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天然ウオ― 養殖サーモンの脱出計画 ―名前を取り戻す物語

    子どもの頃、私はよく絵本を作っていた。

    海の話だったかもしれない。
    動物の話だったかもしれない。
    植物の話だったかもしれない。

    共通していたのは、
    「今いる世界の外に行く物語」
    だったこと。

    当時は理由なんて考えなかった。

    でも、大人になって
    「養殖サーモンの脱出計画」
    を書きながら気づいた。

    私が描いていたのは、
    脱出ではなく、
    自分の名前を取り戻す物語だった。



    網の中
    養殖サーモンの網の中にいると、
    みんな同じ魚に見える。

    同じ餌を食べて、
    同じ方向に泳いで、
    同じ場所をぐるぐる回る。

    群れは整っている。
    泳ぎもきれいに揃っている。

    でも、よく見ると違う。

    群れのリズムから、
    ときどき少しずれる魚がいる。

    流れに合わせて泳いでいる。
    同じ方向を向いている。
    同じ群れの中にいる。

    それでも、
    どこか少しだけ違う。

    周りの魚は、
    理由はよくわからないけれど、

    「なんか違う」

    そう思う。

    あれは養殖じゃない。

    天然ウオだ。

    ただ、
    天然ウオは
    自分が天然だと気づいていないことがある。

    網の中で長く泳いでいると、
    周りの様子を見ながら、
    同じように泳いでいるつもりになるからだ。

    少なくとも、
    本人はそう思っている。



    天然ウオは、
    擬態する。

    わざとではない。

    ただ、
    群れの中で泳いでいると
    自然にそうなる。

    養殖サーモンの群れは、
    泳ぎ方がそろっている。

    天然ウオも、
    それに合わせて泳ぐ。

    少なくとも
    本人はそう思っている。

    でも、
    よく見ると少し違う。

    群れのリズムから、
    ときどき少しずれる。

    天然ウオは、
    けっこう真剣に
    サーモンのふりをしている。

    ただ、
    そのふりが
    あまり上手ではない。

    養殖サーモンは思う。

    「なんか違う。」

    でも、
    何が違うのかは
    よくわからない。



    海流
    海流は、
    ときどき強くなる。

    いつもと同じ群れ、
    いつもと同じ場所。

    でも、
    水の流れだけが
    少し変わることがある。

    天然ウオは、
    その変化に気づくことがある。

    理由はわからない。

    ただ、
    なんとなく感じる。

    そのとき、
    天然ウオは流される。

    自分で泳いだわけではない。

    ただ、
    流れに乗る。

    気づいたとき、
    網の外に出ている。

    目の前には、
    広い海がある。

    はじめて見るはずの景色だ。

    でも、

    どこかで
    見たことがあるような気がする。

    ただ、
    少しだけ懐かしい。

    そのとき、
    遠くに魚の群れが見える。

    大きな群れではない。

    近づいてみると、
    泳ぎ方が少し似ている。

    群れのリズムから、
    ときどき少しずれる。

    でも、
    それが自然だ。

    天然ウオは思う。

    「あ、ここにもいる。」



    名前
    私は長いあいだ、
    自分に名前がない場所で生きてきた。

    頼まれたらやる。

    足りないところを埋める。

    空気が重くなれば、
    静かに支える。

    場は回る。

    でも、
    私の名前は残らない。

    成立しすぎる存在は、
    いつのまにか
    名前を呼ばれなくなる。



    伊勢エビは、
    どこで獲れても伊勢エビだ。

    なかでも、
    伊勢志摩の海で獲れた伊勢エビは、
    最初から
    「大切に扱われる前提」で
    そこにいる。

    伊勢エビは、
    自分で
    「高級です」
    とは言わない。

    ただ、
    雑に扱われない場所にしか
    出ていない。



    気づいた。

    名前は、
    名乗るものじゃない。

    扱われ方の中で、
    守られるものだ。

    だから私は、

    名前を証明する場所を探すのではなく、

    名前が自然に守られる場所へ
    移動することにした。



    帰る
    名前を取り戻すというのは、

    誰かより優れた魚になることじゃなかった。

    天然ウオは天然ウオのまま。

    ただ、

    自分の名前で泳げる海を選び直すこと。

    子どもの頃から描いていた物語は、

    ずっとそのことを書いていたのかもしれない。

    私はサーモンになりたかったわけじゃない。

    伊勢エビになりたかったわけでもない。

    ただ、

    自分の名前で泳げる海へ帰りたかった。


     
     
    関係性や役割を言葉にする人。 対話を通して、言葉にならない強みや違和感を整理し、資質を言語化しています。 資質に名前をつける言語化セッション / 対話設計 Concept & Narrative Design 📩 innerquiet.notes@gmail.com

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