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Photo byankou_onna

「私なんか」と思い続けて終わるのが一番ダサいと思った。

    いつの間にか周りの顔色を窺う癖がついてしまい、自己評価と自己肯定感が低いネガティブな人間へと成長した私は、いつも何かに遠慮していた。

    目立つと人から嫌われる、何かに優れると妬まれる、人より多くのものを受け取れば僻まれる。うっかり手の内を明かしてしまえば掻っ攫われる。

    それらは生きてきた中で学んだ事で、私は自分を守るため、自分を低く見積もる事を覚えた。そして、みんなが難なく出来ている事さえも「私なんかがこんな事してもいいのかな?」と躊躇するようになって、自信に満ち溢れてのびのびと自己表現が出来たり、やりたい事が堂々と出来ている人が自分とは別の世界にいるみたいで腹を立てていた。そして、その人たちがキラキラ輝いているように見えて自分には何も無いという虚無感を募らせていった。

    それでも、何らかの形で文章を書くことだけはずっと続けていて、ほんの些細な事だけど、いつの間にか誰かの役に立ったりして僅かながらにお金を得たりできるようになった。そんな感じで、一応、前には進んでいた。

    そして、自分の考えを整理したり同じように生き方が不器用な人に向けて何かを伝えたくてnoteを始めることにした。いや、前もnoteで自分の事を発信していた事はあるから正確には2度目のチャレンジなんだけど、やっぱり書く事に向き合うと自分の頭の中がスッキリしていく気がするから、私にはある種のデトックスなのかもしれない。

    そんな中、創作大賞の募集が始まった事を知った。その存在は知っていたものの、自分には関係のないものだと思い込んでいた。おそらく応募する人も、授賞する人も、人脈も人気もあって他者とのコミュニケーションが円滑で「どうせコネと要領で回してる世界なんだろうな」なんて思ってた。実際にはただの偏見なんだけど、そんな偏見たっぷりの想像で自分みたいなタイプの人間は蚊帳の外なんだろうと信じていた。


    そうして自分から距離を置いていたくせに、長年心のどこかで燻っていた「自分の言葉を誰かに届けたい」という欲を認めたくなった。

    正直なところ、すぐに誰かに届く訳でもなければ心を動かせるとも思っていない。だけど、自分の言葉で勝負している人たちに「あの人はいいよなぁ」って悪態をつきながら何もしていない自分が一番ダサいって気付いた。そして「激ダサ」から「ちょいダサ」くらいには進化できるのではないかと、ここ最近は珍しく前向きに考え始めている。


    これは決意なんて大層なものでもなく、単なる「お気持ち表明」みたいな自己満足。

    書きたいと思うテーマがいくつかある。誰にも刺さらないかもしれないけど、それでも何も出さないよりマシだと思った。


     
     

    imu

     
     
    「間に合う人」でいようとして、うまく生きられなかった私の記録。 人との距離感や、自分との折り合いに悩んできたことを言葉にしています。 同じように少し生きづらさを感じている人へ。

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