
きらきらの錦玉子
「はーい、子どもたちは玉子の殻を剥いてね」
年末になると、祖母の元気な声が台所に響いた。ザルに山盛りのゆで卵を抱えて現れた祖母を囲んで、私たち孫は手を動かしながら、にぎやかに笑い合っていた。
私の母は六人きょうだい。祖母は毎年、お正月に向けて六家庭分のおせち料理を一人で作っていた。そのため、冬休みに入ると孫たちが手伝いに呼ばれるのが恒例だった。野菜を洗い、皮をむき、時に味見係に徹しながら、私たちはお菓子をつまみつつ、いとこたちとキャッキャと賑やかに作業した。
中でも、いちばん記憶に残っているのが「錦玉子」。
殻をむいたゆで卵から、白身と黄身を丁寧に分け、それぞれを裏ごしして味をつけ、層になるように型に流して蒸し上げる。子どもの頃は、その過程がどれほど手間のかかるものか想像もしなかった。ただただ、出来上がった時のあの美しさに「うわあ、きれい……おばあちゃんってすごい」と目を輝かせていた。もちろん、味も格別だった。
あれだけの料理を、あの小さな台所でどうやって作っていたのだろう。大人になった今、自分の家族分だけでもおせちを作るのが億劫に感じる私には、想像もつかない。ズラリと縁側に並べられ、冷まされていく料理の数々を思い出すたび、祖母の偉大さを改めて感じる。
祖母の人生は、決して楽ではなかったと聞いている。六人の子どもを育て、時にはその配偶者や孫たちも一緒に暮らしたという。家事も育児も、今よりずっと不便な時代。祖母はいつも、家族の胃袋と心を満たすことを最優先にしていた。
「お腹、空いてないか?」
私たち孫が遊びに行くと、祖母がまず口にするのはこの一言だった。夕飯をたっぷり食べた夜、そろそろ寝ようかという頃に部屋のドアをトントンとノックする音。「開けてみると、湯気を立てたインスタントラーメンを持ったおばあちゃんがニコニコ立っていた」──この話は、今でも孫たちの間で笑い話として語り継がれている。
祖母にとって、料理とはただの家事ではなかったのかもしれない。
それはきっと、家族の命と心をつなぐ“魔法の杖”だったのだ。何度折れそうになっても、その杖を修復しながら、祖母は私たちを支え続けてくれたのだと思う。
そんな祖母の晩年、おせち作りの賑やかな時間が“幸せなひととき”であってくれたら、と願っている。きっとそうだったに違いない。だって、16人いる孫たちの誕生日をすべて暗記していた祖母なのだから。
子どもの頃は、「またお手伝い?」とぶつぶつ文句を言っていた私。けれど今では、あの時間がかけがえのない思い出になっている。
錦玉子を見るたび、祖母の声が耳に蘇る。
「喋ってばっかいんと、はよ手ぇ動かしや~!」
私は、あんなふうに愛情深くて、あたたかい“魔法使い”になれるだろうか。
祖母が遺してくれた錦玉子の味と一緒に、今日もその背中を思い出している