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保育器と3歳の大手術を乗り越えて。61歳になった双子姉妹を、85歳の母が祝う日。

    先日、実家に近いお店で、母が私と姉の誕生会を開いてくれました。私たちは双子なので、誕生日が同じです。 そこに、東京から戻ってきた姪っ子も加わり、私の夫を含めた5人で温かい時間を過ごしました。

    よくぞ私たちがこうして61歳まで無事に生きてこられたこと――。母にとっては、きっと人一倍、感慨深いものがあったはずです。

    当時はまだ、今ほど双子は多くありませんでした。私は未熟児で生まれ、すぐに保育器へ。姉はなんとかギリギリで保育器に入らずに済んだものの、その後、心臓の病気が見つかり、3歳のときに大手術をすることになりました。

    無事に保育器を出られた私も、しばらくして高熱を出し、頭に何本も管を入れて膿を出す治療を受けたそうです。私の頭には今でもその時の傷跡がたくさん残っていますが、幸いにも髪の毛で隠れる場所でした。

    生まれてすぐの、この2人の様子を想像するだけで、当時の母の神経がどれほどすり減ったことか。今、こうして2人が元気に生きていること自体、奇跡のように思えてなりません。ただただ、感謝の言葉しかありません。

    そんな特別な日を祝って、母が「久しぶりのごちそうを」と奮発してくれたのが、ステーキ懐石でした。美しい前菜から始まり、メインのジューシーなステーキ、そして最後のデザートまで、みんなで心ゆくまで堪能しました。

    食事の後は、近くのショッピングセンターへ一緒に立ち寄り、楽しい余韻を残してそれぞれの家へと帰りました。

    私には子どもがいませんが、子育てをされている方々の苦労は並大抵のものではないとお察しします。姉には2人の子どもがおり、2人とも無事に独立して今は東京で頑張っています。姉の子育てをすぐ近くで見てきた私は、「とても自分には真似できない」と当時思ったものでした。

    私たち双子は、この年齢になっても誕生会を企画してくれる母が今も健在です。秋には86歳になります。まだまだしっかりしていますが、これまでに何度も寝たきりになりそうになったことがありました。しかし、その度に不死鳥のように復活する母の姿に、姉も私もいつも驚かされてばかりです。

    私たち2人がいくつもの試練を乗り越えて今日まで生きてこられたのは、そんな母の圧倒的な生命力を受け継いでいるからなのだと、しみじみと感じた誕生会でした。


    最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

    海外(インドネシア)からの帰国を機に、また日本での新しい日々が始まっています。普段のnoteでは、AIを使った学びのことや、日々の暮らしの中での気づきなどを、毎日19時にお届けしています。

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    還暦からAIと株を相棒に人生を再起動中。通訳案内士の経験を活かし「一生モノの学び方」を探求。インドネシア生活を経て帰国。AIは編集パートナー。「今、ここ」を大切に日々更新。 ※Amazonアソシエイトとして適格販売により収入を得ています

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