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Photo byosakanabunko

本当に"捨てる"のが良いのか?心が満たされる手放し方

    心機一転したいとき、
    引越しをする時、
    ミニマリストになりたいとき、
    恋に敗れたとき、
    停滞感を感じる時。

    集中して物を捨てようと、思い立つことがある。
    そんなとき、こう考えることが多くないだろうか。

    「断捨離だ!捨てるぞ!どんどん捨てちゃおう!」
    「これは売れそうだし、捨てずにメルカリで売ろう。」

    しかしそれは、"自分のことしか考えていない行為"なのかもしれない。引っ越し前のある出来事で、そう思わされた。そして同時に、心が満たされた。

    時は、引っ越し前に戻る。

    * * * * * * * *

    2週間後に引っ越しをする。
    新しい場所をイメージすると、
    手放そうと決めるものが出てくる。

    それが売れそうなら、メルカリで売る。
    売れなさそうなら、さっさと捨てる。
    大きいものは、粗大ゴミに出したい。
    しかし費用が掛かるので、
    引っ越し業者に引き取ってもらうことにする。

    それが今までの僕の思考回路だった。

    しかし、妻が「ジモティー」というアプリを使い始めた。引っ越しをした友人から「ジモティーで売ったり譲ったりした」と聞いていたので使い始めたらしい。

    ジモティーはメルカリに似ている。
    個人と個人の直接取引をアプリ上で行う。
    この点はメルカリと同じだ。

    メルカリと違うのは、基本的に商品を相手に手渡しする点。そして、売るだけでなく、0円で譲ることもできる点だ。(メルカリは300円以上にする必要がある。)

    自分が住んでいる場所に来ることができる「近隣の地元民」とのやり取りによって、自分にとっての不用品が、誰かにとっての役立つものになる。

    500円とか、1,000円とかで値段をつけることもできるが、引っ越し前で手放していくことを優先してきたので、0円でどんどん出品していった。

    0円で出品すると、割とすぐに引き取り希望のメッセージが来る。人気のものであれば、30分以内に5件以上来ることもある。

    そこには「引き取りたい理由」が書かれていることもある。「ちょうど買い替えを考えていて」とか、「施設で使いたいので」とか。

    昨日は、長年使っていたテレビ台が「施設で使う備品」として旅立っていった。

    今朝は、ウチの子供たちが小学校低学年の頃に「買ってえぇ〜!!」と懇願された後に、サンタさんがプレゼントしてくれたおもちゃが旅立っていった。

    子供たちは、もう"それ"では遊ばない年頃になり、放置されて三年以上が経っていた。ジモティーで「0円で譲ります」と出すと、すぐにメッセージが来た。

    "それ"がほしい理由は、いろいろある。
    とあるメッセージには、こんな理由が書かれていた。

    「クリスマスに娘がサンタさんに"それ"が欲しいとお願いしていたが、買ってあげることができなかった。」と。

    自分のクリスマスの記憶とそれが重なった。ありがたいことにその頃の僕は、子供が"それ"を欲しいと言った時に、それを買ってあげられる状況にあった。

    しかし、その以前には、貯金が底をついて、仕事も失って、闇落ちしていた時期がある。あの頃は、ドン底で、妻に対して本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

    その頃を思い出すと、メッセージの奥にある気持ちが痛いほどわかった。「してあげたくても、してあげられない状況のときもある。」

    "それ"をその方にお譲りすることに決め、今朝早くに、受け取りに来た方と駐車場で会った。

    車の中から、お母さんと思われる女性が出てきた。「本当にありがとうございます」と深々と頭を下げて言っているその後ろから、小学校低学年ぐらいの女の子が出てきた。

    "それ"を渡すと、その子は本当に本当にうれしそうに笑っていた。「わぁ〜、やったぁ〜!わぁ〜!」本当に本当に"それ"がほしかったことが伝わってきた。

    ちなみに"それ"の正体は、スケボーが変形して8の字になったような乗り物で、前後をひねりながら動かすと前に進むという「ジェイボー」または「リップスティック」と呼ばれるもの。

    車を見送るときも、車内でお母さんに向かってうれしそうに何かを言っていた。車中から手を振って去っていくその姿を見ながら、「なんか… ほんと、よかったなぁ… 」と、じんわりした。

    捨ててしまえば、それはゴミとして処分されてしまう。自分にとっては必要なくなったというだけで、それを"ゴミ"扱いしてしまうのは、まだ早いかもしれない。誰かに"譲る"ことで、それは"贈り物"に変わる。

    昔は、大家族や村の中で、子どもの成長に合わせて"おさがり"が巡っていたのだろう。"おさがり"は嫌だという話もあるかもしれないが、そこには循環が生まれていた。それが核家族化により分断され、1サイクルで不用品になり捨てられる。

    そうすれば、たしかに物は売れる。資本主義経済にとっては良いことなのかもしれないが、僕らはもうそろそろそこを卒業していかないといけない時期に来ているような、そんな予兆が増えてきた。

    そんなことを思いながら頭に浮かんだのは、書籍「世界は贈与でできている」を武田鉄矢さんがラジオで解説しているもの。なかなか面白いので、聴いてみてほしい。

    「贈り物」で、心が満たされる循環が生まれていくような気がします。

    ではまた。

     
     
     
    たまに踊る、2児パパ。遺伝子は夜型。7日間断食完走。面白いと思った人を呼んだり、つないだり、講演会とかセミナーとか、オフ会とか懇親会の企画や主催や開催のお手伝いをすることが多い。なんか起きそうな場をつくるのが好きなんだろうな。「イノウノウノウ」主宰。

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