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自分のために作ったZINEが売上3000部を超え、商業出版に至るまで

    「普通の人が、普通に病んで復活していく話なので、身近に思ってもらえたらいいですね」
    白瀬世奈(しらせ・せな)さんの語り口は、控えめながらも心の強さが感じられた。

    SNSに続々と感想がアップされているエッセイ『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』。個人の経験を綴ったZINEでありながら、発行部数3000冊を超え、7月には百万年書房から商業出版も決定している人気ぶりだ。著者の白瀬さんは、本作り未経験、Xのフォロワーも200人ほどで知名度があったわけではないという。彼女の作品は一体なぜ、これほどまでに多くの反響を集めているのだろうか。

    本書の魅力を深堀りすべく、著者・読者の一人・版元である百万年書房の3つの視点から話を聞いた。

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    白瀬世奈(しらせ・せな)/1993年生まれ、東京在住。『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』著者。現在は会社員をしながら色々楽しいことをやっている。

    これまでの三十年を全否定したくない。振り返りのつもりで作ったZINE

    親や教師など周りが求める「良い子」でいることが正解だと信じて生きてきたら、30歳でメンタルダウンして、無職になった。それをきっかけに、今までの自分について考えたことを、形にして残しておきたい。ZINEをつくることを決めた当初は、ただ自分のためにという気持ちだったという。

    「良い子」をやってきたから今の自分がいる。しなくても良かった「良い子」もあれば、私の芯になっている「良い子」もある。これまでの三十年を全否定してしまいたくない。

    『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』P5

    ところが、SNSにあがる読者の感想を読んで驚いた。

    「本の内容にフォーカスしたものを想像していたんですけど、けっこう自分の話をしてる方が多かったんです。自分の人生の振り返りみたいなこととか」

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    Instagramに投稿された、読者の感想の一部

    白瀬さんは、この状況を「すごく良いことだと思う」と肯定的に捉えている。

    「読んだ人が、今まで自分の中で閉じ込めてた感情とかを、このZINEをきっかけに言葉にしてくれているのはうれしい」

    自身もメンタルダウンをして、カウンセリングを受けていた。言葉にして出すことで区切りをつけられ、ケアになっていた経験がある。だからこそ、その重要性を実感しているという。

    普段の生活では、多くの人が「辛い」「悲しい」など自身のネガティブな感情を、外に出すことを躊躇っている。自分の辛さを「私の悩みなんて大したことない」「もっと大変な人もいる」と捉えて見ないふりをしてしまうのはよくあることだ。

    「でもそれって、比べる必要ないと思うんです」と白瀬さんは話す。
    「辛かったんだなって認めないと次にいけないし、解決もしない。だから、そういうのがもっと気軽にできたらいいなって。

    私の話だって、別にすごい特別なことではなくて。普通の人が、普通に病んで復活していく話なので、身近なことだと思ってもらえたらいいなと思いますね」

    「なんでだよ」心からの怒りで出た言葉をそのままタイトルに

    SNSで本書の感想を読んでいると、「タイトルに共感した」というコメントが圧倒的に多い。『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』叫びが聞こえてきそうなほどストレートなタイトルはどのように考えたものなのか。

    「なんでメンタル病んで無職にまでなってんだろう、っていう心からの怒りで出た言葉をそのままタイトルにしました」

    メンタルダウンで休んでいた期間、何度も何度も今までの人生について考えていたという白瀬さん。

    「なんでだろう、何がいけなかったんだろう、っていうのをずっと考えていたら、回り回って、幸せになってないとおかしくない?って怒りが湧いてきて。心の声をそのままタイトルにしました」

    けっこう強めのタイトルだと思っていたため、どういう捉え方をされるか懸念はあった。いざ「勝負」のような感覚で出してみると、タイトルに共感する声の多さに驚いたという。


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    ZINE版の制作風景。個人的にオファーした編集者に構成や赤入れを手伝ってもらい書き上げた

    「自分が長年思っていたことをズバリ言葉にしている」ーZINE読者の声

    ZINE版を読んだ読者は、実際どのように受け止めたのだろうか。読者の一人、さくらりえさんに話を聞いた。

    本書を手に取ったきっかけについて、Instagramで紹介されているのを見かけ、タイトルに惹かれたからだと話す。

    「自分が長年思っていたことをズバリ言葉にしているし、きっと、みんなずっと思っていたけど言えなかった言葉なんじゃないかなと思います」

    また、本書を読んだことで、自身の心境にも変化があったという。

    「長い間ずっと、自分の中の"正解"を探してもがいていた気がしますが、不器用な私には、"正解"はずっと見つけられないんじゃないかな、と気づきました。

    きっと私は、この先ずっと"納得"する道を選び続けるのだろうと思います。正解の道じゃなく、納得の道を悩みながら歩んでいく。それこそが、自分らしさなのかもしれない、と最近思います」

    「私は良い子じゃない」そう感じている人にも読んでほしい

    多くの反響を集めている本書だが、届くのは共感の声だけではなかったという。文学フリマ等のイベントで彼女の本を手にした人の中には、「でも私は別に良い子じゃなかったし」と距離を感じているような声もあった。

    「でも、それはそれでいいかなと思って」あっけらかんと答えた。
    「タイトルが刺さる人もいれば、なんじゃこりゃ、みたいな人もいるだろうなと思います。でも、全部に共感しなくても、自分はこうじゃなかったなって振り返るきっかけになれば、いいことだと思うので」


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    表紙に描かれた車やサボテンなどのイラストは、一つ一つに意味をもたせているという


    本書を読んでいて驚くことの一つが、白瀬さんの過去がかなり詳細に綴られていることだ。幼少期から家族との関係に苦しんできたこと、進学、就職・転職。そしてメンタルダウンを経験したことまで。見ず知らずの人には話しづらいであろうセンシティブなエピソードも出てくる。不特定多数の目に触れることを考えれば、伏せることだってできたはずなのに、あえてここまで書くのにこだわったのはなぜなのか。その背景を尋ねた。

    「ZINEを作りたくてテーマを選んだというよりは、この経験を形にしたくて、その手段がZINEだったので」迷いのない答えが返ってきた。

    「文学フリマに出る、ZINEを作る、とかが目的だったら、もうちょっと違うテーマになっていたかもしれないですね。一部だけを切り取った話とか。"転職エッセイ"みたいな感じで」

    白瀬さんがZINEを作ろう、と思い始めたのは、メンタルダウンを経て、人生が上向いてきたタイミングだった。

    「無職になって、いろいろ考えたりしたこともあって、今までの自分とは変わってきた実感があったので、その振り返りを残したいと思ってました。だから、このことについて書くっていうのは最初から変わらなかったです」

    そんな想いを胸に完成させた『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』。初めて販売した2025年11月の文学フリマ時点で反響があり驚いたという。その後、独立系書店やネット通販などでの販売を始めると、人気はさらに加速した。増刷を何度か経て、現時点で3200部を送り出している。


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    初出店した2025年11月の文学フリマ

    全国各地で盛り上がりを見せるZINE文化

    この数年で、ZINEという単語をよく耳にするようになった。出版社を通さず、個人で企画や制作を行い発行する小冊子のことだ。作者の日常を綴った日記から、ホットドッグのお店を紹介するといったニッチなものまで、テーマはさまざまである。

    文学フリマやZINEフェスといった即売イベントも、年に複数回、全国各地で開催されている。2026年5月の文学フリマ東京は、出店数3,509、来場者18,689名で過去最多を更新した。作って終わりではなく、届ける・繋がるを楽しめるところも魅力の一つなのだろう。さらには、独立系書店を中心に、ZINE・リトルプレスを取り扱う店も増え、幅広い層へと広がっている。

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    出典:Wikipedia

    売ることを目的とした商業出版とは違い、個人的・ニッチなテーマで表現を楽しめるところに魅力があるZINE。白瀬さんも「『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』はZINEだからこそ作ることができた」と話す。

    では、ZINEから始まった本書は、どんな経緯で商業出版にまで繋がったのか。版元である百万年書房の編集者・北尾修一(きたお しゅういち)さんに話を伺った。

    「百万年書房から出したい理由がわかった」ー編集者のコメント

    「すごい完成度高いなと思ったんですよ」
    ZINE版を読んでの感想を尋ねると、開口一番、澱みなくそう言い切った。そこから、どんどん溢れて止まらない様子で言葉を続ける。

    「白瀬さんがその時に出せるものを全てぶつけて、一冊の中に叩き込んでる本気度、熱量みたいなものがとても伝わってきました。
    ただ、それだけじゃなくて、全体的な完成度も高い。タイトル、本のサイズや紙の質感、デザインとか。いろんな意味ですごく考えて選んでいて、適当にしてないっていうのが見ただけでわかって。

    内容の熱さと、クールに丁寧に編集されている感じのバランスがいいなと思いました」

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    北尾修一(きたお しゅういち)/1968年京都府生まれ。編集者。株式会社太田出版を経て2017年に百万年書房を設立。 「売れる本」よりも「かっこのよろしい本」作りをモットーにしている。

    やはり編集者として、SNSで話題の本書はチェックしていたのだろうか。
    しかし、始めに声をかけてきたのは、白瀬さんの方からだったという。

    北尾さんが出店していたイベントにて、自著を紹介した後、「百万年書房から出版みたいなのって、可能性ありますか?」と訪ねてきたのが白瀬さんだったのだ。

    「読んでみて、なるほど、と思ったんですよね」
    「こういう原稿だから、うちで出したいって言ってくださったんだな、っていうのが自分なりにすごくわかって」

    実は本書は、百万年書房からの発行が決まる前段階にも、いくつか出版のオファーがあったという。他からも声がかかっている中で、白瀬さんは、自ら百万年書房に声をかけてきたのだ。

    自分が編集として入れば、作品をより広く届けるためにできることがあるのではないか。そう考えた北尾さんは、打ち合わせへと話を進めたのだった。


    打ち合わせを重ねる中で、商業出版では、「読んだ人が行動したくなる本」を目指して作ることになったという。

    ZINEオリジナルのよさを生かしつつ、情報の肉付けなどを行う方向性で制作を進めた。新たにエッセイを書き足すことはせず、表紙も元々のイラストをベースにしている。

    「もう全部書かれてるから、さらにエッセイを何本か、みたいな付け足し方をすると、作品が壊れてしまうと思うんです」と話す北尾さんの口調は力強い。

    ただ、ZINE版にはなかった要素も加わっている。『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』を発表した「その後」のことをかなりリアルタイムに近い形で、あとがきに書き加えたのだ。

    「すごくいい文章に仕上がっていますよ。素晴らしいものがくっついてくるので、ZINEを読んでおもしろいと思った人は絶対読んだ方がいいです」
    仕上がった原稿について、北尾さんは迷いなくそう話した。

    書けない壁を乗り越えて、もう一度想いをぶつける

    ここまで絶賛されている様子からは想像がつかないが、あとがきを執筆する過程で、白瀬さんは「書けない」壁にぶつかったという。

    「自分が納得すればいいと思って作ったZINEだったけど、読んだ人が、『お守りになった』と大事にしてくださってて。商業版をどういう風にしたら、その人たちを裏切らない形になるんだろう、ってすごい悩んじゃったんです」

    何を書き足して、どのように閉じるのか。なかなか決断ができず、〆切を間近に控えた3月中旬になっても進んでいなかった。そこで、編集の北尾さんと再び打ち合わせを実施。そのとき北尾さんからかけられた言葉で、気合いを入れ直すことができた。

    「あの熱量の文章は、人生で1回書けるだけでもすごいけど、2回目書けたら本当にすごい。白瀬さんにはそれができると思う」

    そこからは、「やりきりたい」と決断し、再びペンを走らせた。フルタイムで働きながら、朝と夜はカフェに通って執筆し、無事に提出することができたという。

    書き手・白瀬さんの全てをぶつける熱量に、編集者・北尾さんの作品をリスペクトする想いが組み合わさった『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』完全版。7月中旬の発売に向け、現在は制作の最終段階だ。

    北尾さんに、本書の魅力を改めて問う。

    「本当に今の時代っぽいんですよね。白瀬さんとか、もしくは少し下の20代くらいの子たちと喋ると、みんなこの本に書かれているようなことで悩んでいるので、すごい刺さるんだろうなって思いました。だから、若い子たちにはぜひ読んでほしいです。

    でも一方で、意外と年齢を選ばずおもしろいんじゃないかと思っていて。例えば僕らの世代(50代)とかが読んでも、うちの息子もこういう風に悩んでんのかな、みたいな発見があるでしょうから」

    *

    「自分へのお守り」から始まった『良い子でいれば幸せになれるんじゃなかったのかよ』。しかし読者の感想を読むたび、この本は間違いなく誰かを救っているのだろう、と実感させられる。

    この文章は私のために書いている。けれどもしかしたら「自分もだ」と思ってくれる人がいるかもしれない。自分が読んだ本をSNSに載せるのも、どこかの誰かの「知りたかった」に繋がるかもしれない。

    『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』P129

    白瀬さんと同世代の人も、もっと年上の人も。タイトルに共感できる人も、そうでない人も。
    世代や価値観の違いを超えて、『良い子でいたら幸せになれるじゃなかったのかよ』はまだまだ反響を呼び続けるだろう。


    本記事は、第52期宣伝会議 編集・ライター養成講座の卒業制作です。
    私自身もタイトルに共感したZINEを題材に選びました。

    「白瀬さんはなぜこのZINEを作ったんだろう」
    「私のように共感した読者の声を聞いてみたい」
    「編集者はこの作品をどう見てるんだろう」
    という興味から、三人の方へお話を聞いて記事にしました。

    取材へご協力いただいた皆様へ、改めて感謝を申し上げます。

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    東京在住。会社員/ライター/ZINE作り。 喫茶店と古着とあいみょんが好き。 編集・ライター養成講座52期。

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