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Photo bycolormosaic

読めない野菜。夫と妻、彼と彼女。

    湿地

    「しっち」とは呼ばない。
    頭の片隅に、ラムサール条約がよぎる。

    正解は、

    しめじ(Simeji )である。

    読めなかった。
    2人とも読めなかった。


    そのまま読めば読めそうなものなのに、夫と2人で頭を抱えた。
    え?待って、何の野菜よ‥‥と。



    たしか、1人目の子が生まれて半年ほど経った頃。

    外が真っ暗になって夫が帰ってくる頃、
    私にはもうエネルギーが残されていなかった。
    静かに、でも不機嫌そうに、
    短く「おかえり」とだけ言って、歯を磨いてベッドに横になる。

    夫があびるシャワーの音を壁伝いに感じながら、枕に深く顔をうずめた。

    今日はいろんなことがあったんだよ。
    うまく伝えられない。でも疲れたんだよ。
    優しい一言をかけられると、何かが崩れてしまいそうで目を合わせるのも怖かった。

    携帯でこっそり照らした寝顔は穏やかで、小さな手に人差しゆびをつかませてみる。

    かわいい。
    でも夫はこの子の可愛い寝顔しか知らない。
    食べなかった離乳食、なんとか片づけた洗濯物。
    一口だけ飲めた、ノンアルコールビール。
    全部、知らないでしょ。

    言ってないけど。

    夫も1日働いてきただけだ。
    そのはずなのに。
    誰よりも遠かった。

    手を絡めて賑やかな夜道をいっしょに歩いたのは、この人だったっけ。


    気づくと、何かが減っていた。

    生活に必要な会話だけが、繰り返される日々。

    トイレットペーパーが切れたとか、
    おひる食べる?とか。
    病院の時間とか。

    小さいけれど、毎日いろんなことがあるのに。

    このままじゃ、終わってしまうかもしれない。


    きっかけは、あまり覚えていない。
    夫が仕事帰りに買ってきた、シュークリームだったかもしれない。

    夜のおやつを一緒に頬張る。
    荷物を下ろした後みたいに、肩の力が抜ける。
    甘いね、沁みるね。おいしいね。
    今日も疲れたね。

    必要だったのは、この甘い、余計なカロリーと時間だったのかもしれない。


    20時半。

    ルイボスティーを入れる。

    とくに金曜日や連休の週末はパーティと銘打たれ、ポテチとハーゲンダッツや、大福とアイスなど、太陽と月みたいな組み合わせのお菓子を用意する。
    カッコつけてみたが、和と洋とか、甘いとしょっぱいとか、あの手この手でカロリーを楽しみたいだけだ。そしてカロリーは高ければ高いほど、楽しみに待たれる。

    肌寒い季節は紅茶を入れていたが、最近ノンカフェインのルイボスティーに変更された。
    夫も私も、笑ってしまうくらい夜中のトイレの回数が増えたからだ。


    パーティのお供は懐かしいドラマだったり、最近動画のおすすめ欄に浮上しまくる焚き火の映像だったりする。
    どうにかして自律神経を整えようとしてくれるオススメ欄。ちゃんと、中年の夫婦が出来上がっている感じがする。

    その中に紛れ込んでいた、野菜の漢字クイズ。
    絶対に、夫よりは読めるはず。(妻よりは読めるはず。)

    そんな意地を左肩に感じながら、初級編からスタート。

    なんだろう?
    なんて読むんだろう?

    え、なにこれ、しっち??

    水鳥のやつ?
    いや、野菜だよな。

    あ、、、あと5秒だよ!はやく!





    「しめじかよ!」



    子どもたちを起こさないように、肩を揺らして笑い合った。

    薄暗いリビングで照らされていたのは、
    あの頃の、彼と彼女だ。



     
     

    ろみ

     
     
    IT系会社員、ライター、4歳0歳の母、低血圧 荒ぶる日常を、書くことで整えています。 母になってからの、少し言いづらい感情の話 VERY掲載↓ https://veryweb.jp/life/613318/ ご依頼はDMへ レーズンサンドと原田マハさんが好き

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