
掌編夜話集 ep7|懐かしい名前
夜、老舗Barオシャンティに、見慣れない青年が入ってきた。 どこか緊張した面持ちで、カウンターに腰を下ろす。
「こんばんはぁ。初めてさんですかねぇ」
ジェイコブがニコニコ声をかけると、 青年は少し迷ってから言った。
「……父が、昔ここに通ってたんです。“いい店だぞ”って、よく話してて」
ジェイコブの手がふっと止まる。
「お名前、伺っても?」
青年が名乗ると、 ジェイコブの表情がゆっくりほどけた。
「まぁ……あの方の息子さんでしたかぁ。よく笑う、いいお客さんでしたよ」
青年は照れたように笑い、
「父、もう来られないんですけど…… 一度、来てみたくて」
ジェイコブは静かに頷き、 シェイカーをそっと取り上げた。
「じゃあ、あの方が好きだった一杯を作りましょうかねぇ。 味、少しだけ優しくしておきます」
差し出されたグラスを見つめ、 青年は小さく息を吸った。
「……父が言ってた通りの店ですね」
「ええ。あの頃のまんまですよぉ」
青年が帰ったあと、 ジェイコブは磨いていたグラスを胸の前で止め、 「……また来てくれたんですねぇ」 と、
誰にともなく呟いた。
ep8
見抜かれた夜
ep6
桜の思い出