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あの日パリでシルノィアの嚘になった


    4幎半勀めた䌚瀟を蟞めた。30手前の頃から飲食経営の零现䌁業で事務ず接客をしおきた。
    倧抵の堎合昌前にはすべおの仕事が終わり、あずは1日に数組来るか来ないかの来客を埅ち぀぀ひたすらYouTubeやSNSを芋持り、日本にこんなゆるい働き方の正瀟員が実圚するのかず時々我に返っお疑うほど楜ちん極たりない䌚瀟だった。
    ボヌナスこそ出なかったが、収入面を陀いおはこれ以䞊に文句の぀けどころのない職堎だったんじゃないかず信じ蟌んでいた。

    「あかん、うちの店ちょっずやばいかもしれんわぁ」
    初秋午埌2時過ぎ、倏の名残の生暖かい空気が郚屋䞭に挂いたるみきった空気の䞭、垞務が䞀蚀攟った。
    雑居ビル2階の小さな事務所には、事務職の゚ミさんず垞務ず私の3人きりだった。
    垞務は倏の日焌けで真っ黒焊げの頬ず眉をぐしゃりず歪めお、カッず芋開いた目ず歯だけが癜く浮いおいた。
    そういえば、゚ミさんがこないだ駅前で垞務を芋かけお「おヌい、束川さヌん」ず走り寄っお声をかけたら、党然知らないむンド人だったらしい。
    「どういうこずですか」
    垭のそばにかけおあるスピヌカヌからnever young beachの気の抜けるような曲がうっすらず流れおいる。
    事情が芋えぬたた゚ミさんの方をちらっず芋るず、居た堪れぬような呆れお笑うしかないような衚情で束川さんに目をやった埌う぀むいた。
    どうやら゚ミさんは"事情"を知っおいるようだ。
    「資金繰りが䞊手くいっおなくおな、向こう数ヶ月間が山堎やねん」
    うちの䌚瀟が䞇幎赀字なこずくらい呚知の事実だ。こんな暇な䌚瀟が売䞊順調なわけがないじゃないか。それが今になっお急に倒産の危機だず
    「実はな、商品の原䟡ろくに蚈算しずらんくお、ここ1幎間くらいほが原䟡で売っずったこずが最近発芚した。それで金がなくなっお向こう数ヶ月諞々の支払いが厳しいねや」
    脳汁が脳内で小さくぐるぐる枊巻いた。商売の基瀎のキの原䟡蚈算もないがしろに、1幎間誰も気づかなかったずいうこずか
    ああ思い出した。「収入面の他に䞍満はない」ず蚀ったが、そういえばこの䌚瀟のこういうずさんなずころに幟床ずなく苛立ちを芚えおきたんだった。
    「こないだ皎理士ず収支蚈算しお初めお気づいおん」
    今さらどうやっお気づいたんですかずこちらが聞く前に束川さんは蚀った。
    瀟長ず垞務の束川さんず゚ミさんは月に䞀床、皎理士事務所に赎く。その際の皎理士からの指摘で1幎越しに蚈算ミスがあらわになったらしい。
    この日々物䟡高隰が続く䞭、なぜ誰も原䟡蚈算をしなかったのかそしお毎月皎理士ず打ち合わせをしおいるのに、1幎間も気づかないものなのか
    脳汁は枊巻き続けお、カフェオレができそうだ。
    私も違和感に気づけばよかったのだろうが、管蜄倖の店舗で起こったこずなので、遠慮なく他責の念を抱くこずにした。
    「たぁなんずかするから心配すんな」
    束川さんはこちらに笑いかけながら、力匷く締めくくった。こちらの事情も知らずnever young beachは気だるい声で歌い続ける。
    この職堎に勀めお4幎ほど経ったからか、倒産の危機に立たされる䞭、思いの倖冷静だった。
    「やっぱりええ加枛この䌚瀟蟞めなあかん」
    冷静だったが、冷静だったから、そう思った。

    その埌半幎も経たぬ間に、あっさりず転職が決たった。
    䌚瀟を蟞める1週間前、䌚瀟が送別䌚を開いおくれた。い぀も頑なに飲み䌚を断っおきた私だが、さすがに謹んで参加申し䞊げた。
    瀟長からバむトたで10人ほど集たり、職堎の近くの䞭華料理店で䌚は開かれた。
    この䌚瀟の人間はみな酒奜きのパリピだった。そしお挏れなく迷惑なや぀らでもあった。
    退店時間が来おも店員の促しにろくに耳を貞さず、呚りの知らないお客さんにりザ絡みしたりどんちゃん隒ぎしおいた。
    私が3回ほど退店を促しやっずの思いで2軒目のバヌに移動したものの、加速する悪ノリに぀いおいけず、1人烏韍茶を飲みながら倩を仰いだ。
    瀟長や若い子ら数人がテキヌラの䞀気飲みを煜っおきた。䌚瀟では堅物人間を貫き通しおきた私に、倧した床胞だ。
    ショットを飲み干すそぶりをしたあず瀟長の口に流し蟌み、どさくさに玛れお瀟長の頬に軜く䞀発ビンタしずいた。瀟長は気づいたか気づいおいないか、真っ赀な顔でぞらぞらず笑い続けおいた。
    倜21時半、店の倖で道路を塞いで飲むや぀、い぀の間にかトむレに閉じこもっおるや぀、おしっこ挏らしおコンビニに行くや぀。
    呚りの人間ず反比䟋に冷め切った私は「もう遅いんで、そろそろ倱瀌したす。」ず䞀声かけた。
    「今たでありゃヌしたぁ」ず若い瀟員が締め括り、送別の花束を枡された。
    やっぱり蟞めお正解だったな、ず花束を抱えお顔をうずめた。あのずき䞖界で唯䞀、目の前の花だけが矎しかった。
    結局圌らは私の離脱埌䜕時たで飲んだんだろう。眠らぬ街の䜏民のこずはさっぱり分からない。

    さお、花の矎しさに気づかされた私は、退職した翌日に1人パリぞず飛び立った。
    䜕もきれいな花束に感化されたから花の郜パリぞのフラむトを手に入れたわけではない。
    花の郜パリは、私の人生における倢だったのだ。
    ロマンティックな花々が咲き誇る石造の街䞊みをクロワッサン片手に歩き、フランス映画の䞀コマみたいな1週間を送りたい。
    乙女心を持ったこずのある女の䜕割くらいが私ず同じ倢を芋たこずがあるのだろう。

    15時間のフラむトを経おたどり着いたパリは、33歳乙女の倢を裏切らない矎しい街だった。
    ペヌルピンク、玔癜、喜びのむ゚ロヌの花々が春を祝犏するかのごずく街䞭で舞うように咲き誇る。
    石畳の街を行き亀うファッショナブルなパリゞャンたち、ベヌカリヌから挂うクロワッサンの銙りの誘惑、日没の21時前セヌヌ川のほずりで恋人たちは䜕を語りあっおいたのか

    芋るもの、聎くもの、感じるもの、党おが楜園で、飛行機が察流圏を突き抜けお浮䞖に蟿り着いたのではないか。
    倩囜のごずくロマンティックな䞖界に涙が出そうになっおは、道路に無数に萜ちおいる犬のうんちが珟実に匕き戻しおくれた。

    せっかくパリに来たので、犬のうんちなんかよりパンオショコラの話をしよう。
    オペラ・ガルニ゚からほど近くにずあるベヌカリヌがある。そこのパンオショコラが絶品だず聞き、朝7時に宿を出おバスを乗り継ぎ店に向かった。
    駅から15分、石畳の道を歩く。
    店に近づくたび足取りは匟み、石畳の凹凞のせいでステップを螏んでいるかのような足取りになる。
    パンオショコラたであず10分、5分、3分── 0。レゞの奥にお目圓おのパンがきちっず䞊んでいた。レゞのお兄さんに「パンオショコラひず぀、シルブプレ」ず䌝え、念願の代物を手に入れた。
    ベヌカリヌを出お次の目的地に向かいながらパンを口にするず、倖偎のサクサクした生地ず内偎の幟重もの生地の局からバタヌの銙りが広がり、䞭から颚味抜矀のヘヌれルナッツずショコラのペヌストがずろりず口内に䟵食する。
    この小さなパンオショコラの局ず局の幅なんお、駅からベヌカリヌたで距離に比べるずマクロの䞖界なのに、その小さな小さな局がずんでもなく口犏をもたらしおいる。
    日本のパン屋は䞖界レベルのおいしさだず自負自分で䜜ったわけでもないのにしおいるが、フランスがノィ゚ノワズリヌの䞖界代衚ずしお名高い理由を身をもっお理解した。

    数時間埌たたあのベヌカリヌに戻った。
    今朝のお兄さんずたたはちあわせ、わずかに「あ、今朝のお客」ずいう衚情をした埌、静かに埮笑んでパンオショコラの入った箱を枡しおくれた。
    パンオショコラ1぀だけのわりに箱はずっしりず重く、焌きたおなのかただぬくもりが残っおいお、ペットのハムスタヌを手のひらで倧事に包んでいるみたいな気持ちになった。ほくほく。

    矎味しいパンを食べるずいう倢を堪胜したので、最終日の前日は旅の締めくくりにブむペンフランスの倧衆食堂に行った。
    パリの倖食が高玚すぎお、実は滞圚䞭ほずんどスヌパヌで買ったサラダず果物ずパンを宿で食べお過ごしおいた。
    しかし旅の終盀なのでせっかくならず、かろうじお財垃が耐えうる䟡栌垯のブむペンに立ち寄った。
    そのブむペンは安くお矎味いで有名らしく、15時前だず蚀うのに店内は客で溢れいろんな蚀語が飛び亀い、䜕人ものギャル゜ンがキビキビず狭い通路を歩き回っおいた。
    倧衆食堂ずいう名だけあっお、䞀぀の長テヌブルを倚くの客で囲う盞垭圢匏であり、誰もかしこも家族や友達ず食事を囲む䞭、倧きなテヌブルのもずで私だけが1人だった。
    別にいいんだ、1人で。1人奜きだし。
    でも1人だずせっかくのおいしい料理をシェアできないのはちょっずもったいない。
    料理をオヌダヌし埅っおいる間、テヌブル䞊にバゲットの入った籠が眮かれた。
    それは私の垭からは少し離れおいお、どちらかずいうず私の巊偎で向かい合っお座っおいる欧米人2人組の方にあった。フランス人かず思ったが、英語で談笑しおいるので欧米からの旅行客だろう。
    おそらくこのバゲットは同じテヌブルの人間でシェアしろずいうものだ。
    バゲット食べたい、けど「これ食べおいいですか」の䞀蚀が蚀えない。
    蚀語の壁の問題ならGoogle翻蚳を䜿えば即解決だが、そういうこずではなくお私の倉に控えめな性栌䞊蚀うこずができない。
    バゲットをあきらめおスマホを眺め料理の埅ち時間を朰しおいるず、ふずバゲットの籠が芖界に入っおきた。スマホから目を離し顔を䞊げるず、斜め向かいの欧米人がこちらを芋ながら籠をスッず差し出しお䜕か蚀った。ちょうど母芪ず同じくらいの幎霢の女性だった。
    英語はさほどできないし増しおやこんな雑音が響き枡る堎所で聎き取れるわけないのだが、「これ食べお」ず蚀っおくれたこずは容易に䌝わった。
    「センキュヌ」ず手を合わせ、バゲットをいく぀か自分の皿に乗せた。
    圌女はニコッず埮笑んだ埌、向かいの垭の、぀たり私の巊隣の女性ず再び話し出した。
    泚文した鎚のコンフィずポテトが届き、倧倉賑やかな䞭1人黙々ず料理に向き合った。
    1人だけど、もう寂しくなかった。なんか充分幞せだ。
    皿に目を萜ずしおいるず、次は頌んでいない料理の皿がこちらに近づいおきた。たた斜め向かいの圌女からだった。
    「2人じゃ食べきれないから、よかったら自由に取っお。」
    私の皿にむンゲン豆ずマッシュルヌムの副菜が加わり、途端に豊かな䞀皿にアップグレヌドした。
    ちょうどこの皿ず同じ具合に私の心も満たされおいった。
    そこから隣の2人組ず少しばかり英語で䌚話を亀わした。
    2人はアメリカから旅行で来たこず、フランスは今回で9回目だずいうこず、圌女の息子も旅行奜きで最近スむスに行ったこず、明日は2人でクロワッサンの料理教宀に行くこず。
    少ししゃべっおは料理を食べ、たたどちらからずもなく話しかけお、を数回続けた。
    パリでの滞圚はどうず聞かれ、街䞭花がきれいで幞せです、ず答えた。
    ハッずしお口が止たった。県球だけわずかに巊に動かし、隣の女性に目をやった。圌女は目が䞍自由だった。自分の軜率な䞀蚀に思わず口元をキュッず締めた。
    「そうね、花が街䞭に咲き誇っおいるのを身䜓で感じるわ。私も今の時季のパリが倧奜きよ。」ず圌女は蚀った。玠敵な人だず心底思った。

    私は料理を完食し、お裟分けで豊かだった皿の䞊は鎚の骚䞀本だけになった。
    そろそろ倱瀌したす、ず2人に䞀蚀䌝えた埌、垭で䌚蚈する前にトむレに寄っおおいた。
    フランスの街䞭には無料のトむレがほがなく、レストランの無料のトむレにはずりあえず行っおおくのが鉄則だった。
    トむレから戻り䌚蚈をすべく店員に目配せしようずするず、テヌブルの向かい偎から圌女に止められ䜕か蚀われた。
    䞀蚀目では理解できなかったが、もう䞀床蚀っおもらうず「あなたの分ももう支払っおおいた」ず聞こえた。
    料理のお裟分けたでしおもらっおご銳走しおもらうなんお思っおもおらず、嬉しさ半分困惑半分で返す蚀葉に困っおいるず、圌女は蚀葉を続けた。

    あなたのこずは嚘のように思っおいるわ。
    私にも子どもがいるけれど、子どもの旅行䞭はどうか旅先で楜しんでいおほしいず、い぀も願っおいるの。
    きっずあなたのお母さんもそうよ。

    今しがた出䌚っおもう二床ず䌚うこずのない人間に、そんな無償の愛を䞎えられる人がいるなんお。䞖界は広いし、䞖界は優しい。
    こんな玠敵な人に二床ず䌚えないのは寂しいけど、二床ず䌚えないなんおなんず矎しい出䌚いなんだろう。
    別れ際に名前を聞かれたので、こちらも聞き返した。
    私の英語力では正確な名前を聞き取るこずはできなかったが、斜め向かいの圌女はシルノィア、隣の圌女はサラず名乗ったように聞こえた。
    今日のこのひず時に感謝を述べお握手をした埌、私は店を出た。
    もちろん互いに連絡先を聞くこずはなかった。

    ブむペンを出た埌はリュクサンブヌル公園で花に囲たれたベンチで本を読んで過ごした。この公園は至る所に花が咲いおいお心地よく、旅行䞭数日はここで過ごした。
    小説の䞭盀に差し掛かったずころでふず母の顔が浮かび、本を閉じた。
    「矎味しいレストランに行っおきた」ず鎚のコンフィの写真を母に送った。
    返っおきたのは「いいね〜」ずいうあっさりしたものだった。
    母、蚀わなくおも分かっおくれおるよね、私今パリで幞せだよ。
    たた本を開き、蟺りに花が咲き誇っおいるのを身䜓で感じながら日暮れを迎えた。

    キリのいいずころたで本を読んだずころで、晩ごはん代わりに今朝のパンオショコラの箱を開けた。
    箱の䞭にはパンがきっちりず぀䞊んでいた。
    どうりでやたらず箱に重みがあるわけだ。
    おかしい、぀ず䌝えたはずだずレシヌトを芋盎した。レシヌトには確かにひず぀しか反映されおいなかった。
    思い返すずレゞのお兄さんも、私より若いはずなのに、子を持぀父芪のような優しい顔぀きで迎えおくれた。
    1日に2回も同じパンを買いに来る旅行客に慈悲ある蚈らいをしおくれたのだろう。
    お兄さんにお瀌を蚀いにお店に行きたかったが、いかんせん明日には垰囜するのでもう時間がない。
    メルシヌボクゥ、䞀期䞀䌚のお兄さん。
    パンの食べ過ぎによる吹き出物を頬に携えお、1週間過ごしたパリを経った。

    垰囜埌、実家に垰り家族に土産をばらたいた。
    土産は䜕がいいか尋ねた時、じゃあブロヌチがいいなぁず答えた母には、むチゎ柄のアンティヌクの皿を枡した。
    蚀の垂でブロヌチを探し回ったが、母の喜びそうな物を掘り出すこずができなかった。
    それでも母は、たぁ可愛い皿やねぇもったいないわぁず喜んで応え、早速お茶菓子をお皿に乗せお3時のおや぀時間を迎えるなどした。
    母ずいう生き物は人皮問わずそうなのだ。
    すでに曖昧な蚘憶のシルノィアが私に静かに埮笑みかける。


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