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15年ぶりにセックスした52歳《5》【#創作大賞2026】【#恋愛小説部門】

    #創作大賞2026 #恋愛小説部門


    第41話 買いにきた 売られた喧嘩 デパートに 優子


    くだらない俳句が浮かんだ。完璧な五、七、五。それぐらい自分も緊張してパニックってる。

    「やつ、出勤しています、いま女性のスタッフと話しています。買い物客はいません」

    朝のシフトだったんだ。いつも夜に会うので遅番のシフトが多いと思ってたが、今日に限って早番だ。やはり自分は運がいい。

    「先生、そろそろ始めましょうか、ちゃんとワンピース探してくださいね。さっきの服と比べてくださいね。さっきの服と比べるのが、今回主張するところですからね、先生」

    緊張で顔が真っ赤になったスタイリストの先生に念押しする。
    こういう時、長らくホテルマンをしていた経験が良かったとつくづく思う。不動産を営む家だが、接客を学ぶために父が、若い時に丁稚奉公に出してくれたのだった。
    不倫相手と妻を毎週末、交互に連れてくる顧客に、顔色変えず接客するなんて私にとっては朝飯前だ。
    ホテルで培った演技力をここで活かせるなんて。
    私の口の中に射精して、次の日、何食わぬ顔でバッグを売る彼もなかなかの演技力だったが、果たして今日、突然の訪問にどう彼が対応できるのか楽しみだ。
    本当はいじめたくなんかない。だがこうさせたのは丈二、あんただよ。きちんと後始末しないからこうなるんだ。

    ああ、でも、彼を眼でとらえた瞬間、胸が締め付けられる。もう二度とお姫様抱っこはしてもらえない。彼の重みを身体で感じることもできない。
    逸品会の夜、性行為で得たオーガズムよりも、幸せでとろけそうになった瞬間を思い出す。ベッドのふちに座ってジュースを飲みながら、ピクニックをしてるみたいだと思った。膝の上に乗り、ペニスをなでながら高校生みたいなキスをする。
    彼はなぜかいつも私に高校生の彼氏を連想させる。

    「いつか公園でコレしたい」

    「いいですね」

    「大好き、やっぱり可愛い。大好き」

    首に手をまわし、ありとあらゆるところにキスをする。
    この時、彼は気づいたのだろう。私が心を奪われたことを。そしてほとんどの男が思うであろう一般的な行動に出る。
    手に入れた。
    もう満足。
    もうご馳走様。
    明日バッグ買ってくれるといいな。

    最後までこの関係を割り切っている、大人の女の演技ができなかったのは私だ。
    ただ、洗練された都会の男を演じ続けていてくれてさえいれば……
    いや、彼は最初から演技などしていない。ただのエロい、ワンナイト好きの、エゴイストだ。
    だから今日は教えてあげる。年上のお姉さんに甘えるのが好きな桐谷さん。

    「ぼくのこと可愛がってくださいね」

    乳首を噛みながら、上目遣いでお願いする桐谷さん。今から可愛がってあげる。

    「こんにちは、桐谷さん、ワンピースを探してるんだけど、おすすめあります?」



    第42話 ばたばたしていて今後もばたばたする予定です 桐谷丈二



    銀座シックスに異動になったスタッフの代わりにきた新人の教育を任されている。今まで路面店にいたので百貨店に慣れるまで面倒を見ることになった。
    いつもは遅番が多いが、今月は彼女のシフトに合わせて、朝の業務を教えている。正直助かった。毎晩20時には家に帰れる。
    妻が流産してから、ばたばたしている。思った以上に嘆き悲しむ妻に一分、一秒でも寄り添ってあげたい。
    結婚してからすぐに子作りをしてみたが、なかなかできなかった。不妊治療をするまでではない、と言ったのは妻だった。

    「私、たいして子供好きではないし、キャリアを充実させていきたい。
    今もチームリーダーを任されてるの。子供ができると時短勤務とかzoomで仕事がいろいろあるけど、課長にはなれないし。
    丈二もそうでしょ?  子供ほしい?」

    「子供は好きだけど、もし、しおりがいらないのなら俺もいらない。姉貴に子供3人もいるし」

    東京でダブルインカムの自分たちはそこそこいい暮らしをしている。
    二人で高級フレンチへ行くし、何年かに一回は海外旅行にも出かけた。
    常に富裕層を相手にしているので、彼らとは比べ物にならないが、二人とも自由になるお金は持っている。お互い独身の時と変わらない生活をしている。
    子供が生まれれば今までのように好き勝手はできない。子供と夜遊びを両天秤にかける自分を最低だと思うが、しおりもキャリアを優先させた。

    「まあ、できたらできたで嬉しいけど俺は」

    「これだけはわからないよね」 

    結婚してから10年以上たった。
    その間にウサギを飼った。何回か浮気がバレた。
    最近は知らん顔してくれる寛大な妻だ。ワンナイトで女を抱く度思う。悪いのは女たちだ。結婚指輪をしていても誘ってくる女たち。セックスの後
    感謝される。
    ありがと! またね! 二度と会わない女たち。浮気のうちにも入らない、気持ちがそこには全くないからだ。
    俺は妻を愛している。

    夏に地方からきた自分好みの年上の女と浮気した。ワンナイトのつもりだったが、セックスの相性も良く、地方に住んでいて、そう頻繁に会わないから油断した。2度ほど帰りが遅くなった。

    「あなたは病気、セックス好きの変態、もう直らないのよ。1000歩譲ってワンナイトなら許す。ばれないようにして」

    吐き捨てるように言った矢先、妻が妊娠した。

    まさか妊娠するとは思っていなかった。生理不順のしおりも気づくのが遅かった。毎朝、眠い、だるいと言っていたがまさか妊娠していると思わなかったのだ。

    「丈二、パパになるんだよ」

    嬉しくて涙が出た。
    ところが流産してしまった。
    子供ができてそれなりに喜んでいたしおりだったが、課長に昇進したばかりで、幾分パニックっていた。日に日に目の下が黒くなる。
    『子供などできなければ』   などど思っていやしないか不安だった。

    ところが実際流産すると、しおりは壊れた。
    「丈二、本当は子供欲しかったんだよ。丈二との子供。可愛い赤ちゃん」

    毎日一緒にご飯を食べる。
    しおりは11月下旬まで休職する旨を会社に伝えた。

    しおりと病院から帰ってきた夜、女にLINEを送った。

    【身内に体調不良のものがおり、明日お伺いすることができないかもしれません。
    明日の朝、改めて連絡させて頂きます】

    次の朝も妻は調子が悪く、朝から病院へ付き添った。女からLINEが入っている。時間からして新幹線に乗っている時間だろう。

    【2日間泊まるよ♡明日でも大丈夫だよ】

    既読をつけないように読んだ。だから52歳まで独身なんだ。自己中な女だ。

    精神安定剤を医師は妻に処方した。その日からばたばたしている。会社では新しく入ってきたスタッフの教育、来年度の春夏コレクションの勉強、家事、妻のサポート。日々慌ただしく過ぎていく。

    その日は突然やってきた。デパートの外商システムについて話していると、目の前に小柄なお客様が現れた。

    「桐谷さん、おはよう、ワンピース探してるの」

    田村様だ。
    ヤバイ。LINE返していなかった。まさか俺に連絡よこさず、急に東京に来るなんて。俺に会いに来たのか。月曜の朝だぞ。いつも週末東京に来てたじゃないか。ストーカーだったのか?
    顔が赤くなる。罵倒される、と覚悟を決めた時、そこにもう一人の女が入ってきた。

    「優子さん、さっきのブランドのワンピース、今店員さんがサイズ確認してくれるそうです」

    「あ、そう、先生ここのブランドにはないかしら?  
    あら、これ素敵、桐谷さんこの素材何?」

    「シルクです」

    「先生、これだと体の肉ひろいますよね?」

    「そうですね~少し生地が薄いですね。もう一周しましょうか?」

    なにか言いたいが声が出ない。
    顔の赤みがひかないのが自分でもわかる。ヤバイ、本当に声が出ない。
    田村様と目が合う。そこには何の感情もない。店先で大声で罵倒するような女ではないことを祈ろう。
    そこまで考えていなかった。大丈夫だ。そこらで引っ掛けた女ではない。一応、逸品会に招待されるような客だ。のどがからからだ。まだ気は抜けない。先生と呼ばれる女が先に店を出た。

    「ありがとう、じゃあまた」

    会釈するのに精いっぱいだ。新人が不思議そうに俺を見上げる。

    「地方のお客様でよく東京にお見えになるんだ。いつもは金曜とか週末だから。びっくりしたよ」

    「そうですか」

    興味なさそうに新人が言う。
    洞察力がない奴で助かった。田村様の外商の女はなかなかの洞察力だったが。

    結局何も言えなかった。よかった。帰った。よかった。俺に会いに来たのか?  きっとそうだ。あとでLINEで謝るかと油断したその隙に、また戻ってきた。サメみたいだ。

    「さっきの彼女来なかった?」

    「お見かけしてないですね」

    「ワンピース、なかなか見つけられなくて」

    「なかなかお返事できなくて、すみませんでした」

    「あ、いいよ、別に。
    『あ、先生ここよ』
    彼女スタイリストさんなの。
    『先生これはどう?  』
    ワンピじゃないけどこのスカート、素敵ね、ベルベッドのスリットが入ったやつ。あのトップスに合わせてもよくない?」

    「いいじゃないですか?彼女のサイズあります?」

    「在庫お調べしてきます」

    彼女はニコリともしない。
    だが、スタイリストとのやり取りは真剣そのものなので、自分も店員として完璧に演じなければ。俺に会いにきたのではないかもしれないが、怒っているのは確かだ。
    試着室から出てきた彼女をもう、まともに見ることもできない。
    いつだったか彼女を試着室で犯したいと思ったのを思い出した。

    「黒のスカートじゃあ、つまんないかな?  桐谷さんどう思う?」

    「いやいや、素敵ですよ。ベルベッドですし、スリットがセクシーな田村様らしくていいじゃないですか」

    よし、調子が出てきた。

    「もう、いつもおだてるんだから~
    先生、ほかの3点のワンピースと比べて総合的に一番いいのはどれ?」

    「これが一番いいです。優子さん、着回しできるし」

    「じゃあ、これにする。外商に廻してください」

    「かしこまりました。ありがとうございました。早速手配いたしますね。今日はお泊りですか?」

    彼女が俺を見上げた。
    どうせ来ないくせに何故聞くの?  と思っているのだろう。黒目に膜がかかったように見えた。オーガズムを迎える前の、ほんの数秒前におこる、涙ぐむ前の膜。

    今日初めて見た彼女の本音に、さすがに自分もいたたまれなくなって、休憩中LINEを送る。

    【本日はご来店ありがとうございました。
    また、なかなか返信できずに申し訳ありませんでした。
    引き続きばたばたしていますが、お互い頑張りましょう。
    何かありましたらご連絡ください】

    こんなことしか言えない自分にうんざりする。
    美しく聡明で完璧な妻に甘えることができない自分を、彼女は包んでくれた。
    最初に出会った時の印象通り、大人の女だ。LINEの返事なんかしなくとも受け流してくれる度量の女だ。その証拠に服を購入してくれた。ともかく彼女は怒ってなかったが、少し悲し気だった。

    「桐谷さんは完璧ね、おうちの事も、お仕事も頑張って良い子にしてたから、おっぱいでお顔挟んであげるね」

    「幸せです」

    「桐谷さん以上にイカせてくれる男、現れるかな?」

    「いないと思いますよ、田村様」

    「桐谷さんに、私以上に、いいおっぱいの女、現れるかな?」

    「どうでしょう?  僕ももう43歳ですよ」

    「大丈夫よ、これからだよ」

    と言って優しく額にキスしてくれた。
    俺たちはきっと、セックスができなくなる不安と、いつか異性に、セックスの対象としてみなされなくなる、という不安を抱えた似た者同士かもしれない。
    きちんと終わらせておけばよかったと思う反面、彼女と細くつながっていたい卑怯な自分がいる。彼女くらい自分のテクに歓喜して、イキまくる女はいない。

    「気持ちよくて、こんなに乱れて、そんな自分が恥ずかしくて、泣いちゃう」

    最後にセックスした日、彼女は泣いた。

    【ワンピースを購入するはずが、スカートになりました(笑)
    ありがとうございました】

    羊が頭を下げるお礼のスタンプを送る。永遠LINEでやり取りするつもりはない。

    【ウサギのスタンプがいいな】

    彼女からすぐ返事が来た。再び既読がつかないようメッセージを読む。
    極力私生活のことは話さないようにしていたが、うっかりウサギを飼っていることを話したのを思い出した。
    ところがその【ウサギのスタンプがいいな】というメッセージはすぐに取り消された。

    俺は彼女の、ささやかなお願いすら叶えることができない男だ。いやそんな義務なんかない。2、3回抱いただけだ。
    セックスの最中は愛おしい。彼女が膝に乗って、高校生みたいなキスをした。『公園でこうしたい』  その時は本気で俺もそうしたいと思った。

    『ウサギのスタンプがいいな』   どんな思いで彼女がメッセージを送り、取り消したんだろうと思うと胸が押しつぶされる。おっぱいも懐も大きい大人の女性だ。わざわざ服を買いに来て、許してくれた。だが自分は気づいてしまった。あの目は、流産したときの女房の目とそっくりだ。

    いつの間にか泣いていた。俺も子供欲しかったよ。しおり。

    涙をぬぐい、あわててウサギのスタンプを送った。




    第43話 Ain‘t No Mountain Hight Enough 優子のテーマソング


    「優子さん最高の演技でした。アカデミー賞間違いないです。映画を観てるみたいでした。
    よく顔色ひとつ変えないで話せましたね。彼、全然喋れてなかったですよ。顔真っ赤で」

    二人で大笑いする。
    楽しかった。しかも先生は試着した私を撮るふりをして彼の写真を撮っているし、赤い顔した彼が写っている。拡大すると私を見てる目が死んでいるみたいだ。
    また大笑いをする。

    「私、負けたのかな?  勝ったのかな?」

    「勝ち負けではないです。今日一番似合った服が彼のところのブランドだっただけです」

    先生は優しい。
    先生と別れる。改札口でハグする。ありがとう先生。
    外商さんに電話する、北野と会ったこと、奴に制裁したことを報告する。

    「というわけで、彼から連絡行くと思います」

    「ありがとうございます。商品が届いたらご自宅までお持ちしますね」

    「私負けたのかな?  商品買っちゃった」

    「勝ち負けではないです。最初から同じ土俵に立っていませんから。自分でやらかしておいて尻ぬぐいできないような男です。
    もうこれ以上彼の為に、時間と労力を使わないでください」

    「それは大丈夫、今からお見合い写真撮りに銀座に行きます」

    「え~いいじゃないですか。次行きましょ、次」

    美容室でメイクさんにお見合い写真用のメークをしてもらう。
    ワンピースは桐谷にナンパされた時の白いワンピースだ。お見合いバスツアーでも着た。男受けのいい白いワンピース。
    お見合いコーデネイターさんは、先生が選んでくれたあか抜けて見えるワンピをよしとしなかった。お気に入りのピアスも指輪も外させられた。派手だから。派手なことが理由で交際を断られた時もあったな。完璧に東京ラブストーリーの中のさとみちゃんにバケる。
    後日、写真が送られてきた。そこに写っている女は、見知らぬ、あか抜けない中年女性だ。

    銀座での写真撮影のあと、ホテルで例のタクシーの運転手に会って食事をした。

    「せめてキスぐらいさせてくださいよ」

    「やめとく、だってわかるもん、部屋で私を抱く。
    石鹸をつけずに体を洗う。
    お金払わなきゃいけないから朝までいない。あ、心配しないでネット決済してるから。
    もう一つ、いくら奥さんと喧嘩中でも朝帰りはできない。
    で、3時間すれば帰る。
    これが3回も続けば終わりでしょ」

    図星だったのだろう、すごすごと帰って行った。

    東京駅まで珍しく地下鉄に乗った。
    隣の女性が世間を騒がせているどこかの女性市長の記事を熱心に読んでいた。テレビで連日責められている。どうして責められるのだろう?  毎日プレッシャーの中で、昭和のオジサン、平成生まれの子供相手に、命すり減らして頑張っている。
    そんな市長の為に、神様が褒美をくれた。ただそれだけのことなのに、世間が大騒ぎしている。

    「みんな、なんでこの市長を責めるの?  不倫して男に愛されただけで、市民に迷惑かけてないのに。
    羨ましいよね~彼氏がいるんだもん」

    地下鉄の中で思いっきり叫んでみたい。
    穏やかで平和な日常がフリーズするだろう。それぐらい不倫にはインパクトがある。
    市長も思いっきり言ってしまえばいい、

    「彼がラブホテルでお姫様抱っこしてくれたの。唇が腫れ上がるぐらいすごいキスをしたの。
    皆さんにもぜひおすすめします。寿命が延びますし、健康にもいい。医療の財政削減にもつながります。
    彼のおかげで市長の仕事にやりがいを感じます」

    別の日、占い師が言った。

    「優子さん、懐が深いし、器が大きいのでいろんな人が寄ってきます。これからも。気を付けてください。人を見る目を養ってください。
    今まで愛した男たちを糧にして、いい作品書いてください。私にも読ませてくださいね」

    「ただ、普通にサラリーマンのお嫁さんになりたいだけなんです。平凡に生きたいだけなんです」

    それが本心ではないことを理解していなければ、モロッコの占い師同様インチキだ。

    「あなたほど大きい人、普通の男は、特にサラリーマンは無理ですよ」

    健さんのことは話したことがなかったのに、占い師の先生は言い当てた。

    「また結婚相談所に登録しました」

    先生は何も言わず、無言でサイコロを見つめた。

    「優子さん、人には宿命というものがあります。宿命に逆らわなければ楽だし、物事うまくいくんです。
    それに例の彼、あなたのことが好きなのよ、占いにはそう出てるわ。彼のほうがあなたを手放したくないの。
    11月中旬までは身動きが取れないの。12月になったら動けるわ。連絡も来るはず。
    あとね、来年までモテ期が続く、年上の経営者の男性と出会うわ」

    ウサギのスタンプ以降、LINE一つよこさない。
    当たるも八卦、当たらぬも八卦。クズしか寄ってこないのが宿命か。寄ってくるのではない。自分でクズを選んでいるんだ。クズであればあるほど愛おしくてしょうがない。それが宿命なら逆に人生は楽しい。
    皆一緒だった。エリートも、並の男も、絶倫男も、地位も名誉もある男も。褒めて、持ち上げて、立てて、勃たせないと結婚は難しい。それでも、婚活は続く。
    その中にいつか、妻夫木似の男が黙ってモロッコ行きのファーストクラスのチケット渡してくれるのを夢みて。

    彼とのこれからも楽しみだ。一生何もないかもしれないし、またいつか、いいセフレになれるかもしれない。
    売れっ子作家になったら取材と称してお金を払ってもいい。
    いつか聞いてみたい。

    「ワンナイトで覚えてるのは、綺麗な人と楽しかった人でしょ?  私はどっちだったの?」

    私たちは似ている、男として認めてほしい。女として扱ってほしい。自己肯定感の低さを隠すように、いい男を演じて、いい女を演じて疲れた。
    お気に入りの洋楽のボリュームを上げた。

    越えられない山などない
    谷底がどんなに深くても
    川幅が広くても
    渡れない川などない
    いつでもそこには愛がある

    そうだ。自分はロンドンで一文無しになったこともあるし、100万の指輪代を返せ、と言われたこともある。久しぶりに恋をした。流れるはずの涙が、乾燥した皮膚に吸収されて頬を伝ってこない。ほら、大したことじゃない。


    さようなら 桐谷さん。

    乾燥した空気の東京駅のホームで、秋を感じた。ぼんやりとした駅の蛍光灯の下で、携帯のウサギのスタンプにキスをした。



    第44話 『CUIR GRENAT キュイール グレナ』

       優子の処女作


    リアドのドアを閉めると気配がした。
    濃く深いモロッコの闇に、朝つけたラルチザンの香水の残り香が溶け込んでいる。

    「誰かいるの?」

    薄暗いランタンが風に揺れ、男が足音を立てることなく近づいてきた。顎軽くつかまれ、急に舌を入れられ、唾液が注ぎ込まれた。

    『ああ、あの男だ』

    とびっきり甘い唾液を持つ男。冷たいベッドに押し倒され、脈が止まりそうなくらい手首を強く押される。

    『ああ、また飲まれていく』

    最初の一秒は柔らかい。その柔らかさに油断したところを、彼は深く、迷いなく踏み込んでくる。息が混ざり、私の中の空気までも奪われていく。口の中に分厚い彼の舌が入り、歯も歯茎もなぞられ息ができなくなる。吸おうとする息を、彼の舌が、唇が全部さらっていく。
    のどの奥で小さく漏れた声を、彼はそのまま飲み込んだ。
    泣くつもりなどなかったのに、視界が滲んだ。涙を見られたくなくて、視線を逸らそうとした瞬間、顎をつかまれ、もう一度深く呼吸ごと奪われた。
    苦しい。
    この苦しさは恋に似ている。あなたに恋した馬鹿な女。あなたから来ない返事を待ち続け、あなたの心が知りたくて、消耗した日々。
    時が解決し、いつの日か52歳で最高の恋ができたと人に語り継ぐために作品を残した。
    彼が唇を顎先にずらしたその隙にやっと言葉が出た。

    「どうしてここにいるの?」

    「昔、赤坂のホテルで、二人でまどろみながら、田村様が言ってたじゃないですか?  いつかモロッコのリアドで僕と24時間セックスしたいって」

    「でもだからって」

    「でもだからじゃないですよ。最初に飲みに言った日、お客様の中でセックスしたいと思ったのは田村様だけですと。
    今でもそうですよ。田村様とセックスしたいからここにいます」

    両脇に垂れた乳房を寄せ、顔を埋めて深呼吸をする。

    「この匂い、試着室で嗅いだこの香り、僕窒息しそうです」

    そう言いながら絶妙な強さで乳首をつねる。
    ああ、この強さ、誰にもできないこの強さに悶えて体がさらにベッドに沈む。唇を湿らせ、すぐに乳首を甘く噛みしめる。

    「お願い手伝って」

    彼の指をクリトリスへ誘い、撫でさせる。
    瞬く間に達しても辞めない。

    「もうやめて、お願い」

    「田村様が24時間セックスするって言ったからここまで来たのに、もうギブですか?」

    彼が目の前にペニスを差し出す。
    これをもう一度愛でることができるなんて自分はなんて幸せなんだろう。のどの奥まで丁寧にしゃぶる。彼に愛されたくてポルノを見た日もあった。彼に心を持っていかれた日、彼は私の口の中で射精した。愛があるからセックスは美しい。自分には排泄行為のようなセックスは無理だった。

    「愛してるから感じるの、愛してるから体の隅々まで愛おしいの」

    必死に彼の背中を掴む。

    「わかってますよ」

    優しく微笑んで、彼は私の足を高く持ち上げ肩に乗せた。

    「しっかり自分で開いちゃいましょう」

    静かにヴァギナを開き、彼のペニスを誘う。
    私の中心を静かに、迷いなく満たしていく。背中が勝手に反っていく。痛みと快感の繰り返しで溶けていく。オーガズムで何度も気を失っても彼は容赦しない。

    「お願い、もう堪忍して」

    「ここは東京でもない、2時間の制約があるわけじゃない、いいじゃないですか。
    僕、井上様がイッ時の顔大好きでここまで来ました」

    ペニスを挿入する代わりに執拗に乳房を弄び、乳首をいじくり倒す。
    そして再び、彼の下半身も自分の下半身も液体であふれかえりベッドの湿気が増す。
    何度か気を失い、目を覚ます。その都度、彼の甘い口づけで正気に戻される。彼の甘い唾液が口の中にいっぱいになり、再び夢の中に私を誘う。もうすぐ夜が明ける。朝のコーランの祈りがリアドの部屋の中まで広がった。

    「少し寝ようか」

    彼の大きいからだが私をすっぽりと包み込み、幸福のあまり涙があふれる。
    静かな寝息を立てる彼の脇の匂いをそっと嗅いだ。相変わらず体臭がない。デジャブだ。
    赤坂のホテルで二人でうたた寝をした。彼が無防備に寝息をたててくれるのが嬉しくて、嬉しくてこのまま時が止まればいいと思った。厚い胸板にそっと鼻を押し当て匂いを吸い込む。自分も急激に眠気を催し深い谷底に落ちて行った。

    「お目覚めですか?」

    にっこりと微笑みながら額にキスをされ目覚めた。
    冷房のきつさがかえってモロッコの容赦ない日差しを物語ってる。

    「少し寒い」

    「温まりましょう」

    分厚い舌が口をこじ開ける。
    あっという間に唾液で満たされ再び呼吸ができなくなる。飲み込んでも飲み込んでも終わりがない。顎を噛み、乳首を噛み再び達してはペニスを咥える。
    今度は甘い精液を飲みたくて、喉の奥まで出し入れさせる。男性のあの達するときの甲高い声を聴いた時の男を征服した気持ちと達成感を味わえるなら、何度でもできる。

    1997年に東京で起きたエリートOL殺人事件。そのOLもまた、この声を聴くために売春をしてたのではないか、と今では思う。慶応ま出たお嬢様の彼女が、会社員をしつつ路地裏で2000円ほどで売春していた挙句、外国人に殺されたという事件。
    あの当時は若すぎて理解できなかった。今ならわかる。彼女も誰かに愛されて、愛でられて、男を征服したかっただけなのかもしれない。あの声が少し高くなる瞬間だけが、男たちから征服され続けた自分からの小さな反撃だったのだろう。

    「何を考えてるの?」

    「どうして来てくれたの?」

    「田村様との約束破って心が痛みました。すみませんでした。嫌われたくなかったんです。本当は。
    最後に井上様のご要望通り、ウサギのスタンプ送りましたよね。信じてもらえないかもしれないけど、あの時はあれが精一杯でした。
    今回来たのは罪滅ぼしと、田村様とセックスしたいという欲望です」

    「おなかすいた、ルームサービス取ろう、どれにする?」

    「モロッコの定番の朝食おいしそうですね」

    素っ裸の彼がメニューを広げる。
    しばらくすると、まだあどけなさが残る少年のような子が朝食を持ってきた。カフタンから透けて見える乳首を見下したように一瞥し、チップをもらうとすぐ踵を返した。

    「イスラム教の坊やを誘惑しちゃだめですよ」

    「慣れてるよ、フランス人のカップルでいつも満室だもん」

    ベッドのわきに腰かけて朝食を食べた。
    二人とも感じてることは一緒だ。昔かわした淡い口約束。いつか公園でこうしたい。『僕もです』  とあの時、彼は確かに言った。

    「ピクニックみたいだね」

    オレンジジュースを飲み干し軽くげっぷをした。
    あの時、飲んだのはプラダでもらったジュースだった。一つ一つを再現し、消化していく。いまだに彼がここにいる理由が解らない。
    朝食を食べ終わり、そのまま彼の膝に乗った。まだ湿り気を帯びたヴァギナを彼のペニスに擦り付ける。『ああ、』   今度は彼が喘ぎ声をあげる。

    「いつか乱暴にしてって、お願いしたよね?  その時どういうことですか?   聞いたよね?  
    あなたは何もかもがあざとい。わかってるくせに。ひどい男よ」

    彼の顔面をひっぱたく。
    今度は彼が私の頬をひっぱたいた。二人とも頬が赤い。ベッドにうつぶせに捻じ伏せられた。耳に唇を押し付けながら彼が言う。

    「ほら、乱暴にされたいんならケツ突き出せよ。
    最初の日、アナルは嫌とか言ってたな。ほかの男に調教されて今ではアナル好きなんだろ?」

    頬がシーツの上に押しつぶされて声がつぶれる。

    「今でも嫌、やめて」

    「嫌なことはしないよ、ただこのままじっとしましょう、動いちゃだめですよ。
    ルームサービスの坊やに来てもらって朝食の片づけをさせましょうか?」

    「やめて、呼ばないで、乱暴にしてと言ったのはウソ、何でもするから」

    「そうですか?  田村様の乱暴にしてが、よくわからなくて、僕なりに勉強してきたつもりなんですけどね。
    でもどうしましょう。お尻が震えてますよ。さっきより突き出してるのが不思議です。
    これじゃあまるで何か入れてくださいって言ってるみたいですよ」

    「違う、はやく手をどけて、痛い」

    「痛い?  じゃあどうして脚を閉じてクリトリスをこすり合わせてるんですか?  いったんおしまいにして、」

    「やめないで、イカせて」

    「ほらしっかりと膝たてて、ケツ上げろよ」

    彼らしくない乱暴な言葉が体を熱くし、シーツに押し付けられた乳首が硬くなりシーツに擦れる。

    「奥まで入れて、お願い、もうイカせて」

    彼のペニスが奥深く入り中をかき混ぜる。
    今まで誰も達したことのないくらい未知の領域まで彼のペニスが達し、恐怖と興奮でたちまち気を失った。

    目を覚ました。モロッコの黄昏がオレンジの花の香と一緒になって彼と私を夜のスークに誘う。

    「シャワー浴びますか?」

    「いつも通りあなたの香りを纏って過ごしたい」

    「じゃあ僕も」

    二人で着替えスークへ繰り出した。
    二人で手をつないだ。

    「初めての新宿デート思い出すね」

    「僕、すごくあの日嬉しかったんです。田村様が来てくれて」

    「あの日以来、Vaundyの踊り子が私とあなたの曲になったの。
    『街を練り歩けたなら』  っていうくだりが大好きで、二人で新宿の街を練り歩くのを夢見る私がいた」

    彼が腕を引っ張り、路地裏の壁に私を押し付けた。
    テラコッタの壁が昼の熱を含み、私の体を温める。軽く顎を引き上げられ口づけをした。ゆっくりと丁寧に舌を動かす。これが欲しかった。明日世界が終わってしまってもいい。新宿のど真ん中で、タクシーが何台も通り過ぎた。あの時のキスだ。

    「もっとお願い」

    「いつまででもできますよ。やめてって言うのはいつでも田村様ですよ」

    「人が来たら」

    「いつも誰かに見られる心配するところは相変わらずですね、誰に見られたっていいじゃないですか」

    彼の笑い顔に心が溶けていく。

    「いろいろあったけど、大好き。あなたが毎日幸せになるように祈ってたし、あの晩、あなたにドタキャンされた晩、あなたに伝えたかった。
    あなたが悲しい目に遭うようなことはしたくなかったし、助けてほしいことがあったら絶対助けると。
    あなたを心から愛していたし大切に思ってた。心は自由でしょ?」

    「だからここにいるじゃないですか」

    また口づけをする。 
    何度も何度も互いの舌を絡ませる。甘い唾液を懸命に飲み込む。

    再びスークに向かい歩き始めた。二人で屋台のチキンタジンを食べ、お土産屋を散策してるうちに日が落ちた。何年も前にモロッコを訪れた際に奇妙な経験をしたことを彼に話した。
    タロット占いの女。
    くどすぎるぐらいヘナのタトゥーをした女に、日本語で話しかけられた。いや、最初はマダムと言われた。そのあとは日本語だった。タロットも見ず、訳の分からないことを言い出したので逃げた。
    記憶が曖昧になって、あの日起きたことが鮮明に思い出せない。

    「田村様、やっぱり作家になるべくしてなったんですよ。
    そんな経験、普通の人はできませんもん、ミントティーでも召し上がりますか?  僕買ってきますね」

    彼が立ち上がり、近くのカフェに消えた。
    後姿のヒップラインがあまりにも美しく、目で追ってしまう。
    リアドに戻ったらまた愛し合おう。彼のお尻が上下して、自分の体にたたきつけるのを思い出し欲情する。今度は私がいたぶる番だ。奥から水が流れ出し、下着が湿ったのがわかった。

    「お待たせしました」

    「ありがとう」

    彼の耳に唇をよせ、つぶやく。

    「もう濡れちゃった、リアドに戻って続きをしたい」

    「もう我慢できなくなっちゃったんですね、しょうがない淫乱ですね相変わらず。僕も勃っちゃいましたよ」

    まわりが日本語を解らないことをいいことに、二人は大胆な会話を続ける。
    出口にむかって歩き出した。曲がりくねった路地の奥に美しいランタンが落ちていた。

    「あ、」

    とっさに彼の手を振りほどき、ランタンを拾いに行った。
    ランタンを拾い上げるとそこにはいつかの占いの女いた。粗末な椅子の上に腰かけて私を見上げた。

    「可哀そうな女 彼は相変わらず来ないだろ?」

    「可哀そうな女じゃない、彼が逢いに来てくれたもの。約束通り24時間愛し合った」

    「モロッコのなめし皮のような美しい男は来てくれてないだろ?  リアドで一人待ってたのかい?」

    「今、二人でスークでご飯食べて、ミントティーを飲んで、リアドに帰るところ」

    「可哀そうな女、もう一人、この男の為に泣いた女が見えるよ」

    「わけがわからない、今、彼をここに連れてくる」

    「いいや、いいよ、もう店じまいするよ、可哀そう女、私もあんたと同い年、気持ちはわかるよ。
    彼があんたを久しぶりに女にしたんだね」

    「なに言ってるの?  私はおばあさんじゃない」

    「そうかね?  あとで鏡を見てごらん。あんたは彼のことを愛しすぎて、ここで彼を待って、何年も待って狂ってしまったんだね」

    「あんたこそおかしい占い師じゃない」

    ランタンを持って、闇に置いたままの彼のところへ急いだ。
    あたりは観光客でごった返している。そこに彼の姿はない。夜市の光がまぶしくて一瞬目を閉じた。

    キュイールグレナの革の匂いが体からほとばしる。彼と練り歩いたはずの道を一人で走って引き返す。
    後ろで殺された羊の悲鳴が聞こえた。




    エピローグ 女のからだ 白い丘 白い腿 ネルーダ詩集より



    久しぶりに彼の働いている高級アパレル店に向かう。デザイナーが変わって大人の女性向けに再スタート切った。
    自分好みの最新作が入荷したので、逸品会の招待を喜んで受けた。

    だからかな?  一人で笑う。
    本当は未練あるのかな?
    残暑の厳しい東京の9月。ホテルのロビーを少し駆け足で彼に飛びついた。アライアの服を着て。
    ベッドの上でのピクニックも、膝枕をしながら赤子のように乳首を吸う光景を見ることももうない。つらくはない。時々、恋人に抱かれた後、そっと記憶の日記を開いて、2025年の夏の章を読み返すだけだ。

    【田村様 
    お久しぶりです。
    いかがお過ごしですか?
    逸品会お会いするの楽しみにしております。 桐谷】

    こんなに寒いのにもう春物を見るんだ。早いな。そんな感情しかわかない自分に驚いた。

    デパートの外商に調べさせて、彼がまだ同じ店で働いているのはわかっていた。

    「田村様、何時ごろ○○に行きます?
    桐谷様と約束してる時間ございますか?」

    遠慮がちに外商が聞いた。
    別れた男女が会うのはどの現場でも気まずい。ましてや、店員と顧客という立場ならなおさらだ。外商は私たちの関係を知っている。最初から終わりまで。

    「もう私たち終わってるから顔を出す義理もないんだけど、でも彼に以前ベルベッドのスカート選んでもらったから、一応見せよっかな?」


    【桐谷様
    いつもありがとうございます。
    外商さんとまた見て回ります。
    前回と同様17時くらいになると思います】

    真夏の情事があまりにも楽しく艶やかで、これがずっとずっと続くと無邪気に信じていた。
    今夜も彼は誰かと待ち合わせして、ベッドで技を披露するのだろうか?  
    そう考えると心が冷たくなる。心は冷たいのに身体が熱くなる。熱を帯びた体からラルチザンの香水の匂いが立ち込める。

    いつもは季節ごとに香水を買えるのだが、彼をいまだに感じたくて、ついいつもの香水を纏う。

    ラルチザンのcuir grenat(キュイール グレナ)

    ガーネットのような赤い革の香りを身に着けると彼を思い出す。
    40代の筋肉で引き締まった彼の皮膚はモロッコで鞣された革のようになめらかで、情事は熱く、クーラーの効いた東京のホテルすらモロッコのリアドに思えた。

    「いつかモロッコに行って、あなたと24時間セックスしまくりたい」

    「僕、既婚者ですよ」

    「知ってる」

    ゆっくり彼の店に入る。
    若い男性のスタッフと女性のスタッフがいた。

    「田村様、お久しぶりです、相変わらずお綺麗です」

    素晴らしい接客スマイルを作るがその目は冷たい。
    憐憫ではなくて良かったと安堵する。俺に抱いてもらえない可哀そうな女と思われるよりはいい。

    「桐谷さん、お久しぶり。お元気そうで何よりだわ」

    優し気で大人の女を精一杯演じる。この時、彼が目を見たら気づいたはずだ。愛を乞う女に。

    「靴で気になるものがあって。あちらの靴36サイズ見せていただけます?」

    なんども夢でリハーサルしてるのでスムーズに言葉が出る。

    「かしこまりました。すぐにお持ちしますね、色違いもあったのでお試しください」

    膝まずき、いそいそと靴を取り出す。

    「どれも素敵ね~」

    と言いながら、わざとスカートのスリットから腿が見えるように足を広げる。
    自分の顧客が男性店員の前で惜しげもなくサービスするのを見て、慌てて外商が叫んだ。

    「田村様ったらスカートの奥丸見えですよ!」

    無邪気な外商さんの声で、周りにいた気まずい表情の他のスタッフたちも笑い、場が和む。彼もつられて苦笑いする。

    「あら、いいのよ。丸見えでも、桐谷さんならスカートの中、もっと奥までよくご存じのはずですから。全く恥ずかしくないわ」

    遠くでコーランの祈りの声が響く。

    モロッコのリアドで彼を待つ。
    なかなか来ない彼を。

    モロッコの闇が深くなる。
    ラルチザンのレザーの香りがいっそう強くなる。

    完


    #創作大賞2026 #恋愛小説部門

    #創作大賞2026 #恋愛小説部門

     
     
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