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創戯旅団 生存の蚘録-SM奇譚 第倜-癜い迷宮の倏

    その倏、私は癜い迷宮のなかにいた。

    迷宮ずいっおも、石でできた地䞋の回廊でもなければ、神話の怪物が棲む暗い穎蔵でもない。むしろ逆で、そこは過剰なほど枅朔で、蛍光灯の光が隅々たで均䞀に行き枡り、壁は癜く、床は磚かれ、廊䞋には消毒液の匂いが薄く柱んでいた。窓もあった。゚レベヌタヌもあった。案内板も、ナヌスステヌションも、売店も、自販機もあった。だが人は、自分の身䜓の自由を倱った瞬間から、どれほど近代的で芪切な斜蚭の内郚にいおも、それを迷宮ず呌ぶほかなくなる。出口があるこずず、そこぞ蟿り着けるこずずは、たったく別の話だからである。

    私はその幎、䌊勢原の病院で脚を切断した。その事実をこうしお䞀文で曞いおしたうず、たるで郵䟿物の宛名を蚘すように簡単だ。脚を切断した。たったそれだけである。しかし実際には、人の身䜓から脚がひず぀倱われるずいうのは、単に肉䜓の䞀郚が枛るずいう話ではない。生掻の文法が砎壊されるのだ。立぀ずいう動詞の重さが倉わり、歩くずいう自明が砕け、䟿所ぞ行くずいう最䜎限の移動が、䞀぀の遠埁、䞀぀の戊闘、䞀぀の亀枉になる。自分の身䜓が自分のものではなくなる。そのずき人は、所有物を倱うのではなく、自分ずいう囜土の地図を曞き換えられる。それでも、切断された脚はそれきりで、戻っおこない。戻っおこないものに぀いお人間ができるこずは少ない。泣くか、黙るか、笑うか、比喩に倉えるか、そのくらいである。私はその倏、たぶんその四぀をすべおやった。泣いたし、黙ったし、笑ったし、どうしようもない珟実を、どうにか文章の噚ぞ移しかえるために、あれこれず喩えを探した。喩えずいうのは臆病者の逃げ道であるず同時に、瀕死の者の束葉杖でもある。名づけるこずができない苊しみはただの闇だが、たずえ歪んだ名であっおも䞀床䞎えられるず、その闇はほんのわずかに茪郭を持぀。人は茪郭のある闇ずなら、かろうじお同居できる。

    ちょうどそのころ、テレビでは宮藀官九郎脚本の『新宿野戊病院』をやっおいた。私は毎週、それをほずんど瀌拝のような気持ちで埅っおいた。病院に入院しおいる人間が、病院を舞台にしたドラマを楜しみにするなど、因果がねじれすぎおいお少々気味が悪い。だが䞍幞のただなかにいる者は、ずきに自分の䞍幞ず同皮の舞台装眮を持぀喜劇に、ひどく救われる。火傷した人間が、火の話をするなずは限らない。むしろ火に぀いおしか笑えない時期がある。こちらは本圓に病院のベッドに瞫い぀けられおおり、片脚を倱い、おむ぀を圓おられ、管を通され、倜䞭に痛みで目を芚たし、朝には怜枩ず採血ず回蚺を受ける、たるで病院ずいう制床に察する暡範解答のような患者だった。そんな人間の目の前に、毎週、病院を舞台にした狂隒曲が䟛されるのである。しかも女王様めいたネタたで差し蟌たれおくる。笑うなずいうほうが酷だった。

    私はもずもず宮藀官九郎が奜きだった。『あたちゃん』のひょうひょうずした明るさに救われたこずもあれば、『朚曎接キャッツアむ』の、あの地元千葉に察する雑で愛のあるいたずらに、腹を立おるどころか劙な芪しみを芚えたこずもある。圌の笑いは、幞犏な堎所で芋るずただ面癜いだけだが、䞍幞のただなかで芋るず、少し薬効を垯びる。䞍幞に効く笑いずは、高尚な笑いではない。人栌を磚く笑いでもない。もっず雑で、もっず俗で、もっず䞋䞖話で、少しだけ品のない笑いである。人間がほんずうに匱っおいるずきに欲しがるのは、立掟な垌望ではなく、ちょっずどうかしおいる冗談のほうだったりする。キャスティングも、ひどく反則じみおいた。画面を芋おいるだけで、圹者たちがそれぞれ自分の持ち堎の角床から、この䞖界の歪みを抌し広げおいく。仲野倪賀の顔には、真剣であればあるほど笑っおしたう陰圱があるし、小池栄子は立っおいるだけで芝居の枩床を䞀床䞊げおしたう。塚地歊雅にはテレビ的祝祭の残り銙が぀いおいお、それが病院ずいう堎の生臭さず混ざるず、劙に切実な滑皜が生たれる。濱田岳の巡査は、たるで圹柄のほうが先に圌の䜓栌ず目の色を埅っおいたみたいに、ぎたりず収たっおいた。名優たちは、なにをやらせおも名優である。そういうあたりたえの事実が、病宀の癜い空気のなかではいっそう際立っお芋えた。橋本環奈の顔芞たで欲しかった、ず思ったのも嘘ではない。こちらはベッドの䞊で片脚を倱っおいるくせに、ドラマの配圹にたで泚文を぀けおいた。人間ずいう生き物の図々しさに、我ながら呆れる。

    だが、そのような笑いの時間が、䞀皮の避難所だったこずも確かである。病院における患者の時間は、海蟺に取り残された舟のように長い。日垞の瀟䌚では、時間は前ぞ進んでいるように芋えるが、病宀の時間はしばしば暪に䌞びる。同じ癜い倩井、同じ点滎スタンド、同じ消灯時間、同じ朝食のトレヌ。時間は時蚈ではなく、繰り返しによっお圢を持぀。繰り返しは時に安心を䞎えるが、時に人を静かに蝕む。そういうずき、毎週決たった時間に珟れる笑いは、遠い海から届く朮隒のようなもので、病宀の空気にひずずき別の気圧をもたらした。

    ずはいえ、ドラマの面癜さを語っおいるだけでは、あの倏の本䜓から遠ざかるばかりだ。あの頃の私を本圓に苛んでいたものは、病院ずいう癜い制床のなかで、人間の尊厳がいかに簡単に薄くなるかずいう、そのこずだった。䜕が蟛かったかずいえば、手術前の䞀週間ず手術埌の二週間、おむ぀を圓おられおいたこずに尜きる。人はよく、食べるこず、生きるこず、眠るこずを尊いず蚀う。しかし実際には、排泄の自埋こそが、もっずもひそやかで、もっずも固い尊厳の城壁なのではないかず私は思う。食事を運んでもらうこずはできる。服を着替えさせおもらうこずもできる。颚呂に入れおもらうこずも、髪を掗っおもらうこずも、ただ耐えられる。だが、自分の出すものを自分の奜きな時に自分の意志で凊理できないずなるず、人は急に「人間」であるこずの茪郭を倱う。身䜓が自分から離れお、病院の管理項目に倉わっおいくのだ。䟿も尿も、人栌の倖ぞ眮かれる。おむ぀の䞭にしろ。挏らしたら呌べ。凊理するから。もちろん、それは看護の珟実であり、必芁な措眮である。必芁であるこずは理解しおいた。だが理解ず屈蟱ずは同じ噚には入らない。頭が玍埗しおいおも、身䜓は別のずころで密かに泣いおいる。小のほうは、カテヌテルで管理されおいた。尿道に差し蟌たれた现い管は、文明の合理性を现長く䌞ばしたようなものだった。人の䜓内を川ずするなら、その川筋に人工の暋を通し、勝手に流れを監芖しおいるのである。発想ずしおは賢い。だが賢い仕組みは、ひずたび詰たるず、愚かな拷問ぞ豹倉する。私の膀胱は、それを繰り返し教えられた。詰たった膀胱は、ただ膚らむのではない。身䜓の奥で、黙ったたた怒り続ける月になる。銀色の圧力が、腹の底でゆっくり満ちおいき、やがお䞖界のすべおがその苊しみに吞い寄せられる。人は痛みの䞭にいるずき、倫理も哲孊もドラマの感想も䜕もかも忘れる。ただ「助けおくれ」ずいう原始的な䞀語だけが、頭蓋の内偎で湿った鐘みたいに鳎り続ける。

    ある倜、その鐘を静かに止めおくれた看護垫がいた。圌女は若くも老いおもいない、ごく普通の倜勀の看護垫だった。だが、苊しんでいる人間に察しお必芁な説明を、必芁な順番で、必芁な声量で、過䞍足なく届けるこずのできる人は、たずえその容貌がどれほど平凡でも、こちらには倩䜿に芋える。圌女は蚀った。カテヌテルはたたに詰たるこずがあるこず、正垞に流れ始めれば䞀時間にどれくらい出るか、人間は䞀時間にどれくらい排尿するか、぀たり数時間埌には楜になる芋蟌みがあるこず、自分が定期的に芋に来るから安心しお䌑んでよいこず。これほどささやかな説明が、あれほど倧きな救いになるずは思わなかった。説明ずは、苊しみに察する小さな地図である。地図があるだけで、人は荒野の只䞭でもいくらか萜ち着ける。実際、そのずおりになった。流れは戻り、圧は匕き、私は眠った。圌女の背には埌光が差しおいた、ず私は本気で思った。埌光ずは信仰の産物ではなく、的確な仕事ぞの被害者の感謝が䜜り出す光の茪である。

    ずころが、その二日埌、ほずんど同じ苊しみが再来し、今床は別の倜勀の看護垫が来た。圌女は決しお悪人ではなかった。だが、珟実に察する応答が䞀拍ず぀遅れおいる人間、あるいは苊痛を目の前にしおもなお、自分の内郚にある定型文から出られない人間ずいうのはいる。圌女はカテヌテルを少し芋お、「問題ないです」ず蚀った。その瞬間、私は、自分の膀胱に満ちおいる痛みが、この䞖界から䞀床抹消されたように感じた。珟にここにある苊しみが、確認項目のどこにも蚘茉されおいないずいうだけで、存圚しないものずしお扱われる。その恐ろしさ。制床ずいうものは、ずきに人を守る鎧であり、ずきに人を芋倱う網でもある。私は前回の経緯を説明した。䜕が起こり、どう察凊され、結果どう楜になったか。だが圌女は再び同じ確認を繰り返し、カテヌテルは正垞だ、自分には亀換の暩限がない、ずだけ蚀い残しお去っおいった。暩限。病院では、時ずしお痛みより暩限のほうが匷い。私はあの倜、自分の身䜓の非垞ベルが、事務的な蚀葉によっお静かに消音されるのを聞いた気がした。

    どうにもならず、私は挏らした。自らの意志で、ずいうより、意志の堀防が決壊した結果ずしお。人間は極限に远い蟌たれるず、遞ぶのではなく溢れる。あのずきの屈蟱は、埌から振り返っおも薄たらない。挏らすずいう行為は、ただ汚れるこずではない。自分の身䜓に察する統治暩を倱うこずである。翌朝、私は昌勀の看護垫に抗議した。圌らはすぐに状況を理解し、膀胱の膚らみも、カテヌテルの詰たりも把握し、最終的には倖す遞択をした。䞖界にはただたずもな人がいる。その事実だけで、私はすこし生き返った。医療の珟堎は、巚倧な船のようなもので、甲板のどこに立っおいるかによっお芋える景色が違う。私はたたたた、深倜にひどく颚通しの悪い区画ぞ迷い蟌んだだけなのだず、自分に蚀い聞かせた。おむ぀ず管の屈蟱に比べれば、埌になっお出来るようになったこずは、どれも革呜のようだった。手術埌䞉週間ほど経぀ず、看護垫の芋守り付きでトむレぞ行けるようになった。たかがトむレ。だが、あの時の私にずっおそれは、王囜の奪還に等しい出来事だった。䟿噚に座るずいう行為が、自由の象城になる日が来るずは倢にも思わなかった。そこから䞀週間ほどで、ひずりでトむレに行けるようになった。車怅子も、最初は巚倧な異物だったものが、だんだん身䜓の䞀郚になっおいった。最初のうちは、金属ずゎムでできた䞍機嫌な昆虫みたいに感じられた。私の䞍噚甚さや無力さを、いちいち可芖化する道具。しかし慣れるに぀れ、それは第二の脚になった。人間の身䜓ずは案倖あやふやなもので、昚日たで自分でなかったものを、今日から自分ずしお䜿い始めるこずができる。

    シャワヌに入れたのは䞀か月ほどしおからだった。あの最初の湯は、単なる湯ではなかった。死の気配を掗い流すための小さな埩掻祭だった。皮膚ずいうものが、こんなにも䞖界ず぀ながっおいたのかず、その時ようやく思い知った。枩かい氎が肩から胞ぞ、胞から腹ぞ流れおいく。その途䞭で、私は自分がただ人間であるこずを確かめ盎した。傷口が安定し、リハビリ病院ぞの転院の話が出るたでに、結局たる二か月かかった。安定ずいっおも、ようやく瘡蓋が䞖界ぞの戞締たりを始めた皋床のこずだ。それでも前半䞀か月が地獄なら、埌半䞀か月は倩囜だった。地獄を知った者にずっお、倩囜ずは豪奢な堎所ではない。奜きな時にトむレぞ行けるこず、車怅子をひずりで動かせるこず、シャワヌを济びられるこず、そのくらいで充分だった。ちょうど䞃月の埌半から私は楜になり、倏の甲子園予遞、パリオリンピック、甲子園本戊を病宀で堪胜した。窓の倖ぞ出られぬ者にずっお、テレビはずきに䞖界そのものになる。グラりンドを走る高校生の汗、競技堎の歓声、青空に映える癜球、そのすべおが私のいる癜い郚屋ぞ、遠い惑星から届く光みたいに流れ蟌んできた。倧人になっおからの、奇劙な「僕の倏䌑み」だった。自由のない倏䌑み。だが、それゆえに濃密で、二床ずない倏だった。倖ぞ出られない人間は、倖の颚景を神話ずしお受け取る。私はベッドの䞊で、ひず倏ぶんの神話を芳おいた。

    そうしお神話を芳ながら、私は仕事もしおいた。厚朚゚レガンスの営業は、しれっず続いおいた。しれっず、ずいうのがいちばん正しい。こちらは片脚を倱い、おむ぀ず管に蟱められ、倜䞭に痛みでうめき、昌は怜査に远われおいる。だが商売ずいうものは、そういう事情に恐ろしく無関心だ。店䞻が死にかけおいようず、時代の颚向きは埅っおくれない。第二期の冒頭に糖尿病で倒れた経隓があったから、これは二床目の地獄だった。人は二床目の地獄においお、初回よりわずかに手際よく絶望する。問題は、私はなぜか営業の転換期に限っお倒れるこずだった。たるで神様が、こい぀には平堎を歩かせおなるものか、ず意地悪く笑っおいるみたいだった。䞃月からオフィシャルホヌムペヌゞを閉鎖し、情報サむトの無料ペヌゞを掻甚する戊略ぞ舵を切った。そのため、私は深倜の病宀で、スマホやタブレットの冷たい光に顔を照らされながら、各サむトの管理画面ぞログむンし、文蚀を曞き換え、プロフィヌルの順番を調敎し、どの無料枠に䜕を眮けば最も客の目が止たるかを延々考えおいた。病院の倜ずは䞍思議なもので、昌間は怜枩や回蚺やリハビリに切り刻たれおいる時間が、倜になるず急にひずかたたりの牢獄になる。消灯埌、隣のベッドの寝息ず遠くのナヌスコヌルの音だけが挂うなかで、私は什和のクラブ営業に぀いお考えおいた。滑皜で、みじめで、しかし切実だった。生きるずいうこずは、だいたいの堎合、恰奜が悪い。恰奜が悪いからこそ、本気なのである。八月には新しい戊略を思い぀いおは华䞋する毎日だった。アむデアは病宀の倩井に浮かぶ染みみたいに、芋おいるうちに䜕かの圢に芋えおくるが、朝になるずたいおい消えおいる。それでも考えるこずをやめなかった。むしろ、倱ったものが倧きいほど、人は残されたものを過剰に磚こうずする。脚を倱った私は、その代わりに、仕事の仕組みをもう䞀床組み立お盎そうずしおいたのかもしれない。人間は、奪われた分だけ別の堎所ぞ執着する。私は病宀で、その執着を営業戊略ず呌んでいた。

    やがお䞃沢ぞの転院が決たった。ようやく䌊勢原ミッション終了かず思った最終日にも、病院ずいう巚倧な生き物は最埌たで自分らしかった。転院二時間前になっお、新しい寝巻きずバスタオルが届いたので、嫌な予感がしおナヌスコヌルを抌した。案の定、解玄届けの曞類を曞き忘れおいたらしい。その皋床のこずではもう怒らない。䞀か月も病院にいるず、䞍手際は気候の䞀皮ずしお受け止めるようになる。台颚に腹を立おないのず同じで、病院の混乱には、もはや颚情さえ感じる。これで忘れ物はないかず確認するず、倧䞈倫だずいう。だが移動䞀時間前になっお、今床は入院手続きのサむンをしおいないので受付ぞ来おほしいず蚀われた。私は䞀瞬、自分が聞き間違えたのだず思った。退院ではなく、入院。救急車で運ばれた緊急入院の患者に、転院䞀時間前になっお入院手続きを求める病院。人生はずきどき、脚本家の想像力を眮き去りにする。結局、病宀でサむンを曞くこずになったのだが、そのあず「こちらが入院のパンフレットになりたす」ず差し出されたずきには、私も看護垫も思わず笑った。残り䞉十分で退院する人間に入院案内。珟実はしばしば、冗談より冗談じみおいる。しかもその日は昌食の手配たで忘れられおいた。郚眲ごずの連絡が、砂浜に曞いた文字みたいに、途䞭で波にさらわれおいるのだろう。だが私は、このおっずりした田舎の病院を嫌いにはなれなかった。料理は矎味しかったし、建物は今颚で、経営なのに米だけ劙に冎えなかったのも、今ずなっおは人の欠点みたいで愛おしい。完璧な病院は怖い。䞍完党な病院のほうが、ただ人間の顔をしおいる。

    それから䞀幎䞃か月が経った。私はただリハビリ斜蚭にいる。杖なしで少し歩けるようにはなったが、それは平坊な廊䞋ずいう、䞖界から段差ず傟斜を抜き取った人工の地平に限った話だ。倖ぞ出れば、道には起䌏があり、募配があり、砂利があり、颚があり、こちらの油断を詊すような埮现な悪意が満ちおいる。片脚の身䜓になっお初めお知るのは、䞖界がいかに䞡脚の人間を基準に蚭蚈されおいたかずいうこずである。歩道のちいさな傟き、店の入口のほんの数センチの段差、雚䞊がりの路面、駅のスロヌプの長さ。そうしたものが急に、䞖界の性栌ずしお立ち䞊がっおくる。普通の瀟䌚人ではいられない。その珟実は、もう受け入れるほかない。だが、私はそれを玔粋な悲劇ずしおだけは匕き受けたくなかった。生き残ったのだ。倱ったのは脚であっお、時間ではない。ならば残りの時間を、䜕か別の圢で䜿うしかない。今の私は、ずきに悟りをひらいた老垫みたいな気分でいる。前線で暎れるより、これからクラブで掻躍する若い連䞭を支え、芋守り、時代に合った営業の圢を䞀緒に考える偎に回るのも悪くないず。もちろん、本圓に悟っおいるわけではない。未緎もあるし、焊りもある。数字も気になる。だが片脚を倱った人間には、吊応なく人生を遠景ずしお芋る時間が䞎えられる。近くで芋おいた時にはただの泥だったものが、少し離れるず地局に芋える。私は今、そういう地局の芋方を芚え぀぀ある。

    しかも時代そのものが転換期にある。以前ず以埌では、クラブの経営もたた別の文法に倉わるだろうず私は思っおいる。感芚ず根性だけで店を回せた時代は終わり぀぀ある。可芖化し、分析し、最適化し、今たでになかったほど緻密に営業を蚭蚈しなければ、静かに淘汰される。病宀で私は、そのこずばかり考えおいる。癜い壁に囲たれたベッドの䞊で、什和の颚俗営業の地図を描く。なんずも奇劙な光景だ。だが、時代の答えずいうものは、案倖こういう奇劙な堎所から生たれるのかもしれない。少なくずも私は、私皋床の銬鹿に考え぀くものなどたかが知れおいるず自嘲しながら、それでも新しい人々ずの出䌚いを信じお詊行錯誀を続けおいる。生き延びた者には、生き延びた者なりの仕事がある。振り返れば、あの倏は、笑いず屈蟱ず痛みず垌望ずが、ひず぀の倧鍋のなかでぐらぐら煮立っおいた季節だった。宮藀官九郎のドラマに笑い、おむ぀に絶望し、神みたいな看護垫に救われ、噛み合わない察応に怒り、トむレぞ行けたこずに涙ぐみ、甲子園を芳お季節を知り、深倜に営業ペヌゞを曞き換え、最埌は入院パンフレットを断っお笑った。枊䞭では、ただの灜難の寄せ集めでしかなかった。だが少し離れお芋れば、あれは奇劙な䞀篇の私小説であり、䞀぀の寓話だったのだず思える。人の人生ずいうものは、盎線ではなく、い぀だっお脱線ず寄り道ず停車ず勘違いでできおいる。だからこそ、埌から振り返るず、劙な柄の織物みたいに芋えおくる。

    私は片脚を倱った。だが、それず匕き換えに芋えおきたものもある。病院ずいう癜い迷宮のなかで、私は人間の滑皜さを芋た。制床の粗さを芋た。身䜓の情けなさを芋た。そしお、それでもなお前ぞ進もうずする意地の、みじめで矎しい圢を芋た。笑いずは、たぶん、その党郚をたずめお抱きしめるための技術なのだろう。泣いたずころで倉わらない珟実に、せめおこちらから倉な名前を぀けおやる。野戊病院でも、地獄でも、倏䌑みでも、迷宮でも、䜕でもいい。名づけた瞬間、苊しみはほんの少しだけ、こちらの偎ぞ寄っおくる。完党には手なずけられなくずも、ただ䞀方的に蹂躙されるだけではなくなる。いたも私は癜い廊䞋を歩いおいる。ずきに杖を぀き、ずきに壁に手を添えながら。その歩みは遅い。坂道にはただ敵わない。だが遅いからこそ芋えるものもある。午埌の光が床に眮いおいく長い四角圢、リハビリ宀の窓から芋える䜎い雲、食堂のざわめき、若い療法士の額の汗、倜曎けのスマホに映る自分の疲れた顔。それらはすべお小さい。だが、小さいものの総和こそが、生きるずいうこずの正䜓なのかもしれない。人生は、倧きな決断より、小さな持続によっお出来䞊がる。

    片脚の倏は、ただ終わっおいない。たぶんこれからも圢を倉え、季節をたたぎ、別の名前を䞎えられながら続いおいくのだろう。それでも私は、ずきどき思う。あの倏、笑えおよかった、ず。もし笑えなかったら、私はもっず深いずころで壊れおいた。だからこれからもきっず、私は痛みのただなかで比喩を探し、理䞍尜の隙間に小さなオチを芋぀け、どうしようもない珟実に、なんずか語りのかたちを䞎えようずするだろう。それが私に残された、もう䞀本の脚なのだず思う。肉ではなく、蚀葉でできた脚。遅く、脆く、ずきに滑皜で、それでもただ、前ぞ進もうずする脚である。


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    欲望ず珟実の亀差。垌望ず珟実の亀錯。混沌ず悲劇ず悊楜が乱雑に織りなす人間暡様。 SMクラブ経営者が綎る倜物語。 著者がSM哲孊、颚俗文化、心理構造を孊ぶ䞭で、 自分の描いた䞖界芳に匕き摺り蟌たれおいく狂気の人間ドラマ。 颚俗教育プログラム🏫暪浜颚俗倧孊開蚭

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