
子どもにとっての「知らない人」と「知っている人」
結月です。今日、読書記録をXでポストしました。
コーヒーと楽しむ心が「ホッと」温まる50の物語/西沢泰生 #読了 @comxcom_inishieさんで購入。
— 結月(ゆづき) (@sd15047602) May 31, 2026
商売人の本当の姿について松下幸之助さんが大切にされているお話、プリンシプルという英国紳士の考え方で命が救われたお話、子供の誘拐防止のために飴を配るキャンペーンのお話が印象的でした。 pic.twitter.com/J2GPyMIFz1
この本のなかの飴を配るお話で、子どもは『知らない人』の基準が曖昧だと書かれていました。
今回は本の感想…というよりは、短いですが数年前の出来事を記しておこうと思います。
数年前、外で友達と遊んでいた息子は知らない人からお菓子をもらって食べてしまったことがありました。
我が家では、知らない人からお菓子をもらわないよう教えていました。
なぜもらってしまったのか聞くと、
「みんながもらっていたから」
「配信者だと名乗って配信していたから」
「見たことある人だと何人かが言っていたから」
「周りには他の大人もたくさんいたから」
とのこと。
配信者を名乗る方はお菓子を子どもたちに配る様子を撮影したあと、どこかへ行ってしまったそう。
食べ終わった後、息子は、見たことあると言っていた子たちにその方の名前を聞いたそうなのですが、ここで誰もはっきりと名前を知らないことが判明…。
全員、『なんとなく見たことがある気がした』という程度の記憶しか持ち合わせていなかったようです。
まだ幼い子どもたち。同年代の知っている子たちのなんとなく…が集まると、知らない人は、途端に知っている人に変わる。
「今日はじめて会ったけど、友達の友達は、もう友達だよね!」というような感覚と同じなのかもしれません。
大人の目がある場所だったこともあり、さらに安心してしまったようでした。
その後、状況や話をあちこちで聞き取りしたところ、実際に配信活動をされている方だと確認できました。
しかし、このときのことは自戒として心に刻んでいます。
たまたま運がよかっただけです。
もしも不審者だったら。
もしもお菓子に危険なものが混ざっていたら。
…恐ろしいです。もしも…では済みません。
子どもの「知らない人」の基準は状況次第で簡単に上書きされてしまいます。
親がずっと何をするにも付いていくなら防ぐことも出来ますが、年齢が上がるとともにそうもいかなくなります。
今一度、安全について、日頃からどう教えればいいのか、考えるきっかけになればと思います。
純粋な心を騙す大人はいくらでもいて、新聞やニュースで流れてくる事件は、決して他人事ではないのだということを忘れずにいたいです。