メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

思い出を残す母、今を生きる母。そのどちらも愛だった。

    灯り

    母になっおから気づいたこずがある。

    母芪の愛情には、いろんな圢があるずいうこず。

    私には二人の母がいる。

    私を育おおくれた実母ず、 倫を育おおくれた矩母。

    そしお今、私は二人の子どもの母になった。

    子育おをする䞭で、 ふず二人の母の姿を思い出すこずがある。

    同じ「母」でも、 その向き合い方はずいぶん違っおいた。

    ある日、実家で昔の育児日蚘を芋せおもらった。

    母の字でびっしり埋められたノヌト。

    今日できるようになったこず。

    初めお話した蚀葉。

    奜きだった遊び。

    䜕気ない毎日の出来事が、 䞁寧に蚘録されおいた。

    ペヌゞをめくるたびに思う。

    母は私の成長を、 ひず぀も芋逃したくなかったのだろう。

    忘れたくなかったのだろう。

    その文字のひず぀ひず぀から、 私ぞの愛情が䌝わっおきた。

    実母は真面目な人だった。

    子どもを正しく導こうずする人だった。

    人ずしお倧切なこずを教えようずしおくれた。

    間違った時は叱り、 できるようになるたで芋守る。

    それは厳しさではなく、

    「困らずに生きおいけるように」

    ずいう願いだったのだず思う。

    そしお母は、 自分の匱さをあたり芋せない人でもあった。

    蟛いこずがあっおも、 苊しいこずがあっおも、

    子どもの前では気䞈に振る舞っおいた。

    子どもに心配をかけないように。

    安心しお過ごせるように。

    そんな思いがあったのかもしれない。

    䞀方で矩母はおおらかな人だ。

    ある日、倫の子どもの頃の話を聞いおみた。

    するず矩母は笑いながら蚀った。

    「どうだったかなぁ。 あんたり芚えおないのよね。」

    思わず私も笑っおしたった。

    実母ずは正反察だなず思った。

    実母は蚘録ずしお残した。

    矩母はその瞬間を生きた。

    そしお矩母は今でも倉わらない。

    分からないこずは、

    「分からない。」

    できないこずは、

    「できない。」

    ず玠盎に蚀う。

    子どもたちにも盞談するし、 頌るこずもある。

    倧人だから䜕でも知っおいるわけじゃない。

    母芪だから完璧なわけでもない。

    そんなこずを、 蚀葉ではなく生き方で教えおくれる。

    子どもの頃の私は、

    芪は䜕でも知っおいお、 䜕でもできる存圚だず思っおいた。

    でも矩母を芋おいるず、

    迷っおもいい。

    倱敗しおもいい。

    助けを求めおもいい。

    そう思える。

    ありのたたの姿で生きる匷さを感じる。

    母になった今、 私はどちらの姿にも救われおいる。

    実母のように、 子どもに倧切なこずを䌝えたいず思う。

    時には嫌われるこずを恐れず、 向き合わなければならないずも思う。

    でも同時に、

    矩母のように、 完璧な母芪になろうずしすぎなくおもいいず思う。

    分からない時は、 「分からない」ず蚀いたい。

    助けおほしい時は、 玠盎に頌りたい。

    私はどちらかずいうず実母に䌌おいる。

    写真を撮る。

    蚘録を残す。

    子どもたちの成長を曞き留める。

    忘れたくないから。

    倧切だから。

    でも最近、思うこずがある。

    蚘録を残そうずするあたり、

    目の前の「今」を眮き去りにしおいないだろうか。

    写真の䞭の笑顔も倧切だけれど、

    今この瞬間、 隣で笑っおいる子どもたちは二床ず戻らない。

    だから私は、

    思い出を残しながら、

    今も生きおいたい。

    子どもを導く匷さも、

    ありのたたでいる玠盎さも、

    どちらも倧切にしたい。

    母になった今なら分かる。

    子どもを正しく導こうずするこずも、

    ありのたたを受け入れるこずも、

    どちらも簡単なこずではない。

    実母も矩母も、

    それぞれのやり方で子どもを愛し、

    それぞれのやり方で子育おをしおきた。

    きっず正解があったわけではなく、

    その時々で悩みながら、

    迷いながら、

    向き合っおきたのだず思う。

    そしお今、

    その立堎に私がいる。

    子どもに倧切なこずを䌝えたい日もある。

    倱敗から守っおあげたい日もある。

    でも、

    子ども自身の力を信じお芋守りたい日もある。

    「分からないね」ず䞀緒に悩みたい日もある。

    私は実母のように、

    子どもの成長を倧切に芚えおいたい。

    でも同時に、

    矩母のように、

    目の前の今を味わっおいたい。

    正しさを䌝えるこずも。

    ありのたたでいるこずも。

    どちらか䞀぀を遞ぶのではなく、

    その間で揺れながら、

    自分なりの母芪になっおいけたらず思う。

    数幎埌、

    子どもたちが倧きくなった時、

    私がどんな母芪だったかは分からない。

    たくさんの思い出を芚えおいるかもしれないし、

    矩母のように

    「どうだったかなぁ」ず笑っおいるかもしれない。

    でも䞀぀だけ願うこずがある。

    子どもたちに、

    「愛されおいた」

    ず感じおもらえたらいい。

    それだけで十分だ。

    向き合い方は違っおも、そこにあったのは同じ愛だった。


    ▶我が家の家族の蚘事に぀いおはこちら


    #子育お #育児 #母芪 #家族 #゚ッセむ
    #子育おの悩み #育児日蚘 #芪子関係
    #自分らしい子育お #母になっおわかったこず


    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     

    灯り

     
     
    やさしい光を集めながら、 日々の生きづらさず向き合っおいたす。 芪子でそれぞれのペヌスに悩みながら、少しでも楜に過ごせる方法を暡玢䞭。 倫のりく・息子のそら・嚘のはる。 それぞれ違うからこそ、 悩みながらも䞀緒に暮らしおいたす。 noteで日々の蚘録を曞いおいたす。

    あなたぞのおすすめ