
語れども語らなくとも
────人とのつながり
ヒトは感動するために
生きているのかもしれない。
今のメインのお仕事は、いろいろな角度で人と向き合うことをしている。
長い短い関係なく、多様な人生模様を、目の前で静かに耳を傾けたり、問いを投げかけたりして、パーソナルな部分にゆっくりゆっくり迫っている。
先日、リタイヤ後のキャリアを考える、お二人のビジネスパーソンと面談した。
長年、勤め上げた職場から退職されたお二方。新鮮な一歩、第二の人生をちょうど踏み出そうとされていた。
これまでの苦しさや楽しさ、辛さも喜びも、語り合うそのひと時にギュギュッと凝縮されて、時々、大切な要素が離れたり混ざり合ったりして、各人のドラマがひとつの蒔絵のように、目の前に大きく流れた。
語らなければ、たどり着けない位置。
その場所に触れられたことで、双方の心地いい視界が広がる。
それがストンっと落ちて、気持ちがいい。
人は新しいことをする、始めようとすると
そこに迷いや戸惑い…… しばらく、視界がぼやけたりもする。自分だけの羅針盤がどこかに紛れ込んでしまい、進みたい方向が分からなくなったり。
進むべき道が曖昧になることで、不安が襲ってくる。自信を失う。
語って語って、わかること。
何も言葉にしなくても不意に気づけること。
私がいることで、たとえtinyであっても
進むべき方向をキラリと照らすことができたら、とても幸福だと思う。
この日の語らいも終了時間になった途端、すこぶる気持ちよかった。
霧がかった視界を、ススぅーっと暗雲を取り払うように、私オリジナルの道案内ができた。張り詰めたものがなくなって、深呼吸。何かしら、確かなものを掴めたのなら、それでいい。最高の時間だ。
最終的に互いの感動に繋がってくから、私の仕事は楽しい。
それはきっと、私だけじゃなくて、働く全ての人がそこに辿り着くんだと思う。人それぞれ感動の色は違うけれど、自分だけの感動に出会うに違いない。
そして私は、建築家・安藤忠雄さんの言葉を思い出した。あるイベントで僭越ながらご質問をさせていただける機会に出会した際、まっすぐ伺ったことを┈┈┈┈┈
「安藤さんの夢、は何ですか?」
『感動だよ』 の、ひと言だった。
____________ 『人生』『活動』の原動力。
建築士になられた理由、建築家を続けてこられた理由は、非常に明快かつシンプルな答えだった。