
今があるのは、「理屈は分からないけど上手くいく」を、名もなき誰かが何千年も捨てずに磨き続けたから
― 科学の前にあった、人類の偉大な経験知
私たちは、文明というものを少し誤解しているかもしれない。
科学があった。 だから技術が生まれた。 だから文明ができた。
そう思っている人は多い。
でも、順番が違う。
パンは、酵母を知らない人間が焼いた
人類がパンを食べていたのは、今から数千年以上前のことだ。
古代エジプトでは、すでに発酵パンが作られていた記録がある。
しかし当時の人々は、酵母という微生物の存在を知らなかった。
なぜ生地が膨らむのか、説明できる人間は一人もいなかった。
それでも、パンは膨らんだ。
「なぜ膨らむのかは分からない。 でも、こうするとうまくいく。」
誰かがそれを発見した。 誰かが次の人に伝えた。 次の人が少し改良した。 さらに次の人が失敗して、またやり直した。
酵母の存在が科学的に解明されたのは、19世紀のことだ。
パンが膨らんでいた数千年後に、ようやく「なぜか」が説明された。
酒も、農業も、薬も、全部そうだった
酒が発酵するのも、微生物の働きだ。
でも人類は、微生物を知らないまま、何千年も酒を造り続けた。
農業も同じだ。
植物が育つには、窒素、リン、カリウムが必要だ。
でも農民たちはそんな化学用語を知らなかった。 ただ、「この土は良い」「あの畑は休ませた方がいい」と経験で知っていた。
漢方薬も同じだ。
なぜその草が効くのかは分からない。 でも、効くことだけは知っていた。
建築も、航海も、気象の読み方も。
「夕焼けは晴れ」 「ツバメが低く飛ぶと雨」
理論より先に、観察があった。 観察より先に、失敗があった。
人類は、理解してから使ったのではない
使えたから、理解した。
この順番は、思っているより大事だと私は思う。
そして、これは昔の話ではない
ここで少し立ち止まって欲しい。
これは遠い昔の、自分とは関係のない話だろうか。
顔を立てる。
急がば回れ。
情けは人のためならず。
石の上にも三年。
三方一両損。
昔の人は、心理学を知らなかった。 行動経済学も知らなかった。 認知バイアスという言葉も知らなかった。
でも、なぜか上手くいくことを知っていた。
私たちは今、それを学び直している。
フェイスセービング。 ラポール形成。 互恵性。 心理的安全性。
横文字で、論文で、研究データで。
「顔を立てる」が「フェイスセービング」になった。 「急がば回れ」が「認知バイアスの回避」になった。
名前が変わっただけで、 やっていることは同じだ。
経験知は、過去の遺物ではない。
今もあなたの中で、言葉を変えながら生きている。
経験知とは何か
経験から得られたものを、経験知と呼ぶ。
これは、経験した量とは違う。
30年間同じ失敗を繰り返した人に、経験知があるとは限らない。
30年間の失敗から、何を抽出したか。 何を次に活かしたか。 何を捨てて、何を残したか。
それが経験知だ。
名もなき人々は、この作業を何千年もかけてやり続けた。
記録にも残らない場所で。 名前も残らない形で。
科学は偉大だ。でも。
科学は本当に偉大だ。
相対性理論は、経験では絶対にたどり着けなかった場所に行った。 量子力学は、人間の感覚の外側にある世界を記述した。 電磁気学は、目に見えないものを支配する法則を明らかにした。
科学は時に、経験知の外側へ飛び出す。
これは認める。
だから「科学は経験知の説明書に過ぎない」という言い方は、正確ではない。
ただ、一つだけ言いたい。
科学が説明したものの多くは、 すでに誰かが使っていた。
文明を作ったのは、天才だけではない
歴史は発明家の話が好きだ。
誰が何を発見したか。 誰が何を証明したか。
そういう話が好きだ。
歴史に名前が残るのは、正解を見つけた人だ。
だが、正解に辿り着くための無数の失敗は、名前すら残らない。
それでも文明は、その無名の失敗の上に建っている。
腐ったパンを食べて命を落とした人がいた。 海に出て、二度と戻らなかった人がいた。 崩れた建物の下敷きになった人がいた。
その人たちの名前は、どこにも残っていない。
でも、その失敗がなければ、 次の人が「もう一度やってみよう」と思うことも、 なかった。
文明は発明家が作ったのではない。
何度失敗しても試し続けた、無数の無名の人々が作った。
失敗者の歴史だ。
記録されることもなく、称えられることもなく、ただ「もう一度やってみよう」と思い続けた人たちの歴史だ。
最後に
私たちは先人を、非科学的だったと笑うことがある。
「昔の人は迷信を信じていた」と言う。
それはその通りかもしれない。
でも彼らが残した無数の「なぜか上手くいく」がなければ、 科学そのものが生まれることはなかった。
パンが膨らむ理由を説明した人の名前は、歴史に残っている。
でも、
最初に膨らんだ生地を捨てず、 もう一度試してみた人の名前は、残っていない。
今日、あなたが食べるパンがある。
今日、誰かと交わす何気ない知恵がある。
今日、当たり前のように存在するものがある。
今があるのは、
「理屈は分からないけど上手くいく」を、 名もなき誰かが何千年も捨てずに磨き続けたからだ。