
【エッセイ】一回り昔を想い、今を憂う春の夜
「……同級生が花魁デビューしたらしい」
今年の春、まだ桜のつぼみが固く閉じていた頃。中学からの気心の知れた友人数人と、近場のチェーンで夕飯を食べた。
その帰りの川沿い、俺は友人Aと二人っきりで歩いていると、Aからそんなことを軽く告げられた。
中学を卒業して12年近く。
川の流れのような時間に身を任せながら、若さの免罪符の効力が薄くなる三十路手前という現実に直面していた俺とAは、「同級生は皆、今何をしているんだろうか」なんて、思い出を追想しながら話していた。
そんな矢先のゴシップ投下は平穏な空気を震わせる特大の爆弾であった。
俺は好奇心に抗えず、Aに詳しい事情を聞いた。
A曰く、数年前に俺とAの共通の友人Bが、SNSで彼女の投稿を見つけたという。Bが語るには「ネットサーフィンをしていて、ほぼ事故に近い形で見つけてしまった」とのことらしい。運命の女神が指先でチョイチョイと突いて悪戯したような、あまりにも最悪な再会であった。
彼女は、大層な変貌を遂げていたという。マスコットキャラクターかのように愛嬌のある太り方をしていた日陰者の少女から、見違えるような麗しい美女へと劇的な進化を遂げていたのだ。そして、彼女はその美貌を活かし、夜の世界の蝶として、己の身を価値に変えて生きると決めたらしい。
源氏名も勤務先も詳細は分からなかったというが、その投稿を見つけたBは、彼女の文章から「何か事情があって……」という堕落の悲壮感は微塵もなく「これが私の選んだ道です」と言わんばかりの、清々しいほどの覚悟と、これからの期待を感じたという。
俺はAの話を聞きながら、夜風を深く吸い思った。「俺の知っている世の中って、もっとこう、クリーンでマイルドなものだと思ってたんだけどな」と。
Eテレの教育番組みたいに「コンプライアンス重視! 誰もが誠実に真っ当な道を歩むのだ!」と、世間一般的な道徳心を盲信していたわけではない。けれど、流石に「身を売る」という選択をする人間が、身近に出てこないだろうと、勝手に決めつけていたのだ。
けど、振り返ってみると中学を卒業して12年もの間、その同級生と一切会わず、それぞれの生活の中で生きてきた。
12年である。干支が一巡したのである。チッチッチとネズミから走り始めて、アンカーのイノシシがブッホブッホと突き進んでゴールテープを切り裂くほどの歳月である。
それだけの時間があれば、人は何かしら大きな変化をしても、何ら不思議ではないのかもしれない。
……ただ、あの頃の俺らは、まさかこんな未来が来るとは微塵も思っていなかった。
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中学時代。
思い返せば俺にとって、個性豊かな友人たちとワイワイ、ガヤガヤ楽しんだ「黄金時代」であった。
中学時代以外にも楽しかった時期はあれど、ほぼ毎日ファニーな気持ちでいられた時期は、残念ながら他には無かった。
そもそも俺が通っていた中学校は、陽の輝く湘南の海のそばにある風光明媚な場所だった。ざわざわとなびく防風林の深い緑が身近にあり、窓を開けば爽やかな潮風が入り薫る素敵な環境だった。
そんな学校に通うのは、湘南の自由な雰囲気の中に育ち、個々の個性を享受して生きている、多種多様な「色彩」を持った生徒たちであった。
優等生もいる。
おバカもいる。
ヤンキーもいる。
オタクもいる。
髪を染めて制服を着崩した生徒もいる。
キッチリと制服を着た生徒もいる。
バルコニーでオールブラックス(ラグビーのニュージーランド代表)みたいにハカを全力で舞う男子生徒もいる。
昼休みの喧騒の中で、漫画原稿にBLのセンシティブな描写を描くことに没頭する女子生徒もいる。
そんな、個性を丸ごと煮込んだ闇鍋同様のカオスな環境がそこにはあった。
もちろん、俺もそのカオスの一部であった。
勉強嫌いなのに優等生のフリをしたがりのプライドを持ち、図体ばかり大きい癖に泣き虫で感受性が強い。我ながらだいぶ濃いキャラクターをしていた。
それ故に俺は「万年いじられキャラ」としてクラスで扱われていたけれど、根の明るさと生真面目さが幸いしてか、嫌悪を持たれることは少なかった。
そんな俺にとって「中学時代の核」だったのは、3年間所属していた科学部であった。
どの学校の科学部も共通していると思うが、我が校の科学部も例にも漏れず、多くのオタク系人間が所属していた。
遊戯王好きがいれば、漫画好きもいる。プラモ好きもいれば、美少女ゲーム好きもいる。そこは正に、オタクの雰囲気が濃縮還元された「ギーク・パラダイス」であった。
そして、当時はニコニコ動画の全盛期真っ只中というのもあって、ニコニコでおもちゃにされていた多くのネットミームが部活内で飛び交っていた。それを、日本語と英語に並ぶ共通言語として口で発しては、部室である理科室内でゲラゲラ笑っていた。
「114514」という数字を「いいよ! 来いよ!」と読むのは当たり前だった。 とあるドラマCD内に生息していた「ヤンデレ妹」は異性の理想だった。 ツッコミを入れる際は「おいィィィ!」と漫画『銀魂』の志村新八ばりに言い放った。 アニメ『きらりん☆レボリューション』の主題歌「バラライカ」の無慈悲な替え歌「やらないか」を、まるで聖歌のように大合唱した。
友人たちはその当時流行っていたミームのフレーズを飽きもせず繰り返し言って、周りの生徒に伝わるか伝わらないか気にせずに内輪なノリで笑いあっていた。
俺もそこに加わって笑っていた。
当時の俺は、あまりパソコンに触れてこなかったネット音痴というのもあって、そういった話題にとことん疎かった。だから、彼らの話すこと全てが未知との遭遇で、俺の眼には新鮮に映った。
そういった影響と新鮮な感覚があり、俺はニコニコ動画を中心としてオタクカルチャー、ネットカルチャーにまつわるものを見始めた。まだ無垢だった脳は、気づけばどっぷりとオタクの深淵の中に浸かっていった。その「オタク汚染」が逆に心地良かった。
科学部の友人たちが起点で、人脈も広がった。
写真部に遊びに行って、俺らと同じようにオタク話を語り合う友人と喋り合った。異性に苦手意識はあったが、美術部や演劇部に所属する腐女子たちとは交流できた。
人付き合いに苦手意識のある俺にしては、多くの出会いや親交を得ることができた。
もちろん、日々の出来事も輝かしいものばかりだった。
科学部らしくカルメ焼きやかき氷機、夕日の疑似発生装置を作って研究しつつ、空き時間には談笑していた。
数少ない大会であったペットボトルボートレースでは、空き時間に海の家でラーメンを食べ、海水浴客の水着姿を観察していた。
文化祭ではコスプレをして、BLキャラクターの格好をした友人が、腐女子に襲われそうになったのを笑った。
休日は友人宅で集まり、同級生が作ってきた「嫌いな先生の顔写真を素材にした、肖像権関係が即死レベルのMAD動画」を観て、酸欠になるほど爆笑した。
今振り返ると「俺の中学時代、アレかぁ……」と、若気の至りで恥ずかしくなる。周囲の人々からしても、下らなくしょうもないものだったかもしれない。
ただ、あの時のギークな情報や馬鹿げた思い出たちは、当時の「クソガキの残りカスを秘めていた思春期の俺ら」にとっては「大切な居場所」であり、それはダイヤモンドのように価値のある輝かしいものであった。
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だけど、時間というのはどうしても過ぎてしまうものであり、俺たちの日々も例に漏れず終わってしまった。
中学を卒業し高校へ進学。バラバラに進学してしまった俺たちは、予定を合わせて会うことも難しくなってしまった。
それから、俺たちは時の流れに抵抗できず、気がつくと「大人」という大きな枠組みの中に放り込まれていた。
もちろん、俺も例外なく変化はあった。
高校時代には若く淡く短い初恋を経験したし、同じ部活に所属していた親友が不登校になりそのまま退学、信頼していた友人と喧嘩した末に絶交した。そういった酸いも甘いも荒波のように現れる日々の中で、中原中也の詩とネット小説を読んだのをきっかけに文学を志した。
大学では楽しいサークル活動、好きな中原中也の研究、辛く先の見えないコロナ禍の就活を経験した。社会への不安や、そんな社会に放り込まれる自身の不安に揺れたこともあった。
いざ社会に出たら、理想と現実のギャップが生じて、何度も挫折を経験した。「自分がやりたいこと」がなかなかできず、何度も悲鳴を上げそうになった。「環境を変えよう」として転職してもモヤモヤが解消されることはなかった。
ただ、周りに苦しいと察されないように笑顔の仮面を貼り付けて、静かに自己嫌悪するループを過ごすしかなかった。
そして、自身の根本にハンデ――ADHDという診断を受け入れた末に、気付けば無職となっていた。
いや、正確には「社会的ドロップアウト」としての無職ではない。
現在、「発達障害への自己理解の強化」「自身にとって働きやすい環境探し」の為に、就労移行支援事業所に通っている。そこでの経験を糧に、来年初めの社会復帰を目指し精進する日々を送っている。その為の「無職」という肩書である。
毎日の訓練でコミュニケーションスキルやワークスキルを学び、自身の特性に向き合う日々だ。苦しさはあれど、確かな成長の手応えに心躍る瞬間も少なくない。
そして友人たちも、それぞれ変化していった。
真面目に勉強して、研究職になった奴もいる。
一度は一般企業に就職したが、学び直して医療の道に進んだ奴もいる。
東京の企業に就職し、日夜満員電車で精神をすり減らしている奴もいる。
そして、無慈悲な社会の荒波に飲み込まれ、一生癒えることのない心の傷を負った奴もいる。
根本的な人間性は変わらないが、それぞれ守るべきものが出来て、先行きのわからない世の中を憂い、「疲れた」を口癖にして体力を消費して生きている。
あの頃の「ただ後先考えず、一瞬で消えていく楽しさを味わっていた少年」から遠くかけ離れた大人になり、かつて脳内で描いていた「未来予想図」とは、似ても似つかない落書きのような今を必死に生きているのだ。
それは、自ら身を売る世界に飛び込んだ彼女も同様かもしれない。
もう戻ることが許されない、あの頃の純粋な世界からは、異国の僻地ほど遠い場所に立っているのだ。悲しい変化だ。
ただ、俺は今の自分を、案外そこら辺はポジティブに受け入れている。
今の無職という状態も、自分が「正しい」と信じて選び取った道であり、この不可抗力の変化さえも、自分が自分であるために求めた結果として、今は許容できている。
彼女の選択も、それが本人の意志であり、それが自身の正しい道なのだと信じているのならば、現状が何であれ一つの輝かしい生き方として成立しているはずだ。
過去には決して戻れない。12年前なら尚更だ。けど、こうして過去を追想し、「あの時は良かったな」と思うことは出来る。そうした余裕を失わない限り、俺らの「黄金時代」は消えずに、胸の奥で残り続けるのだろう。
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「12年か……」
夜の静寂の中で、俺は再びその月日の重さを噛みしめた。
「……なんか、悲しいね」
ただ、その時の俺は、込み上げてくるセンチメンタルな感情と、やり場のない純粋なショックで嘆くことしか出来なかった。
「確かにね」
その嘆きに、Aは遮ることなく、静かに、そして深く受け止めてくれた。
ちなみにその後、俺は彼女の投稿をコッソリ探した。XやInstagramを、検索エンジンやAIを活用しながら調査したが、残念なことにその手がかりを見つけ出すことはできなかった。恐らく、アカウントごと消えてしまったのだろう。
彼女の行方は今も知れない。今はまた名前を変えて身を置いているのか、あるいは夜の世界を辞めて、どこかで静かに暮らしているのか。
いずれにせよ、彼女が彼女なりに納得できる日々を、誰に恥じることもなく過ごしていることを、春の夜の風に託してそっと願うばかりだ。
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画像生成:Gemini

スペシャルサンクス:友人A(公開前に読んでもらった)
【このエッセイを読んでくださった皆様へ】
私は普段、noteやXにて詩を発表しています。
日常の気付きやふとした感動を、韻文という形で残しています。
もしよろしければ、読みに来てくださると嬉しいです。