
女性として働きながらヒゲを隠していた7年間|退職してやっと自由に伸ばせた
ある朝、洗面台の鏡の前でヒゲを剃りながら、ふと思った。
退職したら、これをしなくていいんだ。
ホルモン治療を始めたのは、退職の約7年前だった。
ヒゲが生えてきた時はうれしかった。
でも当時は女性として職場に勤務していたので、そのままにしておくわけにはいかない。
だから毎朝剃った。
夕方になると少しジョリッとしてくる。
人と近距離で話す時は、それが気になった。
目立っていないだろうか。
気づかれていないだろうか。
そういうことを、毎日考えていた。
ホルモン治療を始めて1〜2年くらいは、まだ濃い産毛みたいな感じだった。
でもいつの間にか、少しずつ太くなっていった。
ちょうどコロナの時期と重なって、マスク生活が長かったのは正直助かった。
あの期間がなかったら、もっとしんどかったと思う。
一度だけ、家庭用脱毛器を使ったこともある。
でも、退職したらヒゲを伸ばしたいという気持ちもあったので、それ以降は使わなかった。
ヒゲが生えるのはうれしい。
でも、今の環境では困る。
この気持ちは、けっこう複雑だった。
周囲に直接何か言われたことはない。
自分はもともとボーイッシュに見られていたし、職場でも男性と間違われることがあるくらいだった。
昔からの知り合いなら、声が低くなっていることも含めて、気づいていた人はいたと思う。
それでも何も言わなかった。
あえて言わないでいてくれたのかもしれない。
退職してから、やっとヒゲを自由に伸ばせるようになった。
最初は、童顔だし似合うのかなという不安もあった。
でも、意外と周りからは好評だった。
自由に伸ばせるようになっただけでもうれしかったけど、それ以上に大きかったのは、
ヒゲがあることで男性として見られやすくなったこと
だった。
カミングアウトしていない知人と会った時にも、ヒゲが生えているという見た目の変化があることで、戸籍を変えたことを伝えやすかった。
父やいとこもヒゲを伸ばしている。
その中に自分も入れた感じがするのが、地味にうれしい。
仲間入りできたような気持ちになる。
小さいことに見えるかもしれない。
でも自分にとっては、毎朝洗面台の前で感じていたあの感覚がなくなっただけで、それだけで十分だった。
在職中の7年間、ヒゲが生えるたびにうれしいのに隠さないといけなかった。
退職して初めて、それが終わった。
隠さなくていい。
ただそれだけのことだけど、新しい人生が始まったような気がした。