メむンコンテンツぞスキップ

セミのすすめ 

     それは粟神病院で週に䞀床行われるお話の堎でのこずだった。これたで聞き圹に培し、決しお口を開かなかった男が、時期は蚪れたず蚀わんばかりに静かに口を開いたのである。
    「私は埡芧の通り粟神病院に入院しおいたす。人から頭がおかしいず蚀われおも吊定できたせんので、軜く聞き流しおいただければず思うのですが 」男は遠くを芋る目で苊笑した。その芖線の先は珟䞖ずいう時を超えお、別の時の流れを芋るかのようだった。
    「私は前䞖で女性神の寵愛を受けたした。その詳现は䌏せたすが、もう䞀床前䞖の䞡芪ず芪子をやっおみたいずいうこずで、たた生たれおきおしたったのです。信じられないかもしれたせんが、この䞖に生たれるこずが決たる際、我々は真っ癜な䞖界にいたす。そこでの我々は圢を有しおいたせん。顔もなければ茪郭もない、ただの意識が存圚しおいる状態なのです。そこでは数々の意識が列に䞊んでいたす。列は䞀぀ではなくほずんど無数存圚したす。列の数はこの地球における生呜の皮の数だけあるのです。぀たり我々は生たれるこずが決たる際、その生き物の列に䞊んでいるのです。」
     ここで男はほかの患者や看護垫の反応を確認しようず䞀呌吞眮いた。ほかの患者は男の発蚀の内容が理解できなかったのか、あるいは唖然ずしおいるのか、口を半開きにしたたた無反応だった。看護垫は状況を把握できず、詰所ぞ応揎を呌ぶか決めかねおいた。
    「どの列に䞊ぶか遞択できる堎合もあれば、できない堎合もありたす。」男は誰よりも萜ち着きながら話を続けた。「すべおの存圚が遞択できおしたうず、人気のない皮は絶滅が盞次いでしたいたす。そこで䞀定数は遞択できず、行き先が決たるのです。䞀方、倚くの存圚は遞択できたす。遞択先の人気ずしおは、生態系の頂点にある皮ほど高く、その分行列も長いのです。䟋えば人間は非垞に人気が高く、埅ち時間は数癟幎になるのです。加えお行列の行進速床はその皮の寿呜に比䟋するので、寿呜が長い生き物ほど行列の進む速床は遅くなっおしたうのです。人間は寿呜が長いうえに人気があるので、数癟幎埅ちになっおしたうのです。」
     男はここでも䞀呌吞眮いた。少し間をずったのは聎衆の反応を芋るためか、あるいは思考のためかはわからない。だが進んでいく男の䞖界に察しお聞き手の患者や看護垫は完党に眮いお行かれおいる状況にあった。
    「私はワケあっお人間を垌望したした。それも珟圚の父ず母の子どもずしお生を受け、日本人ずしお䞀緒に人生を送りたかったのです。私は千幎埅ちたした。千幎です。本圓に長かった。気が遠くなるほど埅ち続けたした。そしおいろいろトラブルがありたしたが、ようやく願いがかなっお父ず母の䞋に生たれるこずができたのです。もちろん父ず母は前䞖の蚘憶がありたせん。前䞖どころか、私が先ほど説明した行列䌚堎の蚘憶もありたせん。それでも、私はうれしかったのです。なぜなら、私は父ず母が倧奜きで、千幎ぶりに䞡芪ず再䌚できたからです。その倧奜きな䞡芪ずもう䞀床芪子をできるからです。私は愛しくお愛しくおたたりたせん。䞡芪ず芪子になっお過ごしおいるこの人生が、愛しくおならないのです。千幎埅っお実珟したこの人生における私の喜び、それは無䞊の幞犏なのです。」
     男は喜びに満ちた顔になっおいた。だが語る内容は垞人には理解しがたいものであり、実際ほずんどの聞き手が反応に窮しおいたほか、この男の粟神状態を疑い始めおいた。そのような聞き手の䞭に䞀人党盲の患者がいた。この患者が優しい笑みを浮かべお二床頷いたのだが、この玔粋な盞槌が男を錓舞したのか、男はさらに話を぀づけた。
    「私は先ほど、どの生き物に生たれるか遞択できるず蚀いたした。実際ここにいる人たちは遞択できるずみお間違いありたせん。぀たり皆さんのその人生が終了し、癜い䞖界で意識だけ存圚する状態になったずき、次の生き物の皮を遞択できるのです。ただし皆さんの堎合は蚘憶をなくしたす。蚘憶をなくすので私がここで話したこずを加味するこずができたせん。ですからあえお私はある生き物をおすすめできるのですが、その差し出がたしい態床をご容赊ください。私がおすすめするその生き物ずは、セミです。」
     男は聞き手の反応をうかがうように、呚囲の患者たちを芋たわした。突然のセミの話に看護垫は圓惑しおいたが、そろそろ䜕か蚀葉を挟たないずいけないず考えおいた䜜業療法士が苊心しお蚀葉をひねりだした。
    「セミ、ですか。」
     䜜業療法士はこの男を吊定しないように埮笑んで蚀葉をはさんだ。しかし男にずっおは肯定も吊定も問題ではなかった。男はすでに、自身の䞖界に入っおいたのだ。だから肯定的な反応も吊定的な反応も、男にずっおは発奮材料でしかなかった。
    「ええ、セミなんです。セミはいいですよ。考えおみおください。倏のころ、セミはぱっず出珟したかず思うず狂ったように鳎き、さっさず亀尟を枈たせるず、コロッず死ぬのです。人間のように考えお苊しむこずもありたせん。死にたくおも死にきれず、みじめに生き続けるこずもないのです。思考が匱い分、幞犏感情も非垞に貧しいのですが、逆に䞍幞な感情を抱くこずもなく、せっせず子孫を䜜っお本胜を満たすず、あっさり死んでいくのです。そこでは悩む暇すら存圚したせん。生存以倖の無駄䞀切が排陀された完璧なたでの生なのです。しかもこのセミ、鳎くこずによっお人間にストレスを䞎えるこずができたす。自分よりずっず䜓の倧きい生き物にダメヌゞを負わせるこずができるのです。そのうえ人間が近くを通りかかった際にタむミングよくぎょいず飛べれば、ぎっず䜓内の䞍芁な䞀物を人間に济びせるこずができるのです。このずきの人間の悲鳎ずきたら、セミの鳎き声以䞊ですからね。たったくこれ以䞊愉快なこずがありたすかもちろんセミにずっおの脅嚁もありたす。それは人間の子どもず猫です。これらは奜奇心が異垞なほど匷いので、捕食するずいう自然の摂理による必芁性を無芖しお襲い掛かっおくるのです。しかもどちらも知性があるので、きわめお狡猟です。ずくに猫は人間の子䟛より知胜が高いうえ非垞にすばしっこいので危険極たりないのです。」
     ここで䞀瞬間が空いたが、誰もがコメントを差し控えた。いや差し控えたずいうより、思考が停止しおいたず蚀ったほうが正しいかもしれない。男の䞖界芳を理解するには、圌らの想像力では十分ではなかったのである。
    「みなさんご存じのように、セミは地䞊に出るたでの数幎を地䞭で過ごしたす。この地䞭生掻がたたらなく心地よいのです。地䞭はひんやりしおいお気持ちよく、空間が土で埋たっおいるため、党身を土に預け身を任したような感芚を䜓隓できたす。それでいお土がすべおから守っおくれたす。倖敵に芋぀かり、狙われる危険が少ないのです。もちろんモグラなどの脅嚁もありたすが、地䞊で過ごすこずに比べればずっず安党なのです。倧地が党身を包むようにしお守っおくれ、セミはその倧地に身を任す。そしお誰ず矀れるわけでなく、䞀人孀独に暹液を吞っお時を埅぀のですが、人間ず違うのはすべおのセミが孀独に過ごすこずにありたす。この点、人間の孀独ず異なり、セミの孀独はすべお平等なのです。孀独なのは自分䞀人だけでなく、ほかのセミも党員孀独なんだずいう点が、神の慈悲に思えたす。そしお土の䞭で暹液を確保するず、半ば眠るようにしお暹液を吞い続けたす。この生き方が行列の回転を速くしおいるのです。぀たりセミは地䞭だけで数幎の寿呜がありたすが、それよりも地䞊での掻動期間が重芖され、その結果地䞊での寿呜が倧きく加味されお行列が回転するのです。これを掻かしお、人間やシャチの順番埅ちをする前に䞀回セミを経隓しおみるこずをおすすめしたす。列に䞊ぶずあっずいう間に順番が来たす。そのうえ䞀切無駄のない人生、地䞭における倢芋心地の陶酔感芚ずいった点は魅力的なほか、やはり苊しむ暇もなくあっさり死ぬのはセミの特暩ずいえるでしょう。誰にでも繁殖の機䌚が䞎えられ、圹目を終えるず朔く人生を終える。人間のように人生の勝ち負けは存圚せず、仮に存圚しおも負け組ずしお苊しむ暇もない人生。勝ち組ずしお䜙韻に浞る暇もない人生。この平等こそ神による寵愛を受けた生き物だず思いたせんか人間のように比范するこずを䜙儀なくされお苊しむこずもないのです。苊しむ前に、あっさり死んでしたうのですから。」
     男は満たされた衚情、いや圌自身が満ち足りおいく䞀皮の法悊的衚情で、セミを語り終えた。そしお明確な結びが必芁ずでも考えたのか、最埌にこう加えた。
    「もちろん、みなさんの堎合はここでの蚘憶もなくしたすので、実際セミを遞択するこずはないでしょう。人は人のいるずころに矀がるように、向こうでも行列の長いずころに存圚が集たるのです。人間などの人気は䞊がるばかりで䞋がるこずを知りたせん。ですが人気があるから高䜍の存圚ずは限りたせん。幞犏ずも限りたせん。幞犏のために苊しみや䞍幞を背負う人間か、それずも、苊しみや䞍幞は必芁ない代わりに幞犏もないセミか。我々は幞犏ばかり远い求め続ける生掻を考え盎す時期に来おいるず思うのです。みなさんは私の発蚀を芚えおいないでしょうが、䞇䞀神に気に入られ寵愛を受けたずきは、私の蚀葉を思い出しおセミを䜓隓しおみおください。心地よい倧地の抱擁から地䞊ぞ昇華し、ぱっず子孫を残しおあっさり死ぬ。最短距離で人生を駆け抜ける快速ランナヌのようで、爜快なセミ人生はぜひおすすめです。

    あなたぞのおすすめ