
愛される価値がないと思っていた私へ
私はずっと、ない世界、にいた。
私が子供の頃、両親が離婚した。母が家を出て行ったことを、私はたぶん自分のせいだと思っていたのだと思う。私がいい子じゃないからだ、と。
だから、私には愛される価値がない、と今までずっと思い込んでいた。それが当たり前になり過ぎていて、今まで気づかずに生きてきたみたいだ。
だから、いつもどこか不安で苦しかった。どこにいても、私はここにいていいのか自信がなかった。誰といても孤独を感じていたし、ずっと何かが足りない、と思っていた。
自分で自分を信じられなかったから、外側に自分の価値の証明を求めていたんだと思う。
相手から認められたら、褒められたら、受け入れられたら、少し安心できた。でも、それは長続きしなかった。
そして反対に、相手に認められなかったら、否定されたら、受け入れられなかったら、やっぱり私には愛される価値がないんだ、と思っていた。
その前提で世界を見ていたから、認められても、褒められても、受け入れられても、そんなはずない、気のせいだと思って、そのまま受け取ることができなかった。
本当は、そこに最初からあるのに見えていないから、そこにはないと思っていた、モノクロの世界。
それが、一年前の思い出したくもない出来事があって、自分の信じていた世界が、音を立てて崩れた。
今までがんばってきた時間が、自分の存在が、丸ごと否定された気がして絶望した。
それまでの、大切な人との死別で感じていた、喪失感のようなものもあったんだと思う。だから一年前の出来事は、今思うときっかけに過ぎなかったのかもしれない。
そして何ヶ月も自己否定しながら、苦しくても自分の気持ちと向き合い続けた。その中で、だんだん自分が変化していった。それには、noteの存在も大きかった気がする。自分の気持ちを見つめるために。
初めは、髪色や服の趣味みたいな外見の変化だったのが、いつの間にか、自分の内面にも変化が起こっていたことに気づいた。
自分がどうしたいのか、を大切にするようになっていっていたのだと思う。
本当に少しずつだったので、自分の中で何が起こっているのかわからなかった。
そして長い時間を経て、今は、ある世界、にいると思う。
ないと思っていたものが、本当は最初から、そこにあると気づいた、いろどりの世界。
まだ完全にではないけれど、明らかに見える世界が変わってきている。
私はわたしのままでいいし、愛される価値があるんだ、と自分自身で思えるようになってきた。
その変化が、ない世界、を、ある世界、に変えていった。
前は見えていなかったから、相手からの好意も、褒め言葉も、優しさも、素直に受け取ることができなかった。でも見えていなかっただけで、本当は最初からあったんだと、今は思える。
今までは、ぼんやりとしか見えてなくて、ないと思っていたものが、今はだんだんと、見えるようになってきている。まるでピントが合ってきたような感じ。
それは、相手への見方が変わったというより、自分への見方が変わってきたからだと思う。
今までは自分を外側からだけ見ていたのが、今は内側からも見られるようになってきたような気がする。
今は前に比べて、失敗や間違うことが、怖くなくなってきていると感じている。以前の私は、失敗することや間違うことで、必要以上に自分を否定していた。自分の価値を結果と結びつけていたから。
でも今は、失敗や間違いを、自分の価値とは切り離して見られるようになってきたみたいだ。
今の自分から見ると、前の自分はやっぱり閉じていたなって思う。これ以上傷つかないように、必要以上に。でもあの時の自分にはそれしかできなかったから、仕方がなかったな、とも思う。
今は前よりも、少し世界を優しく見られるようになったのかもしれない。心がとても静かに感じる。
そして、今はまだ変化している途中だ。
私はこれからも変化していく。