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日常をやり過ごす(短篇集)

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

    日常の中で、“なんとかやり過ごす”
    そうした瞬間を
    切り取った短篇集です。

    * * *

    プロローグ
    オバジの頭の中のカメラで撮影した
    何気なく過ぎていく日常の"写真"を、
    そっと『額縁』に入れました。

    六つの短篇を、あなたに。

    * * *

    1. あーそーぼー?

    子供の頃、
    「○○ちゃん、あーそーぼー?」
    と誘われるのが、苦手でした。

    その頃は言語化できなかったけれど、
    要するに——
    一人遊びが好きだった。

    だから、声をかけてくれた子の気持ちが、
    さっぱり分からなかったのだ。

    ん?

    今は分かるのかな。

    白髪が目立ち始めたこの頃でさえ、
    「誰かと遊ぶ」が上手いかと聞かれたら、
    ちょっと自信がない。

    ある時は、誘ってくれた子が、
    まるで"テイカー"のように思えて
    面倒に思ったくせに、
    でも、その子にイジメっ子から
    守ってもらったこともあった。

    「遊ぼう」って、
    今も実はよく分かっていない。

    だから子どもの頃は、
    けっこう真面目に悩んだ。

    うん。
    たぶん今も、答えは出ていない。

    だけど、少しだけ分かったことがある。
    それは——
    『トトロ』に出てくるおばあちゃんの言葉。

    「そっただ恐ろしいもんじゃねえよ?
    ニコニコしてたら、いつのまにか…」

    『まっくろくろすけ』は、
    いつの間にかいなくなるけど、

    人——
    それを友と呼ぶか、知り合いと呼ぶかは
    置いておいて、

    気づいたら、そばにいる。

    そうだ。とりあえず、怖い顔せずに
    ニコニコしていよう。

    アバウトだし、
    答えになってるとも思ってないんだけど。

    「あーそーぼー?」
    いつか分かる日がくるかな。

    * * *

    2. 恋せよ乙女

    私にも、恋する時代があった。

    不思議なもので、
    ダイエットも恋のパワーで、
    すんなり成功したりする。

    *

    片思いの彼に、
    修学旅行の自由時間、

    「す、好きです」
    ど直球で告白した。

    相手はポカンとして、
    絞り出すように言った。

    「好きとか嫌いとかじゃなくて、
    今は付き合えない」

    *

    でも、スッキリした。

    私は、“好きかどうか”を
    本当は、知りたかった。

    しかしそこは優しく、
    濁してくれたんだろうな。

    思いやりに感謝!

    そして、その恋は終わった。

    *

    人生って、
    “やらなかったこと”のほうが、
    あとから効いてくる。

    ……とはいえ。

    今の自分だったら、
    突然「好きです」と言われても、
    同じように断る理由も、よく分かる。

    *

    若い時間って、
    線香花火みたいに、
    あっという間に終わる。

    だからこそ——

    みんな、勇気出していこ。

    * * *

    3. いい人

    「あら、
    あの人は、あなたの“いい人”なのね?」

    この“いい人”なら、いい。

    *

    そうじゃなくて、

    「ああ、あの人、いい人だよね」

    こっちの“いい人”を、
    ちょっと問題視したい。

    *

    いい人って、
    必ずしも褒め言葉じゃない。

    むしろ、当たり障りがなくて、
    自分の意見を言わない、
    都合のいい人。

    そんなふうに、
    深読みしてしまう。

    *

    だから、
    自分が誰かに「いい人」と言われると、
    少しモヤる。

    *

    むやみに他人のことを、
    「いい人だよねー」

    なんて言わないようにしよう、と
    心にメモする。

    オバジであった。

    * * *

    4.  あなたの子供でいさせて下さい

    さだまさしの『秋桜 (コスモス)』という歌に、
    こんな歌詞があった。

    もう少し
    あなたの
    子供でいさせてください

    これは結婚を機に親元を離れる娘の心情だ。

    だが、実際は、
    親を施設に預けるとき、
    同じことを思った。

    父は、いわゆる認知症。
    行方不明にもなった事がある。
    夜も徘徊するようになった。

    でも。
    私が実家に帰ったとき、
    「お父さんが車で駅に送っていったるで?」

    ……車は廃車してもう無い。

    父のスエットパンツのお尻のポケットには、
    マジックで書いたカタカナの名字。

    急に、目頭が熱くなった。
    あー、お父さんは、やはりお父さんだな。

    *

    施設に明日入居が決まった夜、
    親戚に「最後になるかも」と電話する。

    父に電話をかわると、
    「誰や?知らん」
    と言いつつも、よそ向きの声で

    「お前も元気にしろよ?」
    と叔母に話して、短く電話を切る。

    *

    翌日、ヘルパーさんが、
    デーサービスに行く時と同じテンションで
    お迎えに来てくれた。

    ……これで「家で会う」のは最後になるのか。

    母は耐えきれず、
    私がいた部屋に身を隠す。

    まもなくして、
    施設のマイクロバスが来た。

    「じゃあ、いってくるな」

    笑顔で手を振る。

    もう少し
    あなたの
    子供でいさせてください

    そっと思った。

    * * *

    5.  一人暮らしの母

    父は1月から施設に、
    お世話になることになった。

    実家が、急にしんとした。

    *

    ずっと父の様子を見ていた母。

    夜も、火の元は大丈夫か。
    栓は閉めたか。
    電子レンジのコンセントは抜いたか。

    ちょっと音がすると、

    「……お父さんが起きてきたかと思って。
    なんね?あんたね?」

    三ヶ月経とうとしても、まだ落ち着かない。

    *

    「なんかね。
    お父さんが残したおやつとか、
    もらい物のお酒とか、
    賞味期限が切れても箱のままの揖保乃糸
    とか……
    片付けるとね。」

    言葉を詰まらせる。

    *

    ……そうだよね。
    長年、連れ添ってきたんだもんね。

    察するけど、口には出さない。

    *

    「晴れてるから、あとでちょっと散歩行こう」
    声をかけて、話をそらす。

    母も、いつまでも元気とは限らない。

    できることは、
    少しでも顔を出して、
    何気ない話をすること。

    話をしなくてもいい。
    つまらないテレビを横で見て、
    ただ隣にいる。

    *

    いつの日か、
    笑える日が来るさ。

    * * *

    6.  母のタラの芽のてんぷら

    桜が咲き出す時期。
    卒業式や、春休みが始まったようだ。

    一昨日、実家の母を訪ねた。
    壊れたコタツを、翌朝8時半までに——
    粗大ゴミに出すという名目で。
    ……というのと、母の顔を見に行くためだ。

    *

    「散歩に行こう。」

    母の誘いにのることにした。

    春風は少し冷たいが、
    よく晴れた午後の平日。

    勤め人としては、
    こんな日は滅多にあるものじゃない。

    「じゃあ、ついでに帰りに
    スーパー〇〇に寄ろうか?」

    *

    私が卒業して、ん十年の中学校の前を通る。

    中学生たちが連れ立って、
    校門からあふれるように出てくる。

    背丈はもう立派に大人。
    でもどこか、
    "産毛の残ったペンギン"のようにも見える。

    「休みだからって、気を引き締めるよう?」
    ハハハ、と笑い声。
    どうやら校長先生の真似をしているらしい。

    春休みの自由を身体いっぱいに、
    どこかみんな嬉しそうだ。

    *

    幼稚園の前まで来た。

    『修了賞状授与式』と書かれた手書きの立札。
    もう子どもたちはいない。

    「ちょっと休もう」

    母とベンチに腰を下ろす。

    タイミングよく、ウグイスが鳴く。

    「春だねぇ。」
    「そうだねぇ。」

    *

    スーパー〇〇に寄ると、
    タラの芽が半額になっていた。

    母の目が光る。

    「今夜は天ぷらにしよう。
    舞茸が家にあるよ。
    あとはイワシか鯵でも買っていこう」

    *

    大根おろしを、母から無言で任される。
    これはなかなかの力仕事だ。

    チチチ、とガスに火をつける音が、
    キッチンから聞こえてくる。

    手首が痛くなり、
    左右を替えながら大根をすり続ける。

    *

    「できたよー。取りに来て」

    ちょうど大根をやっつけた頃、
    母が呼んだ。

    *

    揚げたての天ぷら。

    大根おろしに出汁醤油をかけ、
    タラの芽にちょこんとのせて、いただく。

    ハフハフ。サクサク。
    ほろ苦い、春の味がした。

    イワシの身も、ふっくらと美味しい。

    *

    ふと、思う。

    こんな穏やかな日を、
    あと何回繰り返せるのだろう。

    *

    「なんね?」と母が聞く。

    「なんでもない」と答えて、
    また食べはじめた。

    *

    なんでもない、春の日。

    *   *   *

    エピローグ

    結局のところ、

    日常の生活で、何が正解なのかは、
    オバジにはよく分からない。

    分からないなりに、
    今日もなんとかやり過ごす。

    ごはんを食べて、
    少し笑って、
    また一日が終わる。

    それだけで、
    まあいいかと思う日もある。

    たぶんこれからも、
    そんな感じだ。

    *  *  *

    ここまで、読んで下さって
    ありがとうございます。

    またどこかで。

    完

     
     
    オバさんでもなく、オジさんでもない。 お姉さんでも、お兄さんでもない。 どこにもいそうで、案外いない。 それが、オバジさん。 でも、オバジさんは、みんなの中にいる。 ちょっと疲れたときに、ひとりでふっと戻れる場所のような存在。

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