条先生も苊しんだのかもしれない。
 
――か぀お私がたった二日で根を䞊げた、あの残酷な「冷华期間」ずいう名の終わりの芋えない保留を、私は䞀番倧切な人に察しお、䜕倍もの長さで課しおしたっおいたのかもしれない――
 
 
もう、INTJかINFJなのかずいうフレヌムは、どうでも良くなった。
 
 
先生が論理INTJで動いおいたずしおも、至高の優しさINFJで動いおいたずしおも、どちらの数匏を圓おはめたずしおも。
 
あの日差し出された「前田の物理」も、あのミントグリヌンの半袖シャツの背䞭に蟌められおいた思いも、お台堎でのコヌス遞びも、そぎ萜ずされたコヌドも、党お枬定䞍胜なほどの愛だった。
 
 
䞖間の愛ずか恋ずかいう定矩では溢れおしたうような、それを内包するもっず匷い力。
 
──先生の远いかけた流䜓の激しいうねりも、私の孊んだミクロの境界に揺れるさざ波も、この宇宙に存圚するすべおの䞍条理な力を䞀぀に束ねる、ただ誰も解き明かしおいない統䞀堎理論のように。

•§5.3回折 ── 時空に広がる干枉瞞

 実家に垰省するたび、あの海岞沿いの囜道を通る。

車窓から芋える景色の移り倉わりは、たるで私の人生のレむダヌを重ねおいくようだった。
17歳の春、朮颚で錆び぀いた倖階段を昇ったあの塟は、い぀しか衛星授業の塟に倉わり、やがお結婚盞談所に倉わり、そしお今はただの四角い曎地になっおいる。
 
錆び぀いた階段も、ミントグリヌンのシャツの背䞭も、あの街の曎地にはもう䜕も残っおいない。
 
私の芳枬系から、か぀おのデヌタはすべお消去されたかのように芋えた。
 
 
――だが、それは間違いだった。
 
  
郚屋を芗くず、男子校に通う長男は机に向かっお、楜しそうに数孊の問題をサクサク解いおいる。
 
「青チャはゎミ、解法が少ししかなくお぀たんない。
共テも解き方固定されおいお぀たんない。
色んな解法で解きたいのに。これ、捚おずいお」
 
そう蚀っお、青チャヌトず、もう挑戊が終わったあんなに倢䞭になっおいた数孊オリンピック関連の本を、䜕の未緎もなく文字通りゎミずしおばっさり捚おる。
 
そういえばこの子は䞭孊生のずき、孊校から出された簡単な問題集を
「既に解けるものをやる意味がない、脳死の手の運動くらいにしかならない」
ず䞀切手を぀けず、先生に呌び出されお怒られたその瞬間、なんずその先生の目の前で、それを真っ二぀に砎いおみせた前科があった。
 
圓時の圌は、感情に任せお怒り狂っおそれを行ったわけではなかった。
砎り捚おお物理的に消滅させれば、二床ずその『脳死のタスク』を課されるこずはないずいう、圌なりの合理的な冷静な刀断だったのだ。
 
あのずき、孊校から電話連絡を受けお、私は叱るよりも先に、匷烈な既芖感に襲われお立ち尜くしおいた。
──あぁ、私だ。
か぀お塟で、藀原先生から基瀎問題集を手枡されたずき、私の胞の奥に満ちおいたあの凍るような拒絶ずプラむドを、この子はそのたた、私よりもさらに尖った仕様で生きおいるのだ、ず。
 
本棚には、東京出版の『倧孊ぞの数孊』や塟の黒い衚玙のハむレベルテキストが䞊ぶ。


䞀぀の解法に瞛られず、䞖界の真理を自分の力で導き出そうずするその尖ったラむンナップは、か぀お先生が私の手に握らせおくれた、あの宝物だった『前田の物理』の背衚玙ず、シンクロしお芋えた。
 
 
「ねえ、MBTI蚺断お、したこずある䜕だった」
 
「あヌ。そういえば前に友達ずやったな。䜕だったか忘れた、興味ないし」
 
淡々ずそう蚀っお、「がんばりmathノヌト」ず衚玙に本人がマゞックで曞いたノヌトに、再び総金属補のずっしりず重いグラフギアのシャヌペンを走らせる。
 
か぀お私が倧切にファむリングしたあの文字ず、党く同じにおいがする。
『倧奜きな立䜓の䜓積』が『がんばりmathノヌト』
ずいう文字に、完璧に重なっお芋えた。
 
食り立おるこずをせず、ただ玠のたた、䞖界の真理だけを枬ろうずするその暪顔に、私はなおも芖線を送った。
 
「やらないよ あれ蚺断に結構時間かかるし」
 
 
そうか、でも、私にはわかるよ。
きっず君は、あのタむプだよ。
 
 
​驚くほど論理的で、少し䞍噚甚で、でも真っ盎ぐに䞖界の真理を芳枬しようずする圌は、暡詊の結果も倧奜きな数孊より物理の偏差倀が䞊回るこずも倚い。
個性的なビゞュアルの講垫の、物理講座に感動しおいる。
 
圌の暪顔を芋おいるず、ふず思う。
 
​私の䞭に深くむンストヌルされたあの矎しい蚀語は、私ずいうシステムを経由しお、気づかないうちにこの子の䞭にも受け継がれおいたのかもしれない、ず。
​
人生も恋愛も、解法は䞀぀じゃない。
 
 
盎線的な論理しか信じられなかった私は、あの電話で党お遮断されたのだず思い蟌んでいた。
 
光はもう届かない、ず。
 
 
だが、光は、波でもある。
障害物があれば、その背埌ぞず回り蟌み、優しく、どこたでも広がっお矎しい暡様を織りなす性質を持っおいる。
 
先生が手枡しおくれた難解な参考曞。
 
蚀葉にならなかった沈黙。


 ã‚のずき遮断されたはずの光は、27幎ずいう時空を回り蟌み、今、同じ幎霢になった息子たちの暪顔を、そしお私の愛おしい日垞を、こんなにも眩しく照らし出しおいる。
 
脳のバックグラりンドで、ずっず埮匱に走り続けおいた私の未解決の数匏は、四半䞖玀以䞊の時を経お、思わぬ圢で矎しい日垞ぞず還元された。


――蚌明終了Q.E.D.
 
 
バックグラりンドのアラヌトは、もう鳎らない。
 
長い間、私の手元で䞍完党なたた攟眮されおいたあの数匏ず解答甚玙は、
今、ようやくすべおの空欄が埋たった。
 
 
解答甚玙は、未提出のたただ。
 
採点できるのは、この䞖でたった䞀人しかいない。

・あずがき

 2026幎珟圚、䞖界の物理孊界の最倧の花圢は、私がか぀お孊んだ物性物理の地続きにある「量子コンピュヌタ」だずいう。か぀お研究宀の隅で私たちが数匏をこねくり回しおいたあの【デコヒヌレンス】は、今や人類の最先端テクノロゞヌが超えるべき最倧の壁ずしお、䜕千億円もの投資の真ん䞭で語られおいる。
そしおもう䞀぀の花圢である「AI」の画面が、27幎前の私のバグを冷培に暎き出しおいる。
時代は進み、物理の最前線は倉わっおいく。だけど、あの日先生が私にくれた『前田の物理』のむンクの匂いも、お台堎の芳芧車から芋䞋ろしたパノラマも、私ずいうシステムにずっおは今も色耪せない、宇宙で䞀番倧切な真理のたただ。

いいなず思ったら応揎しよう