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一人暮らしは、一人になることじゃなかった

    そんなばかな。

    仕事を終えて玄関のドアを開けたら、室内は明るかった。廊下の電気がこうこうと点いている。

    「……誰か入った?」

    恐る恐る部屋の中をのぞく。廊下に備え付けのキッチンには、朝洗った食器が鎮座している。投げ入れたパジャマも、洗濯機の縁にかかったままだ。

    ゆっくり部屋を見回し、家を出てからなんの変化もない事を確認して脱力する。大きなため息が口から漏れた。

    「はーあ。またやったわ……」

    犯人は自分。電気を消し忘れたまま会社へ行き、帰ってきてからびっくりすること三回目。なんと三日連続で繰り返すぽんこつぶりだ。

    「今日こそ電気を消すぞ」と家を出るときにスイッチを押した覚えはある。どうやら消えていた電気を点けてしまったようだ。

    三十歳。人生で初めての一人暮らしは、うっかりミスの情けない勘違いから始まった。

    勇気がなくて動けなかった10年

    先月まで、私は実家暮らしだった。

    七人家族のにぎやかな家で育ち、姉と十五年間、相部屋だった。部屋の中で私のスペースは引き出し4段と、小学生のころに買ってもらった勉強机だけ。クローゼットは共用で、衣服も鞄もパンパン。扉を開けるとなだれ落ちてくることはしょっちゅうある。

    「買っても飾る場所も仕舞う場所もないしなぁ」

    スマホの画面で推しの新商品を眺めては、タブを閉じる日々。

    会社までは片道70分。最寄り駅に行くバスは1時間に1本。歩くと1時間かかるので、駅の近くの駐車場を自費で契約している。

    「あ〜。駅近の一人暮らし憧れるなぁ……」

    でも、仕事から帰ればご飯ができているし、お風呂も沸いている。洗濯した服はきれいに畳んでもらえていた。何より話し相手がいるので、仕事の愚痴から推しの話まで何でもかんでも話せる。

    つまるところ、面倒くさがりでだらけ癖のある私にとって実家はとても楽だったのだ。けれど、心のどこかで「このままじゃいけない」とも思っていた。

    結婚の予定も、相手もいない。

    定年退職した父からは「お前、これからどうするつもりだ? 将来のことは考えてるのか? これからは一人で生きて行くんだぞ」と何度も言われた。

    祖母からは「友達は結婚しとらんの? あんたはいい人おらんの? ばあちゃん、ひ孫の顔がみたいわぁ」とことあるごとに言われた。

    言われるたびに(うえぇぇ、面倒くさい……親不孝でごめんて……)とうめくのを我慢して、あいまいに返事する。家を出たい気持ちがつのったけど、それでも現状維持。現実は何も変わらなかった。

    理由ならいくらでもある。

    物価高だし、給料は高くない
    仕事をしながら全部一人でこなせる自信もない
    転職してからにしよう

    たくさんの言い訳を積み重ねているうちに、気づけば30歳になっていた。

    案外何とかなるよ

    「一人暮らしって大変じゃない?」

    聞くと、友人は笑って言った。

    「大変だけど、案外なんとかなるよ。自分のペースで生活できるの最高! もう戻れん。コトちゃんも味わったほうがいいよ」

    注文したカレーうどんをはふはふとすすりながら、友人は一人暮らしの良さを語ってくれた。

    「親に見られたら気まずいオタクグッズも堂々と飾れるし、夜中にカップ麺食べれるし、昼まで寝てても文句言われないの。あ、そうそう知ってた? もやしって生で食べちゃダメなんだよ。この前、生で食べたらひどい目にあったわ」

    もやしって生で食べちゃダメなんだ。知らなかった。友人の話に相槌を打ちながら「案外なんとかなる」の一言が、ずっと頭から離れない。

    お金がないし、自信もないし、ちゃんとできるか不安だし……。

    「いつか一人暮らししたい」といいながら、諦める理由を並べて動かなかった10年。このまま40歳になっても、きっと同じことを言ってそうな気がした。「いつか」は自分で動かないとたぶん、一生こない。

    友人の「案外何とかなる」に背中を押された数日後、私は不動産会社の椅子に座っていた。家族のだれにも相談せず、思い切って一人で内見に来たのだ。

    「どんなお部屋をお探しですか?」

    出されたお茶に口をつけ、舌を湿らせてから、事前に決めた条件を伝えた。

    数件見て回った後に、賃貸の申込書に署名する。うまく手が動かなくて不格好になった字を眺めながら、そわそわと落ち着かない気持ちで入居までのスケジュールを聞く。

    本当に申し込んでいいのか。選んだ物件で後悔しないか? 何度も自分に問いかけたけど、答えは出ない。わかるのは、ここでやめたら「いつか」が来ないことだけ。

    帰宅後、家族に何でもない風を装って「家決めて来た」というと「ふーん」と気のない声が返ってくる。そんなものか、と詰めていた息を吐きだすと、机の上に貰ってきた物件の資料をぱさり、と置いた。

    一人で始めるはずだった暮らし

    契約したからといって、入居日からすぐに暮らせるわけではない。居住環境を作るために、平日は会社へ行き、週末になると新居に向かう。住居を整えるまで、2拠点生活をおくった。

    休日が休日じゃなくなって、2週間ほど長期休暇がほしいと嘆いた。家具家電を搬入して、服や日用品を持って行く。引越し業者を使わないから、全部自分で運ばないといけなかった。

    「うう、さすがにつら……。物ってこんなにも多かったっけ?」

    エレベーターがない新居の階段を登る。段ボールに詰めた服や物がずしりと腕にくる。明日はきっと筋肉痛だ。

    まだカーテンのない部屋は、午後の日差しが床いっぱいに広がっていた。家具も何もなく、声を出せば音が壁に反響する。こもった空気の、がらんとした空間を見ると「生活する自分」が全く想像できなかった。

    「全部、自分でやるんだ」と覚悟していたけど、入居日に部屋にいたのは私だけではなかった。

    「何からやんの?」

    姉が、雑巾を手に首をかしげる。暇だから付いていくと、一緒にきてくれていた。おかげで1人だと6往復しなきゃいけない量の荷物は3往復ですんだ。結局1日目は、軽く掃除した後にバルサンを炊いて2人一緒に実家に帰宅した。

    帰宅後、夕飯を食べながら新居の準備具合を話す。家具を揃えるにあたり、悩みがあった。

    「テレビとモニターどっちがいいと思う?」

    最近はサブスクで何でも見れるから、テレビじゃなくてもいいのかも? でも、ニュース見ないと世間からおいていかれるし、音がない部屋は寂しい。うーん、と首をひねっていると父がスマホから顔をあげて言った。

    「モニターが欲しいなら買ったってもいいぞ」
    「え、ほんと!?」
    「ああ。店でいいやつ見繕ってくるわ」
    「やった! ありがと!」

    後日、父が買ってきてくれたモニターはHDMIの差込口が2個ついた物だった。いわく、PCを繋げてテレワークしたり、Switchを繋げたりするときにいちいち抜き差ししなくてすむように、だそう。

    スイッチャーを使えば切り替えられると教えてもらい、モニターの大きさしか考えてなかった私は感心した。

    次の週、母は、両手いっぱいにスーパーの袋を抱えて立っていた。

    「洗剤とか買ってきたよ。持って行きゃあ。あと、家で使ってないバスマットとかタオルとかも詰めといた」

    袋の中から次々と出てくる生活用品に、思わず笑ってしまう。

    「こんなに?」
    「最初はいろいろいるでしょ」

    まるで遠足の準備をする子どもを送り出すような口ぶりにこそばゆくなる。さらに、家電の搬入と家具の組み立てをすると言うと、両親は揃って手伝いに来てくれた。

    電化製品に強い父がWi-Fiの設定をして、母が近くのスーパーで一緒に買い物をした。言われるがままにあれこれ買って、安いのか高いのかもわからないまま支払って帰路につく。

    冷蔵庫を開けて、からっぽだった棚に食材や調味料を並べていく。醤油、みりん、酒、味噌、卵、牛乳、野菜、ゴマドレ。少しずつ増えていく食材を見て、生活する実感がわいてきた。

    「お肉はね、買ってきたら一回分ずつに分けて冷凍しておくと楽。こうするの」

    手際よくラップで包んでいく母の手は、何十年も繰り返してきた動きなのだろう。家で買ってきた食材をどう仕分けしていたかなんて知らなかった。

    30年間一緒に暮らしてきたはずなのに、母がこうやって毎日の暮らしを積み重ねていたことを、私はほとんど見ていなかった。料理も買い物も、口うるさく色々言われるのが嫌で遠ざけてたのだ。

    やっと居住が整ってきて、いざ住み始めるぞと覚悟を決めた日。祖母が手招きをしてきた。「行ってきます」と言おうかと思って近づく。

    「頑張りなね。健康に気を付けて」

    そう言って私の手を包み込み、そっと封筒を握らせた。まさかと思って中を確認すると、渋沢栄一が何人も出てきた。

    「ばあちゃん、こんなにもいいの?
    「いいさ。一人暮らしは何かとかかるやろ。持っていき」

    全部、一人でやるつもりだった。けれど、一人でと思っていたのは、私だけだったのかもしれない。

    始めてだらけの日々。失敗から学ぶ

    生活が始まると、失敗は毎日のようにやってきた。ある日、豚肉を冷凍庫から取り出し、熱して油をひいたフライパンへそのまま入れた。

    「あちっ! めちゃ跳ねる! これが水と油ってこと!?」

    パチッと跳ねまくる油と格闘する。待っても待ってもはがれない肉。菜箸でつついても、ひっくり返しても、巨大な肉の塊のままだった。

    翌日「じゃあスープなら火が通るでしょ」と、今度は沸騰した鍋へ入れてみた。氷のように固まった豚肉は、塊のままお湯の中で浮き沈みを繰り返す。火が通ってるのかわからなかった。

    「もしかしなくても、解凍しないとだめか」

    三十歳になって、当たり前を実感した。そしてひとつ学んだ。私は失敗から学べる女。ちょっとの失敗ではへこたれないのだ。時間をかけて調理した肉は、美味しくいただいた。

    イオンの5%offの日には、仕事帰りに疲労を引きずって買い物に行った。今日は節約できるから多めに買おう、と買い物かごいっぱいに食材を入れ、得意げにレジへ向かう。財布を開いて固まった。

    イオンカードがない。

    よりによって今日、カードを忘れてくるなんて。セルフレジのお支払方法の選択を睨みつけ、スキャンした商品を見つめて、項垂れながら祖母から持たせてもらった渋沢栄一を取り出した。

    がらんとしていた部屋は今

    玄関を開けると部屋は真っ暗で、しんと静まり返っていた。

    「ただいま」

    返事はないけど、しみついた習慣が口から出る。買ってきた物を冷蔵庫に仕舞おうと開くと、母と一緒に買った食材がまだ残っていた。

    「お腹すいたー」

    冷蔵庫で解凍した1回分の豚肉を取り出す。鍋でお湯を沸かして豚肉をくぐらせる。今度はちゃんとすぐにほぐれて火が通った。レタス、トマト、豆腐をがのった皿に、豚しゃぶを盛り付けてゴマドレをかける。調理時間5分ほどで豚しゃぶサラダの完成だ。

    ゆで汁でスープを作り、ご飯をチンする。できたものをお盆にのせると、キッチンの電気を消して部屋の明かりをつけた。机に座り、モニターの電源をつけると、両手を合わせる。

    「いただきます」

    誰も返事はしないけど、もう部屋はがらんとはしていなかった。


     
     
    【一歩の勇気と推しへの愛で、未来を切り開く副業Webライター🖋】紅白歌手の友人に抱いた劣等感を払拭して自分らしく生きるために日々奮闘中!|ライター・推し活・踏み出す勇気で変えられる未来を発信|面白おかしく生きたい|ご依頼はこちら→ko10.sakuraba@gmail.com

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