
しかくい箱になれなかったぼく 〜やさしい怪物のひみつ〜
「なんだか違和感を感じているあなたへ」
「優しすぎて自立しすぎたあなたへ」
あらすじ
真っ白な空間の布の袋のなかに住む、臆病な「ぼく」。大好きな人たちの悲しみやイライラを、相手が気づく前にすくい取って隠すのが毎日の日課でした。
「みんなが平和なら、きっと気のせい。」
本当の気持ちをしまい込んできたぼくの袋は、いつしかパンパンに膨れ上がってーー。
自分を守るために「四角い箱」になろうとするものの、溜め込んだものが邪魔をしてどうしてもなれません。鏡に映る不格好な自分の姿に絶望し、恐怖に震えていたぼくの前に、ひとりの魔法使いが現れます。
魔法使いは魔法を使うでもなく、ただ隣に座り、「大丈夫だよ」とあたたかく身体をさすってくれたとき、ぼくの頑なな心が溶け出して――。
しまい込んだ感情が、優しい奇跡を起こす。心の圧力をフッと抜いてくれる、癒やしの物語。
真っ白な空間に、ひとつの大きな白い布の袋がありました。
その袋の中には、とても小さくて、とっても臆病で怖がりな「ぼく」が住んでいました。
ぼくは、気づいたときからずーっとこの袋のなかに住んでいて、
袋の繊維のわずかなすきまから、じぃーっと外の世界を覗き見るのが、ぼくのまいにちでした。
ぼくは臆病で怖がりだけれど、とってもやさしくて繊細で、そして外にいるひとたちがみんな、大好きでした。
なので、ぼくは外にいる相手が、悲しい気持ちや、イライラした気持ちを抱えると、相手が気づくよりも早く、その「負のもの」をすくい取って、袋の中へ隠してしまうのです。
そのためか、まわりのみんなは、いつもニコニコしていました。
「ぼくがこれを受け取っていれば、みんなが平和でいられるんだ」
ぼくは繊維のすきまからそれを見て、ホッとしていました。
だけど、ほんのちょっとだけ、身体が重たくなる時がありました。でもすぐにまた次の「悲しみ」や「イライラ」に出会うと受け取ることができたので、『きっと気のせいなんだ』と思うことにしていました。
ある日、ぼくはふとひらめきました。
「そうだ、四角い箱になろう!」
カチッとした四角い箱になれば、強い壁ができて、もう何も気にしなくて済むかもしれない。
そう思って、袋の形を四角に変えようとしました。
だけど、どうしても四角くなれません。
これまで何年も、たくさんのガラクタをたーーーっぷり溜め込んできた布の袋です。中のものがゴツゴツと邪魔をして、型にはまらないのです。
「どうしてうまくいかないんだろう?」
つぎにどうにか中のものを重ね合わせて組み合わせようとしました。
…そういえば、中に何が入っているのか、よく覚えていない。
受け取ることばかりに気が向いていて、何を受け取っていたかなんて、みていなかったことに気がつきました。
そうしたときに、ふと、鏡があることに気がついて。
ぼくは息を呑み、その場に崩れ落ちました。
鏡に映っていたのは、四角い型に収まるはずもない、不格好に膨れ上がった巨大な怪物のような袋の姿でした。
繊維のすきまから外を見張っている間に、袋はいつの間にか、自分でも抱えきれないほど大きくなっていたのです。
「あぁ、こんなはずじゃなかったのに……」
いつから、一体どんなものが入っているのか、もう自分でも全くわかりません。
「もし、この中身が、醜いものや汚いものばかりだったらどうしよう」
そう考えるだけでゾッとして、なにがあるのかを見るのも、
そこにいるのも、たまらなく怖くなりました。
巨大化した袋の横で、ぼくが頭を抱えて絶望していた、そのとき。
どこからか、ひとりの魔法使いが現れました。
魔法使いは、「なんでこんなに溜め込んだんだ」と責めることも、「早く片付けなさい」と正しさを押し付けることも、ついぞ魔法を披露することもしませんでした。
ただ、静かに隣に座って。
大きくなりすぎたぼくの身体を、ひたすら優しく、ゆっくりと、大きくてあたたかな手のひらでさすってくれたのです。
その温もりを感じたとき、
ぼくの心の中で、何かがポツポツと溶け出しました。
思い出したのは、負の感情を引き受けていたとき、
本当はぼくの笑顔が引きつっていたこと。
本当はどこか苦しかったこと。
そして同時に――みんなのことが、本当に本当に大切だったんだ、という気持ちでした。
気づけば、ぼくの目から涙がボロボロと溢れていました。
ひとしきり泣いたあと、ふと気づくと、あんなに重くて巨大だった身体が、小さく、軽くなっていました。
なんだかウキウキしてきて、ぼくは白い空間から外の世界へと足を踏み出してみました。
道端には、綺麗な花が咲いていました。
風に舞った花びらを1枚だけ拾って、そっと袋に入れてみました。
川の水が、キラキラととても綺麗でした。
手のひらですこしすくって、それも袋の中に入れてみました。
そのとき、袋の中で不思議なことが起きました。
新しく入れた綺麗なものたちが、今まで「ガラクタ」だと思って怖れていたものたちと、優しく混ざり合ったのです。
『あ……これ、ガラクタなんかじゃない。』
ぼくはハッとしました。
『醜いものだと思っていたものは全部、ぼくが相手を大切に思って、繋がってきた “思い出” だったんだ……!』
気づいた瞬間、中にあるものが愛おしくなりました。
「あ、この子からは、この寂しさをもらったんだ」
「あの子からは、あの悔しさをもらったんだ」
それが相手との大切な絆だったと分かったとき、
袋の中身は自然と、綺麗に整理されていきました。
ぼくの身体にも、じんわりと温かい元気が満ちていきました。
それからぼくは、まいにち少しずつ、外の世界を歩くようになりました。
袋のすきまから覗くだけではなく、相手の目を見て、おしゃべりをして。
「負のもの」をもらうためではなく、
ただ「大好き」を伝えるために。
そうして、だんだんと、新しいトモダチができていったのです。
今でも、たまによく思い出せなくなって、「中を見るのが怖いなぁ」と思う日はあります。
だけど、もう大丈夫。
そんなときは、 「大丈夫だよ」 って、背中を優しくさすってくれるトモダチが、今のぼくにはいるのだから。
あとがき
この物語は、「心のやさしくて大きな懐の人がどうして苦しくなるんだろう」と考えていた時に降りてきた、絵本のようなビジョンでした。
相手のこころを慮りすぎたり、顔色伺ったり、自分を押し殺して誰かのために動いたり…そんな”こころ”を、白い布の袋とぼくへと表現して、それが解けていくまでを描いてみました。
なにかを解決しようとするよりも、ふっと解けていくことがあるーー
そんなことを、感じていただけたら嬉しいです。
Special thanks
伊藤めぐさん
田覚沙知さん