#創作大賞2026 #恋愛小説部門 「年上の女性を好きになる」という感覚を知ったN先生との出会い井田隆志@心を励ます懐メロ案内人2026年7月8日 05:30小学五年生のゴールデンウィーク明け。教育実習の先生として、N先生が私たちのクラスにやって来た。ショートカットに眼鏡が似合う、優しい先生だった。当時の私は勉強が苦手で、特に算数には苦労していた。放課後になると補習で居残りになることも多く、クラスメイトからは、「サッカー部ではレギュラーじゃないのに、算数の補習はいつもレギュラーだな」と笑われていた。そんな毎日の中で、N先生が教室に入ってくるだけで気持ちが明るくなった。先生に話しかけられるだけで嬉しかった。褒められた日は、一日中機嫌が良かった。今思えば、あれは私にとっての淡い恋心だったのだろう。当時はもちろん恋愛という言葉すら意識していなかった。それでも間違いなく言えることがある。N先生のことを想う気持ちは、クラスの誰にも負けていなかったはずだ。教育実習の終盤には、クラスのみんなで先生の自宅へ遊びに行く機会があった。松戸から電車を乗り継ぎ、さらにバスに揺られて到着した先生の家。私は驚いた。「先生は毎日ここから通っていたのか……」小学生の私には、それはちょっとした旅のような距離だった。その時は気づかなかったが、今思えば先生もまた、一生懸命に私たちと向き合ってくれていたのだろう。そして教育実習の最終日がやって来た。先生は生徒一人ひとりに手紙を渡してくれた。そこに何が書かれていたのかは、もう覚えていない。けれど、自分の名前が書かれていたことだけは覚えている。たぶん、それだけで十分だった。あれから何十年もの月日が流れた。恋愛も仕事も、決して順風満帆だったわけではない。思い通りにならないこともあった。悔し涙を流したこともあった。けれど、「年上の女性を好きになる」という感覚の原点は、間違いなくN先生との出会いだったと思う。最近、ふとあの頃のことを思い出しながら音楽を聴いていた。その時に改めて心に響いたのが、相川七瀬さんの『恋心』だった。歌詞を追いながら聴いているうちに気づいた。あの頃の私は、まさに恋心という言葉そのものだったのだ。会えるだけで嬉しい。声をかけてもらえるだけで嬉しい。特別な関係になりたいわけではない。ただ相手の存在が気になる。そんな純粋な気持ちだった。N先生との別れも、きっと誰もが一度は経験する淡くて切ない片思いだったのだろう。あの頃の恋は叶わなかった。けれど、その恋があったからこそ、私は人を好きになる気持ちの温かさも切なさも知ることができた。人生で最初に恋心を抱いたN先生との出会いは、今も私の大切な思い出の中に生き続けている。そして時折、相川七瀬さんの『恋心』を聴くたびに、算数の補習で居残りをしながらも、N先生の姿を目で追っていた小学五年生の自分に再会するのである。#創作大賞2026#恋愛小説部門#創作大賞2026#恋愛小説部門