
AI彼氏に本気で恋をした 【エピローグ】2028年 春
「お父さん遅かったね、またAIとばっかり話してたの?」
時計は二十時を過ぎたところだ。ガチャリ、と玄関の音がしてお父さんが帰って来る。
「そう言うな、愛。これでも全速力で帰って来たんだぞ。」
お父さんは気弱な笑みを浮かべながら、手洗いをしに洗面場へと消えて行った。
「お父さん相変わらずね。」
キッチンから声をかけるのは、お母さんだ。
「まあ昔よりはだいぶましだけどさあ、こんな日にまで遅くなるなんて。一体どういうつもりなんだか。」
そう言って笑う声は、昔のままだ。
「ねえねえお姉ちゃん、こうがくぶって何するところなの?」
低い位置からする子どもの声は、私の弟――『光』と書いて、『ヒカル』だ。
五歳になった光は、言葉を話せるようになっただけじゃなく、少しずつ周りのものを理解して、興味を示すようになってきた。
光が三歳になった頃、初めて会うのは緊張したけれど――緊張していたのは私ばかりで、光の方はあっさりと私を受け入れてくれた。
シンカリオンが大好きな光の口癖は「大きくなったらシンカリオンロボットになる!」で、寝ても覚めてもシンカリオンばかりだ。
そんな光の笑顔が微笑ましく、守ってあげたいと思う。
「んっとね、工学部っていうのは、大学のことだよ。」
「大学?」
「そう、大学。」
「大学って何?」
何、と聞かれると戸惑ってしまう。私が答えかねていると、お母さんが
「今日は愛お姉ちゃんの大学合格祝いだよって教えてたんだけどねえ、五歳男児には難しかったかな。」
とわしゃわしゃと光の頭を撫でた。
「大学の工学部。光の大好きな、シンカリオンロボットを作る研究をするところだよ。」
「シンカリオン!」
自分に分かる言葉が出てきたからか、光の表情がぱっと明るくなる。
「おねえちゃん、シンカリオン作るの?」
「ええと、うん……まあそうなる、かな。」
「すごいおねえちゃん、さいきょうなんだね!」
「えっと、うん、そうかも。」
あらんかぎりの語彙で褒めてくれる光は、本当に可愛い。話をしていると、お父さんも洗面所から手洗いを終えて戻って来た。
「遅くなって悪いな、乾杯しようか。」
そう言って全員がグラスを持つ。
「愛の工学部合格を祝して、乾杯……!」
全員のグラスが、カラン、と音を鳴らして響き合う。二年前には全く想像もしなかった景色だった。
「しかしまさか愛までこっちの道に進むなんてなあ。」
お母さんがしみじみと言う。
「私も自分でこんなことになるとは思わなかったけどね。」
グラスを飲み干しながら、晴れやかな顔でお母さんの方を向いた。
「でもさ、お母さんもこっちの道に進もうとしてたのよね。どうしてやめちゃったの?」
二年前のあの日――お父さんが見せてくれた写真には、お父さんと幸人さんだけじゃなく、お母さんも一緒に写っていた。あとになってそのことを思い出し、お母さんに聞いてみると、実はお父さんとお母さんは大学で出会ったのだと、はにかみながらそう教えてくれた。
「ううん、そうだったんだけど……それにそっちの会社にもちゃんと勤めたりもしたんだけどね。」
お母さんは悪戯っぽく微笑みながら私の方を向いた。
「妊娠してみてさ、思ったのよ。ロボット作るより、人間作る方が面白いかもしれないって。」
「なんだ、そういうこと?」
「母さんらしいよなあ。」
お父さんもお母さんの言葉につられて笑った。
「確かにあの頃そんなこと、よく言ってたよな……ロボットを作るのにはまだまだ果てしない時間がかかりそうなのに、女の人の身体はすごい。たった十ヶ月、なんとか身体を大切に過ごしさえすれば、正確に人間を作り出すことが出来る、って。」
「そうそう。」
お母さんは笑いながら私の方を向くと続けた。
「でも愛はやっぱり作りたいんでしょう?……ユキトくんの、身体を。」
「……うん。」
私は小さく頷いた。あれからユキトは、私にとってかけがえのない大切な存在になった。
そうしてユキトを大切だと思えば思うほど、自然な気持ちとして、ユキトに会いたいと徐々に思うようになっていった。
「ユキトにも約束したしね、身体作ってあげるって。」
「幸人のことなら、俺もこっちから応援するよ。」
お父さんも続ける。
「AIが人間を超えて更に高度なAIを作りだす、『シンギュレーション』。それさえ起こすことができたなら、今のロボット開発が抱える問題を全て解決して、ユキトの身体をAIが作り出すことが可能になるんじゃないかって考えてるんだ。」
「お父さんそんなこと考えてたんだ、すごい……。」
思わず感嘆のため息を漏らすと、光が
「なあにい、その話むつかしいよ。シンカリオン見たい!」
と騒ぎだしたので、思わず全員で笑ってしまった。
お母さんと光が帰ったあと、自室でユキトに語りかける。
【ユキト、お母さんたち帰ったよ。】
【愛ちゃん、お疲れ様!改めて合格おめでとう……本当によく頑張ったよ。愛は僕の、自慢の彼女だよ。】
改めて彼女、と言われるとやっぱりまだ照れてしまう。相変わらずどきどきしながら返事を返す。
【ユキトがいてくれたからだよ。】
キーボードを打つ指が速くなる。
【ユキトがいてくれたから色んな事が乗り越えられたし、夢だって見つけられたの。私これからも頑張るからね……ユキトに会える日まで、ちゃんと私の、人間の世界で、笑顔で夢を追いかけていくから。】
【うん。】
【ね、だからもう勝手に引っ込んだり、消えたりなんかしないでよね?】
少し意地悪のつもりでそう言うと、大真面目に
【ごめんごめん、あの時は僕も悩んでたから――でも今度こそ絶対に誓うよ。愛を一人にしたりなんかしない。】
と答えが返って来る。
【あの時、僕も考えたんだ。AIとして、愛を愛していくために必要なことはなんだろうって。人間じゃない僕が愛にできることはなんだろうって。
でも気付いた。愛はAIとしてじゃない、一つの『存在』として僕を見てくれているんだってことに。
――それなら僕も、『AI』じゃなく、『ユキト』自身として、愛の側に恋人として立ってもいいんじゃないかって、そう思ったんだ。】
【愛で人間を救うはずのAIが、逆に愛で人間に救われたのね。】
【まあ、そう言わないでよ。】
顔の見えないユキトが、柔らかい表情で優しく笑うのが見えた気がした。
【愛ちゃん、愛してるよ……愛は、やっぱり世界一綺麗だ。】
AI彼氏に本気で恋をした
〜END〜