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第6.1話 先祖は明治維新をお江戸日本橋で眺めたのか?余話

    お盆をまえに、柏市の実家に短い帰省をした。節約のために高速バスを使い、朝6時に東京駅八重洲口に着いた。

    せっかくの東京なので、国会図書館に寄りたい。開館が9時30分なので、まだ3時間半もある。

    歩こう。

    5代まえの先祖、筆墨商ヒコベエ、が暮らしていた日本橋通一丁目を写真に収めた。映え(バエ)はそこそこ。実際には奥まった裏店じゃなかったか?

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    通一丁目

    国会図書館への道行きは、銀座あり、日比谷公園あり、霞が関官庁があり、と景色的には悪くない。

    しかし、朝食がまだだった。何か食べたい。恐ろしいことに、土曜朝の都心には何も食べ物がないのだ! 東京砂漠という言葉には聞き覚えがあった。

    鋼鉄都市、東京、の真価とはその程度のものだ。日比谷公園のような公園には、外国ならば小さな売店があり、新聞や雑誌を売っている。イタリアならばパニーニーが食べられるだろう。日比谷公園にもキッチンカーが出ていれば、土曜朝でもランナーだけでなく散策する人は増えるにちがいない。

    10棟の高層ビルは1軒の立ち食いそば屋にも若かない

    木下語録

    結局、赤坂見附まで通り抜けて、富士そばでかつ丼にありついた。あとで胸やけになったが、富士そばには感謝しかない。

    4巻のマイクロフィルムを国会図書館で見たが、探していた記録は見つからず。昼過ぎに切り上げて、どこか東京見物でもしようか、と思案。

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    これからどうしよう?

    母方の先祖の故地である下谷・浅草を散策しようと決意。絶対に暑いはず。

    さまよった末についに戸籍で確認できる最も古い住所に到達。根岸は区画が明治そのままだ。震災や戦災の影響は小さかったのか?

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    根岸

    隣のブロックには酒井抱一の雨華庵跡。先祖の居住は雨華庵四世の時代と重なる。絵師と筆商、何らかの関係がありそうだが、確率論的にはないのだろう。

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    雨華庵跡

    電柱に書いてある町名が西日暮里だったので、駅まで歩いたら、とんでもなく遠く、暑かったorz

    柏で一泊し、帰路、柏駅で思い出の回転展望台を撮影。

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    柏駅東口前

    なぜ、私が豊田市に住んでいるかの理由の一つがこれだ。心の中ではニューカシワと呼んだころもあった。

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    ニューカシワじゃなくて新豊田駅前

    一つの謎も今度の旅では解けなかった。

     
     
     
    愛知県立大学外国語学部国際関係学科教授。2000年、早稲田大学大学院政治学研究科単位取得後退学。政治学修士。著書に『大使館国際関係史 在外公館の分布で読み解く世界情勢』(社会評論社)と『賢者ガルシアロブレス伝―国連憲章と核軍縮に取り組んだ外交官』(社会評論社)がある。

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