
日常をやり過ごす(短篇集)
日常の中で、“なんとかやり過ごす”
そうした瞬間を
切り取った短篇集です。
* * *
プロローグ
オバジの頭の中のカメラで撮影した
何気なく過ぎていく日常の"写真"を、
そっと『額縁』に入れました。
六つの短篇を、あなたに。
* * *
1. あーそーぼー?
子供の頃、
「○○ちゃん、あーそーぼー?」
と誘われるのが、苦手でした。
その頃は言語化できなかったけれど、
要するに——
一人遊びが好きだった。
だから、声をかけてくれた子の気持ちが、
さっぱり分からなかったのだ。
ん?
今は分かるのかな。
白髪が目立ち始めたこの頃でさえ、
「誰かと遊ぶ」が上手いかと聞かれたら、
ちょっと自信がない。
ある時は、誘ってくれた子が、
まるで"テイカー"のように思えて
面倒に思ったくせに、
でも、その子にイジメっ子から
守ってもらったこともあった。
「遊ぼう」って、
今も実はよく分かっていない。
だから子どもの頃は、
けっこう真面目に悩んだ。
うん。
たぶん今も、答えは出ていない。
だけど、少しだけ分かったことがある。
それは——
『トトロ』に出てくるおばあちゃんの言葉。
「そっただ恐ろしいもんじゃねえよ?
ニコニコしてたら、いつのまにか…」
『まっくろくろすけ』は、
いつの間にかいなくなるけど、
人——
それを友と呼ぶか、知り合いと呼ぶかは
置いておいて、
気づいたら、そばにいる。
そうだ。とりあえず、怖い顔せずに
ニコニコしていよう。
アバウトだし、
答えになってるとも思ってないんだけど。
「あーそーぼー?」
いつか分かる日がくるかな。
* * *
2. 恋せよ乙女
私にも、恋する時代があった。
不思議なもので、
ダイエットも恋のパワーで、
すんなり成功したりする。
*
片思いの彼に、
修学旅行の自由時間、
「す、好きです」
ど直球で告白した。
相手はポカンとして、
絞り出すように言った。
「好きとか嫌いとかじゃなくて、
今は付き合えない」
*
でも、スッキリした。
私は、“好きかどうか”を
本当は、知りたかった。
しかしそこは優しく、
濁してくれたんだろうな。
思いやりに感謝!
そして、その恋は終わった。
*
人生って、
“やらなかったこと”のほうが、
あとから効いてくる。
……とはいえ。
今の自分だったら、
突然「好きです」と言われても、
同じように断る理由も、よく分かる。
*
若い時間って、
線香花火みたいに、
あっという間に終わる。
だからこそ——
みんな、勇気出していこ。
* * *
3. いい人
「あら、
あの人は、あなたの“いい人”なのね?」
この“いい人”なら、いい。
*
そうじゃなくて、
「ああ、あの人、いい人だよね」
こっちの“いい人”を、
ちょっと問題視したい。
*
いい人って、
必ずしも褒め言葉じゃない。
むしろ、当たり障りがなくて、
自分の意見を言わない、
都合のいい人。
そんなふうに、
深読みしてしまう。
*
だから、
自分が誰かに「いい人」と言われると、
少しモヤる。
*
むやみに他人のことを、
「いい人だよねー」
なんて言わないようにしよう、と
心にメモする。
オバジであった。
* * *
4. あなたの子供でいさせて下さい
さだまさしの『秋桜 (コスモス)』という歌に、
こんな歌詞があった。
もう少し
あなたの
子供でいさせてください
これは結婚を機に親元を離れる娘の心情だ。
だが、実際は、
親を施設に預けるとき、
同じことを思った。
父は、いわゆる認知症。
行方不明にもなった事がある。
夜も徘徊するようになった。
でも。
私が実家に帰ったとき、
「お父さんが車で駅に送っていったるで?」
……車は廃車してもう無い。
父のスエットパンツのお尻のポケットには、
マジックで書いたカタカナの名字。
急に、目頭が熱くなった。
あー、お父さんは、やはりお父さんだな。
*
施設に明日入居が決まった夜、
親戚に「最後になるかも」と電話する。
父に電話をかわると、
「誰や?知らん」
と言いつつも、よそ向きの声で
「お前も元気にしろよ?」
と叔母に話して、短く電話を切る。
*
翌日、ヘルパーさんが、
デーサービスに行く時と同じテンションで
お迎えに来てくれた。
……これで「家で会う」のは最後になるのか。
母は耐えきれず、
私がいた部屋に身を隠す。
まもなくして、
施設のマイクロバスが来た。
「じゃあ、いってくるな」
笑顔で手を振る。
もう少し
あなたの
子供でいさせてください
そっと思った。
* * *
5. 一人暮らしの母
父は1月から施設に、
お世話になることになった。
実家が、急にしんとした。
*
ずっと父の様子を見ていた母。
夜も、火の元は大丈夫か。
栓は閉めたか。
電子レンジのコンセントは抜いたか。
ちょっと音がすると、
「……お父さんが起きてきたかと思って。
なんね?あんたね?」
三ヶ月経とうとしても、まだ落ち着かない。
*
「なんかね。
お父さんが残したおやつとか、
もらい物のお酒とか、
賞味期限が切れても箱のままの揖保乃糸
とか……
片付けるとね。」
言葉を詰まらせる。
*
……そうだよね。
長年、連れ添ってきたんだもんね。
察するけど、口には出さない。
*
「晴れてるから、あとでちょっと散歩行こう」
声をかけて、話をそらす。
母も、いつまでも元気とは限らない。
できることは、
少しでも顔を出して、
何気ない話をすること。
話をしなくてもいい。
つまらないテレビを横で見て、
ただ隣にいる。
*
いつの日か、
笑える日が来るさ。
* * *
6. 母のタラの芽のてんぷら
桜が咲き出す時期。
卒業式や、春休みが始まったようだ。
一昨日、実家の母を訪ねた。
壊れたコタツを、翌朝8時半までに——
粗大ゴミに出すという名目で。
……というのと、母の顔を見に行くためだ。
*
「散歩に行こう。」
母の誘いにのることにした。
春風は少し冷たいが、
よく晴れた午後の平日。
勤め人としては、
こんな日は滅多にあるものじゃない。
「じゃあ、ついでに帰りに
スーパー〇〇に寄ろうか?」
*
私が卒業して、ん十年の中学校の前を通る。
中学生たちが連れ立って、
校門からあふれるように出てくる。
背丈はもう立派に大人。
でもどこか、
"産毛の残ったペンギン"のようにも見える。
「休みだからって、気を引き締めるよう?」
ハハハ、と笑い声。
どうやら校長先生の真似をしているらしい。
春休みの自由を身体いっぱいに、
どこかみんな嬉しそうだ。
*
幼稚園の前まで来た。
『修了賞状授与式』と書かれた手書きの立札。
もう子どもたちはいない。
「ちょっと休もう」
母とベンチに腰を下ろす。
タイミングよく、ウグイスが鳴く。
「春だねぇ。」
「そうだねぇ。」
*
スーパー〇〇に寄ると、
タラの芽が半額になっていた。
母の目が光る。
「今夜は天ぷらにしよう。
舞茸が家にあるよ。
あとはイワシか鯵でも買っていこう」
*
大根おろしを、母から無言で任される。
これはなかなかの力仕事だ。
チチチ、とガスに火をつける音が、
キッチンから聞こえてくる。
手首が痛くなり、
左右を替えながら大根をすり続ける。
*
「できたよー。取りに来て」
ちょうど大根をやっつけた頃、
母が呼んだ。
*
揚げたての天ぷら。
大根おろしに出汁醤油をかけ、
タラの芽にちょこんとのせて、いただく。
ハフハフ。サクサク。
ほろ苦い、春の味がした。
イワシの身も、ふっくらと美味しい。
*
ふと、思う。
こんな穏やかな日を、
あと何回繰り返せるのだろう。
*
「なんね?」と母が聞く。
「なんでもない」と答えて、
また食べはじめた。
*
なんでもない、春の日。
* * *
エピローグ
結局のところ、
日常の生活で、何が正解なのかは、
オバジにはよく分からない。
分からないなりに、
今日もなんとかやり過ごす。
ごはんを食べて、
少し笑って、
また一日が終わる。
それだけで、
まあいいかと思う日もある。
たぶんこれからも、
そんな感じだ。
* * *
ここまで、読んで下さって
ありがとうございます。
またどこかで。
完