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※2026年4月26日
自己紹介があまりにしょぼかったので、
書き直しました。

はじめまして。増井といいます。

来歴

社会に出たのは14才
中学校2年の時に、父に連れられ
自営業の仕事の手伝いをしました。

工事現場で荷物を担いだり、運んだりして
日当は一日10,000円

当時の中学生としては、高すぎる金額です。


中学校卒業後は、そのまま自営業の会社に就職し、高校進学は断念しました。

綺麗に聞こえますが、若いときは完全に
世の中を舐めてるただのヤンチャ坊主でした


その後…
自分が17歳の時に当時51歳の母が亡くなり


母が亡くなったのがキッカケで、真面目に覚醒し、18歳で親の七光りを呼ばれるのに嫌気がさし、接客の世界へ

最初は居酒屋店員や、ウエイターなどを下積みとして経験


そのうちに高時給だったパチンコ業界へ
当時はパチンコ大好きで、仕事も遊びも一生懸命でした。
スロット4号機の全盛期でしたからね。


28歳でずっとやりたかった営業の道へ転職


塗装リフォームの営業マンとして3年ほど勤めました。

『明石部長と増井の物語』はこの時、お世話になった上司と私がモデルです。

本当に明石部長には、様々な事を教わりました。


当時収入の波が激しい営業職を妻が反対
3年ほどで再びパチンコ業界へと戻らざるを得なくなり、またしても転職。

管理職として長年勤務するも、子供が大きくなり金銭の負担もだいぶ減った為、近年営業の世界に戻った、アラフォー世代のおじさんです。

noteを書こうと思ったきっかけ

最初はお小遣い稼ぎにチャレンジしてみようが主なきっかけでしたが、
書いていくうちに、明石部長との思い出を残したいなぁ…になり、
自分の備忘録としてもいいなぁ…でも、
それだとあまり読者に刺さらんなぁ
なんて考えながら、書いてるのが現状です。

noteて営業に似て難しいですね。
全然スキもらえないし 泣

『明石部長と増井の物語』について

私と明石部長は、営業の会社を辞めた後も付き合いがあり、一緒に釣りに行ったり、仕事の報告や進展を話し合ったり、とても良い関係でした。

今でも尊敬してます。
今一人で営業を回っていると、明石部長だったらこの場合どう考えるかな…なんてよく考えてしまいます。

当時の備忘録として書いており、

懐かしいなぁ 

なんて思いながら書いてます。

(明石部長は本当に糖尿病で、インスリンの関係で、普段からアンパンとか缶コーヒーを持ち歩いてました笑)

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実はな裏話

20年ほど前『原付釣り師の釣り修行』という釣れない釣りブログを書いていました。
御存じの方が居たら、コメントでご一報ください。
もし居たら…めちゃめちゃ縁を感じます。

今後の展望

大昔はブログもやってたくせに、
記事を書くのは昔から得意ではないです。

主人公の増井のように、しゃべってる方が私は大好きです。


それでも現状は、『自分が今書きたいこと』を中心に色々書いていて、本当にアレコレアレコレと試行錯誤しながらやってますので、
どうか皆さん長い目で見ていただけたらホントに嬉しいです。

以上 

ブルーカレント 増井


⭐︎本記事の登場人物紹介⭐︎
明石部長(50代):営業歴30年のレジェンド。大阪出身。塗装リフォーム会社の営業部長。糖尿病持ちだがコーヒーとハイボールを愛するハゲたオジサン。普段の性格は豪快だが、noteとなると繊細になる。海と釣りが三度の飯より好き。

増井(20代):前職パチンコ店員。塗装リフォーム会社の営業マン。営業1年生とは思えないトーク力が持ち味。最近は収益化を目指し、一生懸命noteに向きあうnote1年生。海と釣りが三度の飯より好き。

▶︎もっと詳しく知りたい方はこちらから

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