
【小説版】死神失格 第23話「死神失格」(最終回)
あらすじ
命の灯を交換した罪により、シロは死神ではなくなった。
けれどその選択は、ゲラの未来をつないだ。
生き返ったゲラ。
人間になったシロ。
そして、二人を見届けた死神エリオス。
物語はついに最終回を迎える。
第23話「死神失格」
暗い空間に、鎖の音が響いていた。
黒いローブをまとった死神は、壁に縛りつけられていた。両腕を広げるように太い鎖で固定され、腰にも足にも重い鉄が巻きついている。周囲には幾本もの鎌が浮かび、まるで逃げ場など最初から存在しないと告げているようだった。
「アルゲイン」
低い声が、闇の奥から響いた。
「この者は、人間の命の灯を交換した」
死神たちの間に、冷たい沈黙が落ちる。
「その罪の重さにより、神堕ちに処す」
宣告は、淡々としていた。
死神の能力を奪う力で、その身を切り刻まれる。
寿命を伸ばすなど、特定の人間に肩入れすることは、死神にとって許されない。
そして何より、死神としての役目を放棄した者は――。
「貴様は、死神失格だ」
鎌が、闇の中で一斉に光った。
次の瞬間、黒い世界を白い線が切り裂いた。
◇
ゲラは、小屋の床に座り込んでいた。
さっきまで何が起きていたのか、すべてを思い出せるわけではなかった。胸の奥に、あたたかい何かが灯っている。その感覚だけが、はっきりと残っていた。
「……?」
彼女は自分の手を見下ろす。
指が動く。
息ができる。
心臓が、静かに打っている。
生きている。
それが分かった瞬間、ゲラの胸に不思議な震えが広がった。
床に座ったまま、彼女はしばらく動けなかった。
部屋は静かだった。けれど、シロの姿はどこにもない。
ゲラは立ち上がり、よろよろと扉の方へ歩いた。
「シロ……?」
答えはない。
小屋を出ると、外にはやわらかな光が広がっていた。
空は白く、雲はゆっくり流れている。
丘の向こうに、ひとりの少年が立っていた。
ゲラは、はっとして足を止める。
その少年は、どこか懐かしい顔をしていた。
短い黒髪。優しそうな目。人間の姿をしているのに、ゲラにはなぜか、その人が誰なのかすぐに分かった。
足元には、小さな墓標があった。
花が供えられている。
少年はその前に立ち、静かに言った。
「ありがとう、エリオス。お前のこと、忘れない」
その声は、シロの声だった。
ゲラは胸が詰まるのを感じた。
シロは、死神ではなくなった。
ゲラを生かすために。
命の灯を交換するために。
死神としての力も、姿も、すべて失ったのだ。
それでも、彼はここにいた。
ゲラはゆっくり近づいた。
「……!」
シロが振り返る。
ゲラの目が見開かれた。
「ゲラ……」
シロは、少しだけ笑った。
「よかった。生き返ったんだね」
その言葉に、ゲラの胸の奥が熱くなる。
「もしかして……」
彼女は小さくつぶやいた。
「シロ!?」
シロは照れたように、後頭部をかいた。
「ゲラを生かしたら、人間になっちゃった」
軽い調子だった。
けれど、その言葉の重さを、ゲラは理解していた。
死神だったシロは、もういない。
でも、目の前にいる少年は、確かにシロだった。
ゲラは一歩、近づいた。
「シロ!?」
今度は叫ぶような声だった。
次の瞬間、ゲラはシロに飛びついた。
シロは少しよろめきながら、それでもしっかり受け止めた。
「人間の姿でも、かっこいい!」
ゲラは笑った。
涙で目を濡らしながら、心から笑っていた。
シロも笑った。
「ははっ。これからは、ずっと一緒さ」
ゲラはシロの胸に顔をうずめる。
シロの胸は、あたたかかった。
骨ではない。
黒いローブでもない。
本当に人間の体温だった。
少し離れると、ゲラは墓標の方を見た。
「エリオスを、覚えてる?」
シロが尋ねる。
ゲラは静かにうなずいた。
「覚えてるよ。最初に私の元へやってきた死神さん」
墓標の前にしゃがみ、ゲラは両手を合わせた。
「ありがとう。大切に生きるね」
風が、草をそっと揺らした。
エリオスの墓には、小さな花が咲いている。
その花は、まるで返事のように光を受けていた。
「そう。彼も、ゲラの命の灯を交換したんだ」
シロは静かに言った。
「そのおかげで、ゲラに会いに来られた」
ゲラは墓標を見つめた。
エリオスは、命をくれた。
シロは、未来を選んでくれた。
「ありがとう」
もう一度、ゲラは言った。
「大切に、生きるね」
その言葉は、空へ溶けていった。
その時、ゲラのお腹が小さく鳴った。
「ぐぅ」
ゲラは慌ててお腹を押さえた。
シロが目を瞬かせ、それから笑った。
「お腹すいたの?」
ゲラは少し赤くなりながら、笑ってごまかした。
「ふふっ」
「よし! 街へ行こう!」
シロは元気よく言った。
「ゲラのお母さんも探さなくちゃだし、ご飯もね」
ゲラの顔が、ぱっと明るくなる。
二人は小屋を離れ、街へ向かった。
白い建物が並ぶ道を、並んで歩く。
死神と少女ではなく、人間の少年と少女として。
その足取りは、まだ少しぎこちなかった。
けれど、二人とも笑っていた。
街角を曲がったところで、ゲラは楽しそうに話していた。
「ねえ、シロ。これからはずっと一緒に暮らす?」
「もちろん」
「それから、お母さんも探す?」
「うん。時間はたっぷりあるからね」
そんな会話をしながら歩いていると、背後から鋭い声が飛んだ。
「あいつは、逃げた奴隷?」
ひとりの男が、物陰から二人を見ていた。
その目には怒りが宿っている。
「こんなところにいやがったのか」
ゲラとシロはまだ男に気がつかない。
「誰かと一緒だが関係ねぇ。連れ戻して、引きずりまわしてやる!」
男は二人に近づいた。
その瞬間。
鎌の影が、道に伸びた。
黒いローブの死神。
鎌が振るわれる。
男は派手に地面へ転がった。
「バタ……」
現れた死神は、ジェドスだった。
ジェドスは遠くから、ゲラとシロを見つめながら、誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。
「人間のために重罪を犯したのか……。俺が持てなかった覚悟……」
彼の声は、以前よりも少しだけ静かだった。
「情が湧く前に殺す……!」
そう叫んでいた死神が、今は違うものを見ている。
ゲラとシロが手をつないで歩く姿。
生き返ったゲラ。
人間になったシロ。
そして、ゲラを救うために命を差し出したエリオス。
「少しでも長く、生かしてくれてありがとう」
死ぬ間際、ゲラの伝えた言葉が、ジェドスの中でよみがえる。
人間は変わる。
死神も、変わるのかもしれない。
「もしかして、あの人間の生まれ変わり……?」
ジェドスは、ゲラを見た。
そんなはずはない。
でも、そう思わずにはいられなかった。
「なんてな……」
ジェドスは鎌を握り直した。
「どちらにせよ、今度こそ殺してやる」
けれど、その言葉は、以前とは違う意味に捉えられた。
殺す…。では今ではない。
寿命が訪れるその時になれば。
それまではー。
それまでは死の介入で、二人の邪魔をする者は、自分が刈る。
ジェドスは背を向けた。
「二人の邪魔をする奴は、俺が殺す」
その声は、ぶっきらぼうだった。
「だから……」
黒いローブが、風に揺れる。
「それまでは、精一杯生きろ」
ジェドスの本心だった。
ゲラはシロの手を握りしめた。
シロも、その手を握り返す。
遠くで、空が明るくなっていた。
白い光の中で、少年と少女は並んで歩いていく。
その姿を、死神が静かに見送る。
来世でも一緒になれるように。
今、この世界で。
同じ空の下で。
手をつないで、笑いながら歩いていく。
ゲラは隣を見上げた。
シロは人間の顔で、少し照れたように笑っていた。
「これからは、ずっと一緒さ」
その言葉に、ゲラは大きくうなずく。
そして二人は、未来へ向かって歩き出した。
終
漫画版では、この後のシロ、ゲラの様子を描いています。
2人を最後まで見届けたい方は、漫画版もぜひご覧ください。
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