
なんで使わないんですか」と聞いてはいけない ユーザー本人も答えられない理由を、定量×定性で掘り当てる
こんにちは、株式会社ラクスでプロダクト部 部長をしている稲垣です。
これはpmconfの動画やスライドを見て、自分なりの感想や考え、あるいは今のラクスのプロダクト部に適用できそうなことをまとめた、シリーズでの企画の第八弾です。
はじめに
第八弾は、
「なぜ使われないのか?──定量×定性で見極める本当のボトルネック」
登壇者:
・梶村 直人さん 株式会社カケハシ AI在庫管理 プロダクトマネージャー
梶村さんは大学院でNLP(自然言語処理)やデータ分析を研究し、三井物産で事業側を経験してから、プロダクトが作りたくてカケハシにジョインしたという経歴の持ち主。「テックも事業も大好きなので、PdMは天職」という自己紹介から始まる、実践のディテールが濃いセッションでした。
発表の核心を一言で
「使いやすいプロダクトは作れた。難しいのは、任せられるプロダクト」
AI在庫管理は、薬局の医薬品在庫をもとに「今これを買うべき」というおすすめ発注を出すプロダクトです。この通りに買えば発注業務から解放される。でも現実には、AIのおすすめをユーザーが確認し直す作業が残り、思ったほど効率化されない──。
これはAIプロダクト全般の「あるある」だと梶村さんは言います。POC(概念実証)では良い精度が出る。でも本番では確認作業が残ってしまう。この壁の正体を、梶村さんは「任せる」という行為の構造から解きほぐしていきました。
「任せる」とは、リスクと引き換えにアイデンティティを手放すこと
梶村さんが挙げた「任せてもらえない」理由は3つあります。
① 業務リスクの受け入れ おすすめ通りに発注しても欠品はゼロにならない。欠品すれば患者さんに薬を渡せず、説明責任を負うのは薬剤師さん。逆に発注しすぎれば、1店舗800万〜1000万円ある在庫が100万円規模でぶれて、経営に直撃する。任せるとは、この両側のリスクをユーザーが引き受けることを意味します。
② 業務アイデンティティの喪失 薬剤師さんは棚の医薬品を1個見れば「これは誰々さんに出るからそろそろ買っておこう」まで分かる。その職人的な経験の結晶が発注業務です。それをAIに任せるのは、培ってきた経験を手放すことに近い。
③ 「正解」が存在しない 欠品と在庫金額はトレードオフで、高額薬は来てから発注する店舗もあれば、廃棄リスクを取ってでも在庫を厚くしたい店舗もある。何を発注すべきかは店舗の経営意向で全く変わる。

最も刺さったポイント──「なんで使わないんですか」では、本人も答えられない
このセッションで一番持ち帰りたかったのが、ヒアリングの掘り方の話です。
何も考えずにヒアリングすると、「これ、なんで使わないんですか?」という質問になる。するとユーザーからは「なんか多い気がして」「使ったけど欠品したんだよね」「なんとなく不安で」という回答が返ってくる。そして精度の問題らしい、という結論に落ちる──梶村さん自身、最初はここに陥ったそうです。
重要なのは、これがユーザーの不誠実ではないということです。薬剤師さんはすべての医薬品を把握して発注しているけれど、「なぜその量を発注しているのか」を言語化しろと言われても、経験で理解している部分だからパッとは答えられない。表面的な質問には、表面的にしか答えようがないのです。
そこで梶村さんのチームは、質問する前の準備をつくり変えました。
クエリの自動生成機能で、「このユーザーが、どの医薬品に、いつ、どんな設定をしたか」「昨日何を発注し、何を発注しなかったか」を1つ1つ調べる
セッションリプレイ(画面収録)で操作の流れを見て、「この情報を見たから発注したのでは」と仮説を立てる
社内の薬剤師(ドメインエキスパート)と「どうしてそうなのか」を議論してからヒアリングに臨む
その上で、「この医薬品、高額なのになぜこのタイミングで発注したんですか?」とファクトベースで聞く。昨日の話なら薬剤師さんも覚えていて、「出荷調整があって卸さんから連絡を受けたから」といった、プロダクト側が知り得ない情報が初めて出てくる。

「ふわっとした質問ではなく、具体的な行動を質問する」。言葉にするとシンプルですが、これを支えているのは質問術ではなく、事前に定量・定性を徹底的に分析できる基盤です。ここがこの発表の本質だと感じました。
N1分析ができないのは、気合いの問題ではなくコスト構造の問題
もうひとつ誠実だったのが、「N1分析(実在する1人のユーザーを徹底的に深く理解する分析)が大事」という誰もが頷く話を、「じゃあ、めちゃめちゃやってますか?」と裏返した部分です。ヒヤッとした方も多いはずで、私もその一人です。
梶村さんの分析はこうです。できない理由は気合いではなく、1回1回のコストが高すぎること。ヒアリングの設定はCSの手を借りて大変、ログはそもそも取れていない、データは整備されていない。そして分析なしでも開発は回ってしまうから、優先順位が下がり続ける。
ここで出てくる反論が「その整備、ROIが合わないよね」。これに対する梶村さんの再反論が明快でした。分析工数の削減としてリターンを見積もるからROIが合わない。そうではなく、深いインサイトを取ってプロダクト価値のアップサイドを取りにいく投資として捉えるべきだ、と。
環境が整うと、分析は「一大プロジェクト」から「日常的な問い」に変わる。会議中に「この機能どれぐらい使われてるんだっけ?」が出た瞬間に調べてパッと分かる。そして一番大きいのは、PdMの純粋な好奇心──ユーザーを知りたいという気持ち──がすぐ行動に移せることだと言います。実際カケハシでも、去年まではできておらず、この1年で整えてきたそうです。
さらに最後、基盤よりも根幹にあるものとして「誰もがN1に関心を持つ組織」を挙げていました。関心が高い組織では、リリース後に「フィードバックどうだった?」という声が方々から上がり、営業やCSがN1の声を拾って集めてくれる。カケハシではオールハンズで営業・CSから1薬局の詳細を全体共有する場を持っているとのことでした。
ラクスへの示唆
私がラクスのプロダクト部として持ち帰った問いは次のものです。
「私たちは、ユーザー本人も言語化できない理由を掘り当てる準備をしてからヒアリングに臨めているか?」
ラクスのプロダクト部では「一次情報に直接触れたい」という声がメンバーから多く上がっていて、顧客と接する機会づくりは進めています。ただ、このセッションが教えてくれるのは、接点の数だけでは足りないということです。事前の定量分析なしに聞けば「なんで使わないんですか」になり、返ってくるのは表面的な答えになる。ヒアリングの価値は、ヒアリングの前に決まっている。この視点で自分たちのリサーチの準備工程を見直す余地は大いにあると感じました。
もうひとつは、AI機能の「任せてもらう」設計です。楽楽シリーズでもAI機能の提供を進めている中で、経費精算や請求業務は薬局の発注と同じく、ミスが許されず、担当者の経験が効き、会社ごとに運用が違う領域です。精度を上げることと任せてもらえることの間には、リスクの受け入れ・業務アイデンティティ・個社ごとの運用最適という壁がある。AI機能の企画段階から「どうすれば任せてもらえるか」を問いに含めていくヒントをもらいました。
そして「N1分析を工数削減ではなくアップサイドへの投資と捉える」という考え方は、分析基盤やログ整備の優先順位を議論するときの、そのまま使える言葉だと思います。
まとめ
「N1が大事」は誰でも言えます。この発表がすごいのは、それを「ユーザー以上にユーザーが分かるレベル」まで実行するための、コスト構造・基盤・組織の話として語り切ったことです。
ユーザーは嘘をつかないけれど、本当の理由を語れるとも限らない。だから聞く前に調べる。調べられる環境に投資する。その環境を欲しがる組織をつくる。この順番を、実例つきで示してくれたセッションでした。
以上、シリーズ8本目でした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。「ユーザー本人も答えられない理由を、どう掘り当てるか」という問いに、ラクスのプロダクト部もいま向き合っています。こうしたテーマを一緒に面白がれる方と、ぜひ一度お話ししてみたいです。ラクスの開発組織やカルチャーは、こちらから覗いてみてください。