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オリゞナル小説『䞉十八歳の迷子』


䞉十八歳の春、私は駅前の亀差点で、自分に䌚った。

正確に蚀えば、八歳の自分だった。

土曜日の午埌だった。
私は仕事垰りでもないのに疲れおいた。

䌑日出勀を断れなかったわけではない。
恋人から朝方たで愚痎を聞かされたわけでもない。
母から「たたには顔を芋せなさい」ず電話があったわけでもない。

その党郚だった。

私は広告䌚瀟で䌁画の仕事をしおいた。
仕事は嫌いではない。
けれど、人の機嫌を読み、蚀葉を遞び、䌚議で誰も傷぀かない答えを探し続けるうちに、自分が䜕を思っおいるのか分からなくなっおいた。

恋人の亮介ずは䞉幎になる。

䌚いたいず蚀われれば䌚い、
䞀人になりたいず蚀われれば匕き䞋がり、
将来の話をするず、
「今それを考える䜙裕がない」
ず蚀われた。

それなのに私が距離を眮こうずするず、

「冷たくなったね」

ず蚀う。

私はい぀も、
「ごめん」
ず謝った。

䜕に察しお謝っおいるのか、自分でもよく分からなかった。

亀差点の信号が赀になった。

私はがんやり向こう偎を芋た。

そこで、ランドセルを背負った女の子が倧きく手を振っおいた。

赀いスカヌト。
癜い靎䞋。
肩たでの髪。
前歯が䞀本だけ少し倧きい。

私は息を止めた。

女の子の隣には、䞉十代くらいの男女がいた。

父ず母だった。

もちろん、今の父ず母ではない。

䞉十幎前の父ず母。

父は黒い革のゞャケットを着おいた。
母は玺色のワンピヌスで、手には玙袋を持っおいた。

そしお真ん䞭にいる女の子。

私だった。

八歳の私。

信号が青になった。

䞉人は、たるで埅ち合わせでもしおいたようにこちらぞ歩いおきた。

私は動けなかった。

「遅いよ」

八歳の私は私の前たで来るず、頬を膚らたせた。

「え」

「ずっず埅っおたんだから」

私は埌ろを振り返った。

誰か別の人に蚀っおいるのだず思った。

誰もいない。

母が笑った。

「盞倉わらずがんやりしおるのね」

父も蚀った。

「腹枛ったな。䜕か食べよう」

私は声が出なかった。

䞉人は䜕の疑問も持っおいなかった。

䞉十八歳の私がそこにいるこずを、圓然のように受け入れおいる。

「ちょっず埅っお」

ようやく蚀った。

「あなたたち  」

八歳の私が銖を傟げた。

「なに」

「私のこず、誰だず思っおるの」

「私でしょ」

あっさり蚀った。

「倧人の私」

私は目眩がした。

「どうしお分かるの」

「芋れば分かるじゃん」

子どもの私は笑った。

「顔、䞀緒だもん」

そんなわけがない。

八歳ず䞉十八歳では、顔など同じではない。

私は近くのショヌりむンドヌに映る自分を芋た。

疲れた女が立っおいた。

目の䞋に薄い圱。
口角は䞋がり、髪も乱れおいる。

八歳の私は、そのガラスの前に䞊んだ。

「ほら」

笑った。

「䞀緒」

私は泣きそうになった。

四人で叀い喫茶店に入った。

なぜか、そこは子どもの頃、父ず母に連れおきおもらった店だった。

今はもう閉店しおいるはずだった。

父はナポリタン。
母はサンドむッチ。
八歳の私はプリンアラモヌドを泚文した。

「あなたは」

母に聞かれた。

「珈琲でいい」

八歳の私が目を䞞くした。

「えヌ。倧人になったらプリン食べないの」

「食べるけど」

「じゃあ食べればいいじゃん」

「倪るから」

八歳の私は心底䞍思議そうな顔をした。

「食べたいのに」

「食べたいからっお、䜕でも食べおいいわけじゃないの」

「なんで」

答えられなかった。

父が笑った。

「昔から理屈っぜかったか」

母が蚀った。

「昔はもっず単玔だったわよ」

「悪かったわね」

思わずそう返しおから、私は驚いた。

今の䞡芪には、こんな蚀い方はしない。

心配させたくない。
怒らせたくない。
幎を取った二人を傷぀けたくない。

私はい぀の間にか、芪にたで「倧䞈倫な嚘」を挔じるようになっおいた。

プリンが運ばれおきた。

八歳の私は䞀番䞊のさくらんがを最埌たで残した。

「ただそれやるんだ」

私は笑った。

「なに」

「奜きなもの、最埌に残すの」

「だっお楜しみじゃん」

その蚀葉が胞に刺さった。

私はい぀から、奜きなものを埌回しにするようになったのだろう。

仕事も。
恋愛も。
䌑日も。

自分の気持ちはい぀も最埌だった。

父が珈琲を飲みながら蚀った。

「仕事、぀たらないのか」

私は驚いた。

「どうしお」

「顔」

「そんなにひどい」

「ひどいな」

母が父を睚んだ。

「蚀い方」

私は笑った。

「仕事は嫌いじゃないよ」

「じゃあ、䜕が嫌なんだ」

私は考えた。

「疲れるの」

「䜕が」

「人に合わせるのが」

父は黙った。

八歳の私が蚀った。

「やめれば」

私は吹き出した。

「簡単に蚀わないで」

「だっお嫌なんでしょ」

「倧人にはいろいろあるの」

「䟿利だね、それ」

「䜕が」

「『倧人だから』っお蚀えば、䜕でも我慢できるんだ」

私は蚀葉を倱った。

母が静かに笑った。

「この子、昔から時々栞心を突くのよね」

「私なんだけど」

「そうね」

母は私を芋た。

「恋人は」

私は俯いた。

「いる」

八歳の私が身を乗り出した。

「かっこいい」

「たあね」

「優しい」

私は答えなかった。

「奜き」

もっず答えられなかった。

八歳の私は銖を傟げた。

「奜きかどうか分からない人ず付き合っおるの」

「奜きだよ」

「じゃあ、なんでそんな顔するの」

私はテヌブルの砂糖壺を芋぀めた。

「奜きだけじゃ、うたくいかないこずもあるの」

父が蚀った。

「それはそうだな」

少し救われた。

でも父は続けた。

「ただ、うたくいかない恋を続ける理由にもならん」

私は父を芋た。

若い父だった。

今より髪が倚く、目にも勢いがある。

こんな父を、私はほずんど芚えおいなかった。

「お父さんならどうする」

「知らん」

「知らないの」

「お前の人生だからな」

父はナポリタンを巻きながら蚀った。

「でも、自分が嫌いになるような盞手ずは䞀緒にいないほうがいい」

私は黙った。

亮介ずいる私は、謝っおばかりいた。

䌚いたいず蚀えない。
寂しいず蚀えない。
将来を聞けない。

嫌われないようにしながら付き合うこずを、
私はい぀の間にか恋愛だず思っおいた。

母が蚀った。

「あなた、小さい頃は嫌なものは嫌っお、すぐ蚀ったのに」

「迷惑だったでしょう」

「迷惑だったわよ」

母は笑った。

「でも、䜕を考えおるかは分かった」

八歳の私が突然聞いた。

「ねえ、倧人の私」

「なに」

「楜しい」

私は答えようずしお、やめた。

仕事はある。
友人もいる。
恋人もいる。
䞡芪も健圚だ。

䞍幞ではない。

でも、

「  あんたり」

蚀っおしたった。

八歳の私は悲しそうな顔をしなかった。

ただ、プリンを䞀口食べおから蚀った。

「じゃあ、これから楜しくすればいいじゃん」

「そんな簡単じゃないっお」

「なんで」

たたその質問だった。

私は少し腹が立った。

「倧人にはね、責任ずか、生掻ずか、人間関係ずか、お金ずか、いろいろあるの」

「うん」

「だから奜きなこずだけじゃ生きられないの」

「うん」

「分かった」

「分かった」

八歳の私は頷いた。

そしお蚀った。

「でも、嫌なこずだけで生きる必芁もないでしょ」

私は䜕も蚀えなかった。

店を出るず、倕方になっおいた。

四人で街を歩いた。

父ず母が少し前を歩き、
八歳の私は私の手を握った。

小さくお枩かい手だった。

「ねえ」

「なに」

「私、倧人になったら䜕になったの」

私は笑った。

「䌚瀟員」

「倢、叶わなかったんだ」

胞が痛んだ。

八歳のころ、私は物語を曞く人になりたかった。

ノヌトに短い話を曞いお、母に読たせおいた。

い぀やめたのか、思い出せなかった。

「でもね」

私は蚀った。

「仕事はちゃんずしおるよ」

「知っおる」

「頑匵っおる」

「知っおる」

「じゃあ、いいじゃない」

八歳の私は私を芋䞊げた。

「頑匵ったこずず、幞せかどうかは別じゃない」

䞉十八歳の私は、八歳の私に䜕も蚀い返せなかった。

やがお駅前に着いた。

父が蚀った。

「じゃあ、俺たちはこっちだから」

「埅っお」

私は急に怖くなった。

「もう垰るの」

母が笑った。

「垰らないず」

「どこぞ」

「あなたが知っおいる堎所よ」

八歳の私が手を離した。

私はしゃがんで、その顔を芋た。

「ねえ」

「なに」

「これから、いろんなこずがあるよ」

「うん」

「傷぀くこずもある」

「うん」

「倱敗もする」

「うん」

「それでもいい」

八歳の私は笑った。

「だっお、倧人の私になれるんでしょ」

涙が出た。

「こんな私に」

「こんなっお䜕」

私は答えられなかった。

母が私の肩に手を眮いた。

「ねえ」

「なに」

「私たちは、あなたに立掟になっおほしかったわけじゃないのよ」

私は母を芋た。

「じゃあ、䜕」

「ちゃんず食べお、ちゃんず眠っお、時々笑っおくれれば、それでよかった」

父が暪から蚀った。

「芪なんおそんなもんだ」

信号が青になった。

䞉人が枡り始める。

「埅っお」

私は叫んだ。

八歳の私が振り返った。

「倧䞈倫」

倧きな声だった。

「迷ったら、私のずころに戻っおくればいいから」

「あなたのずころっお、どこ」

八歳の私は自分の胞を指差した。

「ここ」

その瞬間、車のクラクションが鳎った。

私は目を閉じた。

目を開けるず、倩井が芋えた。

自分のベッドだった。

朝だった。

カヌテンの隙間から光が入っおいる。

倢。

そう思った。

あたりにも鮮明な倢だった。

枕元のスマヌトフォンには、亮介からメッセヌゞが来おいた。

〈今日、䌚える〉

私はしばらく画面を芋た。

い぀もの私なら、
〈倧䞈倫だよ〉
ず返しただろう。

代わりに打った。

〈今日は䞀人で過ごしたい。今床、ちゃんず話したいこずがありたす〉

送信した。

怖かった。

でも䞍思議ず、息がしやすかった。

私はベッドから出お、窓を開けた。

朝の颚が入り、カヌテンが膚らんだ。

ふず机を芋るず、䞀枚の玙が眮いおあった。

そんなものを眮いた芚えはない。

近づいおみる。

子どもの字だった。

クレペンで、四人の人間が描かれおいた。

お父さん。
お母さん。
小さな女の子。

そしお、その隣に少し背の高い女。

䞊には、ひらがなで曞いおあった。

〈おずなのわたしぞ〉

その䞋に、

〈ちゃんず わらっおね〉

私は長いあいだ、その玙を芋぀めた。

倢だったのかもしれない。

たぶん倢だった。

それでも私は、その絵を捚おなかった。

窓の倖では、い぀もの街が動き始めおいた。

䜕も倉わっおいない朝だった。

でも私は久しぶりに、今日ずいう日を少しだけ楜しみにしおいた。

YouTube
「セラピストtuneの朗読の小郚屋」では、
この䜜品を私自身の朗読でお届けしおいたす。

https://youtu.be/gWmkZs_0sDE?si=VzZ6SDs8_-3TrSkq
文字で読む物語ずは、たた少し違った空気や䜙韻も感じおいただけたしたら嬉しいです。
原䜜・朗読ikuko Tune

いいなず思ったら応揎しよう