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人が変わる瞬間は、答えを知った時ではなく、見え方が変わった時なのかもしれない

    人は、正しいことを知っただけでは、すぐには変われないことがあります。

    分かっている。

    頭では理解している。

    でも、行動は変わらない。

    なぜなのだろう。

    以前、私は会話が噛み合わない時、

    「自分の伝え方が足りないのかもしれない」

    と思っていました。

    もっと分かりやすく話さなければいけない。

    もっと相手に伝わる言葉を選ばなければいけない。

    そう考えていました。

    でも、ある時気づきました。

    問題は、伝え方だけではないのかもしれない。

    そもそも、自分と相手では、見ているものが違うことがあるのではないか。

    同じ言葉を聞いても、

    思い浮かべているものが違う。

    大切だと思っていることが違う。

    判断するときの基準が違う。

    同じ言葉を使っていても、見ているものが違えば、会話は重なりません。

    そこで必要だったのは、

    もっと上手に伝えることだけではありませんでした。

    相手の中に、今話していることのイメージがあるのかを見る。

    もし違うものを見ているのなら、まずそこを確認する。

    同じものを見るところから始める。

    そのことに気づいた時、私の中で変わったものがありました。

    会話が噛み合わない原因を、

    「自分の伝え方の問題」

    だけで見ていたものが、

    「そもそも、自分と相手では、同じものを見ているとは限らないのではないか」

    と思えるようになったのです。

    起きている出来事は変わっていません。

    変わったのは、その出来事を見る位置でした。

    そして初めて、同じ出来事でも、見え方が変われば、選ぶ行動も変わるのだと感じました。

    人が変わる瞬間も、同じなのかもしれません。

    うまくいかなかった時。

    思うような結果にならなかった時。

    人は、その出来事だけを見ているわけではありません。

    その出来事を、自分の中でどのように受け取るかによって、その後に見えるものが変わります。

    「自分には向いていない」

    「自分には能力がない」

    そう思うこともできる。

    一方で、

    「何が足りなかったのだろう」

    「次に変えられることは何だろう」

    と見ることもできる。

    起きた出来事は同じです。

    変わったのは、その出来事に向ける視点です。

    そして、その視点が変わった時、人は今までとは違う問いを持てるようになります。

    だから、人が変わるために必要なのは、

    正しい答えを渡されることだけではないのかもしれません。

    誰かから、

    「大丈夫」

    「あなたが悪いわけではない」

    と言われても、それだけで見方が変わるとは限らない。

    その言葉が、自分の中で新しい可能性として見えた時。

    「もしかしたら、違う見方もあるのかもしれない」

    と思えた時。

    人は初めて、自分で考え、自分で選ぶ場所に戻っていきます。

    人が変わるとは、別の人になることではない。

    今まで一つしかないと思っていた見方に、別の可能性があると気づくことなのかもしれません。

    答えを与えられたから変わるのではなく、
    自分の中で、新しい見方を持てた時。

    人はもう一度、自分で考え、自分で選び、動き始めることができるのだと思います。

     
     
    教育コンテンツクリエイター。日常の「なぜ?」や人とのすれ違いを題材に、人の見方や考え方の仕組みを考えています。「構造OS」という視点から、記事・教材・授業・研修へ。学ぶ人が自分で考えられる形をつくっています。