家は、暮らしながら自分たちらしくなっていく
家が完成したとき、多くの人は「これで家づくりが終わった」と感じます。
図面を何度も見直して、素材を選び、照明や家具を考える。長い時間をかけてつくってきたものが、ようやく形になるからです。
けれど、実際に暮らし始めてみると、完成したはずの家は少しずつ変わっていきます。
それは、設計が足りなかったからではありません。
むしろ、暮らしが始まったからこそ起きる変化なのだと思います。
図面には描けない暮らしがある
家づくりでは、できるだけ具体的に暮らしを想像します。
朝起きてから出かけるまでの動き。料理をするときの動線。洗濯物をどこで干すのか。休日はどこで過ごすのか。
それでも、未来の暮らしをすべて予測することはできません。
思っていたよりダイニングで過ごす時間が長かったり、広くつくったリビングより窓際の小さな場所がお気に入りになったりする。
設計するときには想像していなかった場所に椅子が一脚置かれ、いつの間にかそこが家族の居場所になっていることもあります。
暮らしは、図面どおりには進みません。
使い方は、あとから変わっていい
家づくりをしていると、「正しい使い方」を決めなければならないように感じることがあります。
ここはリビング。
ここは書斎。
ここは子ども部屋。
けれど、住む人はそれほどきれいに部屋を使い分けません。
子どもがダイニングで勉強するようになったり、書斎よりリビングの隅で仕事をする方が落ち着いたりする。
予定していた用途とは違っても、そこで気持ちよく暮らせているなら、それも一つの答えです。
家に暮らしを合わせるのではなく、暮らしに合わせて家の使い方を変えていく。
そのくらいの余白があってもいいのではないでしょうか。
少しずつ「その家族の家」になる
完成直後の家は、とてもきれいです。
家具も整い、物も少なく、写真に撮れば美しく見えるでしょう。
でも、その状態が一番その人らしいとは限りません。
読みかけの本が置かれる。
旅先で買ったものが増える。
子どもの作品が飾られる。
気に入った椅子を一脚買い足す。
そうやって少しずつ、設計したときには存在しなかったものが家の中に増えていきます。
不思議なのは、その方がだんだん「この家らしい」と感じられるようになることです。
家そのものが変わったというより、暮らした時間が家に重なっていくのでしょう。
完成した日に、完成させなくてもいい
家づくりでは、完成するまでにたくさんのことを決めます。
だからこそ、すべてを最初から正しく決めておきたいと思ってしまいます。
けれど、本当にその家で心地よい暮らし方は、住んでみなければ分からないこともあります。
家具の位置を変えてもいい。
何も置かなかった場所に何かを置いてもいい。
逆に、必要だと思っていたものをなくしてもいい。
家は、引き渡された瞬間に完成形になる必要はありません。
暮らして、試して、少し変えて、また暮らす。
そうして時間が積み重なった先に、設計図には描けなかった家ができていきます。
自分たちらしい家とは、最初から完成している家ではなく、暮らしながら自分たちらしくなっていく家なのかもしれません。
