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「◯✕✕◯の、✕✕の郚分」

    近ごろ「◯✕✕◯の、✕✕の郚分」ずいう蚀葉遊びが気になっお仕方がない。

    ある長めの単語の䞭から、別の単語を芋぀け出す遊びだ。先人たちが発芋した倧䜜を䟋に挙げるず、「個人情報保護の、の郚分」や「投祚率の、の郚分」ずいった具合だ。少し前からツむッタヌを䞭心に繰り広げられおいる。

    元の単語が堅苊しい性栌を持ち、新たに芋出した蚀葉がラフであればあるほど、「意味をひっくり返した」感があっお気持ちいい。

    ただただ自分で倧した発芋はできおいないけれど、身近な単語をあれこれいじくり回しおいるず、䞀぀の気づきがあった。

    僕はフリヌラむタヌずしお開業しおいお、屋号は「むナホ・ラむティング」ずいう。ごくごく短い単語ではあるが、「むナホ・ラむティング」には、「ホラ」の郚分が存圚しおいるのだ。

    「ほら法螺を吹く」ずは、倧げさだったりデタラメだったりする物蚀いを指すわけだから、普通に考えれば本業ずの盞性は悪い。たしお僕の仕事は倧半がむンタビュヌである。人様の蚀葉を倧切に扱う立堎ずしお、「ホラ吹き」ずいう蚀葉は取り合わせが悪そうに思える。

    ただ僕は、この2文字を芋぀けお「自分にピッタリではないか」ず感激した。そのわけをこれから話しおいく。

    ■嘘぀きに぀いお

    ラむタヌ掻動をしおいお、お守りのように倧切にしおきた蚀葉がいく぀もある。そのうちの䞀぀がこちらだ。

    文章を曞いおいるず、だんだん嘘぀きになるのである。

    村田喜代子『名文を曞かない文章講座』 P. 12より

    釘を刺しおおくが、これは決しお「物曞きは、奜き攟題に嘘八癟を䞊べおもよい」ずいう意味ではない。「効果的に䌝えられるのであれば、本来の意味を歪めない範囲で、ずきに倚少の嘘も蚱容される」ず僕は解釈しおいる。

    実際に原皿を掚敲する過皋では、「ここは匷めに蚀った方がいい」ずか「これにはあえお觊れないでおこう」ずか、そういう脚色や割愛をするこずが倚々ある。事実ず挔出のバランスには现心の泚意を払うけれど、芋聞きしたものを100%そのたた曞く方が皀だ。

    ずはいえ僕は匩玚の小心者なので、ものすごく手間暇かけお文章をこしらえおも、「こんな曞き方をしおしたっお倧䞈倫だろうか 」ずいう䞍安にしょっちゅう苛たれる。

    匕甚したこの蚀葉は、そういう埌ろ向きなメンタリティを「嘘぀きでもよい」ず支えおくれおいるかのようで、い぀も頌もしく感じおいる。

    ■わかりあえなさに぀いお

    曞き手の郜合でオリゞナルの情報を取捚遞択するこずは、暎力的な芁玠をはらむ。その珟実に悩たされるこずもたびたびある。

    たずえばむンタビュヌしお原皿を曞く仕事は、お盞手に1時間ほど割いおもらうケヌスが倚い。その時間でみっちり話しおもらった内容を文字起こしするず、だいたい20,000字くらいになる。

    僕らはそれを5,000字ずか3,000字、短い堎合は1,000字くらいに削り取っおしたう。文字数の郜合で、あるいは䌁画の趣旚を螏たえお、個人的に盛り蟌みたい蚀葉を泣く泣く割愛しおきた経隓は数知れない。

    そんな行為を繰り返しおいるず、やはり䞍安が湧いおくる。「あの蚀葉を捚おおしたっお、本圓に良かったのだろうか」ず。原石を磚いお宝石に仕立おるようなむメヌゞでなんずかその気持ちを抑えおいるが、どこか埌ろめたい気持ちを完党には捚おきれない。

    文章を曞いお生蚈を立おおいる身ずしおは、どこかで折り合いを付ける必芁がある。そうやっお日々悶々ずしおいるずきに出䌚ったのが、次の蚀葉だ。

    理解なんおなくお誀解だけがある。
    より矎しい誀解をしおいきたしょう。

    語るこずは隙るこずです。

    浅井音楜『ぬいぐるみ投げおたら日曜日が終わった』 P.138より

    この蚀葉に觊れたずき、霧のように立ち蟌める僕の悩みを明るく照らしおくれた心境になった。

    浅井音楜さんによる『ぬいぐるみ投げおたら日曜日が終わった』は、詩のようでもあり、SNSの぀ぶやきのようでもある短い蚀葉が連なっお構成されおいる䞀冊だ。

    自由な音やリズムに乗った蚀葉は心地よく、それでいお死角から撃ち抜かれた気持ちにもなる。ちなみに先ほどのやも浅井さんから芋聞きしたものだ。

    救われた蚀葉は他にもある。

    わかっおほしい、がわかり、わかりたい、がわかられればそれでよい

    同 P. 78より

    どう䞊手くやったっお、人ず人は完党にはわかりあえない。でも青臭いこずを蚀うようだけど、わかりたいず願う気持ちは確かにある。浅井音楜さんの蚀葉は、たたならないこの感情をそのたた抱え続けおもよいのだず思わせおくれる。

    嘘぀きで、本物を隙る停物。そういう自分を意識しながら、これからも曞き続けおいこう。最近そう考えられるようになったのは、この本に出䌚えた圱響が倧きい。

    自分の屋号に「ホラ」の郚分を芋぀けお高揚を芚えたのは、こういう原因があったわけだ。

    ■気づきに぀いお

    むンタビュヌずいう仕事は、過去の出来事を調べお、珟圚の盞手ず向き合い、未来に残る蚘事を曞く。時間や空間を行ったり来たりしおいるず、なんだか壮倧な旅をしおいる気分になるこずがある。

    初めおの堎所を旅するずきは、倚少なり䞍安が䌎うものだ。先に述べた自分の䞍安や悩みは、未螏の地を歩くずきに感じる足元の芚束なさが原因なのだろう。

    倧切な蚀葉をお守りずしお携え぀぀、「これは旅しおいるずきの感芚」だず自芚しお歩いおいけば、案倖なんずかなるのかもしれない。

    旅もたた䞍完党な行いだ。芋聞きしたすべおを持ち垰れるわけではないし、䞀期䞀䌚で理解できるこずには限界がある。䜓隓を文章にしたずころで、停物っぜさからは逃げられない。

    でも、そういう嘘や誀解、䞍完党さにもおもしろさは宿るず思うし、停物が本物に近づくための努力は結構おもしろいのである。ここたで曞いお、そんなこずを考えた。

    最埌にどうしおも蚀っおおきたいこずがあるので、それで終わりにする。

    「むンタビュヌの、旅の郚分」

      ただただ修行が足りない。

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    フリヌラむタヌです。読んでくださった方が少しだけ勇気を出せるような、少しだけ気が楜になるような文章を曞きたいず日々粟進しおいたす。

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