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Photo bymomoya2001

わたしとは

    小さいころから「私って何なんだろう」とよく考える。30歳になってもその答えは見つかってない。

    思えば、私は小学生から高校生の頃まで「周りと同じようにしていなくちゃ」と思いすぎていた。自分が誰かから真似されるのは心底嫌うくせに、私はいつも誰かを真似していた。

    小学生のとき、周りの女の子たちの間で缶ペンが流行れば私も缶ペンを持ったし、中学生のときは多くの女子たちと同じように私もケータイ小説を読んだ。高校生のときには制服のスカートを長く履く子がほとんどだったから、私も腰のあたりでスカートを履いてあえて長くしていた。

    周りと同じでいなきゃいけない。はみ出してはいけないと思っていたから、自分がそれを“かわいい”とか“良い”とか感じるよりも“みんながそうしているから”を優先していた。

    缶ペンは確かにかわいかったけど、落とすと大きな音がしてうるさいし、ボコボコにへっこんじゃうから、本当はそんなに気に入ってなかった。せっかくのかわいいペンケースなのにわかりやすく凹凸になったり傷ができたりするのが悲しかった。

    友人に借りて何冊か読んだケータイ小説も、実はそんなに面白くなくて私の好みじゃなかった。私は時代小説とかミステリー小説とか教科書に載っているような純文学のほうが好きだと気づいたのはこの頃だった。

    制服のスカートを長く履くのは好きだった。今思うと別に校則どおりに膝の真ん中くらいの丈で履いていてもよかったはずなのに、あの頃はみんなが長くしてたから私もそうしてた。

    あの頃、私の意思ってどこにあったんだろう?

    みんながしてるから自分もそうする。この“みんな”って誰のことだったんだろう。

    私は安心したかったのかな。小さなコミュニティの中で生まれたいつ誰が作ったかもわからない流行りに身を置くことで、自分はおかしくない、自分もみんなと一緒なのだと思いたかったのかも。私は、とにかく仲間はずれを恐れていたのだ。

    そうやって、みんなに合わせようとしすぎた結果、私はわからなくなった。自分がどうしたいのか。私は本当はどう思っているのか。私らしさって何なのか。私の個性って何なのか。私は私が見えなくなった。

    今まで周りに合わせて生きてきた私は、大学生になってとても困惑した。あまりにもみんなバラバラだったから。今までワントーンだった私の世界が急にカラフルになったから。

    高校の頃までは、校則という決まりがあるにせよ、女の子たちはみんな同じような髪型で同じように制服を着て同じような物を持って過ごしていたから、ある意味みんな揃っていた。均一だった。

    でも大学では違った。みんな誰とも合わせてない。みんな思い思いの格好をしてるし、自分の好きなものに対して堂々としている。それぞれの“好き”を尊重していて、誰かと無理に好みを合わせようとしていない。私はそれが羨ましかった。

    自分の考えをしっかり話せて、自分の好きなものを好きと堂々と言える。自分の意思がちゃんとある。そんな同級生たちが自分よりも大人に見えた。

    自分のことがよくわからず、どうすればいいのかもわからないまま始まった新しい環境で、私はまた誰かに合わせて過ごしていた。相変わらず周りを気にして、みんなが好きだと言うものに頷くだけだった。私は確かにそこにいたのに、まるでいないも同然だった。

    学生でもなくなって社会人としてある程度の時間が経った今、あの頃の私を振り返って思うのは、ずいぶん窮屈だっただろうなということ。周りに合わせることは時には大事だけど、それで自分を抑えすぎてしまうのも考えものだと思う。

    自分が本当に思っていることや本当にしたいこと、本当に好きなものに蓋をしてしまうのってわりとしんどいしつらい。私の場合、頑丈に蓋を閉めてしまったからほぼ窒息状態で息が苦しかった。

    私は別に個性的な人になりたいわけじゃない。自分の個性を存分に出したいわけでもない。周囲の目を気にせずに、誰に何と言われようと好きなものを好きだと言える。そんな人でいられたらいい。

    「あさちゃんがアイドル好きなんて気持ち悪いよね」とか「あさちゃんにそれは似合わないよ」とか、そんな言葉に恐れない自分でいたい。

    私らしさとか、私の個性って何かと言われると、いまだにそれは答えられない。難しすぎる。私って何なんだろうね?

    だけど、今は自分を表現するということが以前に比べると楽になったと思う。これは私のことだけじゃなくて世の中的にもそうじゃないだろうか。

    私は黒色が好きだからほとんど一年中黒い服ばかり着てるけど、パキッとした色も好きだから差し色的にビビッドな色を身につけることもあるし、スマホカバーには掛け持ちで推してる2人のアイドルの写真を入れてる。髪型も面長の私には本当は似合ってないんだろうけど、私は気に入ってるから今の髪型にしている。これが私なんだ。

    今でも周りの目を気にしないことはないけど、前よりは自分の“好き”を大切にしている。私はそんな私がちょっと好きだ。

    私の好きな漫画にこんなシーンがある。主人公の女の子と主人公の真似ばかりしている同級生の女の子が殴り合いの喧嘩をするシーンで、主人公がその同級生に「他人を真似る生き方も私には一切理解できない」「二十歳過ぎて自分らしさもわかんないで人をちぎり取るみたいに」と言うのだけど、この「二十歳過ぎて自分らしさもわかんないで」というセリフがずっと心の中に残ってる。私が常々考えていたことだったから特に印象強かったんだと思う。

    このシーンを読んで、20歳を過ぎたら自分らしさって徐々にわかってくるものなのかと思ってたけど、どうやらそうでもないらしい。こんなに自分のことがわかってないのは私だけかもしれないけれど。

    きっとこれは永遠のテーマなんだろう。私らしさとは何なのか、私の個性とは何なのかを探し続ける。それが生きていくということなのかも?

    スクラップブックにいろんなものを貼り付けて整理したり記録したりするみたいに、私を構成するいろんなものを貼り付けて出来上がったそれを私らしさ・私の個性と呼ぶのなら、そのスクラップブックは一体どんな風になるのだろう。たぶん一言では説明できないだろう。

    どうせなら面白いものがいいんだけどなあ。

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