メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byyuru_chocola

愛される価値がないと思っていた私へ

    私はずっと、ない世界、にいた。

    私が子供の頃、両親が離婚した。母が家を出て行ったことを、私はたぶん自分のせいだと思っていたのだと思う。私がいい子じゃないからだ、と。
    だから、私には愛される価値がない、と今までずっと思い込んでいた。それが当たり前になり過ぎていて、今まで気づかずに生きてきたみたいだ。
    だから、いつもどこか不安で苦しかった。どこにいても、私はここにいていいのか自信がなかった。誰といても孤独を感じていたし、ずっと何かが足りない、と思っていた。

    自分で自分を信じられなかったから、外側に自分の価値の証明を求めていたんだと思う。
    相手から認められたら、褒められたら、受け入れられたら、少し安心できた。でも、それは長続きしなかった。
    そして反対に、相手に認められなかったら、否定されたら、受け入れられなかったら、やっぱり私には愛される価値がないんだ、と思っていた。

    その前提で世界を見ていたから、認められても、褒められても、受け入れられても、そんなはずない、気のせいだと思って、そのまま受け取ることができなかった。
    本当は、そこに最初からあるのに見えていないから、そこにはないと思っていた、モノクロの世界。

    それが、一年前の思い出したくもない出来事があって、自分の信じていた世界が、音を立てて崩れた。
    今までがんばってきた時間が、自分の存在が、丸ごと否定された気がして絶望した。
    それまでの、大切な人との死別で感じていた、喪失感のようなものもあったんだと思う。だから一年前の出来事は、今思うときっかけに過ぎなかったのかもしれない。

    そして何ヶ月も自己否定しながら、苦しくても自分の気持ちと向き合い続けた。その中で、だんだん自分が変化していった。それには、noteの存在も大きかった気がする。自分の気持ちを見つめるために。

    初めは、髪色や服の趣味みたいな外見の変化だったのが、いつの間にか、自分の内面にも変化が起こっていたことに気づいた。
    自分がどうしたいのか、を大切にするようになっていっていたのだと思う。
    本当に少しずつだったので、自分の中で何が起こっているのかわからなかった。

    そして長い時間を経て、今は、ある世界、にいると思う。
    ないと思っていたものが、本当は最初から、そこにあると気づいた、いろどりの世界。

    まだ完全にではないけれど、明らかに見える世界が変わってきている。
    私はわたしのままでいいし、愛される価値があるんだ、と自分自身で思えるようになってきた。
    その変化が、ない世界、を、ある世界、に変えていった。

    前は見えていなかったから、相手からの好意も、褒め言葉も、優しさも、素直に受け取ることができなかった。でも見えていなかっただけで、本当は最初からあったんだと、今は思える。

    今までは、ぼんやりとしか見えてなくて、ないと思っていたものが、今はだんだんと、見えるようになってきている。まるでピントが合ってきたような感じ。

    それは、相手への見方が変わったというより、自分への見方が変わってきたからだと思う。
    今までは自分を外側からだけ見ていたのが、今は内側からも見られるようになってきたような気がする。

    今は前に比べて、失敗や間違うことが、怖くなくなってきていると感じている。以前の私は、失敗することや間違うことで、必要以上に自分を否定していた。自分の価値を結果と結びつけていたから。
    でも今は、失敗や間違いを、自分の価値とは切り離して見られるようになってきたみたいだ。

    今の自分から見ると、前の自分はやっぱり閉じていたなって思う。これ以上傷つかないように、必要以上に。でもあの時の自分にはそれしかできなかったから、仕方がなかったな、とも思う。

    今は前よりも、少し世界を優しく見られるようになったのかもしれない。心がとても静かに感じる。

    そして、今はまだ変化している途中だ。

    私はこれからも変化していく。

     
     
    SNSが少し苦手な私が、noteだから書ける、今の自分の気持ちや好きなことを、ありのままに、書きたいと思った時に書いています。 ほとんどは日記みたいなものです。 同じように感じた人が、ふと立ち寄ってくれたら嬉しいです。

    あなたへのおすすめ